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お相手の方は、真っ赤な顔になっております

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ゆっくりと歩みを進めたユドルフは、一人の人物の前で足を止めた。

その方は、どこにでもいる平凡な髪色に、何処にでもいる平凡な瞳の色、肌は少し日焼けをしているが、特に目立つという訳ではなく平凡、顔立ちも整うわけでもなく、不細工というわけでもなく平凡。平凡を集めて、個性を最大限に消した様な方。

ユドルフはその人物に向かい、優しく微笑むと,自分の左胸にそっと右手を当てる。

「一目見て直ぐに分かった、貴方は私が探し求めていた人だと。どうか、私の願いを受け入れてはくれないか?」


その言葉は、少し使い古された感はあるが、間違い無く愛の告白。に、聞こえる。
しかし、それを見た者達は、恐ろしい者でも見たかのように、小さな悲鳴を漏らした。
そして、言われた人物は、首を傾げ辺りを見回し、それらしい女性が居ないか確認した後、顔を真っ赤に染め上げ、身体を震わせた。

「殿下・・・私に言っておられるのですか・・・?」

低く唸る様な声が会場内に響く。
その声には、明らかに怒りが滲んでいるのに、ユドルフは気付いていないのか、和かな笑みをうかべ、目の前に立っている人物に熱い眼差しを向けていた。

「勿論だ。サミュエラ嬢。」

サミュエラ嬢と呼ばれた相手は、赤い顔を更に赤くし、眉間に深い皺を刻み、右目は軽く痙攣を起こしている。

「・・・・殿下、私は男です。」

振り絞る様な声、しかしその声とは対照的に、ユドルフの優しく慈しむ声が返ってくる。

「分かっている。訳あって男のふりをしているのだろう。しかし、これからは、私が守ってやろう。だから何も恐れず、私の気持ちを受け入れてくれ。」

「ふりではなく、正真正銘の男です!!」

半ば叫ぶ様なサミュエラの声だが、ユドルフは動じない。

「ドレスを着たい年頃だというのに、その様な男の姿をせねばならんとは・・・大丈夫だ。これからは私が貴女を着飾ってやろう。」

話の通じないユドルフに、サミュエラの顔が怒りから、赤から白に変わり始めた頃、このままでは埒が開かないと思ったのか、涼やかな声が二人の言葉を遮った。

「殿下、少しよろしいかしら」

「何だ、今サミュエラ嬢を口説いている最中だぞ。無粋な真似はやめてくれ。」

遮った事で、ユドルフはレイラを睨みつけているが、サミュエラの方は縋る様な目でレイラをみていた。

「殿下、私の知る限りサミュエラ様は男性だったはずですが、何故男性のふりをしていると思われたのかしら?」

レイラの言葉に、ユドルフの顔が照れているのか、赤色に染まる。

「私は、見てしまったのだよ。更衣室で胸元に布をきつく巻いている姿を。」

「・・・覗き見ですか?」

「たまたま更衣室で見かけたのだ。」

「それでサミュエラ様は、胸元に布を巻いていただけなのですね。」

「何を言う。女性らしさを隠す為の涙ぐましい努力だぞ。」

言葉に力を込めて話すユドルフに、レイラは小さくため息を吐き出し、サミュエラの方に目を向ける。

「サミュエラ様は、騎士科に所属しておられましたわね?」

「はい、既に騎士団に配属される事も決まっております。」

何故突然のそんな事を聞いてくるのか、サミュエラは首を傾げているが、次の言葉で、その意図を察し、パッと表情を変えた。

「怪我も多いでしょう?」

「はい。訓練中は偽剣を使いますが全く切れない剣、という事ではありませんので、切り傷や打撲はかなり。」

「では、胸元に怪我をして、布で患部を巻く事もありますでしょう?」

「それは、勿論です。」

手の平を強く握り込んで言うサミュエラに、レイラは小さく頷き、今度はユドルフの顔を見上げる。

「殿下、胸元の布は怪我の為に巻かれたものだと思いますわ。」

「しかし・・・そうだ。女性達が、サミュエラ嬢の嫁ぎ先について、楽しそうに話しをしているのを聞いた事もあるのだぞ。」

「それは、最近城下町で流行っている小説の主人公が、偶々サミュエラという名前の女性だっただけですわ、そもそも、サミュエラ様が本当に女性で、その事を隠しているのでしたら、縁談など来るはずがないですし、その事を他家である令嬢方が知っているはずありませんわ。」

「しかし、サミュエラ嬢は・・」

最後まで言い切る前に、2人の横から、バサリと布が投げ捨てられる音がした。
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