黒炎の騎士団長と社交界知らずの辺境伯令嬢 〜魔物扱いされたのに、団長が甘やかしてきます〜

空色ちどり

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第一章

第53話・覚悟

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ラザールとエリアナは第二騎士団の客室のソファに並んで座っている。

「今まで自分から誰かに話したことがなくて、うまく話せるか分からないのだけれど」

「エリアナ、無理に話す必要なんてない」
「ううん、私もし今話さなかったら、これからも貴方といるたびに後ろめたい気持ちになるわ」

「私はね、ずっと諦めていたの。自分が誰かを好きになることや、誰かと家族になって幸せに暮らすことを。だからラザールを好きになったことを認めたくなかった。好きになっても私が先を望めるわけもないから」

「何より幻滅されたくなかった。嫌われるくらいなら好きって言わずに終わらせたかったの」
かすかに震えるエリアナの手をラザールは握りしめる。

「でもこうやって優しくされると嬉しくって、結局もとに戻れなかった。本当に自分勝手よね。もらってばかりで貴方になにも返そうとしなかった」
ラザールはエリアナの手を離さないまま黙って聞いている。

しばらくの沈黙の間にエリアナのまつげがわずかに震え、エリアナの葛藤が、呼吸の間に滲んでいた。

そして、エリアナは小さく、でも確かな声で言った。

「――ラザール、私ね、子どもがいるの」

ラザールは一瞬だけ時間が止まったような気がした。

だがその衝撃はさほど大きくはなかった。
驚きはした。少し前まではエリアナの過去の経験を想像しては苦悶していたラザールだったが、エリアナから愛を伝えてもらった今ではエリアナが勇気を出して打ち明けてくれたことが嬉しかった。

エリアナは不安げな眼差しでラザールを見つめている。

「そうか」
自然と口をついて出たラザールの言葉は、それだけだった。
エリアナの顔に緊張が走るのが分かった。だから、ラザールは少し笑ってみせる。

「……それで?」

驚いたようにエリアナが瞬きをする。だから続けた。

「おまえのことが好きって気持ちは変わらないけど?」

子どもがいたってエリアナがエリアナであることに変わりはない。好きな人が、好きなままでいてくれるなら、それでいい、ラザールはそう思った。
エリアナの瞳が潤んだ気がした。

「エリアナに似てかわいいんだろうな…」
エリアナは泣きそうな顔になる。

「その子のことを聞かせてくれる?」

彼女はぽつりと呟いた。

「今年で7才になる男の子で…」
「へぇ、男の子か」

「でもね…産んでから一度も会ってないの…」

ラザールは子どもがいるというエリアナの告白を聞き、彼女の過去も全て受け入れたい、支えたいと思った。けれど一度も会っていないというエリアナの言葉にラザールの心はざわついた。

「一度も?」
思わず聞き返すと、エリアナはふっと目を伏せる。

「うん、一度も」
淡々とした口調。
でも、その向こうに何かを押し込めているのがわかった。

「何があったのか話せるか?」
エリアナは下を向きつつ、震える声で話す。

「予想外のね…妊娠だったの。当時私は18才で、結局学園も退学することになって」

18才、学園、この言葉を聞いてラザールの中のピースがはまっていく。
ここに来る前にアルフォンスから聞いたことが頭の中でこだまする。
当時、エリアナはマールブランシュ公国の魔法学園に在籍していて、キリル殿下の婚約者だった。

「――キリル殿下との子どもなのか…?」

思わずラザールは聞いてしまう。
彼女は視線を上げ、ラザールを見て困ったように微笑む。

「もしかして、私がキリル殿下の婚約者だったこと知ってる?」
「ああ、今日聞いた…」
「そうなのね…。でもね、子どもはね、キリル殿下の子じゃないの」
そう言った彼女の声は、震えていた。

ラザールは混乱した。
(一体どういうことだ?婚約者がいるのに、別の男との子を産んだっていうのか?)
「エリアナ、それはどういう…」

「ラザール、公国の今の系図は知っている?」
「あ、ああ、先代の大公閣下には公子三名、公女二名がいらっしゃるのだろう」

「第二公子のことは?」
「第二公子は、研究者で公の場には出ないと…」
そう言いながら、ラザールにぞくっと嫌な感覚が走る。

「おい、まさか…」

エリアナがどこか諦めたような表情で頷く。

「その子はね、第二公子のゾアード殿下に乱暴されてできた子なの」

彼女の言葉が耳に届いた瞬間、ラザールは暗闇の中で時間が止まったような感覚に陥った。
心臓が強く脈打ち、体の芯がぐらりと揺れる。

「……嘘、だろ」

声がかすれた。喉が張り付いたように乾いて、まともに息をすることすら難しかった。

エリアナは、静かに俯いたまま、指先をぎゅっと握りしめていた。
その震える手が、彼の目に焼き付いた。か細い肩が、震えている。

ラザールは胸の奥底からぶわっと噴き上がるような激しい怒りと殺意を覚えた。血の気が一気に逆流するかのような衝動に襲われ、拳を握ったが、目の前のエリアナに読み取られないよう表情を整えた。わずかに伏せた視線の奥で、紅蓮の瞳が揺らめく。

「お腹が膨らんでいって、胎動を感じるようになって、ようやく、私の中に新しい命が、宿っているんだって…実感したわ」

エリアナの声はかすかに震え、途切れ途切れに紡がれる。
喉が詰まるような呼吸の合間に、彼女は搾り出すように言葉を続けた。

「生まれてくる子に罪は、ないんだって、頑張って産んだんだけど、男の子だったから、連れて行かれちゃった…ううん、差し出したのよ、私から。手放したの、自分の子を、大公妃殿下に」

エリアナは自嘲気味に微笑む。その笑みは痛みを押し殺すためのものだった。
肩が小刻みに震え、呼吸が浅く速くなっている。泣いていないのに、まるで泣き崩れる寸前のようだった。

「――っエリアナ!」

ラザールはエリアナを力強く抱きしめる。
エリアナはラザールの手が震えているのを感じ、エリアナもまた震える手で彼を抱きしめた。

「離れ離れになっても会いたいって私が言えば、父は会えるようにしてくれたと思う。でもね、私にはその勇気がなかったの。時間が経つにつれて、自分が産んだ子なのに、その子を愛せるのかも、だんだん分からなくなった」

「——ひどい母親でしょ?こんな愛情が欠如しているような私が、結婚して家庭を持つなんてあってはならないことだとずっと思ってたの」

ラザールはエリアナの頭にそっと唇を寄せる。
優しく背中を撫でながら、エリアナをただ抱きしめた。

「だからラザールを好きなったけど、前に進むのも躊躇しちゃった」

「ごめんね…ラザール」

その一言は、まるで心の奥から零れ落ちた涙のようだった。
けれどラザールは、やはり何も言わず、そっとエリアナを抱きしめ続けていた。

――ただ、それしかできなかった。
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