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歌手を志した理由
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私は、幼稚園生の頃から歌うことが大好きだった。
公園を駆け回る子どもたちの中で、私だけは立ち止まり、声を張り上げて歌っていた。
「愛、待ちなさい!」
追いかけてきた母の声も耳に入らない。私にとって歌は遊びであり、何よりも自由だった。
歌っている時だけは、現実のすべてを忘れられた。
けれど、家に帰れば現実が待っていた。
幼稚園の頃、リビングでは父と母が殴り合いの喧嘩をしていた。食器が割れる音と怒鳴り声が、子どもの私には恐怖そのものだった。
小学校四年生のとき、机の上に置かれた離婚届を最後に、父は家を出て行った。
中学に上がる頃には、母は堂々と男を家に連れ込むようになった。
そして二人で、私のことを笑いながら話すのだ。
「……あの子さえいなければ、今すぐあなたと一緒になれるのに」
耳を塞ぎたくなる言葉。
それでも私は、気づかないふりをした。
母に愛されていると信じたかった。
母に必要とされていると、思い込みたかった。
だから私は、ヘッドフォンを耳に押し当て、爆音で音楽を流した。
その瞬間だけ、現実の言葉はすべてかき消される。
だが、そんな私の必死の努力も、あっけなく崩れ去った。
高校に上がると、母はとうとう私を置いて、家を出て行ってしまったのだ。
「お母さん、行かないで……!」
伸ばした手は虚しく空を切り、母の背中は振り返ることもなく遠ざかっていく。
残された私は道路に座り込み、声を枯らして泣きじゃくった。
そのとき、ふと耳に届いたのは音楽だった。
私を包み込むように流れてくる旋律。
「愛、大丈夫よ。愛には私と音楽があるんだから」
耳元で優しく囁いたのは祖母だった。
母に見捨てられた私を抱きしめ、ずっと支え続けてくれた。
そう──どんなときも私のそばにあったのは、音楽と祖母だった。
だがそんな祖母とも別れの日がやって来る。
──18歳のとき。
病室で見た祖母の姿は、あまりにも小さく、弱々しかった。
「おばあちゃん!」
ベッドに駆け寄ると、祖母はゆっくりと目を開けて私を見た。
「……あい」
かすかな声が返ってくる。
「大丈夫なの?」
泣きそうになる私に、祖母は微笑もうとした。
「うん、大丈夫よ。でもね……もう長くは生きられないみたい」
その言葉は、胸を鋭く突き刺した。
「……え?」
「おばあちゃんね、癌になってしまったの」
「嘘だよね? ねぇ、嘘だって言ってよ!」
必死に祖母の手を握り、揺さぶった。けれど、祖母はその手をやさしくほどいた。
「愛。この世には、どうにもならないことがあるのよ。おばあちゃんの寿命は、どうすることもできない」
「……やだよ。私、おばあちゃんがいなくなったら、ひとりになっちゃう」
祖母は弱々しくも力を込めて言った。
「大丈夫。愛には音楽があるでしょう? 音楽がこれからも、あなたを支えてくれる」
「音楽……」
「そうよ。それにね、私、歌っている愛がいちばん好き。歌手になって有名になった愛を、天国から見られるかもしれない。それを楽しみにしてるから」
涙があふれた。
「……おばあちゃん」
祖母は最後の力を振り絞って、私の手を握り返した。
「だから、がんばってね。愛」
その言葉を残して、祖母は静かに息を引き取った。
──それが、おばあちゃんの最後の言葉だった。
私はその言葉を胸に刻んだ。
高校卒業後、オーディション番組に挑戦し、見事グランプリを勝ち取った。
そして夢にまで見たソロデビューを果たしたのだ。
そこで、私は“彼”に出会うことになる──。
公園を駆け回る子どもたちの中で、私だけは立ち止まり、声を張り上げて歌っていた。
「愛、待ちなさい!」
追いかけてきた母の声も耳に入らない。私にとって歌は遊びであり、何よりも自由だった。
歌っている時だけは、現実のすべてを忘れられた。
けれど、家に帰れば現実が待っていた。
幼稚園の頃、リビングでは父と母が殴り合いの喧嘩をしていた。食器が割れる音と怒鳴り声が、子どもの私には恐怖そのものだった。
小学校四年生のとき、机の上に置かれた離婚届を最後に、父は家を出て行った。
中学に上がる頃には、母は堂々と男を家に連れ込むようになった。
そして二人で、私のことを笑いながら話すのだ。
「……あの子さえいなければ、今すぐあなたと一緒になれるのに」
耳を塞ぎたくなる言葉。
それでも私は、気づかないふりをした。
母に愛されていると信じたかった。
母に必要とされていると、思い込みたかった。
だから私は、ヘッドフォンを耳に押し当て、爆音で音楽を流した。
その瞬間だけ、現実の言葉はすべてかき消される。
だが、そんな私の必死の努力も、あっけなく崩れ去った。
高校に上がると、母はとうとう私を置いて、家を出て行ってしまったのだ。
「お母さん、行かないで……!」
伸ばした手は虚しく空を切り、母の背中は振り返ることもなく遠ざかっていく。
残された私は道路に座り込み、声を枯らして泣きじゃくった。
そのとき、ふと耳に届いたのは音楽だった。
私を包み込むように流れてくる旋律。
「愛、大丈夫よ。愛には私と音楽があるんだから」
耳元で優しく囁いたのは祖母だった。
母に見捨てられた私を抱きしめ、ずっと支え続けてくれた。
そう──どんなときも私のそばにあったのは、音楽と祖母だった。
だがそんな祖母とも別れの日がやって来る。
──18歳のとき。
病室で見た祖母の姿は、あまりにも小さく、弱々しかった。
「おばあちゃん!」
ベッドに駆け寄ると、祖母はゆっくりと目を開けて私を見た。
「……あい」
かすかな声が返ってくる。
「大丈夫なの?」
泣きそうになる私に、祖母は微笑もうとした。
「うん、大丈夫よ。でもね……もう長くは生きられないみたい」
その言葉は、胸を鋭く突き刺した。
「……え?」
「おばあちゃんね、癌になってしまったの」
「嘘だよね? ねぇ、嘘だって言ってよ!」
必死に祖母の手を握り、揺さぶった。けれど、祖母はその手をやさしくほどいた。
「愛。この世には、どうにもならないことがあるのよ。おばあちゃんの寿命は、どうすることもできない」
「……やだよ。私、おばあちゃんがいなくなったら、ひとりになっちゃう」
祖母は弱々しくも力を込めて言った。
「大丈夫。愛には音楽があるでしょう? 音楽がこれからも、あなたを支えてくれる」
「音楽……」
「そうよ。それにね、私、歌っている愛がいちばん好き。歌手になって有名になった愛を、天国から見られるかもしれない。それを楽しみにしてるから」
涙があふれた。
「……おばあちゃん」
祖母は最後の力を振り絞って、私の手を握り返した。
「だから、がんばってね。愛」
その言葉を残して、祖母は静かに息を引き取った。
──それが、おばあちゃんの最後の言葉だった。
私はその言葉を胸に刻んだ。
高校卒業後、オーディション番組に挑戦し、見事グランプリを勝ち取った。
そして夢にまで見たソロデビューを果たしたのだ。
そこで、私は“彼”に出会うことになる──。
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