私の部屋に、美男美女がいた。

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私の部屋に、美男美女がいた。

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 今日はとても晴れている。
 最近、悪天候が続いていたから、久々の太陽に少しずつ体力を奪われながら帰宅した。

 ただいまも言わず、玄関の鍵を開ける。
 早く休もうと、ゆっくり階段をあがり、自室にむかう。何を見てるのか、見てないのか、体の習慣でドアを開け、カバンを放り出し、ベッドにダイブしようとしたーーーその時、誰かがいた。

私の部屋に、美男美女がいた。

 男の方は、20歳くらいだろうか。v系バンドマンもびっくりのシルバー色の髪をしている。黒いカジュアルスーツのような格好をした背の高い彼は、私のベッドに腰掛け、本を読んでいる。
 女の方は、18-9歳くらいに見える。ほとんど金髪に近い、明るく赤みがかった長くて真っ直ぐな茶髪。前髪はくるっと巻いてあり、マンガとかドラマに出てきそうな偽物っぽい制服のようなものを着ている。なんと、勝手に私のものを見たり、手に取ったりして、ふーん。などと言っている。
 学習机の上に飾ってあるのは、部活を引退する時に貰った寄せ書きとか、文化祭の時友達と撮った写真とか、そういったものだ。そんな人のプライバシーの塊みたいなものを思いっきり触られている。

 2人とも、コスプレ野郎にしか見えないような髪色と服装だが、うまく着こなしている。そして2人とも、なんというか、とても日本人とは思えない容姿で、とても美しい。

「えっ」

 状況を理解できないまま、小さく声が出てしまった。やばい。知らない人が私の部屋にいる、なんで。危険な人だったらどうしよう、そのままそっと逃げればよかった。てか何でこの人たち私の部屋でくつろいでいるの。いったん思考停止したあと、色々な考えがドバドバ出てきている。
 
 女がキャーみたいな声をあげて、騒がしくしている。男は私の方をチラッと見てまた本に視線を落とした。
「えっと、はじめまして!よろしくね!●●」
女が明るい声で言う。え、なんでこの人私の名前知ってるの。
「なんで名前知ってるのって思ったでしょう~、書いてあったもん!」
 指差したのは先程勝手に見ていた寄せ書きだった。私がまだ一言も発せないうちに矢継ぎ早に話してくる。
「ということで、」
と、女はまた私の部屋を調べ始めた。勝手にクローゼットを開けたりしてきゃっきゃ言っている。男はまだ本を読んでいる。

 仕方ない、課題でもするか。と、学習机に向かった。
 数秒前に感じた驚きとか恐怖とか、そういうのは不思議と全くなくなっていた。寧ろ、2人といると安心するような心地よさがある。


 お風呂に入り、家族で夕飯を終え、2階にあがると、そこにはもう2人の姿はなかった。
 何だったんだろう、気のせいかな。疲れてるのかな。早く寝よう。


 朝、なんだか騒がしくて目が覚めた。いつもよりは少し早いけど、既に父も母も家を出ていた。

ーーー2人がいる

 男は片膝を立てもう片方を伸ばして私の横に座っている。女は、私のクローゼットを改造して、自分の机のようにして何か作業をしている。
 どうやら油絵のようなものを描いているようだ。絵、と言えるかどうかは微妙だけれど、ただぐちゃぐちゃと塗りたくったようにも見えるし、なんだかすごいアートにも見える。ただ、すごく惹きつけられる。


 久しぶりの大学で、午前の講義を終えた。空きコマを使って近くのカフェに行こうということになった。
 窓際の明るいカウンター席につき、ケーキセットを頼む。友人は、誕生日プレゼントに悩んでいたが、結局はニット帽をあげたという話とか、くだらない会話をした。
 
 大講義室での、おじいちゃん先生のする午後の講義は眠かった。前の方の席に、室内でニット帽をしている子を見つけた。真冬ならそんなに目立たないけど、今の季節だからか、目についた。あれが言ってたニット帽か。
 薄いピンクが買ったベージュのようなグレーのような帽子で、毛先を強めに外ハネにした金髪にはよく似合っている。初めて見る女の子だったけど、案の定その子はとっても可愛かった。


 家に帰るなり、
「私、やっぱり美大行きたい。」
女が言う。
「うん、大変だろうけど応援する。」
男の方をチラっと見て、お互いに頷く。
「2人で応援する。」
と言った。何故だか覚悟を決めてそう言った。


「さて、予定を立てようか。時間配分とか。」
男がメモをし始めた。試験から発表までの日にちと、それまでに何が必要かとか、勉強のペース配分とかだ。塾の先生みたいだ。すごいなと感心する。メモを見て、
「えっ1ヶ月でどうにかなるの?」
と声が出た。
 願書とかどうなってるとかは、きっと2人にはあまり関係なくて、多分、いや絶対に彼女は合格することができる。
 だけど、自力で合格しようとしているのだ。


 それから彼女は頑張っていた。私が帰ってきてもずっと机(クローゼット)に向かっているし、作品も溜まってきた。

 そして今日は、外出しようということになった。3人で初めての遠出に少しワクワクしている。
「んーと、ちょっと遠いからねっ」
と、女が言うと、気がついたら山の中にいた。

 CMとか、Googleの背景に選ばれそうな美しい緑に囲まれる。目の前には大きな丸い岩が積まれた壁のようになっていて、苔が生えている。川は見当たらないけれど、とても湿度が高いような気がする。それでいて、空気はとても冷たい。空気が美味しいとか、新鮮な空気ってこれを言うんだと思う。
 すぅっと深く吸い込んでふぅっと吐き出す。久しぶりに呼吸をした気がした。

 その日は絵を描くでも何をするでもなかった。なんの練習だったのか、感性的なそういうものを磨くとか、リフレッシュとかの意味合いなのかと思った。
 ただ3人で少し森林浴をして帰った。


 部屋に着くとすごい勢いでスマホが鳴り出した。いきなり通知が20件ほどと、5件不在着信が入っていた。
 内容はほとんど、両親から、何をしているのか、早く帰ってきなさいとか、3:27の不在着信には驚いた。
 え、そんな時間まで帰らなかった?
 いつも通り、連絡もしないでごめんなさい。とだけ返しておいた。

「どういうこと?」
と聞くと、
「こことは世界が違うの。だから時間とかも違う。」
いつ私は移動したのだろうか。部屋は全く同じなのに。そんな事よりも、昨日あんなに心配をかけてしまったのだから、と思った。
 試験まではあと1ヶ月を切っている。応援したいし、戻れない。
「あっちでどれくらいの時間になるの?」
「3日くらいかな。」
女がケロリと言う。でも伝えないと。と思った。
「じゃあ俺に誰に何を伝えたいのか強く思って。」
(父へ。色々あって、2.3日帰れません。でもこの人たちといるから大丈夫だよ。)
みたいなことを思った。
「それでいい?」
「うん、でもほんとに伝わるの?」
「大丈夫。俺もアイツもお前の考えてることわかってるでしょ。」


 美しい彼女は、今までも十分一生懸命だったと思うけれど、追い込みモードって感じで今までよりもずっと頑張っていた。きゃっきゃ言わなくなった。
 私は、彼女を見守りつつ、勉強を教えたり、たまに意見を言ったりした。
 美しい彼は、スケジュールを確認したり、私の膝の上で寝転がりながら絵本を読んだりもするようになっていた。


 ある日、私が買い物から帰ってくると、女がテレビ電話のような事をしていた。テレビ電話といってもスクリーンがあるわけじゃなくて、空間に相手の顔が映し出されている?みたいな感じだ。
「この間ね、こっちで新しくできたお友達からこれ貰ったの!」
と嬉しそうに話す女の子は、先日大学で見たあの子だった。やっぱり女の子も普通の人じゃなかったんだと知る。
「良かったね!私も頑張るー」
などと話していた。

 ほとんど部屋にいるけど、3人仲良く充実した生活を過ごした。沢山会話をした。不思議と、2人とは長年の付き合い気持ちがしていた。
 息抜きに3人でゲームをしたり、頑張る彼女を喜ばせようと応援組で料理をしたり、幸せだな日々だった。


 テレビから、今日はこれから天気が大荒れするみたいなことが聞こえる。窓越しに空を見ると、紫っぽい空にまだらに黒い雲があって、ほんとだーと思った。

 急に2人が慌てだした。
「えっやばいやばい、戻れない!!」
最近はおとなしくしていた女が大きな声を出す。
「×××調べるのにあなたの○○が必要で~~、これで、ごめん!」
「痛っ!」
針のようなもので引っ掻かれる。よくある検査キットみたいなやつに私の血を吸わせている。そして、昔ながらの方位磁石のようなものを取り出し、先ほどの検査キットの中身、つまり私の血を吸わせた検査紙を載せた。
 5つの方位のような印が書かれたところの、血の色がカラフルに変わる。くるくる回って、色が変わり変な色なのは3箇所に減った。
 全くわからないけど、方位磁石がぐるぐる回るのは危険な時だというのはわかる。

「狂ってきてる!やばい!!」
女が叫ぶように言う。
「私たち×××××から、さようなら!」
 閉じていたはずの窓は全開で今まで感じたことのない強さの風がゴオゴオと、女の声を聞かせてくれない。
 目も開けられなくなり、私は意識を失った。



 階段を誰かが話しながらのぼってくる。私はベッドと窓の間に隠れた。
 ドアが開いた。知らないおじさんと父と母だ。後ろに妊婦さんがいる。

「ここです。」
母が言う。
 父とおじさんが話しているけど、よく聞こえない。
おじさんが、どうして娘さんは、とか言って、改造されたクローゼットを開けた。描きかけの絵とかをみて、よっぽど××××とか。そんな感じのことを言っているのがなんとなく聞こえる。
 母は、少し涙目になっている。


ーーーああ、私はようやく全てを理解した。

 立ち上がり、母の方を見て、ごめんなさい、と思った。父の方を見て、ごめんなさい、と思った。
父と目があった気がする。
(2人といるのはわかってたよ。)父の声がする。
(パパ、ママ、大好きだよ。)目を合わせながら強く思った。



 4人が去り、さっきまでなかった紙を見つけた。
 私が見えるように、あの2人が急いで残したのだろう。
 ほとんど何を書いてあるのかは読み取れなかったけれど、いつも大切に思っている、見守っているというような内容だ。
 部屋に1人になった私は、残された絵を見て、罪と後悔と悲しみと深い愛を感じた。

 もしかしたら、妊婦さんから生まれてくるのは、あのニット帽の子なのかもしれない。


 もう私の部屋に、美男美女はいない。


 日が暮れるまで、ただただ1人部屋で、大きな声で泣いた。
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