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召喚術師アレクサンダーの物語①

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 彼、アレクサンダーが召喚術に興味を示しだしたのは、七歳の夏の始めだった。

 父も母も出稼ぎの毎日で、寂しい日々を送る子ども彼の周りには誰一人として友達はいなかった。

 当時から中流階級の子どもは少なく、周りの子供と言えばスラムや孤児院で暮らすような子供ばかりだった。

 彼はスラムの子供たちと遊ぶために話しかけようとするが、品のある服装で身分の違いを見抜かれてしまうと、怪訝そうな目つきで追い返されてしまっていた。

 いつの世界も嫉妬や帰属意識は人との隔たりを作ってしまう。しかし、それが人間であり、社会を作っている。そのことを理解するには、まだ彼は幼すぎた。

 彼は自らの服を泥で汚し、友達の輪に入ろうとする。
 しかし、言葉の違いから、すぐに追い出されてしまう。

 原因となる言葉の違いはほんの些細なことだった。男性器をペニスと呼ぶかちんこと呼ぶかそんなくだらないことだった。
 しかし、子供というものは、ある時期を境に、汚い言葉であったり、反抗や非行を好むようになる。

 子どもの彼は母の言いつけから下品とされる言葉を口にすることを酷く嫌がった。

 そんなことで、スラムの子どもたちからは、お高くとまっていると思われたのだ。

 追い出されたことで、今度は彼は魔法で友達を作ることにした。

 自分に対して嫌な顔をせず、自分の傍にいてくれる存在として召喚獣は適任だったのだ。

 最初は小さな鳥を選んだ。

 魔力も少なかった彼にはそれが精いっぱいだった、というのもある。

 そんな彼は小さな鳥を愛し続けた。
 自我も持たない召喚獣は、そんな彼を愛してくれることは無い。
 彼はそんな寂しさを分かっていた。

 年を重ねていくうちに、彼は、ただの召喚獣だけでは満足できなくなっていた。

 召喚獣に自我を持たせれば自分と本当の友達になってくれる。そう思わずにはいられなかった。

 魔法を研究し、教養を身に着けた彼は、就職先として魔法学校の教師を選んだ。

 教師を選んだ理由は単純に、専用の研究室や、資金の貸与であったりと、召喚獣に自我を持たせる研究もはかどると考えたのだ。

 実際、彼の研究ははかどった。優秀な研究成果をあげた者に送られる賞というものも受賞したし、簡単な言葉なら話すことができる召喚獣も作り上げた。

 その当時から話す召喚獣は画期的なものだった。

 言葉で意思疎通ができれば、可能性も広がる。

 ましてや自我に近いものを持つとなると、あらゆる状況を判断して自ら判断を下せるようになるのだ。そうすれば、契約者が指示をする負担も減らすことができる。

 しかし、進歩と同時に、また新たな課題に当たってしまった。魔力の少ない彼には実験の負担が大きく、常に大量の魔力を欲していた。そのため、生徒たちに声をかけて魔力の譲渡をお願いするようになっていた。

 そんな彼は人間関係の構築が致命的だった。

 召喚獣と共に暮らしてきた彼には、相手の感情を考える習慣が身についていなかった。

 権力を盾にしたお願いの仕方は既に圧力の域に達し、協力を渋る生徒に対して単位を与えないなどの行為があった。
 それならばまだ良い方で、卒業してからの内定先を取り消させることもあった。

 彼を恨む人間は多い。
 しかし、協力拒み続けた生徒にも非が無かったとは言えなかった。金持ちの家系に生まれたこともあり、安定した生活に慣れきってしまい、刺激を求めて盗みや殺人を犯す者たちが多くいた。

 そんな人間が多く死んだところで、周りは自業自得と思うだろう。

 彼はそう考えて使い潰していた。

 新入生が入ると、新たな魔力リソース確保のために優秀な魔力を持つ生徒を探し始める。
 そうしていると、授業に来た生徒の中に、目を奪われてしまうほどの可憐な少女を見つけた。
 アーシャと名乗る少女だった。

 相手はまだ幼いというのにすっかり心を奪われていた彼は、自分の気持ちを押しとどめようとした。
 相手が成人に近ければまだしも、9歳の少女を相手に情欲を持ってしまう自分を酷く嫌悪していた。
 それもあって彼女を遠ざけようとして、召喚の実習の際には、無意識に一番最後に回していた。

 召喚の際に事故が起きたのは、全くの偶然だった。
 そう周りに思わせることにした。

 実際には、魔法陣を損傷させたのは彼の仕業であった。
 チョークで魔法陣に手を加え、必要な魔力量を大幅に引き上げたのだ。
 そうすれば、少女は召喚するための魔力が足りず、失敗したと勘違いして落ち込むだろうと考えていた。
 落ち込む少女を慰め、親密な仲になるきっかけを作ろうとしたのだ。
 けれども、予想以上に少女の持つ魔力量の多さに魔法陣の方が先に耐えきれなくなっていた。

 このままでは魔力量の限界を越えて魔法陣が崩壊して爆発を起こすことは分かり切っていた。しかし、彼は全く未知の量の魔力を注ぎ込んだ結果に気をとられてしまっていた。

 そしてとうとう魔法陣が爆発し、多くの生徒が負傷した。
 中から表れた召喚獣は、獣というよりも少女に近かった。
 ランクを確認するため、耳の裏を確認したが、最低なことに1でしかなかった。
 彼の興味はそこで失せてしまった。

 召喚獣にしては珍しく、話しができる能力を持っていたが、彼の用意した魔法陣がそれ用のものだったこともあり、研究の価値は全くないと判断した。

 召喚に詳しい彼はこの爆発を完全な事故だと言い張り、周囲を納得させた。

 彼が次に考えるのは、アーシャとどう親密になるかだった。

 彼女が癖のある髪を揺らす姿と、近くで感じる甘い香りを思い出すだけで、呼吸が荒く、胸から熱い感情が昇って今にも飛び出しそうになる。

 彼は理性を失いつつあった。

 

 

 
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