奴隷商人は紛れ込んだ皇太子に溺愛される

葉空

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奴隷商人と皇太子

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奴隷売買を生業とする屋敷の庭では、一人の子どもが青年から逃げるように走り回っていた。
 始まったばかりの追いかけっこだが、子どもが青年に敵うはずもなく、あっけなく捕まってしまう。

「くそっ、離せよ!」
「なら、翔はそれを放せ」
「あーっ! 空杜くうとのケチ!」

 木の棒を取り上げられた翔は、地団駄を踏んで睨み返す。

かける、木の棒を振り回すなって何度言った?」
「気をつけてるから大丈夫!」
「そう言ってこの前、彩花を怪我させただろ」
「ゔっ…」
「それに、俺のことは空杜兄くうとにいって呼べ」
「えー、それはいやだ!」

 翔はあっかんべえをして、笑いながら駆けていった。

「おいっ!」

 呼びかけるほど楽しそうに逃げていく翔。その姿に、空杜はため息をつきながらも頬が自然に緩んでしまう。

「空杜兄ー!」

 名を呼ばれて足元を見ると、直人と彩花が両手を広げて待っていた。

「おんぶして!」
「私は抱っこ!」
「ああ、いいよ」

 二人を抱き上げると「ありがとう」と笑う。その笑顔は眩しく、胸が温かくなる。
 ──可愛い。愛しい。俺にとって、この子たちは癒しなんかじゃない。守らなきゃならない存在だ。

 ここにいるのは孤児ばかり。幼い子が多いのは、大人になる前に新しい家族を見つけて旅立っていくからだ。
 ──それでいい。俺のもとにいつまでも置いておけるものじゃない。

 本来、奴隷は人格を否定され、命令に従うだけの存在。折檻され、無理を強いられ、命を落とすことすら珍しくない。
 けれど、ここは違う。子どもたちは笑い、名前で呼ばれている。俺がそうさせているからだ。
 ──ただ、それがどれだけ危ういことかも分かっている。もっとも、防衛壁を築いているおかげで外からは見えないが。

 襟を引っ張られて顔を向けると、彩花が満足そうに笑った。

「空杜兄、大好き!」

 その声に直人も続く。

「俺も空杜兄が好き!」

 ──こんな言葉をもらうたび、心臓が軋む。嬉しいのに、同時に苦しい。俺は彼らの家族にはなれないのだから。

「ありがとう。俺も二人が大好きだよ」

 二人ははしゃいだが、やがて彩花の表情が曇る。

「…ねえ、空杜兄。私、ずっとここに居ちゃだめ?」

 胸が締めつけられる。答えは決まっている。

「ダメだよ。彩花は、自分だけを大切にしてくれる人に出会って、幸せにならないと」
「私、今幸せだよ?」
「そっか、それは嬉しい。でも、ここに居たら…いつか一緒に暮らせなくなるからダメなんだ」
「なんで?」
「大人は大変なんだよ」

 答えを濁すしかなかった。彩花は「分かった」と笑ったが、その笑顔が痛い。
 ──物分かりが良すぎるんだよ。子どもが大人に気を遣うなんて、本当は間違ってるのに。

 俺は奴隷商人。そして、この子たちは奴隷。
 世間が求める奴隷商人とは、どれだけ奴隷を従順に扱えるかを問われる存在だ。
 だが、前世で知っていた。奴隷制度は卑劣で、人間性を踏みにじるものだと。
 本当は継ぎたくなかった。だが両親のやり方を見過ごせず、俺が継いだ。結果、この屋敷は今や児童養護施設に近い形になっている。
 もちろん、両親には秘密だ。知られれば即座に潰されるだろう。

 現状を知っているのは、ごくわずかな信頼できる人間だけ。食事を用意してくれる叔母さん、子どもを受け入れてくれた協力者、そして幼馴染くらいだ。

 俺は子どもを「奴隷」としか見ない者は門前払いにする。そのために、自分に与えられたスキルを使っている。

【善悪読法】──人の善悪を見極める力。視線を合わせれば、相手の内面を読み取れる。
 ──幸運だよな。これがあるから、せめて「善い人」にこの子たちを託せる。

 しゃがんで子どもたちに降りるよう伝えると、「嫌だ」としがみつかれ、涙目になる。

「空杜兄、俺もやって!」
「ごめん…悪いけど、この後客が来るんだ」

 嫌がる俺を、逆に子どもたちが慰めてくれる。
 頭を撫でられたのは、この世界に来てから初めてだった。今では当たり前のようになっているが、それがどれほど救いになっているか。

「みんな、ありがとう」

 声をかけると「頑張れ!」と笑顔で送り出してくれる。
 ──ああ、やっぱり天使だ。守らなきゃ。絶対に。

 頬の緩みを叩いて直し、受付会場へ向かう。

 黒いフードと仮面──それは「奴隷商人」としての顔。嫌でも、人を売りに来る人間と向き合う時間の始まりを告げる。

 やがて扉が開き、がたいのいい男が若者を引きずり込んできた。その瞬間、心臓が跳ねた。

「コイツを売りたい」
「…そちらの若者を、ですか?」

 鎖を乱暴に引かれ、若者は支えきれずに崩れ落ちる。

「ああ、コイツだ。なんだ、子どもじゃないとダメなのか?」
「いえ、初めてですが問題ありません」

 平然を装いながら、胸の奥で怒りが煮えたぎる。
 ──こんな奴、善悪を読むまでもない。必ず、後で潰してやる。

「なら、取引成立だな」

 男は鎖をカウンターに付け替えると、報酬を受け取って足早に去っていった。
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