奴隷商人は紛れ込んだ皇太子に溺愛される

葉空

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奴隷商人と皇太子

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 空杜くうとはフードを外し、カウンターの向こうへ回ると若者の状態を確かめた。殴られた痕はあるが、骨に異常はなさそうだ。

「おい、動けるか?」

 鎖を手にすると、若者は黙って頷いた。空杜は身体を支えて立たせ、入って来た扉を指さす。

「なら、こっちに来い。まずは風呂だ。それから手当てをする」

 若者は驚いたように目を見開いた。放置されると思っていたのだろう。戸惑いながらも頷く姿に、空杜はそっと頭を撫でた。

「怖かったろ。あんな奴に無理矢理連れて来られて……でも、ここは大丈夫だ。安心しろ」

 微笑んでみせても、若者はまた目を見開く。――奴隷商人の言葉を信じろというほうが無理か。

鎖と手錠を外し、彼の手を取る。空杜が歩き出すと、若者もつられるように一歩を踏み出した。少し後ろを歩く彼を気遣いながら、迷路のような廊下を進む。

廊下の先にある扉を抜けると、青空と草木が広がった。若者は思わず立ち止まり、目を丸くする。「大丈夫だ」と声をかけると、小さく頷いた。

空杜は先ほどまでいた場所に戻ると、子ども達が気づき、手を振っていた。その姿を見て、仮面を外す。

「えっ……」

かすかな声。横を見ると、若者が立ち尽くしていた。――話せることに気づき、ほっと胸を撫で下ろす。

「どうした?」
「……あんた、綺麗だな」
「……は?」

眉をひそめる。冗談ではなく、真剣な顔で見つめられ、どう返せばいいのか迷った。

「空杜兄!」

不意に背後から抱きつかれ、バランスを崩す。だが、若者が支えてくれたおかげで倒れずに済んだ。

「助かった、ありがとう」
「いえ……」

 礼を言うと、彼は視線を逸らした。ぎこちない態度に疑問は残るが、緊張のせいだろうと流した。

すばる! 危ないだろ!」

 頭に手刀を落とすと、「痛いっ!」と子どもが叫ぶ。本気ではないが、罰になる程度には力を込めた。

「す、ばる?」
「ああ。珍しい響きだろ」

 微笑むと、若者の頬がわずかに赤くなる。

 昴が「俺たちが風呂まで連れて行ってやる!」と手を引き、他の子ども達も背中を押す。あたふたする若者の姿に、空杜は小さく笑った。

 ――風呂を終えた若者を椅子に座らせ、手当てを始める。

 渡した服は少し小さく、肌の変色がちらりと覗く。救急箱を開き、空杜は柔らかく声をかけた。

「俺の名前は空杜。知らんやつに触られるのは怖いだろうから、先に言っとく」
「くうと……」

 馴染みのない響きに眉をひそめられ、空杜は苦笑して続けた。

「親からもらった名はルーカスっていう。けど俺は空杜と呼んでほしい」
「……リアム」

 名を聞いて頷く。

「リアム、帰る場所は?」
「どこ?」

 怪訝な顔に、空杜は笑って補う。

「もし帰れる場所があるなら、そこに送りたい」
「……なんで?」
「ここに来るのは孤児ばかりじゃない。誘拐された子もいる」

 外で遊ぶ子ども達を見やりながら答える。

「でも……ルーカスは奴隷商人だろ?」
「そうだ。けど、その名前は好きじゃない」
「どうして?」

 肩をすくめ、苦笑を漏らす。

「光を意味する名前を持つ奴が、こんな仕事してるんだ。おかしいだろ?」

 リアムは黙り込み、空杜は話を変える。

「帰る場所がないなら、どんな人の元に行きたい?」

 紙とペンを出すが、リアムは首を振った。

「……思いつかない?」
「ああ」

 空杜はペンを置き、軽く笑う。

「じゃあ、遅くても一か月以内には決めてくれ」

 そっぽを向くリアムの頭を撫でると、視線だけが向けられる。

「ここにいちゃ駄目なのか?」
「駄目だ。ここじゃ幸せになれない」

 手を下ろそうとすると、リアムに握られた。

「皆楽しそうに見える」
「今はな。でもこれからは分からない」
「空杜さえいれば大丈夫だろ」
「それはない」
「子ども達が空杜を好きなのは俺でも分かる。一緒にいれば幸せになれるはずだ」
「……だから、一緒にはいられない。早めに別れないとな」
「は?」

 リアムの手に力がこもる。空杜は「離して」と言うが、首を振られる。

 仕方なく、苦笑しながら口を開いた。

「……奴隷商人なんて要らないから」

 こんな仕事はなくさなければならない。だから自分も要らない。

「心配はいらない。皆の家族を探すか、無理なら友人が引き取ってくれる」

 リアムの手を振りほどいて立ち上がるが、また腕を掴まれた。

「今度は何?」
「空杜は、その後どうする?」

 なぜ初対面の自分をそこまで気にするのか分からない。

「……それは秘密」
「なぜ」
「秘密だって。……ほら、君は俺に買われたんだから」

 本当は言いたくなかった。だが主従を示すために口にすると、リアムは傷ついた顔で手を下ろした。

「……すまない」
「いいよ。でも、行きたい場所や希望は早めに教えて」

 落ち込むリアムの頭を撫で、空杜は部屋を後にした。
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