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奴隷商人と皇太子

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もう、恥ずかしくて仕方がなかった。

馬車に乗らされると玲於に膝に座るように勧められるし…、さすがに嫌で隣に座ったら今度は手を握り締められて甘えるように頭を預けてくるし…。しかも、その姿を珍しそうに貴族の3人がじっと見てくるし…。

もう、俺の顔は茹でダコみたいに真っ赤に染まり上げていたと思う。恥ずかしくて仕方がない。

そんな羞恥の時間が解放されたのは彼らが言っていた城についてからだった。これほど、行きたくない場所に連れてこられてホッとしたのは初めてである。

馬車から降りると待機していた執事やメイドが頭を下げてくる。

「お帰りなさいませ。さっそくですが、皇帝陛下がお呼びです。」
「ああ、分かった。空杜の世話を頼む。」

肩を抱かれて前に差し出されると執事に深くお辞儀をされる。こんなに礼儀正しく接されるのは初めてで戸惑ってしまう。

助けを求めるように玲於を見ると頭を撫でられて、少しばかりホッとする。でも、玲於は「後でな」と口にすると先に城の中へと入って行ってしまった。

「空杜様、本日はお越し頂きありがとうございます。」
「あっ、いえ、とんでもございません!」

緊張したまま返答を返すと執事さんは優しい表情を浮かべてくれる。お爺ちゃん執事の穏やかな雰囲気を受けて、次第に張り詰めていた糸が解れ出す。

「どうぞ、こちらに。」

執事の後に続いて城に入ると、周囲を見渡しながら歩く。どこもかしこも煌びやかでとても高級感の漂う雰囲気を醸し出している。

再び硬くなり始めた身体に執事は、緊張を解すように話しかけてくれる。その気遣いもあり、俺の心はだいぶ落ち着きを取り戻し始めた。

一つの扉の中に入るとそこには他にも執事の格好をした者達が揃っていた。俺が入ると一同、頭を下げてきたので慌てて自分も頭を下げる。お爺ちゃん執事に「そんなことしないで大丈夫です」と慌てたように言われたので、顔を上げてみるとどこかホッとしたように胸を撫で下ろしていた。

「今から、空杜様の身なりを整えさせて頂きますね。」
「えっ?」
「では、こちらに」
「えっ、あっ…分かりました。」

様付けされることは慣れない。それに、何故自分の身なりを整えるのか分からなかった。
だが、すぐに玲於が世話をしろと命令したせいだという考えに行き着いた。

執事達に案内されて頭を洗われると、次は入浴場に案内されて好きなだけ浸かるように言われる。初めてこんな大浴場に通されて息を呑んだが、言われた通り自分の気が晴れるまで入浴した。そして、風呂から出ると用意されていた見慣れない下着とシャツを身に付けた。

執事達と合流すると、すぐに細かな刺繍が施された貴族服を着せさせられて、着飾られた。堅苦しい服装に、今すぐ脱ぎたくて仕方がなかったが、せっかく着せてくれたものを脱ぎたいとは言えなかった。

今はお爺ちゃん執事が軽食を持って来てくれて部屋で休んでいる状況だ。

……うん、何これ?俺なんでこんな至り尽くせりな対応されてんの?俺、罪人だけど。もしかして、最後の晩餐的な感じなのかな…。

そう考えを巡らせていると、扉が開く音が聞こえてきた。視線を上げると、どなたでしょうか?と問いたくなるほど、綺麗な青年がいた。

「空杜、どう?」
「え、…玲於?」

思わず慣れ親しんだ名前で呼んでしまう。別人かと疑うほど、雰囲気が変わっている。髪は短く整えられ、一つ一つの仕草は洗練された動きをしていた。これまでの乱雑な態度とは大違いだ。
つまり、今の姿は皇太子と言われても納得せざえるしかないものが感じられた。

玲於が目の前に来るとそっと頬を撫でてきた。

「何?」
「ん?触れたかっただけだよ。」

そう言って手を離すと向かいの席に座る。じっと見つめていると玲於は悪戯っ子のような笑みを見せる。

「何?聞きたいことが多そうだね。」
「当たり前だ…です。」

その言葉を聞くと玲於は眉間に皺を寄せた。

「いつも通りに話して。」
「私のような身分でそのようなことは出来ませ「話せ。」…はい。」

逃げるように視線を外してパクりとパンを食べると、視界の端に玲於が頬杖をついた様子が目に入る。

「嘘ついてたのは悪かったよ。でも、空杜だって隠し事してたからお互い様だろ?」
「レベルが違う。」
「一緒だよ。」
「皇族侮辱罪、無礼罪で死刑になること知ってる?」

そう言うと玲於は一瞬黙ってしまった。

「…そんなこと、俺が許さないもん。」

玲於はたまに子供らしくいじけることがある。その姿を久しぶりに見れたのが嬉しくて、思わず笑ってしまう。玲於は不服そうに口を尖らせたが、すぐに嬉しそうに頬を緩ませた。

「勘違いしているようだから言っとくけど、空杜は牢獄行きにならないからね。」
「はあ?!」

その反応を見通していたかのように玲於は口角を上げる。

「でも、罰は受けてもらうよ。罪人相手であっても、この国の国民だから傷付けた罪を償わないと。」
「それは分かってるよ。罰は何?」

玲於は綺麗な指を3つ立てる。

「まず、1つ目は家業の悪行に関する調査に協力すること。二つ目は俺の専属騎士になること「はあ?!」3つ目は、俺と婚約することが主かな。」

玲於は3つの指を立てて、答える。

「いやいや、可笑しいだろ?何、その最後の2つは?」

こっちは取り立てて真面目に聞いたが、玲於は意味が分からないと言いたげに首を傾げる。

「何が可笑しいんだ?ちなみに、これは決定事項だから。」
「はあ?!そんなん、許されるわけないだろう?!」
「許されたよ。さっき、父さんも母さんも良いって言ってくれたし。」

空杜は頭を抱えた。

ここの奴ら可笑しいんじゃないか!何で犯罪者を皇太子の傍に置くんだよ!

「あと、空杜さえいいよって言えば結婚出来るよ。」

……もう、何って言ったら良いのか分からなくなる…なんで、そんな急に変な方向に話が進んでるんだよっ…

「…俺、男だけど?」
「知ってるよ。でも、俺は空杜が好きになったから関係ないよ。」
「あるだろ。子どもは、次期皇太子か皇女はどうすんだよ。」
「ああ。俺、弟と妹がいるから大丈夫だよ。皇帝には長男なるしきたりだから継がないとダメだけど。」

逃げたい。チラリと窓を見るが窓には鉄格子が嵌められており、とても外に出られない。

「空杜が俺のことを好きになったら、結婚しよ。」
「好きにならなかったり、どっちかが他の人を好きになった場合は?」
「それは、考えてなかったな。」

まじかよ…

「んー、俺のことは心配いらないな。空杜がもし、そうなったら婚約破棄しても良いよ。そうなっても、身柄は守るから。」

身柄。そう言われて、何もかもお見通しなんだって思った。

今回のことが先に両親に気付かれたり、2人を捕まえることが出来なければ俺の命が狙われることになる。両親の取引相手の怒りも買うため敵国の者からも狙われるハメになるだろう。 

そのことを彼は気付いているのだ。

「案外、あっさり身を引くんだな。」
「そりゃー、嫌だけど好きな相手には幸せになって貰いたいじゃん。」

そう言われて胸が苦しくなる。これまで、こんなに誰かに思われたことなどなかった。前世でも1人、今世でも両親からは仕事の道具として知識を叩き込まれただけだった。子ども達に好かれている自信はあったが、それはただの母性愛を望んでいることからきているのは分かっていた。

だから、ただ自分のことが好きだって言われるのはむず痒くて、でもそれ以上に嬉しく感じたのだ。
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