奴隷商人は紛れ込んだ皇太子に溺愛される

葉空

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奴隷商人と皇太子

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 皇族の敷地にある割には、随分と汚い…。ネズミや虫がちらほらと歩き回り、鼻を覆いたくなるほどの異臭が漂う。まあ、罪人に対する嫌がらせだろう。

 今日は、あの二人と出会う約束の日だ。

 昨日は両親を含めて犯した罪を、洗いざらい話した。さらに今後、新たな悪行に繋がりそうなことも見つかったらしい。…どれだけ犯罪を重ねるつもりなんだよ、まったく。

 騎士に連れられて歩き、目的の牢屋に到着する。中の人物は力なくこちらに視線を向けるが、一瞬で殺意に満ちた目つきに変わる。弱っているのに、ここまで瞬時に焦点を合わせられるのはさすがとしか言いようがない。

「お久しぶりですね。お父様、お母様」

 ニッコリと微笑むと、二人は悔しそうに睨み返してきた。

「この、裏切り者がっ!恩を仇で返しやがってっ」
「こっちに来い!殺してやるっ!」

 両手を後ろに縛られ、足も拘束されているのに、どうやって殺すつもりなのだろう。しかも、ここには皇族に仕える騎士がいるというのに。いくら離れていても、そんな叫び声が届かないわけがない。

 空杜は溜息をつき、奴隷商人時代の冷静さで話し始めた。

「相変わらず、馬鹿だね」

 蔑むように見下すと、二人はビクリと身体を震わせた。

「何を驚いてるんですか?アンタらが言うことを聞かない相手には、冷酷な対応をするよう教えたじゃないですか?ほらっ、優秀な息子でしょう?柵があると暴力は振るえませんから、その辺は許してくださいね」

 わざと怒りを駆り立てるように言う。父は歯軋りをし、母は屈辱的に視線を逸らす。

「お前っ、こんなことしてどうなるのか分かってるのか?」
「ええ、もちろん。俺が賢いことはご存知でしょう」

 しゃがみ込むと、二人の顔がよく見える。初めて見る両親の顔は、自分とはあまり似ていないように思えた。今まで会う時は、二人は常に仮面をしていたのだ。

「お前は何がしたいんだ…」
「復讐だよ」

 答えると二人は眉間に皺を寄せる。

「復讐だと?俺たちが居なければ、お前は存在すら出来なかった癖に…」
「そうよ!私たちが作ったお陰であんたは生きてるのよ!」

 下からはギャーギャーと騒がしい声。見張りの騎士さえいなければ、手出しできたのに。

「作った、ね。でも俺が必要だったのはそっちでしょ?アンタらの罪がこうなったのは、自業自得でしょ」
「この悪魔が!」
「…悪魔か。それはそうでしょう」

 空杜は目を隠し、騎士に見えないように手を退かす。二人は紅い瞳を見て「ヒッ」と間抜けな声を上げる。その姿にクスリと笑い、再びスカイブルーの瞳に戻す。

 紅い瞳――この世界に存在しないはずの色。悪魔の証だ。

「それで、気分はどう?もうすぐ死ぬ感想は?」

 二人はまだガタガタと震えていたが、その様子を見ても空杜の胸には同情の念は湧かなかった。ただ、なぜそれほど恐怖しているにもかかわらず、自分に悪魔の血を混ぜたのか――その理由だけは理解できなかった。

 頬杖をつき、首を傾げる。

「怖い?辛い?苦しい?」
「…っ」
「俺もあの時、そんな想いを抱いたんだよ?」
「あ、あの時?」
「あんたらが、兄ちゃんを奪った日」

 そう言うと、二人は慌てた様子で口を開く。恐怖と心労で狂ったかのように、媚びるように話しかけてくる。

「あれは違うの!あなたのために思ってやったことよ!分かるでしょ?あなたは弱さを作っちゃダメなの。それに、アイツは血が繋がってない他人じゃない?!」
「そうだ。お前がアイツに懐くから、奪ってやったんだ!お前を立派な奴隷商にするためにしてやったんだ!」

 こいつら、何言ってんだ…。

 頭の中の怒りが、急速に冷えていく。救いようのない馬鹿だと諦めがついたのだろう。

「それなら、俺のやったことも親孝行だな?」
「「え?」」
「俺も両親の大切な奴隷家業を壊してやった。命のように大事にしていた金も、全て奪った」

 空杜は立ち上がり、お尻を払う。足元を見ると二人は眼を見開き、震えている。今になって、自分の教育通り行動していたことに気付いたのだろう。

「何度もチャンスを与えた。違法行為を止めるよう伝えた。でもその度、暴力を振るうだけで何も変えようとしなかった。せめて俺が家業を受け継いだ時、敵国との繋がりを断つべきだった。それも無理だと一蹴してたけどね」

 そうしたらここまでの極刑を避けられたかもしれない。まあ、今更、可能性の話をしても仕方がないが。

 父は頬に爪を立て、母は頭を抱え、後悔を示す。二人がようやく、自らの過ちに気付いたのかと思うと、少し心が晴れた。

 一番言いたいことは伝えた。もう用がない空杜は背を向けようとする。

 だが、弱々しさを帯びた声に引き止められる。

「…っ、ルーカス」

 振り返ると、涙を流しじっと見つめる二人。

「ルーカス」
「……俺の名前、覚えてたんですね」

 10年以上ぶりだ。両親が名前を呼んでくれたのは。

「私たちのせいでごめん。お前を愛してあげられなかった」
「ごめんなさい。今更だけど謝らせて」
「……謝罪は受け取る。でも、許す、許さないは別です」

 背を向け、最後の言葉を告げる。今の彼らなら耐えられるはずだ。優しい、でも罪悪感を植え付ける呪いの言葉。

「俺をこの世界に産んでくれたことは感謝しています。でも、ただ……愛して欲しかった。来世では善い行いをして下さい。さようなら」

 二度と振り返らなかった。背後から啜り泣く声が聞こえる。二人がようやく、まともな思考を取り戻した証だ。これで、空杜が調査に協力しなくても、全て話すだろう。

 少し離れた騎士の後に続き、地上へ続く階段を登る途中、ふと立ち止まる。

「どうかされましたか?」

 口に溢す。

「俺って悪魔に見えますよね」

 騎士は身体を向ける。

「あんな姿を見ても、罪悪感も悲しみも寂しさも感じません。逆に心が軽くなるんです」

 そう、これが今の本当の気持ちだ。非情に育ったせいか、悪魔の血が流れているからかは分からない。

「俺には、あなたは綺麗な人に見えます」
「綺麗…?あり得ませんけど、ありがとうございます」

 予想外の言葉に思わず笑みが零れる。

「笑っていた方が良いです」
「そうですか…出来るだけ努力してみます」

 騎士は首を横に振る。

「努力するものじゃありません。自然と笑うものです。好きな人の傍にいると、自然と笑顔になります。好きにはいろんな種類がありますけどね」

 優しい笑顔に、心が柔らかくなる。騎士って、なんでこんなにイケメンで良い人ばかりなんだろう。

「子ども達といた時は、確かに笑っていました」
「今はどうですか?好きな方とおられますか?」
「……はい、います。急に変なことを言ってすみません」

 お辞儀をすると、騎士も美しい所作で頭を下げる。穏やかさと品格を併せ持つ、不思議な感覚だ。

 地下室から階段を登り終え、空杜は彼と別れ、別の騎士に連れられ入浴場へ向かう。その後、一人で夕食を取り、疲れ切った体をベッドに横たえる。

 ふかふかの布団に包まれ、心地よく目を閉じると、今日の全てが夢のように思え、いつの間にか深い眠りに落ちていった。
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