奴隷商人は紛れ込んだ皇太子に溺愛される

葉空

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厭人の王と人間の僕

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 一瞬の出来事に、ポカンと放心していると青年が片手で頬を引っ張ってきた。

「何するんですか」

 その反応に青年は不服そうに眉を顰めると手を下ろした。彼のよく分からない動きに、俺は戸惑うしかなかった。

 いまだにじっと見てくる彼に負けずに見つめ返すと、青年はようやく口を開いた。

「お前、名は?」
「名?」
「名前だ」
「それくらい分かります!」

 急に聞かれてつい繰り返してしまっただけなのに、名前だと指摘されるとは思わなかった。

「俺は、伊那いな 春利はると」です!あんたは?」
「春利…」

 彼はそう呟くと春利を観察する様に上から下まで見た。

「で、あんたの名前は?」

 無視されたことにムカついて、再び聞くと彼は少ししてから口を開いた。

「……ジン」
「ジンって言うんだ」
「はい」

 突然背後から聞こえてきた声にびっくりして、青年に抱きつくように腕を回すとクスリと笑う声が聞こえてきた。

「ようやく目をさまされたようですね。」

 突然現れた執事の格好をした彼は、春利を見るとホッとしたように目尻を緩めた。その温かい視線に慣れなくて、視線を逸らすと青年は春利の顎を掴んで執事の方に向けた。

「ジン」
「何でしょうか?」

 あっ、ジンって執事さんの方の名前か。

 そんなことを考えていると、訳の分からない話が始まった。

「こいつ、違う」
「……はあ?」
「こいつ、伊那春利だって」

 執事は驚いたように目を見開くとじっと春利を観察し始めた。それが居心地悪くて、逃げたくなるがいつの間にか腕によって拘束されており無理だった。

「…確かに魂の色は違いますね」
「魂?」

 訳の分からないことを言われる。

「だが、アイツの魂も残ってるんだ」
「どれどれ……ああ、本当に僅かですがありますね」

 ようやく拘束が外れたので距離を取ろうとしたが、足は動かなかった。ここまでくると腰を抜かして動けなかったわけでも、拘束されて動けなかったわけでもないと気付く。

「何で?」

 ポツリと呟いた言葉と春利の視線の先で言いたいことに気付いたのか、執事は「ああ」と納得した声をあげた。

「春利様、まだ治っていないので動けないと思います。」

 そう言われて体を見渡すが、自分ではどこを怪我しているのか分からない。どこも痛くはないし、見た感じ出血している場所もない。

「王、治さないのですか?」

 執事は背後にいる青年を見つめたので、春利も同じように見つめてみる。どうやら、彼ならこの動かない体をどうにか出来るらしい。

 早く治してくれと圧力をかけ続けていると、春利の願いが通じたのか王と呼ばれた彼が動いた。春利の頭に手を置くと、そこから何か温かいものが流れ込んできた。

 じわじわと体全体が温かいと感じるようになった頃、頭に置かれていた手が離れていってしまった。それが寂しくて追いかけようと手を伸ばすと、バランスを崩して倒れ込んでしまった。ベッドの上だから痛みはなかったので良かった。

 春利は手をついて体を起こそうとする。その拍子に先ほどまでピクリとも動かなかった下半身が動いたのだ。

「あっ!」

 ようやく自分の意思通りに動くようになった足に感動してパタパタと動かしていると、王から耳を疑う言葉が飛び出てきた。

「これでゾンビになったな」

 驚いて王を見ると彼は口角を上げて笑っていたのだ。春利が初めて見た紫色の瞳を細めながら。
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