どこまでも続く執着 〜私を愛してくれたのは誰?〜

あさひれい

文字の大きさ
1 / 103

はじまり 社交デビューの夜

しおりを挟む
アマリア・スタンリールが、自分が世間から「名ばかり侯爵の娘」と揶揄されていることを知ったのは、社交デビューの日だった。
煌びやかな夜会のホールにうっとりとできたのは、一瞬のことで、くすくすと含み笑いの声や突き刺さる視線を一歩、一歩と進むたびに感じずにはいられなかったからだ。
エスコートをしてくれているのは、父のエドワードだ。きっと父もこの苦しい状況に歯噛みしているに違いない。

アマリアの父、エドワードはスタンリール侯爵という地位を持ちながらも、先代である祖父には遠く及ばないといつも非難されている。しかも、エドワードは先代の一人娘であったアマリアの母、ミリアリアに婿入りした身であり、没落寸前だったしがない男爵だったエドワードの一家では、幼い頃からの英才教育など受けてこなかった。デビューの日の夜会で、エドワードに入れ込んだミリアリアが「エドワードと結婚できないなら修道院に入る!」と散々な駄々をこねた末の結婚だったのだ。
領地経営は未だに先代から指摘を受けることばかりで、先代から仕えている執事なしでは立ち行けないとさえ言われている。世間では嘲笑の対象であり、それを隠しもしない。スタンリール侯爵家はもはや「名ばかり侯爵」と言われて久しいのだ。

しかし、その一方、そこまで人々の耳目を惹きつけるだけの美貌をスタンリール侯爵家は持ち合わせていた。
母、ミリアリアは侯爵家の一人娘であるだけで社交界では社交デビュー前から噂に上っていた。
そして、社交デビューの日、その美しさに誰もが目を奪われたのだ。金髪碧眼、透き通るような白い肌にバラのように薄く色づく頬、朱色の唇はぷるぷるとみずみずしく、16歳の可憐な胸元はみずみずしく輝いており、そこから続く折れそうに華奢な腰、そこから膨らむ腰への曲線美に誰もが吐息をもらした。先代は誇らしげに胸を張り、侯爵家が好んで身に着ける青と白を基調としたドレスを身にまとう娘をエスコートしていた。


そして、現在、誇らしげなデビューとは到底言えないアマリアの社交デビューをエスコートするエドワードは、緊張のあまり小刻みに震えだした娘アマリアの手をそっと包み込んだ。
泣きそうに歪んでいた母親譲りの碧眼を温かく見つめ「大丈夫だよ」と優しく声をかける。

「ミリーのデビューの日もね、そのあまりの美しさに歯噛みした人たちがこぞって色々なことを口にしたものだよ。ミリーにはかなわないってわかっていたからね。嫉妬は人の口を軽くするんだよ。気にしない気にしない」

「はい、お父様」

ふわっと微笑むアマリアに幾人もの紳士が息をのむ。

アマリアもまた、スタンリール侯爵家の血をしっかりと引き継いだ美しい少女だった。
スタンリールの証とさえ言われる、金髪碧眼。白い肌。
そして、代々強すぎると言われていた性格は、父エドワードの柔らかさを受け継ぎ、控えめで、儚げでさえあった。
男の欲望をそのまま具現化したような存在に、突き刺さるような視線はさらに鋭さを増していく。
うつむきがちに歩くアマリアを支えながら、エドワードはその視線にさらされる娘がかわいそうでならなかった。

「お父様?今夜はお父様とだけ踊るのでは、やっぱりだめなの…?」

「うーん、そうだね。デビューの夜とはいえ、父とだけというのはね…」

「でも、私…こわくて…」

青い瞳がすぐに涙でいっぱいになってしまう。そっと拭いながら、震える肩をさすってやる。
アマリアのダンスは完璧だ。ミリアリアから直接指導を受け続けてきたのだから。きっと目をつぶっていでもステップを間違うことはない。それだけの淑女教育をアマリアはこなしてきた。
でも、それ以上に好奇の目で見られることが怖くてならないのだ。アマリアもまた一人娘であり、厳しい先代からでさえ溺愛され、父母からも愛され、使用人たちからも慕われ、家庭教師に温かく成長を見守られてきた。優しい大人に包まれ、同年代との関わりをほとんど持つことなく、領地にある広大な屋敷からほとんど出ることなく育ったアマリアには晴れやかなデビューの日は嫌で嫌でたまらない日でもあったのだ。

「私、ずっとお父様とお母様のもとにいたい。お嫁にも行きたくない」

「ははっ。父親としては嬉しいけど、ミリーはきっと許してくれないんじゃないかな?家を出るときだって言われたろう?素敵な人を見つけなさいねって」

「ちがうわ。お父様のような素敵な人を見つけなさいねって言われたのよ」

「そうだったね。私はミリーに見つけてもらったんだよ。今でもこうして愛されていて幸せだ。そして、こんなにかわいい娘まで授けてくれて、もう何も不満なんてないよ」

エドワードはそっとアマリアの頬にキスをする。青白くなっていた頬に少しだけ赤みが出た。
アマリアは人目もはばからずエドワードに抱きつく。
エドワードもそっとその背に手をそえて、落ち着くように撫でてくれている。

「でも、アマリアが社交の場を嫌いになったら困るから、今夜は一曲踊ったら、休憩室で休んでいようか。頃合いを見て、帰ることにしよう」

「本当に、お父様っ」

ぱっと嬉しそうに顔を上げたアマリアに苦笑しつつ、そっと手を差し出してエスコートを続ける。

「でも、必要な方々への挨拶はしないといけないからね」

「はいっ、わかりました」

ようやく満面の微笑みを見せてくれた娘にエドワードも満足気に頷いていた。

エドワードに手を添えながら、アマリアは長身の父の横顔をそっと見上げる。

お父様、お母様が見つけたのはお父様ただ一人なんですよ。あんなに美しいお母様が心惹かれたのはお父様だけ。

アマリアは控えめで優しい父が大好きだった。人々は嘲笑の対象にするけれど、エドワードもまた人の目を引かずにはいられない美貌の持ち主でもあった。
すらりとした長身、茶色の髪は年を重ねるごとにその深みを増していく。髪と同じ茶色の瞳はいつでも慈愛に満ちていた。その美貌とは対極に、幼い頃から領民と共に農作や盗賊退治にさえ駆り出されていたため、体は騎士のように鍛え上げられている。
没落寸前の男爵家だった父は、社交デビューさえ危うかった。それを親類縁者が「きっと最後の社交の日」となけなしのお金をはたいて、型落ちではあったものの正装一式を用意してくれた。そして、その好意を無下にできずに参加した夜会で、エドワードはミリアリアに出会った。
社交の華であったミリアリアが、うんざりしてバルコニーに出たときに、先客として涼んでいたのがエドワードだった。
社交どころか、貴族としての嗜みさえ知らないエドワードは、ミリアリアのことなど知るよしもなかった。

「あぁ、君も休みに?どうぞ、私はもう失礼するから」

普段通りに声をかけただけだった。それがミリアリアの心を強く揺さぶった。

「お待ちになって」

ミリアリアの横を通り過ぎようとしていたエドワードを引き留め、バルコニーで他愛ない話をして過ごした。


それが、父と母の始まりだったそう。母が繰り返し話して聞かせてくれた。
欲のない父だから、母は惹かれた。

私のような、醜聞の家門の娘に、跡取りになりたいという欲目もなく、私自身に興味を持ってくれる方がいるなんて到底思えない。
お母様のような人を見抜く力さえ、私にはないのだもの…
それに…お母様のようにはお胸も大きくならなかったし…
視線を落とすと、ギリギリ平らではないだけの自分の胸を見ては落ち込む。
お母様と並ぶと姉妹のようって言われるけれど、私、いつになったらお母様のようになれるのかしら。
お父様と出会ったときはお母様はもうお胸は大きかったのかしら…お父様に聞いたら教えてくれるかしら…

アマリアは父母のような運命的な出会いに憧れながらも、それが非現実的であることも理解できていた。
そして、自分が至らないところばかりで、優しく包んでくれるのは周りにいる大人ばかりということも薄々気づいていた。それが今夜確信に変わっただけだ。


あぁ、帰りたい。もうずっとお屋敷にこもっていたい。


必死に覚えた貴族名鑑を頭の中で広げながら、挨拶周りとしているアマリアには、「帰りたい」以外のことは何も浮かんではこなかった。


そして、そのアマリアをじっと張り付くように見つめている存在にも当然、気づくことはなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

愛されないと吹っ切れたら騎士の旦那様が豹変しました

蜂蜜あやね
恋愛
隣国オデッセアから嫁いできたマリーは次期公爵レオンの妻となる。初夜は真っ暗闇の中で。 そしてその初夜以降レオンはマリーを1年半もの長い間抱くこともしなかった。 どんなに求めても無視され続ける日々についにマリーの糸はプツリと切れる。 離縁するならレオンの方から、私の方からは離縁は絶対にしない。負けたくない! 夫を諦めて吹っ切れた妻と妻のもう一つの姿に惹かれていく夫の遠回り恋愛(結婚)ストーリー ※本作には、性的行為やそれに準ずる描写、ならびに一部に性加害的・非合意的と受け取れる表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。 ※ムーンライトノベルズでも投稿している同一作品です。

兄様達の愛が止まりません!

恋愛
五歳の時、私と兄は父の兄である叔父に助けられた。 そう、私達の両親がニ歳の時事故で亡くなった途端、親類に屋敷を乗っ取られて、離れに閉じ込められた。 屋敷に勤めてくれていた者達はほぼ全員解雇され、一部残された者が密かに私達を庇ってくれていたのだ。 やがて、領内や屋敷周辺に魔物や魔獣被害が出だし、私と兄、そして唯一の保護をしてくれた侍女のみとなり、死の危険性があると心配した者が叔父に助けを求めてくれた。 無事に保護された私達は、叔父が全力で守るからと連れ出し、養子にしてくれたのだ。 叔父の家には二人の兄がいた。 そこで、私は思い出したんだ。双子の兄が時折話していた不思議な話と、何故か自分に映像に流れて来た不思議な世界を、そして、私は…

壊れていく音を聞きながら

夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。 妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪 何気ない日常のひと幕が、 思いもよらない“ひび”を生んでいく。 母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。 誰も気づきがないまま、 家族のかたちが静かに崩れていく――。 壊れていく音を聞きながら、 それでも誰かを思うことはできるのか。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて

アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。 二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

処理中です...