どこまでも続く執着 〜私を愛してくれたのは誰?〜

あさひれい

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休憩室での出会い

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挨拶回りもデビュタントのダンスも終わり、次々に申し込まれるダンスの手を、「すまない、娘が少し具合が悪いんだ」というエドワードがさりげなくかわし、手筈通りに休憩室に逃げ込むようにアマリアは入室した。

はぁーっと貴婦人らしからぬため息をつく。
エドワードは苦笑しながら、アマリアをソファに座らせ、部屋に準備してあった果実水をグラスに注ぎ、手渡す。

「お父様、ありがとう」

「いえいえ。私の大切な女の子だからね」

「もう、デビューしたのに」

「本当に。いつの間にこんなに大きくなったんだろうね」

そっと乱れた髪を直しながら、感慨深げにつぶやく。

「アマリア、私はまだ話をしなければならない方々がいるんだ。ここでおとなしく待っていなさい。もちろん、気持ちが変わって、誰かとダンスを踊りたくなったら、あちらに戻っても構わないからね」

「私、もうダンスはお父様だけで十分ですわ」

くすくす笑いながら、部屋を出ていくエドワードを見送る。
静かになった部屋へもう一度、大きく息を吐く。

「デビューがこんなに大変なことなんて。他のデビュタントの皆様はあんなに楽しげでびっくりしたわ…」

堂々とダンスの誘いに笑顔で応えて、ホールに出ていく同い年のはずの少女達がうらやましいような、自分はああならなくてもいいかなと心は複雑だった。

しばらく、果実水や果物を頂きながらくつろいでいると、廊下が騒がしくなった。
アマリアはソファから立ち上がり、ドアのほうへそろりそろりと近づく。
そっと耳をあてて、声の行方を追ってみた。しかし、いくつかの声が重なっていて聞き分けることができない。

「どうしましょう‥‥ここの鍵をかけてしまってもいいのかしら…」

誰かと鉢合わせすることが気まずいので、いっそ鍵をかけたいが、それがいいことが悪いことかも判断できない。

もういいわ、鍵をかけてしまいましょう。

そうドアに手をかけたのと、外側からドアが押し開けられたのはほぼ同時だった。

「きゃあっ」

「しっ、静かにっ」

急に部屋に押し入ってきた存在にいきなり抱きすくめられ、口を大きな手で塞がれた。
アマリアは突然の出来事と湧きあがる恐怖で心臓の音がうるさいくらいに響いていた。

廊下の喧騒が静かになり、ようやくその手が離された。

「突然、このような乱暴なことをしてしまって、本当にすまない。きっととても驚かせたことだろう」

すっと口元から手が離れ、抱きしめられていた腕をほどかれた。
アマリアが恐る恐る顔を上げると、長身の黒髪黒目の麗しい男性が立っていた。

えっと…確か…

「お怪我はなかっただろうか、アマリア嬢」

すっと手を差し伸べられ、名前を呼ばれて、アマリアは「どうしましょう。やっぱり先ほどまでにご挨拶をした方々の中にいらっしゃったどなたかなのだわ」と自分の適当な挨拶回りを悔やんだ。

おずおずと差し出された手に、自分の手を重ねつつ、顔を伏せた。

「あの…ありがとうございます。私は大丈夫です。少し、驚いただけですので…」

そのままソファにエスコートしようとしてくれているのか、数歩進んだところで、歩みが止まった。

「ここでお休みになっていたのかな。果実水でいいかな。それともワインでも?」

テーブルに置きっぱなしになっていたグラスを見て、気づいてくれたらしい。
スマートな気遣いに頬を染めながらソファに腰を下ろした。

「あの、もうお腹いっぱいで…」

「ふふっ」

優しそうな声で笑ったような気がして、顔を上げると、口元を抑えながら、アマリアを見て微笑んでいた。

「少しご一緒してもいいだろうか。まだあちらに戻ると騒がしいだろうから」

「あ、はい、どうぞ、こちらでよろしかったら」

ワイングラスに赤ワインを注ぎ、アマリアの前にある一人掛けの椅子に腰かけ、すっと脚を組んだ。

わぁ、長い脚…
アマリアがその所作の美しさに思わず嘆息する。

「アマリア嬢は、どうやら私を覚えていないようだね?」

「えっ?あ、あの…その…申し訳ありません…」

否定しようにも、名前が全く出てこないので、言い訳もできなかった。
名前さえ思い出せれば、貴族名鑑に載っていた情報は全て引き出せるのに…

「では、改めてご挨拶させていただこう。ヘンドリック・アルバートンだ。」

「ヘンドリック・アルバートン様‥‥」

声に出して繰り返して、自分の記憶と照合していた。

アルバートン…アルバートン公爵様!!

アマリアはすっと立ち上がり、淑女の礼を慌てて取る。

「公爵様、大変な失礼を致しました。申し訳ございません。」

「アマリア嬢、そんなにかしこまらないで。頭も上げて。座っていいから」

「公爵様…ありがとうございます…」

視線を上げると、アルバートンはずっと同じように微笑んでくださっている。

あぁ、なんてこと。公爵家の方とご挨拶させていただいたのに、そのお顔とお名前をしっかり覚えてもいなかったなんて。
だって、まさか、どなたかと個人的にお話するとは思っていなくて。お父様がいらっしゃると思って。
あぁ、私はデビューなんてしてはいけなかったのだわ。まだこんなにもできないことばかりで。

「アマリア嬢、デビューの日なんだから、失敗もたくさんあるさ。これから、同じように失敗しなければいいだけのことだから。それに、私と二人の間で起きたことなんて、失敗の一つにもならないよ」

膝の上で手を握りしめて震えるアマリアにアルバートンが優しく声をかけてくれる。

「ありがたいお言葉に返す言葉もございません…」

アルバートン公爵様は、確か27歳で公爵位を引き継がれたばかり。独身でいらっしゃったはず。
こんなに見目麗しくて、お優しいのに、どうしてかしら。
一目で高級である装いは気品に満ち溢れ、まなざしも態度も言葉も堂々としたもので、公爵にふさわしい威厳に満ちている。

「今夜は、侯爵夫人はいらっしゃらなかったのかな?」

「あ、母は、足を怪我してしまって、今夜は来ることがかないませんでした」

「それはそれは。酷い怪我なのかな。あとで見舞いを贈らせていただこう。大事な一人娘のデビュタントを見られなくてさぞかし残念だったろうね」

「いえ、そんなもったいないお言葉です。母は…その…私のダンスのレッスンに付き合ってくださって」

「あぁ、それでお怪我を?」

「いえ、母のダンスは完璧です。お手本として父と母が踊ってくださったんですけど、父がステップを踏み間違えて、母をその…押し倒してしまいまして…」

「それはまた…」

「母はそれからとっても厳しい先生になりまして、父にデビュタントで私の恥になったらいけないと、私も父も毎日くるくるくるくる」

「あぁ、アマリア嬢、本当にあなたは…」

「えっ?」

つらつらと話していたアマリアの前に大きくて美しい手が差し出されていた。

「そんなにダンスの練習を頑張ったのに、踊ったのがお父上一人だと知ったら、お母上は悲しがるんじゃないかな」

「えっ、私とダンスを?」

「申し込ませてはいただけないだろうか」

「でも、公爵様、私ではとてもお相手なんて務まりません」

「デビューの日だよ?そんなの誰も気にしないよ。大丈夫。一曲踊ったら、一緒に侯爵を探してあげよう。そのまま帰るといい」

「よろしいのですか?ありがとうございます。父も母もきっと喜びます!」

アマリアはぱっと笑顔になり、そっと手を重ねる。
父よりも大きな手。そして、初めての異性とのつながりだった。

「私、ダンスの先生と父以外の方と踊るのは初めてで」

「光栄だね、アマリア嬢のそんな相手にしていただいて」

アルバートンはいたずらっぽくウインクをすると、そっとアマリアの手に口づけする。アマリアは恥ずかしさで頬を紅く染め、視線をそらしてしまう。

とても直視なんてできないわ。公爵様にお誘いいただける日が来るなんて。

アルバートンは手慣れた様子でアマリアをエスコートして、部屋を出る。
まだうっすらと頬を上気させているその様子に、微笑みながら、その瞳の奥には確固たる意思をたぎらせていた。
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