どこまでも続く執着 〜私を愛してくれたのは誰?〜

あさひれい

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子兎に仕掛けられた罠

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しどげなくベッドに横たわるアマリアは、まるで穢れを知らない美しい少女だ。

昨夜とは全く異なる下着を身にまとい、その裸体をわずかに隠しただけの姿でさえ、可憐なだけ。



「大きくなったね、アマリア」



ベッドに広がるアマリアの美しい金色の髪を撫でながら、幾度となく訪れるこの胸の昂ぶりと、全身が痺れるような甘い感覚に酔っていた。









アマリアを初めて見かけたのは、もう10年以上前の新年の王宮でのパーティだった。

全ての貴族は陛下と皇后陛下への謁見のために王宮に集まり、高位の貴族からその順番が回ってくる。

早々に挨拶も済んだ父と私と弟は貴族たちが待つ会場を挨拶をしながらパーティ会場へと移動しようとしていた。



その時、あどけなさの中にも美しさを宿したアマリアがいた。まだ6歳ぐらいだったろうと思う。

一緒にいるスタンリール侯爵と侯爵夫人の元で所在なげにしながら、それでも王宮をきょろきょろと見回している姿がかわいらしかった。後ろから彼女を抱き上げた、先代の侯爵がこれまで見せたこともないような柔らかい表情で彼女に微笑みかけていたのが印象的だった。



あの子がスタンリール侯爵の一人娘。もう次の子は生まれないだろうと噂されていたし、侯爵は夫人に切望されて婿に入ったから、愛人を設けるはずもない。夫人のときのように、きっとあの子が後継者になるのだろうと直感でわかった。

既に公爵家の後継者としての教育をほとんど終わらせ、社交界での面倒なばかりの関係性にうんざりしていた私は、あの小さい子がゆくゆくはその身に重い責任を背負うことになるだろうことに、少しばかり同情していた。

しかも、彼女は女性であるがゆえに、その爵位だけを虎視眈々と狙う輩の中から伴侶を選ばなければならなくなるだろうことは容易に想像がついた。

彼女を守る侯爵と夫人、そして先代が、厳格な目を光らせている間はなんとかなるのかもしれない、と勝手に想像をしながらその場を去った。



それが始まりだった。





次にアマリアを見かけたのは、王宮でのお茶会だった。

既に数年が経っており、私はいつ誰と婚約するのか、誰が公爵夫人になるのかと騒がれ始めていた。勝手にその候補者の名前が社交界で挙げられてその令嬢達から囲まれたりしながら過ごしていた。

貴族ならば、政略結婚は至極当然のことで、その中から公爵家のために最善の選択をしなければならないと常々理解していた。くだらない、つまらないと思いながらも、すり寄る令嬢達と表面上はにこやかに談笑していた。



一緒に来ていた弟のロビンを探そうと、令嬢達から離れ、庭園を歩いているときだった。



「この木がうさぎの形をしていたらいいのに。そうしたらあの木の実をとりたくてぴょんぴょんしてるみたいにみえないかしら」



耳によく通る女の子の声がして、ふとそこに目をやると、広大な庭園の中でその身を隠すように少女がいた。

庭園の木を触りながら、隣にある木の実を見つめていた。やがて、その実をとろうと背伸びをしたり、小さく跳んだりする様子が、煩わしい世界とはかけ離れたところのようで静かに見つめていた。



その子がアマリアと気づいたのは、彼女が振り返った時だった。



「スタンリール侯爵の…」



その時、アマリアは10歳だった。背は伸び、まだ子供らしい丸い輪郭にぷっくりとした唇、桃色の頬、でも際立つ大きな目。体はまだ丸みも膨らみもなかったが、すらりと伸びた手と美しい全身の線が、この子は将来美しくなる、と確信した。さすが、社交界の華と称えられた夫人の娘だと思った。



「おい、アマリア!」



さっと木の陰に身を隠し、その声がする方を見た。数人の令息らがアマリアを見つけて声をかけたようだった。

アマリアよりもいくつか年上のように見えた。



「おまえはいつ見ても田舎くさい格好ばかりだな。それに全然似合ってない」



「おまえみたいなどんくさいのが侯爵家の跡取りなんて、おまえの両親はかわいそうだな」



「近いうち、おまえはきっと俺達の中から婿を選ぶぜ。だって、お母上が言っていた。おまえを手に入れれば爵位も領地も俺達のものだって」



幼い、なんて幼稚な奴等だろうと思いながら、その一人一人の顔を目に焼き付けた。

私に背を向けているアマリアの表情はわからなかったが、その体は先ほどよりも余程小さく見えた。



「私…私…誰にも蔑まれたりなんかしない侯爵家の跡取りにちゃんとなるわ…!」



必死に、声を振り絞って、アマリアはそれだけ言うと、駆け足でその場を去った。

きっと、あのような輩がいるせいで、アマリアは一人隠れるように庭園で過ごしていたに違いない。

彼女の父が、「名ばかり侯爵」と揶揄されていると噂では聞いていた。

でも、彼女は…アマリアは、自分の置かれている立場をしっかり理解し、その期待に応えようとしている。

何の障壁もなく、公爵家を継ぐ自分はあれだけの覚悟をしたことがあっただろうかと、小さなアマリアに敬意を持った。



彼女の力になりたいと、素直にそう思った。

姉が毒を盛られ、今ではその才能を開花させたけれど、その間の辛酸は筆舌に尽くしがたい。女性が一人で立ち続けるには、男性のそれとは比べ物にならないほどの苦労を強いられるだろう。



その日から、私の配下を使って、アマリアのことを詳細に調べ始めた。

姉の手の者を借りて、使用人として潜入したものたちも何人もいる。既にアマリアには専属の侍女がいて、最も信頼され、慕われる使用人の立場にはなれなかったが、アマリアの生活のことを知るには大いに役立った。

アマリアの家庭教師の資質が疑わしく思えば、すぐさま適任の者をスタンリールの家臣達から進言させて変更させたりした。その教師から、教えている内容、アマリアの反応まで詳細に記載させた報告書を読むのが日課のようになった。



優秀な画家を同様に人を介して何人も紹介し、毎年のように家族やアマリアの肖像画を描かせ、そして必ず複製を私に進呈させた。少しずつ成長し、美しくなるアマリアを部屋に飾ったそれらを眺めながら感慨にふけることもあった。



アマリアが姉のように理不尽に傷つけられることのないよう、守ってあげたいと心から思っていた。



嫌な噂を耳にすることのないように、同年代の令息らから距離をおけるよう、参加するにふさわしいものをそれとなく侯爵らの耳に入れられるよう侯爵家の使用人や執事見習いたちに情報を流した。



アマリアがまっすぐな心のまま成長して、いつか誰かふさわしい者に出会えるまで、守ってあげたいとそう思っていた。



アマリアが14歳のとき、王都に滞在中、体調を崩した。心配した夫人らが近くのどこか良い静養地を探していると耳にして、王都から馬車へ半日ほどのところにある美しい庭園を備えた家臣の別邸を思い出し、そこを進言するように手配した。

後継者教育もどんどん難易度が上がり、それに健気に応えるアマリアには心をゆっくり休める場が必要だと思っていた。

アマリアと数人の使用人がそこに入ったと聞き、数日後、私も馬車を出した。

アマリア専属の侍女には、移動する前日、発疹が出たり、かゆみが出る薬草を混ぜたお茶を飲ませ、同行させないようにしていた。

私が静かな邸宅に着くと、使用人らにアマリアが過ごしている庭園へと先導させ、誰も近寄らせないように人払いをした。

しかし、声をかけるつもりはなかった。あくまで陰の存在として、アマリアを見たいと思っていた。



アマリアは庭に敷布を置き、その上に侍女らが用意したのであろうサンドウィッチなどの軽食や飲み物があった。庭園でピクニックを楽しんでいるようだった。

この素朴で、野原を再現したような、それでいて完璧に手入れのされた邸宅を勧めてよかったと、アマリアの笑顔を見て心から思った。



14歳に成長したアマリアは、もうその美しい花の蕾がいつ咲くかを待つだけの可憐な少女になっていた。

日の光を反射する美しい金色の髪、白く透き通る肌、みずみずしい唇、細く長い首、膨らみ始めた胸元、折れそうな腰、丸みの出てきた臀部に裾から垣間見える細い足首。

誰もが振り返り、その視線を独り占めするのも近いだろうと、漠然と思っていた。



「まぁ、うさぎ!子うさぎもいるわ!」



アマリアは嬉しそうに声をあげ、汚れるのも気にせずに草原に膝をつき、うさぎらを撫でたり、抱いたりしていた。



「あなたたちがみんなが言っていたここのかわいらしい妖精さんね!見つけてみてって言われて、今日はお庭で過ごしていたのよ?会えて嬉しいわ」



しばらく撫でたり、サンドイッチに入った野菜を食べさせたり、膝に乗せたりして楽しんでいた。



「ここは本当に素敵なところね。私、とても気に入ったの。また来られるかしら。でも、お勉強があるし、もうすぐ社交デビューもあるの…私、少し、疲れてしまったわ…頑張らないといけないのに…だめね。私が弱音を吐いたら、みんなが悲しむもの」



うさぎを撫でながら、アマリアはぽつぽつと語る。胸がしめつけられるようだった。

やがて敷布に横になり、うさぎが走り回るのを同じ目線で見ていた。



「でも、少しだけ…ここにいる間だけ…お休みさせてもらえるの…」



アマリアはしばらくうさぎを触ったりしていたが、ふと黙り込み、静かに瞼を閉じた。

目をつぶっただけかと思ったが、寝入ってしまったので、このままではいけないなと思い、そっとアマリアに近づいた。



気持ちよさそうに眠るアマリアについ微笑んでしまう。こんな無防備な存在が私の周りに一人でもいるだろうか。

無垢で、健気で、臆病なのに、誰よりも力を尽くそうとする優しいアマリア。

しっかりと間近で顔を見たのは久しぶりだった。



「大きくなったね、アマリア」



そっとその頬に触れた瞬間、突然何かに胸を刺されたような強い痛みが体の内側から全身に広がった。

一瞬、何が起きたかわからなった。そして、無意識のまま移した行動に自分自身で驚いていた。

アマリアの唇に、唇を重ねていた。そっと触れるだけの、まるで幼い、キスだった。

アマリアからフリージアの香りがした。

そして、唐突に理解した。私は、アマリアを守りたいのではない、アマリアが欲しいのだと。

これまでの行為は庇護欲からでも、姉を守れなかった罪悪感ゆえのことではなく、アマリアへの自分の執着なのだと気づいた。



「あぁ、そうだったのか。私は、君を手に入れるために生きているんだね」



もう一度、アマリアにキスをして、すっと立ち上がった。



「アマリア、次に会う時には、君はもう私のものだ」



その場を去り、使用人たちにアマリアを迎えに行かせ、そのまま馬車に乗り、王都へと戻った。



清々しい気持ちだった。何がこんなに胸につかえていたのかさえ、もう今は思い出せないほどに。

アマリアを手に入れる。そう、そのためにしなければならないことが山ほどある。思い悩む暇などもうない。



社交デビューの前に婚約を結ぶことも難しくはないだろう。こちらからの提案や養子の話を出せば、侯爵家が拒絶するはずもない。しかし、それではアマリアが憧れる物語にはならないだろう。

無理やりでも政略ゆえでも、あってはならない。

アマリアが憧れるような、侯爵と夫人の物語のような。そして、それはただ一つの間違いも許さず、完璧でなければならない。



アマリアのことを考えるだけで、体中の血が沸いた。アマリアは私の生きる理由であり、息をする意味だ。

もはや他の誰も必要ではない。全てが肉の塊に過ぎない。触れることさえ、ただおぞましい。



王都の公爵邸に帰り、父に、正式に後継者としてその爵位を譲り受けること、婚約者をアマリアにすること、そして、今後その計画を実行に移すこと、その間社交には出ても誰にも触れることはないと宣言した。



アマリアは必ず手に入れる。悩む理由も、迷う隙も与えるつもりはない。







「アマリア、私が持つ権力も富も、この体も心も、この身に流れる血の最後の一滴まで全ては君のためにある。愛しているよ、これからもずっと、君だけを」



眠り続けるアマリアの唇にキスをして、胸元のリボンをそっと解いた。
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