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淑女の嗜み
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アマリアは食堂で一人、ゆっくりと豪華な朝食を食べた。
デザートが終わると、料理長がやってきて、感想や好き嫌いを確認し、深々と頭を下げ、厨房へと戻っていった。
昨日から出会う人ほとんどがアマリアよりも年上で、人によっては両親よりも年上であるのに、誰もが優しく微笑みながらアマリアに対応してくれる。
スタンリール家の使用人たちもよい人たちがたくさんいたけれど、公爵家の使用人たちはどことなく統制がとれているというか、無駄のない言葉だったり、動きだったりが、家格の違いなのかもしれないとアマリアはつらつらと考えていた。
執事長のソシュールがやってきて、今日の予定を説明した。
「奥様、本日はドレスの仕立てにマダム・イベットが参ります。奥様のお披露目と婚約式のドレスをお仕立てする予定です。その他にもデザイン次第で、気に入ったものがあれば買うようにと旦那様からの指示を受けております。結婚式のドレスに関しましても、デザイン画を持参するそうですので、どうぞゆっくりお選びください」
「そう、ありがとう。ドレスができないことには、お披露目もできないものね…」
アマリアは表情には出さなかったが、ドレス選びが得意ではなかった。どれがいいのか、何が流行っていて、それは自分に似合うのか、色々なものを見れば見るほどわからなくなり、いつも同伴してくれる母がそのほとんどを決めてくれていたからだ。
しかし、公爵家にはアマリア一人。うまくできるか、不安でならなかった。
「奥様、クリスティ様が同席しても構わないかとおっしゃっていました。マダム・イベットはクリスティ様と懇意ですので、ご一緒にお選びになってはいかがでしょうか?」
「まぁ、クリスティ様が?あ…でも、ご迷惑ではないかしら…」
「そんなことはございません。クリスティ様は、常々旦那様やロビン様を着飾ることができなくてつまらないとおっしゃっていましたし、家門の夫人たちは皆、クリスティ様の最先端の慧眼にあやかってドレスを仕立てておりますので、奥様ばかりということではございません。どうぞ、お気に揉まれませんよう」
「本当に?それなら…お願いしたいわ。私、直接クリスティ様のところに伺いたいの、いいかしら」
「かしこまりました。エルザ、クリスティ様のところへ、先にお伝えに行くように」
「承知しました」
エルザが軽く頭を下げて、すぐに食堂を出て行った。ソシュールも礼をしていなくなり、アマリアは残っている紅茶を口に含んだ。
まずは、昨日、晩餐に参加できなかったことをお詫びして、今日のドレス選びにご一緒してくださらないかお願いして…とクリスティに何を話すか、頭で繰り返し考え、何か失礼なことはないかと思い巡らせていた。
エルザが戻り、クリスティのもとへと先導される。クリスティは中庭でゆっくり過ごしているそうで、私は初めて公爵家の中庭に足を踏み入れた。
アマリアは、公爵邸は段差がなかったり、中と外につながる場所にはスロープになっていたり、中庭の舗装は小さな石さえなく、クリスティの車椅子が動かしやすいように完璧に配慮されていることに気づいた。
私もよくなんでもないところでも転んでしまうから、段差がないのはありがたいわ…と自分の運動能力のなさにため息をつきながら、エルザに続いていた。
しかし、中庭の景色を間近に見ると、沈んだ気持ちは一気に吹き飛んだ。
「まぁっ」
両手で口元をおさえ、その美しさに感動でする。
公爵邸の庭は広い。しかし、それをシンメトリーに造ることで、それを更に広大に感じさせる。
無駄はないが、華やかさはきちんとある。庭師の丹精込めた仕事ぶりがありありと伝わるようだった。
歩きながらそのひとつひとつに感動して、アマリアはきょろきょろとしてしまう。まぁとかわぁとか感動してばかりいるので、口はほとんど開いたままだ。
そして、白いガゼボのもとでクリスティがお茶をしているのを見つけると、慌てて姿勢を正し、やや緊張しながら近くへと進んだ。
アマリアに気づいたクリスティがにこりと微笑みながら手招きする。
「おはよう、アマリア。昨夜はよく眠れたかしら?」
「おはようございます、クリスティ様。はい、昨夜はぐっすり休ませていただきました。晩餐に伺えず、誠に申し訳ございませんでした」
アマリアが頭を下げると、クリスティは「気にしなくていいのよ」と言い、隣の椅子に座るよう勧めた。
エルザがさっと椅子を引き、アマリアが腰かける。
クリスティの侍女が完璧なタイミングで香りのよい紅茶を注ぎ、アマリアの前に置いた。
「うちの侍女達のマッサージはとても気持ちがいいでしょう?眠たくなってしまうのはわかるわ」
「はい、とてもとても気持ちよくて、私、天国があるならこんなところではないかしらと思ってしまったほどです」
「まぁっ。本当に可愛らしいのね、アマリアは」
くすくす笑うクリスティを見て、アマリアは怒っていらっしゃらないみたい…とほっと胸を撫で下ろした。
「あの…クリスティ様にはご迷惑かと思うのですが、マダム・イベットがいらっしゃると聞いて…その…」
「そうそう、ドレスの仕立てに来るのよね、私も同席していいかしら?」
アマリアが言い出す前に、さっとクリスティが申し出たので、アマリアはぱぁっと笑顔になり、大きく何度も頷いた。
「ぜひ、お願い致します。私、その、ドレスは好きなんですけれど、選ぶのだけはどうしても…」
「ふふふっ、いいのよ。素敵なドレスにして、ヘンドリックをびっくりさせてやりましょうね」
「はいっ」
心地よい風が吹き抜け、アマリアは目を細めた。
なんて、幸せなところかしら。スタンリールの両親に、こんなによくしていただいていることをお手紙で伝えて、安心させてあげなければ、とアマリアは考えていた。
「イベットはね、とても素晴らしい才能の持ち主なの。きっとアマリアの気に入るドレスになると思うわ」
「マダム・イベットとは、どのようなお方なのですか?」
「公爵家御用達だったのだけれど、最近ではその評価が知られて王宮やたくさんの貴族のご婦人方に人気があるようなの。イベットは元々、私がする孤児院で暮らす一人だったのよ。孤児院というよりも、身寄りのない子女がお針子の修練をする寮のようなところなのだけれど」
「まぁ、公爵家では孤児院をいくつも持たれているのですね。スタンリールでは管理を領地の家臣にお願いするばかりで、私は時々慰問に行くくらいしかできなくて…」
「公爵夫人になれば、社会的な活動は大事になってくるの。いくつか孤児院や救済院があるから、足を運んで頂戴ね。領民の暮らしを知り、改善していくことも私たちの大切な役割よ」
「はい。未熟ながら、私にできることを努めさせていただきます」
「素直でいい子ね、アマリア。あなたならきっと良い公爵夫人になれるわ」
穏やかな時間を過ごしていると、執事の一人がマダム・イベットの来訪を告げ、アマリアとクリスティは部屋を移動した。
既に部屋にはマダム・イベットが持参したドレスが並べられており、ドアの前では深々と頭を下げて二人の訪れを待っていたイベットがいた。
栗色の髪を高く一つに結い上げまとめて、おくれ毛の1本もない、美しい人だった。礼をしている姿でも、その洗練された所作が伺える。
「しばらくね、イベット」
クリスティが声をかけると、イベットが「クリスティ様、お呼びくださり大変光栄に存じます」と応えた。
クリスティに促され、アマリアは部屋の中央に置かれているソファに腰かけ、立ち並ぶドレスに目移りしながら、そわそわと落ち着かない様子だった。
しかし、アマリアの心配は全くの無用で、アマリアはただ静かに採寸をされているだけでよかった。クリスティとイベットの的を射た意見のやり取りで、どんどんドレスの仕上がりに向けて、デザイン画はできあがっていく。イベットの描くスピード、クリスティから受ける指摘をすかさず過不足なく絵におこす能力は素晴らしかった。
並んでいたドレスにもいくつか修正を加えて注文することになった。
お披露目と婚約式のためのドレスはヘンドリックの黒目黒髪、アマリアの金髪碧眼をお互いに組み合わせ、素敵なデザイン画が完成した。
「ほんと、私たちって、黒目で黒髪で、おもしろみがないのよね。アマリアのお披露目に全身真っ黒っていうわけにはいかないじゃない?本当はヘンドリックはアマリアの全てを自分色にしてしまいたいだろうけど」
クリスティが自身の黒髪を指ですくいながら、アマリアに笑いかける。やはり男女の違いはあっても、ヘンドリックとクリスティは似ていて、微笑まれるとついドキドキしてしまう。
「それで、イベット。私がお願いしたものは持ってきてくれた?」
「はい、こちらに」
イベットが助手の女性たちに指示を出すと、ひとつのトランクをアマリアとクリスティの前のテーブルの上に置き、さっと開けた。
「?」
アマリアは中を覗き込み、トランクの中にある色とりどりの布に首をかしげた。
全部、綺麗だけれど、薄い…布…?何かのサンプルなのかしら…?
しかし、クリスティが手で持ち上げて、それが何なのかようやく理解した。
「この薄い桃色は、アマリアの肌に映えそうね。着てみてくれる?」
「えっ、ク、クリスティ様、でもっ、それは、あの…」
「あぁ、こちらの淡いブルー、まるであなたの瞳を覗き込んだときの感動さえ思い起こさせるわ。これも、着て頂戴」
アマリアが酷く動揺しているのに、クリスティは淡々とトランクの中から次々と選び出し、エルザに渡す。
「大丈夫。ここには女性しかいないし、男性の使用人は決して近づかないように言ってあるし、扉の前には侍女が控えているから。念のため、カーテンも閉めてちょうだい。ほらこれで、誰も見ないわ」
「えっ、でも私っ」
アマリアが戸惑うのも当然だった。この部屋にいるアマリア以外の全員が落ち着き払っているが、アマリアに身に着けるようにクリスティが指示しているのは寝間着とは到底呼べない、ベビードールの数々だったからだ。
薄い…薄すぎる…これを肌に直接着ても、裸と変わらないのでは…
渡されたベビードールの軽さと薄さに、アマリアは衝撃を受ける。
しかし、有無を言わさず、衝立の向こうに追いやられ、エルザともう一人の侍女にドレスをさっさと脱がされ裸にされた。
きゃあきゃあとアマリアが声を出すのに、侍女たちは全く動じない。衝立の向こうにいるはずのクリスティやイベットも全く気にしない様子で、下着のデザイン画をさらに選んでいるような声さえする。
「これは…身につけなければならないものなのでしょうか…?」
おずおずと衝立から出てきたアマリアをクリスティは笑顔で迎える。
「まぁ、やっぱりこの桃色はいいわ。アマリアの清純さを表しているのに、その白い肌と美しい体に映えて、より素敵に見えるわ」
「でも、これは、このリボンが解けてしまったら、その…」
アマリアは胸元の白いレースのリボンをぎゅっと握りしめる。万が一にも解けてしまうのを恐れているからだ。
「そう、そのリボンを解くとき、きっとヘンドリックは感動するでしょうね。まるでラッピングされたプレゼントを開けるときの気持ちの昂揚が目に見えるようだわ」
クリスティがうっとりして言うと、周りの誰もが深く何度も頷いていた。「素敵です」「お美しいです」「女神のようです」と称賛の嵐だ。誰もアマリアの恥ずかしさを受け止めてくれない。
もじもじとするアマリアに、クリスティが優しく声をかける。
「アマリア、公爵夫人として一番大切なことはなんんだと思う?」
アマリアは、朝のヘンドリックとのやり取りを思い出した。
「あの…跡継ぎを産むこと…です」
「そう!そうなの、アマリア。そのためにはその下着が必要なのよ。アマリア、あなたはそれらを着ること、脱ぐことに慣れないといけないわ」
「跡継ぎを産むことに必要な下着…?」
アマリアにはよくわからないが、クリスティ他一同が「ええ、そうです」とまた何度も頷いてみせるので、アマリアは自分が知らないだけで、世間一般では普通のことなのかもしれないと戸惑いつつも「わかりました…」とつぶやいた。
「まぁ、でも脱がせるのはヘンドリックだから、自分で脱ぐことは一度もないでしょうけれどね」
とクリスティが微笑みながらつぶやいたのは、頭がいっぱいになっているアマリアには聞こえなかった。
そして、アマリアの下着の試着はそれからしばらく続き、全てが終わる頃にはアマリアはぐったりしていた。
イベットはデザイン画を1冊アマリアに手渡し、「ヘンドリック様のご要望がございましたら、ここにお印を」と言った。
アマリアは「跡継ぎを産むのは私ですのに、ヘンドリック様のご要望…?」と新たな疑問を抱いていた。
その夜、アマリアは食事を一人で取り、再びエルザ達に湯殿でぴかぴかに磨かれ、疲れた体にマッサージを施され、今日買ったばかりの桃色のベビードールを身に着けたときには、うとうとと夢見心地だった。
ヘンドリックの帰りを待つと言ったものの、エルザ達に「お帰りになりましたらお声をおかけしますので、お休みください」という優しい言葉につい頷いてしまい、自分のベッドで横になった。
深い深い眠りについたアマリアの部屋に静かにヘンドリックがやってきて、そっと上掛けを外したのはそれから数刻後のことだった。
デザートが終わると、料理長がやってきて、感想や好き嫌いを確認し、深々と頭を下げ、厨房へと戻っていった。
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「奥様、本日はドレスの仕立てにマダム・イベットが参ります。奥様のお披露目と婚約式のドレスをお仕立てする予定です。その他にもデザイン次第で、気に入ったものがあれば買うようにと旦那様からの指示を受けております。結婚式のドレスに関しましても、デザイン画を持参するそうですので、どうぞゆっくりお選びください」
「そう、ありがとう。ドレスができないことには、お披露目もできないものね…」
アマリアは表情には出さなかったが、ドレス選びが得意ではなかった。どれがいいのか、何が流行っていて、それは自分に似合うのか、色々なものを見れば見るほどわからなくなり、いつも同伴してくれる母がそのほとんどを決めてくれていたからだ。
しかし、公爵家にはアマリア一人。うまくできるか、不安でならなかった。
「奥様、クリスティ様が同席しても構わないかとおっしゃっていました。マダム・イベットはクリスティ様と懇意ですので、ご一緒にお選びになってはいかがでしょうか?」
「まぁ、クリスティ様が?あ…でも、ご迷惑ではないかしら…」
「そんなことはございません。クリスティ様は、常々旦那様やロビン様を着飾ることができなくてつまらないとおっしゃっていましたし、家門の夫人たちは皆、クリスティ様の最先端の慧眼にあやかってドレスを仕立てておりますので、奥様ばかりということではございません。どうぞ、お気に揉まれませんよう」
「本当に?それなら…お願いしたいわ。私、直接クリスティ様のところに伺いたいの、いいかしら」
「かしこまりました。エルザ、クリスティ様のところへ、先にお伝えに行くように」
「承知しました」
エルザが軽く頭を下げて、すぐに食堂を出て行った。ソシュールも礼をしていなくなり、アマリアは残っている紅茶を口に含んだ。
まずは、昨日、晩餐に参加できなかったことをお詫びして、今日のドレス選びにご一緒してくださらないかお願いして…とクリスティに何を話すか、頭で繰り返し考え、何か失礼なことはないかと思い巡らせていた。
エルザが戻り、クリスティのもとへと先導される。クリスティは中庭でゆっくり過ごしているそうで、私は初めて公爵家の中庭に足を踏み入れた。
アマリアは、公爵邸は段差がなかったり、中と外につながる場所にはスロープになっていたり、中庭の舗装は小さな石さえなく、クリスティの車椅子が動かしやすいように完璧に配慮されていることに気づいた。
私もよくなんでもないところでも転んでしまうから、段差がないのはありがたいわ…と自分の運動能力のなさにため息をつきながら、エルザに続いていた。
しかし、中庭の景色を間近に見ると、沈んだ気持ちは一気に吹き飛んだ。
「まぁっ」
両手で口元をおさえ、その美しさに感動でする。
公爵邸の庭は広い。しかし、それをシンメトリーに造ることで、それを更に広大に感じさせる。
無駄はないが、華やかさはきちんとある。庭師の丹精込めた仕事ぶりがありありと伝わるようだった。
歩きながらそのひとつひとつに感動して、アマリアはきょろきょろとしてしまう。まぁとかわぁとか感動してばかりいるので、口はほとんど開いたままだ。
そして、白いガゼボのもとでクリスティがお茶をしているのを見つけると、慌てて姿勢を正し、やや緊張しながら近くへと進んだ。
アマリアに気づいたクリスティがにこりと微笑みながら手招きする。
「おはよう、アマリア。昨夜はよく眠れたかしら?」
「おはようございます、クリスティ様。はい、昨夜はぐっすり休ませていただきました。晩餐に伺えず、誠に申し訳ございませんでした」
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エルザがさっと椅子を引き、アマリアが腰かける。
クリスティの侍女が完璧なタイミングで香りのよい紅茶を注ぎ、アマリアの前に置いた。
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「はい、とてもとても気持ちよくて、私、天国があるならこんなところではないかしらと思ってしまったほどです」
「まぁっ。本当に可愛らしいのね、アマリアは」
くすくす笑うクリスティを見て、アマリアは怒っていらっしゃらないみたい…とほっと胸を撫で下ろした。
「あの…クリスティ様にはご迷惑かと思うのですが、マダム・イベットがいらっしゃると聞いて…その…」
「そうそう、ドレスの仕立てに来るのよね、私も同席していいかしら?」
アマリアが言い出す前に、さっとクリスティが申し出たので、アマリアはぱぁっと笑顔になり、大きく何度も頷いた。
「ぜひ、お願い致します。私、その、ドレスは好きなんですけれど、選ぶのだけはどうしても…」
「ふふふっ、いいのよ。素敵なドレスにして、ヘンドリックをびっくりさせてやりましょうね」
「はいっ」
心地よい風が吹き抜け、アマリアは目を細めた。
なんて、幸せなところかしら。スタンリールの両親に、こんなによくしていただいていることをお手紙で伝えて、安心させてあげなければ、とアマリアは考えていた。
「イベットはね、とても素晴らしい才能の持ち主なの。きっとアマリアの気に入るドレスになると思うわ」
「マダム・イベットとは、どのようなお方なのですか?」
「公爵家御用達だったのだけれど、最近ではその評価が知られて王宮やたくさんの貴族のご婦人方に人気があるようなの。イベットは元々、私がする孤児院で暮らす一人だったのよ。孤児院というよりも、身寄りのない子女がお針子の修練をする寮のようなところなのだけれど」
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「公爵夫人になれば、社会的な活動は大事になってくるの。いくつか孤児院や救済院があるから、足を運んで頂戴ね。領民の暮らしを知り、改善していくことも私たちの大切な役割よ」
「はい。未熟ながら、私にできることを努めさせていただきます」
「素直でいい子ね、アマリア。あなたならきっと良い公爵夫人になれるわ」
穏やかな時間を過ごしていると、執事の一人がマダム・イベットの来訪を告げ、アマリアとクリスティは部屋を移動した。
既に部屋にはマダム・イベットが持参したドレスが並べられており、ドアの前では深々と頭を下げて二人の訪れを待っていたイベットがいた。
栗色の髪を高く一つに結い上げまとめて、おくれ毛の1本もない、美しい人だった。礼をしている姿でも、その洗練された所作が伺える。
「しばらくね、イベット」
クリスティが声をかけると、イベットが「クリスティ様、お呼びくださり大変光栄に存じます」と応えた。
クリスティに促され、アマリアは部屋の中央に置かれているソファに腰かけ、立ち並ぶドレスに目移りしながら、そわそわと落ち着かない様子だった。
しかし、アマリアの心配は全くの無用で、アマリアはただ静かに採寸をされているだけでよかった。クリスティとイベットの的を射た意見のやり取りで、どんどんドレスの仕上がりに向けて、デザイン画はできあがっていく。イベットの描くスピード、クリスティから受ける指摘をすかさず過不足なく絵におこす能力は素晴らしかった。
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お披露目と婚約式のためのドレスはヘンドリックの黒目黒髪、アマリアの金髪碧眼をお互いに組み合わせ、素敵なデザイン画が完成した。
「ほんと、私たちって、黒目で黒髪で、おもしろみがないのよね。アマリアのお披露目に全身真っ黒っていうわけにはいかないじゃない?本当はヘンドリックはアマリアの全てを自分色にしてしまいたいだろうけど」
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「それで、イベット。私がお願いしたものは持ってきてくれた?」
「はい、こちらに」
イベットが助手の女性たちに指示を出すと、ひとつのトランクをアマリアとクリスティの前のテーブルの上に置き、さっと開けた。
「?」
アマリアは中を覗き込み、トランクの中にある色とりどりの布に首をかしげた。
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しかし、クリスティが手で持ち上げて、それが何なのかようやく理解した。
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アマリアが酷く動揺しているのに、クリスティは淡々とトランクの中から次々と選び出し、エルザに渡す。
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「これは…身につけなければならないものなのでしょうか…?」
おずおずと衝立から出てきたアマリアをクリスティは笑顔で迎える。
「まぁ、やっぱりこの桃色はいいわ。アマリアの清純さを表しているのに、その白い肌と美しい体に映えて、より素敵に見えるわ」
「でも、これは、このリボンが解けてしまったら、その…」
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「そう、そのリボンを解くとき、きっとヘンドリックは感動するでしょうね。まるでラッピングされたプレゼントを開けるときの気持ちの昂揚が目に見えるようだわ」
クリスティがうっとりして言うと、周りの誰もが深く何度も頷いていた。「素敵です」「お美しいです」「女神のようです」と称賛の嵐だ。誰もアマリアの恥ずかしさを受け止めてくれない。
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アマリアにはよくわからないが、クリスティ他一同が「ええ、そうです」とまた何度も頷いてみせるので、アマリアは自分が知らないだけで、世間一般では普通のことなのかもしれないと戸惑いつつも「わかりました…」とつぶやいた。
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とクリスティが微笑みながらつぶやいたのは、頭がいっぱいになっているアマリアには聞こえなかった。
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その夜、アマリアは食事を一人で取り、再びエルザ達に湯殿でぴかぴかに磨かれ、疲れた体にマッサージを施され、今日買ったばかりの桃色のベビードールを身に着けたときには、うとうとと夢見心地だった。
ヘンドリックの帰りを待つと言ったものの、エルザ達に「お帰りになりましたらお声をおかけしますので、お休みください」という優しい言葉につい頷いてしまい、自分のベッドで横になった。
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