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42、情操教育(3)
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それから数日後、クリスティーナを連れ、外廷に向かっていたアレクシスは向こうからやってくる人物に目を止めた。
地味なグレーのドレスを身に纏ったヨハナだった。相手もこちらに気づいたようだ。
どうして良いかわからず、目礼だけして通り過ぎようと思ったが、向こうが立ちどまった。
「これは殿下、お会いできて良かったです」
ヨハナが一礼する。どう反応していいか迷っていると、ヨハナが言葉を続けた。
「ちょうど今、陛下とヘロイーズ様に、宮廷を辞す挨拶をしてきたところです」
アレクシスが軽く目を見開いた。先日は普通に授業を終えただけで、去る旨は伺っていなかったからだ。
「殿下は完璧に授業を終えられ、もうあとは何も教えることはありませんと、お伝えして参りました」
アレクシスは少し躊躇うように、口を開く。口調はどうしてもつっかえつっかえになってしまう。
「そうなのか。それは、助かった。――その――父上と、母上に、本当のことを言わないでくれて、ありがとう」
ヨハナはそれを聞いて、おかしそうに笑った。アレクシスを澄んだ眼差しで見上げる。
「殿下はお忘れですか。――あの部屋でおこったことを、一切誰にも話してはいけないことを」
それは王も王妃も例外ではない。その解釈を拡大して、逆手にとったのだ。
今度はアレクシスが笑う番だった。
「あなたは――。思ったより、強い女性だな」
初め見た時は大人しい物静かな印象しかなかったが、最後の授業のとき、真剣に自らの経験も踏まえて教える姿は心のこもったものだった。アレクシスと、それから将来、相手になる女性のことを心から気遣ってくれた証だった。
「最後にこうして、殿下にお会いして、お別れの挨拶ができて良かったです。殿下の歩まれる道がいつ久しく、光明に照らされますようお祈り申しあげます」
「ああ、ありがとう」
「それではご機嫌よう――」
ヨハナが一礼して、去って行こうとニ、三歩歩いたところで振り返った。
「それから、忘れていました。――どうかお幸せに」
それは言外に、アレクシスの想い人を含んでいた。
それまで堂々と構えていたアレクシスが、急に取り乱すように声を上擦らせた。
「あ、ああ、ありがとう。あなたもお幸せに」
隣にいる少年を何故かしきりに気にしているように見えたが、気の所為だろう。
ヨハナは本当にこれで最後の一礼をすると、背を向けて歩き出した。
アレクシスがその背を見送っていると、クリスティーナが口を開く。
「今の女性は誰?」
アレクシスはどう誤魔化すか考えるも、一番無難な事実を伝える。
「昔、母上に仕えていた人だ。たまたま知り合うきっかけがあって」
「ふうん。でもさっき、教えることはもうありませんって言ってたよね。あの人から、何を教わっていたの?」
「大したことじゃない。ちょっと、将来必要になることに対しての心構えとか、そんなものだ」
内容は至って、おかしくないのに、何だか焦っている印象を受けるアレクシスに、クリスティーナは何だか裏がある気がした。
胡乱な目を向ける。
「隠しごとするんだね。俺たちの間には隠しごとなんてないんじゃなかったの?」
「う――」
「アレクなんて知らない」
アレクシスがうめき声を上げれば、クリスティーナはいじけた素振りを見せて、背を向けると歩き出した。
「待てよ」
「いやだよ。アレクが本当のこというまで、知らない」
「俺は本当のことしか言ってないぞ」
「じゃあ、何を教わったか話してよ」
「う――」
「知らない」
クリスティーナはそっぽを向いた。
しかし、その横顔は笑っていた。親友が狼狽える様子がおかしくて、からかっているのだ。
尚も焦ったように横から言い募るアレクシスがおかしくて、クリスティーナは堪らず吹き出した。
その様子を見たアレクシスが目を丸くして、たちまち怒ったように眉を尖らせる。
「からかったな」
「だって、焦ったアレク、初めて見るんだもん」
「この――」
アレクシスが掴みかかろうとすると、クリスティーナはたまらず逃げた。
明るい笑い声に誘われ、ヨハナは振り返った。先程よりも小さくなったふたりが追いかけっこをしている。
アレクシスより幾分小さい影が、すぐに捕まる。首に腕を回されて捕まる様子はいかにも、少年らしいじゃれ合いだ。しかし、小柄な少年を捕まえたアレクシスの顔を見て、ヨハナは虚をつかれた。
あまりにもその顔が愛おしさで溢れていたからだ。小柄な少年はそれに気づかず、大人しく捕まったまま笑っている。
ヨハナはアレクシスにこれまで感じていたいくつかの不審な疑問の答えが見つかった気がして、己が導き出した答えがあまりに突飛もなく、慌ててその答えを頭から打ち消した。
(まさかね)
ヨハナは自分に呆れたように、溜め息を吐き、今度こそ王宮を辞した。
それ以降、王宮でヨハナの姿を見た者は誰もいない。
地味なグレーのドレスを身に纏ったヨハナだった。相手もこちらに気づいたようだ。
どうして良いかわからず、目礼だけして通り過ぎようと思ったが、向こうが立ちどまった。
「これは殿下、お会いできて良かったです」
ヨハナが一礼する。どう反応していいか迷っていると、ヨハナが言葉を続けた。
「ちょうど今、陛下とヘロイーズ様に、宮廷を辞す挨拶をしてきたところです」
アレクシスが軽く目を見開いた。先日は普通に授業を終えただけで、去る旨は伺っていなかったからだ。
「殿下は完璧に授業を終えられ、もうあとは何も教えることはありませんと、お伝えして参りました」
アレクシスは少し躊躇うように、口を開く。口調はどうしてもつっかえつっかえになってしまう。
「そうなのか。それは、助かった。――その――父上と、母上に、本当のことを言わないでくれて、ありがとう」
ヨハナはそれを聞いて、おかしそうに笑った。アレクシスを澄んだ眼差しで見上げる。
「殿下はお忘れですか。――あの部屋でおこったことを、一切誰にも話してはいけないことを」
それは王も王妃も例外ではない。その解釈を拡大して、逆手にとったのだ。
今度はアレクシスが笑う番だった。
「あなたは――。思ったより、強い女性だな」
初め見た時は大人しい物静かな印象しかなかったが、最後の授業のとき、真剣に自らの経験も踏まえて教える姿は心のこもったものだった。アレクシスと、それから将来、相手になる女性のことを心から気遣ってくれた証だった。
「最後にこうして、殿下にお会いして、お別れの挨拶ができて良かったです。殿下の歩まれる道がいつ久しく、光明に照らされますようお祈り申しあげます」
「ああ、ありがとう」
「それではご機嫌よう――」
ヨハナが一礼して、去って行こうとニ、三歩歩いたところで振り返った。
「それから、忘れていました。――どうかお幸せに」
それは言外に、アレクシスの想い人を含んでいた。
それまで堂々と構えていたアレクシスが、急に取り乱すように声を上擦らせた。
「あ、ああ、ありがとう。あなたもお幸せに」
隣にいる少年を何故かしきりに気にしているように見えたが、気の所為だろう。
ヨハナは本当にこれで最後の一礼をすると、背を向けて歩き出した。
アレクシスがその背を見送っていると、クリスティーナが口を開く。
「今の女性は誰?」
アレクシスはどう誤魔化すか考えるも、一番無難な事実を伝える。
「昔、母上に仕えていた人だ。たまたま知り合うきっかけがあって」
「ふうん。でもさっき、教えることはもうありませんって言ってたよね。あの人から、何を教わっていたの?」
「大したことじゃない。ちょっと、将来必要になることに対しての心構えとか、そんなものだ」
内容は至って、おかしくないのに、何だか焦っている印象を受けるアレクシスに、クリスティーナは何だか裏がある気がした。
胡乱な目を向ける。
「隠しごとするんだね。俺たちの間には隠しごとなんてないんじゃなかったの?」
「う――」
「アレクなんて知らない」
アレクシスがうめき声を上げれば、クリスティーナはいじけた素振りを見せて、背を向けると歩き出した。
「待てよ」
「いやだよ。アレクが本当のこというまで、知らない」
「俺は本当のことしか言ってないぞ」
「じゃあ、何を教わったか話してよ」
「う――」
「知らない」
クリスティーナはそっぽを向いた。
しかし、その横顔は笑っていた。親友が狼狽える様子がおかしくて、からかっているのだ。
尚も焦ったように横から言い募るアレクシスがおかしくて、クリスティーナは堪らず吹き出した。
その様子を見たアレクシスが目を丸くして、たちまち怒ったように眉を尖らせる。
「からかったな」
「だって、焦ったアレク、初めて見るんだもん」
「この――」
アレクシスが掴みかかろうとすると、クリスティーナはたまらず逃げた。
明るい笑い声に誘われ、ヨハナは振り返った。先程よりも小さくなったふたりが追いかけっこをしている。
アレクシスより幾分小さい影が、すぐに捕まる。首に腕を回されて捕まる様子はいかにも、少年らしいじゃれ合いだ。しかし、小柄な少年を捕まえたアレクシスの顔を見て、ヨハナは虚をつかれた。
あまりにもその顔が愛おしさで溢れていたからだ。小柄な少年はそれに気づかず、大人しく捕まったまま笑っている。
ヨハナはアレクシスにこれまで感じていたいくつかの不審な疑問の答えが見つかった気がして、己が導き出した答えがあまりに突飛もなく、慌ててその答えを頭から打ち消した。
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ヨハナは自分に呆れたように、溜め息を吐き、今度こそ王宮を辞した。
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