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41、情操教育(2)
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そして、その日の夜、アレクシスは用意された部屋に足を踏み入れ、ヨハナの姿を見た途端、扉の前で体が固まってしまった。
(一体、どうしろって言うんだ!!)
アレクシスが心の中で叫ぶと、部屋の真ん中に立っていたヨハナが微笑んだ。
「そんなところにいらっしゃらず、こちらにおいでください」
ヨハナの微笑みに誘われ、アレクシスは部屋の中央に恐る恐る足を進めた。
壁に面して置かれた真ん中の寝台をなるべく視界にいれないよう、ヨハナを見つめる。
「あなたは本当にいいのですか。万が一、子供ができる可能性だってあるというのに」
抵抗の声をあげるアレクシスの言葉に、ヨハナが静かに首を振った。
「わたくしは子供ができません。過去二度、流産したおり、子供が持てぬ体となりました」
アレクシスが気まずい表情になった。
「――そうか。それは悪いことを訊きました」
「いいえ」
ヨハナは静かに首をふる。
離縁された理由はそれだった。せっかく見初められ望まれて結婚しても、子供ができぬ体になってしまえば、離縁も致し方あるまい。
もう過去のことだ。ヨハナが、今度は自分から口を開く。
「早速始めましょうか。与えられた役目を果たしませんと」
アレクシスの体が再び、固まった。
ヨハナがドレスに手をかけようとしたところで慌てて止める。
「待ってくれ。俺はまだ同意してない!!」
ヨハナがアレクシスを意外な目つきで見上げた。
「殿下は本当はそのように喋るのですね」
「あ――」
動揺のあまり、素が出てしまった。口元に手をやると、ヨハナがふっと笑った。
「ご安心ください。ここで見たこと、聞いたこと、おこったことは一切口外せぬよう誓約書を書かされていますから」
それだけではない。自分が王太子の閨の相手をしていることを喋ってはならない、決められた時間以外で関係を持ってはならない、教育時間外で顔を合わせた時は決して話しかけてはならないと、細かく決められている。これは万が一、相手の女性と王太子が深い関係にならないためだ。もし破った場合、厳しい罰則が与えられる。
それと、ヨハナには関係ないが、妊娠する可能性を考えて、関係を持っている間は避妊薬を毎日飲み続けなければならない。この薬はある特殊な薬草を煎じたもので、体の異物を押し出す効果があった。もとは別の病気の治療薬に使われていたものだったのだが、その薬草を飲んでいた女性が一切妊娠しないことから、その効能が発見された。今では避妊薬として使われている。妊娠する可能性のある者は毎日王宮に通い、その薬草を証人の前で飲む必要があった。
そのように色々制約が科せられてはいるが、その見返りとして破格の報酬が与えられる。
ヨハナは、自分に声がかかったのもこの報酬のせいではないかと考えた。
ヨハナはもとは伯爵家の三女だ。大した家でも、裕福でもなかったため、上の二人の姉の持参金を支払うと、残されたヨハナの持参金はほぼなかった。そんな経緯もあり、ヨハナは王宮の侍女となり、偶然にもヘロイーズの側仕えとなった。輿入れの際、祖国を離れることを渋る同僚とは違い、ヨハナは迷わずヘロイーズについていくことに決めた。花嫁修業として仕えている同僚と違って、自分はずっとこのまま王宮で働くことに変わりはないのだし、どうせなら知らない場所でヘロイーズの元、働くのも良い気がしたのだ。
そのうち、幸運にも見初めてくれる男性にも巡り会い、ヘロイーズはこれまで仕えてくれたお礼もこめ、持参金代わりに多めの報酬を与えてくれた。
――けれど、結果はこの通りだ。
生国に戻ったところで、家は長兄が継ぎ、嫁も迎えている。今更、居場所などない。
女ひとりで細々と暮らしていることを、ヘロイーズは知ったのだろう。かつて、幸せを願って送り出した侍女の境遇を思いやってくれたのかもしれない。この話を貰った時、ヨハナはヘロイーズの懐の深さを感じた。一にも二もなく頷いた。自分がこの国のため、ヘロイーズのためになるなら、喜んで役目を果たそうと思ったのだ。
ヨハナはアレクシスに微笑んだ。
「大丈夫です。わたくしが丁寧に教えますから、殿下は気楽になさってください」
ドレスの紐に手をかけた。ゆっくりと紐を解き、襟元をはずすと肩が顕になる。そのまま躊躇いなく脱ぎ捨てた。ドレスがばさりと床に落ちる。
白い下着も剥ぎとる。産まれたままの姿になり、ヨハナは寝台に登った。その上から、アレクシスを手招く。
「さあ、殿下もこちらへ」
アレクシスは一歩も動かない。それどころか、身じろぎひとつしなかった。
このまま突き進んだら、己の中の大事な何かが消えてしまうような恐怖を覚えたからだ。
そんなアレクシスの内心を知らず、ヨハナは初めて見る女性の体に戸惑っているのだと思った。それともこれから起きることに緊張しているのかもしれない。
その両方だろうと感じ取って、ヨハナは掛布で胸を隠すと、寝台の上を移動した。寝台の足先にいるアレクシスに近づく。天蓋の布を頭を竦めて避け、身を乗り出した。
俯いて動かないアレクシスに手を伸ばし誘おうとした――。
アレクシスの頭は何も考えられなかった。ただゆっくりとヨハナが近付いてくる姿が視界の隅に映る。
アレクシスとて、いずれどこかの令嬢を婚約者として迎えねばならないことはわかっている。けれど、少しでもその日を遠く延ばしたいのが本心だった。今は、ただひとりに囚われている己の心に従いたかった。
――それはアレクシスにとって、生まれて初めての唯一の願望だから。
アレクシスの脳裏に、清らかな水が流れているような瞳が浮かび上がった。それから、陽の光を浴びて眩しく輝く髪の色を。自分を見て笑う顔――。
ここにいないのに、どうしてこんなにも鮮明なのだろう。
この瞬間、心が固まった。
伸ばしてくる手を、アレクシスは振り払った。
ヨハナは目を見開いた。まさか拒絶されるとは思わなかった。
「服を着てくれ。あなたと関係を持つ事はない」
正面切って、ヨハナを見る。強い光を放つ瞳と、握りしめた拳で、その意志が固いことがわかる。
ヨハナはその意志を変えられるだけの力を持っていないことを悟り、手をおろした。
「どうやら気が急いてしまったようですね。ゆっくり進めて参りましょう。今日はもう服を着て、残りの時間はお喋りでもしましょうか」
アレクシスがほっとしたように肩の力を抜く。
「殿下はこれまで、女性と関わってこなかったとお伺いしました。まずは女性に慣れるところから始めるべきでしたね」
ヨハナはそう解釈して、その日は話をするだけに留めたのだった。
一週間後、今度は手を繋ぎながら時を過ごすことを提案した。
アレクシスは渋ったものの、結局は頷いた。
相手が譲歩してるのだから、こちらも多少は歩み寄りをしなければと思ったのだ。
ベッドの端で腰掛け、二人でお喋りに興ずる。ヨハナはその間、アレクシスの様子をつぶさに観察した。特に緊張しているわけでもなく、面白い話に差し掛かると笑ったりする。
(特に女嫌いというわけでもなさそうだけど)
ヨハナは密かに安堵の息を吐いた
そうして三回目の夜が訪れた。ヨハナは今度も提案した。
「今日はわたしに触れてみてください。勿論、服の上からで構いません」
慣れていないなら、徐々に段階を踏んでいけばいいと思った。時間はたっぷりある。
閨教育は短ければ一月で終わるものの、王太子が望めば、まだ続けることができる。これは教育とは銘打ってはいるものの、半分は欲求処理も兼ねている。
十六歳となると同時に、花嫁を迎えることができれば良いが、婚約者が年下の場合は数年待つ必要になる。その間、慰める役目も与えられている。王家としては、大事な隣国との約束を守らねばならないため、何としても他の女性が王太子に近づくのを阻止するためだ。
アレクシスは後ずさった。
「そんなことはできない」
倫理的に躊躇っているのだろうかと、ヨハナはかまわずその手を取ると、自らの胸に押し当てた。
アレクシスがぎょっとする。ヨハナは更にもう片方の手も重ねた。
「離せっ」
「何か感じませんか」
冷静な声音もアレクシスには届かなかった。手を離したいと、もがくその様子に、ヨハナは眉根を寄せる。
自分から触ることに気恥ずかしさがあるなら、こちらからその手を取れば良いと思ったのだが、アレクシスの反応はヨハナの予想とは違っていた。
下をちらりと見るも、男性の部分は何も反応していなかった。
恥ずかしさでも、正義感からでもない。その表情にあるのは嫌悪感だ。これほど必死に抵抗するのには、理由があるに違いないと思い、ふと、ひとつの可能性が頭に浮かんだ。
「殿下には、誰かほかに想い人がいらっしゃるのですね」
動きが止まった。これほど、わかりやすい答えはほかになかった。
手を離す。
「だから、これほど嫌がるのですね。その方に、操をたてていらっしゃる」
アレクシスは警戒するように口を開く。
「――だとしたら?」
「ならば仕方ありません。これ以上は無理強い致しません」
これほど拒絶する反応が返ってくれば仕方がない。
諦めの言葉を吐くと、先程まで親の仇を見るような雰囲気を漂わせていたアレクシスがほっと息を吐く。
(その方に操を捧げていたとしても、この部屋でおこったことは誰にも知られないのに――)
アレクシスくらいの年齢ならば、誘われれば好きでなくとも関係を持つことができる男性はいくらでもいるだろう。それが例え恋人がいたとしても、決してばれないとわかっていたなら、多少の罪悪感はあっても、断りはしない。それなのに――。
「殿下は誠実な方なのですね」
ヨハナは眩しげに見上げた。
「殿下と結ばれる女性はきっと幸せでしょうね」
心からそう呟き、相手の女性を羨ましく思って目を細める。褒めたつもりだったが、アクシスは何故か目を背けた。
「――それは思い違いだ」
何故そう思うのか。それ以上は一介の元侍女には踏み込めず、ヨハナはこの話を打ち切った。
「それでは次は、別の方法でお伝え致しましょう」
「そんなこと、できるのか」
「ええ、お任せください」
ヨハナには考えがあった。
次の週、ヨハナは紙とペンを持って現れた。文字と絵で伝えようと思ったのだ。
これにはアレクシスも嫌がらなかった。
まるで本物の教師と生徒のごとく、ヨハナは熱心に教え、アレクシスは真面目に耳を傾けた。
女性の体が如何に繊細か、怖がらせないように進めていく過程、受け入れるために準備が必要なこと、ヨハナは伝えられること全てを教えた。
アレクシスはこれまでの授業と同じように、淡々と頭に詰めていく。
その様子を見て、ヨハナは少しだけ違和感を感じた。ヨハナに触れることは無理でも、授業の内容が内容だけに想い人に重ねて、少しは感情に揺れがあるかと思っていたが、少しもそんな様子は微塵も見られない。始終冷静な様子が、ヨハナには不思議だった。
そうして、夜は過ぎ去っていった。
(一体、どうしろって言うんだ!!)
アレクシスが心の中で叫ぶと、部屋の真ん中に立っていたヨハナが微笑んだ。
「そんなところにいらっしゃらず、こちらにおいでください」
ヨハナの微笑みに誘われ、アレクシスは部屋の中央に恐る恐る足を進めた。
壁に面して置かれた真ん中の寝台をなるべく視界にいれないよう、ヨハナを見つめる。
「あなたは本当にいいのですか。万が一、子供ができる可能性だってあるというのに」
抵抗の声をあげるアレクシスの言葉に、ヨハナが静かに首を振った。
「わたくしは子供ができません。過去二度、流産したおり、子供が持てぬ体となりました」
アレクシスが気まずい表情になった。
「――そうか。それは悪いことを訊きました」
「いいえ」
ヨハナは静かに首をふる。
離縁された理由はそれだった。せっかく見初められ望まれて結婚しても、子供ができぬ体になってしまえば、離縁も致し方あるまい。
もう過去のことだ。ヨハナが、今度は自分から口を開く。
「早速始めましょうか。与えられた役目を果たしませんと」
アレクシスの体が再び、固まった。
ヨハナがドレスに手をかけようとしたところで慌てて止める。
「待ってくれ。俺はまだ同意してない!!」
ヨハナがアレクシスを意外な目つきで見上げた。
「殿下は本当はそのように喋るのですね」
「あ――」
動揺のあまり、素が出てしまった。口元に手をやると、ヨハナがふっと笑った。
「ご安心ください。ここで見たこと、聞いたこと、おこったことは一切口外せぬよう誓約書を書かされていますから」
それだけではない。自分が王太子の閨の相手をしていることを喋ってはならない、決められた時間以外で関係を持ってはならない、教育時間外で顔を合わせた時は決して話しかけてはならないと、細かく決められている。これは万が一、相手の女性と王太子が深い関係にならないためだ。もし破った場合、厳しい罰則が与えられる。
それと、ヨハナには関係ないが、妊娠する可能性を考えて、関係を持っている間は避妊薬を毎日飲み続けなければならない。この薬はある特殊な薬草を煎じたもので、体の異物を押し出す効果があった。もとは別の病気の治療薬に使われていたものだったのだが、その薬草を飲んでいた女性が一切妊娠しないことから、その効能が発見された。今では避妊薬として使われている。妊娠する可能性のある者は毎日王宮に通い、その薬草を証人の前で飲む必要があった。
そのように色々制約が科せられてはいるが、その見返りとして破格の報酬が与えられる。
ヨハナは、自分に声がかかったのもこの報酬のせいではないかと考えた。
ヨハナはもとは伯爵家の三女だ。大した家でも、裕福でもなかったため、上の二人の姉の持参金を支払うと、残されたヨハナの持参金はほぼなかった。そんな経緯もあり、ヨハナは王宮の侍女となり、偶然にもヘロイーズの側仕えとなった。輿入れの際、祖国を離れることを渋る同僚とは違い、ヨハナは迷わずヘロイーズについていくことに決めた。花嫁修業として仕えている同僚と違って、自分はずっとこのまま王宮で働くことに変わりはないのだし、どうせなら知らない場所でヘロイーズの元、働くのも良い気がしたのだ。
そのうち、幸運にも見初めてくれる男性にも巡り会い、ヘロイーズはこれまで仕えてくれたお礼もこめ、持参金代わりに多めの報酬を与えてくれた。
――けれど、結果はこの通りだ。
生国に戻ったところで、家は長兄が継ぎ、嫁も迎えている。今更、居場所などない。
女ひとりで細々と暮らしていることを、ヘロイーズは知ったのだろう。かつて、幸せを願って送り出した侍女の境遇を思いやってくれたのかもしれない。この話を貰った時、ヨハナはヘロイーズの懐の深さを感じた。一にも二もなく頷いた。自分がこの国のため、ヘロイーズのためになるなら、喜んで役目を果たそうと思ったのだ。
ヨハナはアレクシスに微笑んだ。
「大丈夫です。わたくしが丁寧に教えますから、殿下は気楽になさってください」
ドレスの紐に手をかけた。ゆっくりと紐を解き、襟元をはずすと肩が顕になる。そのまま躊躇いなく脱ぎ捨てた。ドレスがばさりと床に落ちる。
白い下着も剥ぎとる。産まれたままの姿になり、ヨハナは寝台に登った。その上から、アレクシスを手招く。
「さあ、殿下もこちらへ」
アレクシスは一歩も動かない。それどころか、身じろぎひとつしなかった。
このまま突き進んだら、己の中の大事な何かが消えてしまうような恐怖を覚えたからだ。
そんなアレクシスの内心を知らず、ヨハナは初めて見る女性の体に戸惑っているのだと思った。それともこれから起きることに緊張しているのかもしれない。
その両方だろうと感じ取って、ヨハナは掛布で胸を隠すと、寝台の上を移動した。寝台の足先にいるアレクシスに近づく。天蓋の布を頭を竦めて避け、身を乗り出した。
俯いて動かないアレクシスに手を伸ばし誘おうとした――。
アレクシスの頭は何も考えられなかった。ただゆっくりとヨハナが近付いてくる姿が視界の隅に映る。
アレクシスとて、いずれどこかの令嬢を婚約者として迎えねばならないことはわかっている。けれど、少しでもその日を遠く延ばしたいのが本心だった。今は、ただひとりに囚われている己の心に従いたかった。
――それはアレクシスにとって、生まれて初めての唯一の願望だから。
アレクシスの脳裏に、清らかな水が流れているような瞳が浮かび上がった。それから、陽の光を浴びて眩しく輝く髪の色を。自分を見て笑う顔――。
ここにいないのに、どうしてこんなにも鮮明なのだろう。
この瞬間、心が固まった。
伸ばしてくる手を、アレクシスは振り払った。
ヨハナは目を見開いた。まさか拒絶されるとは思わなかった。
「服を着てくれ。あなたと関係を持つ事はない」
正面切って、ヨハナを見る。強い光を放つ瞳と、握りしめた拳で、その意志が固いことがわかる。
ヨハナはその意志を変えられるだけの力を持っていないことを悟り、手をおろした。
「どうやら気が急いてしまったようですね。ゆっくり進めて参りましょう。今日はもう服を着て、残りの時間はお喋りでもしましょうか」
アレクシスがほっとしたように肩の力を抜く。
「殿下はこれまで、女性と関わってこなかったとお伺いしました。まずは女性に慣れるところから始めるべきでしたね」
ヨハナはそう解釈して、その日は話をするだけに留めたのだった。
一週間後、今度は手を繋ぎながら時を過ごすことを提案した。
アレクシスは渋ったものの、結局は頷いた。
相手が譲歩してるのだから、こちらも多少は歩み寄りをしなければと思ったのだ。
ベッドの端で腰掛け、二人でお喋りに興ずる。ヨハナはその間、アレクシスの様子をつぶさに観察した。特に緊張しているわけでもなく、面白い話に差し掛かると笑ったりする。
(特に女嫌いというわけでもなさそうだけど)
ヨハナは密かに安堵の息を吐いた
そうして三回目の夜が訪れた。ヨハナは今度も提案した。
「今日はわたしに触れてみてください。勿論、服の上からで構いません」
慣れていないなら、徐々に段階を踏んでいけばいいと思った。時間はたっぷりある。
閨教育は短ければ一月で終わるものの、王太子が望めば、まだ続けることができる。これは教育とは銘打ってはいるものの、半分は欲求処理も兼ねている。
十六歳となると同時に、花嫁を迎えることができれば良いが、婚約者が年下の場合は数年待つ必要になる。その間、慰める役目も与えられている。王家としては、大事な隣国との約束を守らねばならないため、何としても他の女性が王太子に近づくのを阻止するためだ。
アレクシスは後ずさった。
「そんなことはできない」
倫理的に躊躇っているのだろうかと、ヨハナはかまわずその手を取ると、自らの胸に押し当てた。
アレクシスがぎょっとする。ヨハナは更にもう片方の手も重ねた。
「離せっ」
「何か感じませんか」
冷静な声音もアレクシスには届かなかった。手を離したいと、もがくその様子に、ヨハナは眉根を寄せる。
自分から触ることに気恥ずかしさがあるなら、こちらからその手を取れば良いと思ったのだが、アレクシスの反応はヨハナの予想とは違っていた。
下をちらりと見るも、男性の部分は何も反応していなかった。
恥ずかしさでも、正義感からでもない。その表情にあるのは嫌悪感だ。これほど必死に抵抗するのには、理由があるに違いないと思い、ふと、ひとつの可能性が頭に浮かんだ。
「殿下には、誰かほかに想い人がいらっしゃるのですね」
動きが止まった。これほど、わかりやすい答えはほかになかった。
手を離す。
「だから、これほど嫌がるのですね。その方に、操をたてていらっしゃる」
アレクシスは警戒するように口を開く。
「――だとしたら?」
「ならば仕方ありません。これ以上は無理強い致しません」
これほど拒絶する反応が返ってくれば仕方がない。
諦めの言葉を吐くと、先程まで親の仇を見るような雰囲気を漂わせていたアレクシスがほっと息を吐く。
(その方に操を捧げていたとしても、この部屋でおこったことは誰にも知られないのに――)
アレクシスくらいの年齢ならば、誘われれば好きでなくとも関係を持つことができる男性はいくらでもいるだろう。それが例え恋人がいたとしても、決してばれないとわかっていたなら、多少の罪悪感はあっても、断りはしない。それなのに――。
「殿下は誠実な方なのですね」
ヨハナは眩しげに見上げた。
「殿下と結ばれる女性はきっと幸せでしょうね」
心からそう呟き、相手の女性を羨ましく思って目を細める。褒めたつもりだったが、アクシスは何故か目を背けた。
「――それは思い違いだ」
何故そう思うのか。それ以上は一介の元侍女には踏み込めず、ヨハナはこの話を打ち切った。
「それでは次は、別の方法でお伝え致しましょう」
「そんなこと、できるのか」
「ええ、お任せください」
ヨハナには考えがあった。
次の週、ヨハナは紙とペンを持って現れた。文字と絵で伝えようと思ったのだ。
これにはアレクシスも嫌がらなかった。
まるで本物の教師と生徒のごとく、ヨハナは熱心に教え、アレクシスは真面目に耳を傾けた。
女性の体が如何に繊細か、怖がらせないように進めていく過程、受け入れるために準備が必要なこと、ヨハナは伝えられること全てを教えた。
アレクシスはこれまでの授業と同じように、淡々と頭に詰めていく。
その様子を見て、ヨハナは少しだけ違和感を感じた。ヨハナに触れることは無理でも、授業の内容が内容だけに想い人に重ねて、少しは感情に揺れがあるかと思っていたが、少しもそんな様子は微塵も見られない。始終冷静な様子が、ヨハナには不思議だった。
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