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62、襲撃(1)
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一夜が明けた。
アレクシスの容態もあり、しばらくヨッヘムの館から動くつもりもなかった一行だったが、ひとりの騎士の報告により、事態が急変した。
昼の見回りに行っていた騎士が、固い表情で告げる。
「ここからそう遠くない場所に、賊が集まっています。おそらく、昨日の賊の一味かと」
「数は?」
シルヴェストが問えば、騎士が答える。
「二十名ほどかと」
「そんなに!?」
クリスティーナは声をあげた。
ここにいるのは、ヨッヘムの家族と使用人、クリスティーナたちだけである。ほとんどが戦闘経験もない一般市民だ。
証拠に部屋の隅にいた、ヨッヘムが青い顔をしてあわあわと震えあがった。
「ひとりで駄目だったから、今度は集団か」
シルヴェストが呟いた。
クリスティーナたちは今、一堂に会していた。
場所は必然、安静が必要なアレクシスの部屋だ。
「まだ居場所は知られていませんが、時間の問題かと」
「参ったな。関係ない者を巻き込むわけにも行かないし」
シルヴェストが腕を組みながら、青白い顔のヨッヘムをちらりと見る。
館を取り囲まれたら、万事急すだ。全員が騎士のような手慣れた者なら良いが、何の経験もない女子供相手なら簡単に破られる。そうなれば、罪もない者たちが幾人も犠牲になる。
寝台に半身立たせたアレクシスが口を開いた。
「山を降りるしかないだろう」
「その体で動けるかい?」
「一晩寝たら、大分良くなった。平気だ」
アレクシスはそう言ったものの、まだ顔色は良くなく、本調子ではないことは傍から見て明らかだった。
「ここでもたもたして、危険にさらされるよりも一刻も山を降りたほうが賢明だ。違うか?」
鋭い眼差しに睨まれ、シルヴェストも頷いた。
「わかった。そうと決まったら、すぐここを出よう。奴らに気付かれる前に退散だ」
意志が決まれば、あとの行動は早かった。
あっという間に支度を終え、全員が外へと出た。
「嵐が来そうだな」
馬に乗ったシルヴェストの呟きに、クリスティーナも空に目をやった。
西の空が重たい灰色の雲で覆われていた。今の暗澹たる状況を示しているようで、気分が暗くなる。
一行はヨッヘムたちに見送られながら、館をあとにした。馬に乗って、山を下る道をひたすら走る。
クリスティーナはアレクシスが心配で、すぐ後ろを走った。汗が滲みでている横顔から、馬を操るのも相当大変なはずだ。常に力を入れていなければ、馬を走らせることはできない。
一刻も早く、無事に山を降りられることを祈った。
しかし、岩肌がせりだし拓けた場所に来たとき、前方を阻む集団がいた。
人数は十人ばかり。ごく普通に道端にいてもおかしくない服装ではあるが、その手に握られている長剣から、彼らがただの集団ではないことは一目瞭然だ。
「待ち伏せかっ」
アレクシスが叫んで、マルクの手綱を引いてとまらせる。
「そうみたいだ」
シルヴェストも同じく、馬をとめた。
その周りを騎士が守るように取り囲む。
賊の集団と、アレクシスたちが対峙する。
「この人数なら、強行突破できる」
アレクシスが賊を睥睨して、剣を抜く。
賊の数とクリスティーナたちの数は互角だ。その上、こちらは馬に乗っている。
一斉に馬を走らせようとしたところで、後ろから喚声が聞こえた。
振り返れば、クリスティーナたちが走ってきた道を男たちの集団が降りてくる。人数は二十人ほど。騎士が報告した集団であろう。
「くそっ! 国境の警備はどうなってる!?」
アレクシスがやけくそ混じりに叫ぶ。このままでは挟み撃ちに合う。
クリスティーナたちは横の拓けた岩場まで移動した。背後は断崖絶壁である。その下には、スオネヴァン山脈から溶けた雪水が轟々と流れる激流があった。
背水の陣である。だが、敵に背を見せるわけにはいかない。
騎士たちは真正面から敵と向き直り、一斉に剣を抜いた。鋭い切っ先がきらりと光った。
クリスティーナもヨッヘムの館を出るとき、騎士から渡されていた剣を抜いた。しかし――
「おまえは後ろにさがっていろ」
アレクシスが体を前方に向けたまま、後ろのクリスティーナにちらりと鋭く目を向ける。
「でも――」
「いいから、下がってろ――」
有無を言わせぬ気迫があった。
確かにアレクシスたちに比べると、クリスティーナには剣の腕がない。
足手まといになるかもしれない。
クリスティーナは配慮して下がるしかなかった。
騎士たちの背後に守られるように、クリスティーナはひとり断崖の後ろに控えた。
「王太子だ。王太子を狙え!」
賊たちがザヴィヤ語で叫ぶ。
雄叫びをあげ、剣を片手に襲いかかってきた。
騎士たちが応戦する。近衛騎士の名に相応しく、その剣先は力強く、隙はない。
白刃が煌めいて、敵を屠っていく。
だが、賊たちも負けてはいなかった。数の上では優勢。ひとりに対して、数人で打ちかかり始めた。剣戟があちこちで鳴り響く。壁を破るのは簡単ではなさそうだ。
賊たちの目当てであるシルヴェストもまた、自ら剣を振るって、剣技を披露していた。その動きはまるでひらりひらりと舞う剣舞のようだ。決して重い攻撃には見えないのに、正面の敵が倒れていく。それは相手の急所を確実に仕留める無駄のない的確な剣だった。クリスティーナはここが戦場であることも忘れ、軽やかに剣が舞う様に見惚れてしまいそうになった。
対してアレクシスは、戦神もかくやという覇気に満ちた剣さばきであった。繰り出す剣は鋭く、その切っ先から剣筋が見えそうなくらい、空中に一線を描いていく。まるで、剣から白い閃光が放たれているようだ。剣と一心同体となったアレクシスの覇気に、男たちがたじろぎ足踏みをする。しかし、次から次へと、敵をなぎ倒していくものの、アレクシスの顔には疲れが滲んでいる。
体がまだ毒の影響から抜けきっていないのだ。一日休んだところで、体調を万全に期すには無理があった。滲んだ汗と、激しく上下する胸板から、それは明らかだった。苦しそうな様子が伺える。
クリスティーナははらはらして、アレクシスを見守った。
そのため、こちらを狙ってきた矢に気付くのが遅くなった。
男が矢をつがえ、放った。鏃が鋭い音をたてて、風を切る。
クリスティーナはとめる術もなく、目を見張った。
鏃がアイナの脚を掠めた。
アイナが嘶き、前足をあげる。
クリスティーナのなかで、時の流れが緩やかになった。全ての動きをまるでゆっくり見ているようだった。
だが、体はどうすることもできなかった。
クリスティーナの体がアイナから離れていく。
クリスティーナは悲鳴をあげた。
「クリスッ!!」
アレクシスが振り返り、叫ぶ。
その声が最後の記憶になった。
クリスティーナの体は地表から離れ、崖の下へと真っ逆さまに落ちていった。
アレクシスの容態もあり、しばらくヨッヘムの館から動くつもりもなかった一行だったが、ひとりの騎士の報告により、事態が急変した。
昼の見回りに行っていた騎士が、固い表情で告げる。
「ここからそう遠くない場所に、賊が集まっています。おそらく、昨日の賊の一味かと」
「数は?」
シルヴェストが問えば、騎士が答える。
「二十名ほどかと」
「そんなに!?」
クリスティーナは声をあげた。
ここにいるのは、ヨッヘムの家族と使用人、クリスティーナたちだけである。ほとんどが戦闘経験もない一般市民だ。
証拠に部屋の隅にいた、ヨッヘムが青い顔をしてあわあわと震えあがった。
「ひとりで駄目だったから、今度は集団か」
シルヴェストが呟いた。
クリスティーナたちは今、一堂に会していた。
場所は必然、安静が必要なアレクシスの部屋だ。
「まだ居場所は知られていませんが、時間の問題かと」
「参ったな。関係ない者を巻き込むわけにも行かないし」
シルヴェストが腕を組みながら、青白い顔のヨッヘムをちらりと見る。
館を取り囲まれたら、万事急すだ。全員が騎士のような手慣れた者なら良いが、何の経験もない女子供相手なら簡単に破られる。そうなれば、罪もない者たちが幾人も犠牲になる。
寝台に半身立たせたアレクシスが口を開いた。
「山を降りるしかないだろう」
「その体で動けるかい?」
「一晩寝たら、大分良くなった。平気だ」
アレクシスはそう言ったものの、まだ顔色は良くなく、本調子ではないことは傍から見て明らかだった。
「ここでもたもたして、危険にさらされるよりも一刻も山を降りたほうが賢明だ。違うか?」
鋭い眼差しに睨まれ、シルヴェストも頷いた。
「わかった。そうと決まったら、すぐここを出よう。奴らに気付かれる前に退散だ」
意志が決まれば、あとの行動は早かった。
あっという間に支度を終え、全員が外へと出た。
「嵐が来そうだな」
馬に乗ったシルヴェストの呟きに、クリスティーナも空に目をやった。
西の空が重たい灰色の雲で覆われていた。今の暗澹たる状況を示しているようで、気分が暗くなる。
一行はヨッヘムたちに見送られながら、館をあとにした。馬に乗って、山を下る道をひたすら走る。
クリスティーナはアレクシスが心配で、すぐ後ろを走った。汗が滲みでている横顔から、馬を操るのも相当大変なはずだ。常に力を入れていなければ、馬を走らせることはできない。
一刻も早く、無事に山を降りられることを祈った。
しかし、岩肌がせりだし拓けた場所に来たとき、前方を阻む集団がいた。
人数は十人ばかり。ごく普通に道端にいてもおかしくない服装ではあるが、その手に握られている長剣から、彼らがただの集団ではないことは一目瞭然だ。
「待ち伏せかっ」
アレクシスが叫んで、マルクの手綱を引いてとまらせる。
「そうみたいだ」
シルヴェストも同じく、馬をとめた。
その周りを騎士が守るように取り囲む。
賊の集団と、アレクシスたちが対峙する。
「この人数なら、強行突破できる」
アレクシスが賊を睥睨して、剣を抜く。
賊の数とクリスティーナたちの数は互角だ。その上、こちらは馬に乗っている。
一斉に馬を走らせようとしたところで、後ろから喚声が聞こえた。
振り返れば、クリスティーナたちが走ってきた道を男たちの集団が降りてくる。人数は二十人ほど。騎士が報告した集団であろう。
「くそっ! 国境の警備はどうなってる!?」
アレクシスがやけくそ混じりに叫ぶ。このままでは挟み撃ちに合う。
クリスティーナたちは横の拓けた岩場まで移動した。背後は断崖絶壁である。その下には、スオネヴァン山脈から溶けた雪水が轟々と流れる激流があった。
背水の陣である。だが、敵に背を見せるわけにはいかない。
騎士たちは真正面から敵と向き直り、一斉に剣を抜いた。鋭い切っ先がきらりと光った。
クリスティーナもヨッヘムの館を出るとき、騎士から渡されていた剣を抜いた。しかし――
「おまえは後ろにさがっていろ」
アレクシスが体を前方に向けたまま、後ろのクリスティーナにちらりと鋭く目を向ける。
「でも――」
「いいから、下がってろ――」
有無を言わせぬ気迫があった。
確かにアレクシスたちに比べると、クリスティーナには剣の腕がない。
足手まといになるかもしれない。
クリスティーナは配慮して下がるしかなかった。
騎士たちの背後に守られるように、クリスティーナはひとり断崖の後ろに控えた。
「王太子だ。王太子を狙え!」
賊たちがザヴィヤ語で叫ぶ。
雄叫びをあげ、剣を片手に襲いかかってきた。
騎士たちが応戦する。近衛騎士の名に相応しく、その剣先は力強く、隙はない。
白刃が煌めいて、敵を屠っていく。
だが、賊たちも負けてはいなかった。数の上では優勢。ひとりに対して、数人で打ちかかり始めた。剣戟があちこちで鳴り響く。壁を破るのは簡単ではなさそうだ。
賊たちの目当てであるシルヴェストもまた、自ら剣を振るって、剣技を披露していた。その動きはまるでひらりひらりと舞う剣舞のようだ。決して重い攻撃には見えないのに、正面の敵が倒れていく。それは相手の急所を確実に仕留める無駄のない的確な剣だった。クリスティーナはここが戦場であることも忘れ、軽やかに剣が舞う様に見惚れてしまいそうになった。
対してアレクシスは、戦神もかくやという覇気に満ちた剣さばきであった。繰り出す剣は鋭く、その切っ先から剣筋が見えそうなくらい、空中に一線を描いていく。まるで、剣から白い閃光が放たれているようだ。剣と一心同体となったアレクシスの覇気に、男たちがたじろぎ足踏みをする。しかし、次から次へと、敵をなぎ倒していくものの、アレクシスの顔には疲れが滲んでいる。
体がまだ毒の影響から抜けきっていないのだ。一日休んだところで、体調を万全に期すには無理があった。滲んだ汗と、激しく上下する胸板から、それは明らかだった。苦しそうな様子が伺える。
クリスティーナははらはらして、アレクシスを見守った。
そのため、こちらを狙ってきた矢に気付くのが遅くなった。
男が矢をつがえ、放った。鏃が鋭い音をたてて、風を切る。
クリスティーナはとめる術もなく、目を見張った。
鏃がアイナの脚を掠めた。
アイナが嘶き、前足をあげる。
クリスティーナのなかで、時の流れが緩やかになった。全ての動きをまるでゆっくり見ているようだった。
だが、体はどうすることもできなかった。
クリスティーナの体がアイナから離れていく。
クリスティーナは悲鳴をあげた。
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