❲完結❳傷物の私は高貴な公爵子息の婚約者になりました

四つ葉菫

文字の大きさ
26 / 75

26

しおりを挟む
――当日。
 私達を乗せた馬車は、祭りが開かれている街の中心まで進んでいく。

「わあ」

 馬車から降り立てば、賑やかな喧騒が一気に押し寄せた。
 街を彩る鮮やかな飾り付け。活気のあるたくさんの出店。剽軽な大道芸人に、美しい旋律を奏でる吟遊詩人。その周りを囲んだ人だかり。
 大勢のひとが通りを思い思いに行き交う。
 日常から離れた世界がそこにあった。

「すごいわ」

「祭りは初めて?」

 横に立ったフェリシアン様が私に尋ねてくる。

「いいえ。小さい頃に来たことがあります。でも、最近はあんまり」

 お父様もお母様も歳のせいか、ここ数年は騒がしいところに出かけたがらない。
 ドロシーを誘おうにもタイミングが合わないのか祭りの日はいつも忙しくしていて、声を掛けづらかった。

「では、今日はたくさん楽しもう」

「はい」

 笑顔で返事を返すと、フェリシアン様も微笑みを返してくれた。
 それから私達は大いに祭りを楽しんだ。


 六年前、フェリシアン様に保護された迷子の私。
 そんな私が、まさかこうして一緒に祭りを楽しんでるだなんて。
 立ち止まって祭りを見ながら感慨深く思う。
 あの時の私に言っても、きっと信じないに違いない。

――夢みたい。 

 こうしてあなたの隣で笑ってるなんて。
 そして、あなたも私の隣で笑ってるなんて――。



 そうしてしばらく屋台や見世物の間を渡り歩いたあと、フェリシアン様が口を開いた。

「歩き疲れただろう? この公園で休んでいこう」 

 ちょうど通りかかった公園の中にフェリシアンが目を向ける。

――この公園。

 まさしく、あの時の公園だった。
 彼が迷子の私を連れてきた場所。
 あなたを好きになった場所。
 こんな偶然あるのかしら。
 鼓動が知らず知らずのうちに早くなった。
 公園のなかのベンチに一緒に座る。
 私は胸の高鳴りを感じながらも、言わなければならないことを思い出して口を開いた。

「あの、ドレスをありがとうございました」

「ああ。無事届けられたようで良かった」  
 
「はい。すごく素敵なドレスでした」

 一週間前、私のもとに一着のドレスが届けられた。
 箱を開けて中身を見た瞬間、あまりの美しさに息を飲んだ。
 使われている素材、縫製は言わずもがな、施された刺繍、デザインまで素晴らしく、まるで匠たちの技を一心に集めて作られたような、そんな贅沢なドレスだった。
 それよりなにより、一番驚いたのは――

「君の社交界デビューが一月後だろう。そのために作らせたんだ。ぜひ着てほしい」  
 
 いつのまにか、そんなに近くまで日が迫ってきていた。 
 デビュタントの日は、フェリシアン様から以前贈られた三着のドレスの中から選ぼうと思っていたのに、まさかデビュタント用のドレスまで用意してくださったなんて。
 
「ありがとうございます。――フェリシアン様が直々に注文されたのですか?」

「ああ。デザインのほうはよくわからなかったから、そっちは専門の者に任せたが」

 じゃあ、やっぱりあの色は――。
 ドレスを見た時のことを思い出して、喜びで胸が詰まった。
 しかし、ドレスが素敵であればあるほど、ひとつのことが気にかかった。

「どうした?」

 急に黙り込んでしまった私にフェリシアンが声をかけてくる。
 私は目を伏せながら膝の上の拳を無意識に握りしめた。

「……素敵なドレスを頂いたのはすごく嬉しいんですが。……でも、着こなせる自信がなくて……」

 話しているうちにだんだんと顔が赤くなるのを感じた。

 街で美しい貴婦人達を見かける度、何度目で追ったことだろう。
 彼女たちの美しくお化粧されたかんばせ。白く滑らかな肌に、淡く色づいた桜色の頬。印象的な目元に、女性の色香が感じる艷やかな唇。
 自分ではあんな上手にお化粧ができない。
 お化粧はいつも白粉をはたくだけで、終わっていた。のせ方もよくわからないから、それが正しいかさえわからなかった。
 それに彼女たちは髪型もお洒落だった。結われ方も様々で一体どうすればそんなふうに結えるのか、いつも不思議だった。
 
――私にできるのは、ひとつに結うか、ハーフアップだけ。
 ドロシーに頼もうにも、ドロシー自身に化粧っ気がなく、髪もひっつめるやり方しか知らなかった。 

 着る人が綺麗なら、ドレスもちゃんと映えるのだろう。
――私があんな素敵なドレスを着たら、かえって貧弱になるだけかも。

「私、お化粧が上手くなくて……。髪も……」

 いたたまれなくて項に手をやったところで――

「では、公爵家から人をやろう」  

 フェリシアン様の声が真っ直ぐ耳に届いた。
 その声音には私を不安にさせるような責める雰囲気も億劫な響きもなかった。
 いつもと変わらない落ち着いた声音。

「身支度に慣れたメイドを当日君の家におくろう」

「……いいんですか?」
 
 想像もしてなかった身に余る申し出に呆然と口を開いた。

「ああ」
  
 フェリシアン様が優しく微笑んでくださったので、私の不安がまたたく間に溶けていった。
 ドレスだけではなく、公爵家の方までよこしてくださるなんて、どこまで気遣ってくださるのだろう。それなら、隣に立つフェリシアン様に恥をかかせなくて済むかもしれない。

「――ありがとうございます」

「いや。当然のことだ」
 
 フェリシアン様が続けて言った。

「私の知り合いが一月後にパーティーを開くんだ。そこでデビューするのがちょうど良いと思う」

 デビュタントの日はフェリシアン様がエスコートしてくれることになっている。
『華やかな場所でフェリシアン様の隣に立って、フェリシアン様の知り合いと会う』
 そんな自分の姿がまだ想像できなかった。
 どんな方かしら。きっと高位貴族の方よね。
 上手に挨拶できるかしら。
 そう思ってはたと気がつく。

しおりを挟む
感想 36

あなたにおすすめの小説

【完結】傷物令嬢は近衛騎士団長に同情されて……溺愛されすぎです。

朝日みらい
恋愛
王太子殿下との婚約から洩れてしまった伯爵令嬢のセーリーヌ。 宮廷の大広間で突然現れた賊に襲われた彼女は、殿下をかばって大けがを負ってしまう。 彼女に同情した近衛騎士団長のアドニス侯爵は熱心にお見舞いをしてくれるのだが、その熱意がセーリーヌの折れそうな心まで癒していく。 加えて、セーリーヌを振ったはずの王太子殿下が、親密な二人に絡んできて、ややこしい展開になり……。 果たして、セーリーヌとアドニス侯爵の関係はどうなるのでしょう?

【完結】騎士団長の旦那様は小さくて年下な私がお好みではないようです

大森 樹
恋愛
貧乏令嬢のヴィヴィアンヌと公爵家の嫡男で騎士団長のランドルフは、お互いの親の思惑によって結婚が決まった。 「俺は子どもみたいな女は好きではない」 ヴィヴィアンヌは十八歳で、ランドルフは三十歳。 ヴィヴィアンヌは背が低く、ランドルフは背が高い。 ヴィヴィアンヌは貧乏で、ランドルフは金持ち。 何もかもが違う二人。彼の好みの女性とは真逆のヴィヴィアンヌだったが、お金の恩があるためなんとか彼の妻になろうと奮闘する。そんな中ランドルフはぶっきらぼうで冷たいが、とろこどころに優しさを見せてきて……!? 貧乏令嬢×不器用な騎士の年の差ラブストーリーです。必ずハッピーエンドにします。

婚約者は冷酷宰相様。地味令嬢の私が政略結婚で嫁いだら、なぜか激甘溺愛が待っていました

春夜夢
恋愛
私はずっと「誰にも注目されない地味令嬢」だった。 名門とはいえ没落しかけの伯爵家の次女。 姉は美貌と才覚に恵まれ、私はただの飾り物のような存在。 ――そんな私に突然、王宮から「婚約命令」が下った。 相手は、王の右腕にして恐れられる冷酷宰相・ルシアス=ディエンツ公爵。 40を目前にしながら独身を貫き、感情を一切表に出さない男。 (……なぜ私が?) けれど、その婚約は国を揺るがす「ある計画」の始まりだった。

【完結】王子妃候補をクビになった公爵令嬢は、拗らせた初恋の思い出だけで生きていく

たまこ
恋愛
 10年の間、王子妃教育を受けてきた公爵令嬢シャーロットは、政治的な背景から王子妃候補をクビになってしまう。  多額の慰謝料を貰ったものの、婚約者を見つけることは絶望的な状況であり、シャーロットは結婚は諦めて公爵家の仕事に打ち込む。  もう会えないであろう初恋の相手のことだけを想って、生涯を終えるのだと覚悟していたのだが…。

狂おしいほど愛しています、なのでよそへと嫁ぐことに致します

ちより
恋愛
 侯爵令嬢のカレンは分別のあるレディだ。頭の中では初恋のエル様のことでいっぱいになりながらも、一切そんな素振りは見せない徹底ぶりだ。  愛するエル様、神々しくも真面目で思いやりあふれるエル様、その残り香だけで胸いっぱいですわ。  頭の中は常にエル様一筋のカレンだが、家同士が決めた結婚で、公爵家に嫁ぐことになる。愛のない形だけの結婚と思っているのは自分だけで、実は誰よりも公爵様から愛されていることに気づかない。  公爵様からの溺愛に、不器用な恋心が反応したら大変で……両思いに慣れません。

【完結】6人目の娘として生まれました。目立たない伯爵令嬢なのに、なぜかイケメン公爵が離れない

朝日みらい
恋愛
エリーナは、伯爵家の6人目の娘として生まれましたが、幸せではありませんでした。彼女は両親からも兄姉からも無視されていました。それに才能も兄姉と比べると特に特別なところがなかったのです。そんな孤独な彼女の前に現れたのが、公爵家のヴィクトールでした。彼女のそばに支えて励ましてくれるのです。エリーナはヴィクトールに何かとほめられながら、自分の力を信じて幸せをつかむ物語です。

側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません!

花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」 婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。 追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。 しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。 夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。 けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。 「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」 フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。 しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!? 「離縁する気か?  許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」 凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。 孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス! ※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。 【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】

【本編完結】王子の寝た子を起こしたら、夢見る少女では居られなくなりました!

こさか りね
恋愛
私、フェアリエル・クリーヴランドは、ひょんな事から前世を思い出した。 そして、気付いたのだ。婚約者が私の事を良く思っていないという事に・・・。 婚約者の態度は前世を思い出した私には、とても耐え難いものだった。 ・・・だったら、婚約解消すれば良くない? それに、前世の私の夢は『のんびりと田舎暮らしがしたい!』と常々思っていたのだ。 結婚しないで済むのなら、それに越したことはない。 「ウィルフォード様、覚悟する事ね!婚約やめます。って言わせてみせるわ!!」 これは、婚約解消をする為に奮闘する少女と、本当は好きなのに、好きと気付いていない王子との攻防戦だ。 そして、覚醒した王子によって、嫌でも成長しなくてはいけなくなるヒロインのコメディ要素強めな恋愛サクセスストーリーが始まる。 ※序盤は恋愛要素が少なめです。王子が覚醒してからになりますので、気長にお読みいただければ嬉しいです。 ※本編完結しました。 ※後日談を更新中です。

処理中です...