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――当日。
私達を乗せた馬車は、祭りが開かれている街の中心まで進んでいく。
「わあ」
馬車から降り立てば、賑やかな喧騒が一気に押し寄せた。
街を彩る鮮やかな飾り付け。活気のあるたくさんの出店。剽軽な大道芸人に、美しい旋律を奏でる吟遊詩人。その周りを囲んだ人だかり。
大勢のひとが通りを思い思いに行き交う。
日常から離れた世界がそこにあった。
「すごいわ」
「祭りは初めて?」
横に立ったフェリシアン様が私に尋ねてくる。
「いいえ。小さい頃に来たことがあります。でも、最近はあんまり」
お父様もお母様も歳のせいか、ここ数年は騒がしいところに出かけたがらない。
ドロシーを誘おうにもタイミングが合わないのか祭りの日はいつも忙しくしていて、声を掛けづらかった。
「では、今日はたくさん楽しもう」
「はい」
笑顔で返事を返すと、フェリシアン様も微笑みを返してくれた。
それから私達は大いに祭りを楽しんだ。
六年前、フェリシアン様に保護された迷子の私。
そんな私が、まさかこうして一緒に祭りを楽しんでるだなんて。
立ち止まって祭りを見ながら感慨深く思う。
あの時の私に言っても、きっと信じないに違いない。
――夢みたい。
こうしてあなたの隣で笑ってるなんて。
そして、あなたも私の隣で笑ってるなんて――。
そうしてしばらく屋台や見世物の間を渡り歩いたあと、フェリシアン様が口を開いた。
「歩き疲れただろう? この公園で休んでいこう」
ちょうど通りかかった公園の中にフェリシアンが目を向ける。
――この公園。
まさしく、あの時の公園だった。
彼が迷子の私を連れてきた場所。
あなたを好きになった場所。
こんな偶然あるのかしら。
鼓動が知らず知らずのうちに早くなった。
公園のなかのベンチに一緒に座る。
私は胸の高鳴りを感じながらも、言わなければならないことを思い出して口を開いた。
「あの、ドレスをありがとうございました」
「ああ。無事届けられたようで良かった」
「はい。すごく素敵なドレスでした」
一週間前、私のもとに一着のドレスが届けられた。
箱を開けて中身を見た瞬間、あまりの美しさに息を飲んだ。
使われている素材、縫製は言わずもがな、施された刺繍、デザインまで素晴らしく、まるで匠たちの技を一心に集めて作られたような、そんな贅沢なドレスだった。
それよりなにより、一番驚いたのは――
「君の社交界デビューが一月後だろう。そのために作らせたんだ。ぜひ着てほしい」
いつのまにか、そんなに近くまで日が迫ってきていた。
デビュタントの日は、フェリシアン様から以前贈られた三着のドレスの中から選ぼうと思っていたのに、まさかデビュタント用のドレスまで用意してくださったなんて。
「ありがとうございます。――フェリシアン様が直々に注文されたのですか?」
「ああ。デザインのほうはよくわからなかったから、そっちは専門の者に任せたが」
じゃあ、やっぱりあの色は――。
ドレスを見た時のことを思い出して、喜びで胸が詰まった。
しかし、ドレスが素敵であればあるほど、ひとつのことが気にかかった。
「どうした?」
急に黙り込んでしまった私にフェリシアンが声をかけてくる。
私は目を伏せながら膝の上の拳を無意識に握りしめた。
「……素敵なドレスを頂いたのはすごく嬉しいんですが。……でも、着こなせる自信がなくて……」
話しているうちにだんだんと顔が赤くなるのを感じた。
街で美しい貴婦人達を見かける度、何度目で追ったことだろう。
彼女たちの美しくお化粧された顔。白く滑らかな肌に、淡く色づいた桜色の頬。印象的な目元に、女性の色香が感じる艷やかな唇。
自分ではあんな上手にお化粧ができない。
お化粧はいつも白粉をはたくだけで、終わっていた。のせ方もよくわからないから、それが正しいかさえわからなかった。
それに彼女たちは髪型もお洒落だった。結われ方も様々で一体どうすればそんなふうに結えるのか、いつも不思議だった。
――私にできるのは、ひとつに結うか、ハーフアップだけ。
ドロシーに頼もうにも、ドロシー自身に化粧っ気がなく、髪もひっつめるやり方しか知らなかった。
着る人が綺麗なら、ドレスもちゃんと映えるのだろう。
――私があんな素敵なドレスを着たら、かえって貧弱になるだけかも。
「私、お化粧が上手くなくて……。髪も……」
いたたまれなくて項に手をやったところで――
「では、公爵家から人をやろう」
フェリシアン様の声が真っ直ぐ耳に届いた。
その声音には私を不安にさせるような責める雰囲気も億劫な響きもなかった。
いつもと変わらない落ち着いた声音。
「身支度に慣れたメイドを当日君の家におくろう」
「……いいんですか?」
想像もしてなかった身に余る申し出に呆然と口を開いた。
「ああ」
フェリシアン様が優しく微笑んでくださったので、私の不安がまたたく間に溶けていった。
ドレスだけではなく、公爵家の方までよこしてくださるなんて、どこまで気遣ってくださるのだろう。それなら、隣に立つフェリシアン様に恥をかかせなくて済むかもしれない。
「――ありがとうございます」
「いや。当然のことだ」
フェリシアン様が続けて言った。
「私の知り合いが一月後にパーティーを開くんだ。そこでデビューするのがちょうど良いと思う」
デビュタントの日はフェリシアン様がエスコートしてくれることになっている。
『華やかな場所でフェリシアン様の隣に立って、フェリシアン様の知り合いと会う』
そんな自分の姿がまだ想像できなかった。
どんな方かしら。きっと高位貴族の方よね。
上手に挨拶できるかしら。
そう思ってはたと気がつく。
私達を乗せた馬車は、祭りが開かれている街の中心まで進んでいく。
「わあ」
馬車から降り立てば、賑やかな喧騒が一気に押し寄せた。
街を彩る鮮やかな飾り付け。活気のあるたくさんの出店。剽軽な大道芸人に、美しい旋律を奏でる吟遊詩人。その周りを囲んだ人だかり。
大勢のひとが通りを思い思いに行き交う。
日常から離れた世界がそこにあった。
「すごいわ」
「祭りは初めて?」
横に立ったフェリシアン様が私に尋ねてくる。
「いいえ。小さい頃に来たことがあります。でも、最近はあんまり」
お父様もお母様も歳のせいか、ここ数年は騒がしいところに出かけたがらない。
ドロシーを誘おうにもタイミングが合わないのか祭りの日はいつも忙しくしていて、声を掛けづらかった。
「では、今日はたくさん楽しもう」
「はい」
笑顔で返事を返すと、フェリシアン様も微笑みを返してくれた。
それから私達は大いに祭りを楽しんだ。
六年前、フェリシアン様に保護された迷子の私。
そんな私が、まさかこうして一緒に祭りを楽しんでるだなんて。
立ち止まって祭りを見ながら感慨深く思う。
あの時の私に言っても、きっと信じないに違いない。
――夢みたい。
こうしてあなたの隣で笑ってるなんて。
そして、あなたも私の隣で笑ってるなんて――。
そうしてしばらく屋台や見世物の間を渡り歩いたあと、フェリシアン様が口を開いた。
「歩き疲れただろう? この公園で休んでいこう」
ちょうど通りかかった公園の中にフェリシアンが目を向ける。
――この公園。
まさしく、あの時の公園だった。
彼が迷子の私を連れてきた場所。
あなたを好きになった場所。
こんな偶然あるのかしら。
鼓動が知らず知らずのうちに早くなった。
公園のなかのベンチに一緒に座る。
私は胸の高鳴りを感じながらも、言わなければならないことを思い出して口を開いた。
「あの、ドレスをありがとうございました」
「ああ。無事届けられたようで良かった」
「はい。すごく素敵なドレスでした」
一週間前、私のもとに一着のドレスが届けられた。
箱を開けて中身を見た瞬間、あまりの美しさに息を飲んだ。
使われている素材、縫製は言わずもがな、施された刺繍、デザインまで素晴らしく、まるで匠たちの技を一心に集めて作られたような、そんな贅沢なドレスだった。
それよりなにより、一番驚いたのは――
「君の社交界デビューが一月後だろう。そのために作らせたんだ。ぜひ着てほしい」
いつのまにか、そんなに近くまで日が迫ってきていた。
デビュタントの日は、フェリシアン様から以前贈られた三着のドレスの中から選ぼうと思っていたのに、まさかデビュタント用のドレスまで用意してくださったなんて。
「ありがとうございます。――フェリシアン様が直々に注文されたのですか?」
「ああ。デザインのほうはよくわからなかったから、そっちは専門の者に任せたが」
じゃあ、やっぱりあの色は――。
ドレスを見た時のことを思い出して、喜びで胸が詰まった。
しかし、ドレスが素敵であればあるほど、ひとつのことが気にかかった。
「どうした?」
急に黙り込んでしまった私にフェリシアンが声をかけてくる。
私は目を伏せながら膝の上の拳を無意識に握りしめた。
「……素敵なドレスを頂いたのはすごく嬉しいんですが。……でも、着こなせる自信がなくて……」
話しているうちにだんだんと顔が赤くなるのを感じた。
街で美しい貴婦人達を見かける度、何度目で追ったことだろう。
彼女たちの美しくお化粧された顔。白く滑らかな肌に、淡く色づいた桜色の頬。印象的な目元に、女性の色香が感じる艷やかな唇。
自分ではあんな上手にお化粧ができない。
お化粧はいつも白粉をはたくだけで、終わっていた。のせ方もよくわからないから、それが正しいかさえわからなかった。
それに彼女たちは髪型もお洒落だった。結われ方も様々で一体どうすればそんなふうに結えるのか、いつも不思議だった。
――私にできるのは、ひとつに結うか、ハーフアップだけ。
ドロシーに頼もうにも、ドロシー自身に化粧っ気がなく、髪もひっつめるやり方しか知らなかった。
着る人が綺麗なら、ドレスもちゃんと映えるのだろう。
――私があんな素敵なドレスを着たら、かえって貧弱になるだけかも。
「私、お化粧が上手くなくて……。髪も……」
いたたまれなくて項に手をやったところで――
「では、公爵家から人をやろう」
フェリシアン様の声が真っ直ぐ耳に届いた。
その声音には私を不安にさせるような責める雰囲気も億劫な響きもなかった。
いつもと変わらない落ち着いた声音。
「身支度に慣れたメイドを当日君の家におくろう」
「……いいんですか?」
想像もしてなかった身に余る申し出に呆然と口を開いた。
「ああ」
フェリシアン様が優しく微笑んでくださったので、私の不安がまたたく間に溶けていった。
ドレスだけではなく、公爵家の方までよこしてくださるなんて、どこまで気遣ってくださるのだろう。それなら、隣に立つフェリシアン様に恥をかかせなくて済むかもしれない。
「――ありがとうございます」
「いや。当然のことだ」
フェリシアン様が続けて言った。
「私の知り合いが一月後にパーティーを開くんだ。そこでデビューするのがちょうど良いと思う」
デビュタントの日はフェリシアン様がエスコートしてくれることになっている。
『華やかな場所でフェリシアン様の隣に立って、フェリシアン様の知り合いと会う』
そんな自分の姿がまだ想像できなかった。
どんな方かしら。きっと高位貴族の方よね。
上手に挨拶できるかしら。
そう思ってはたと気がつく。
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