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しおりを挟む「フェリシアンじゃないか。来たんだな」
談笑の輪から外れて、ひとりの青年が親しげに歩み寄ってきた。
「ああ。お招きありがとう。盛況のようだな」
「お陰様で」
青年はフェリシアン様と同じ年頃のように見えた。赤茶色の髪をした、フェリシアン様とはまた違う格好良さのあるひとだった。
青年が私にちらりと目を向けた。
「そちらがあの――」
フェリシアン様が私に手の平を向けた。
「ああ。紹介しよう。私の婚約者、エレン・レヴィンズ嬢だ」
青年が私を見る目をわざとらしく丸くして眉を上げた。その表情から親しみやすい人柄なのが伝わってきた。
「一体どんな娘か、ずっと気になってたが可愛らしい娘じゃないか。お前がずっと俺に紹介しなかった気持ちがわかるよ」
私はその言葉に目を白黒させた。本気の言葉ではないとわかってはいるが、こういう時どう返せば言いかわからない。
あたふたする前に、フェリシアン様が助け船を出してくれた。
「みんながお前と同じように軽口を叩けるわけではない。からかうな。――エレン嬢、こちらはこの夜会の主催者であり私の友人でもあるアーキン公爵家のレナルド・アーキンだ」
夜会の主催者と聞いて、目を丸くした。
では、この方がこんな立派なお屋敷を持っている公爵家の方なのね。
フェリシアン様のご友人はやはりおいそれと気軽に付き合える人物ではないのだと実感した。
――フェリシアン様と繋がりを持つ人間の中で、不釣り合いなのはきっと私くらいではないかしら。
「よろしく。今日デビュタントだろ。おめでとう。楽しんでいってくれ」
「は、はい。ありがとうございます」
それから、レナルド様はフェリシアン様と少し談笑されたあと、また別の人の輪の中に入っていった。
続いて――
「おお、フェリシアン君じゃないか。顔を合わせるのは建国祭以来かな」
「ええ。お変わりなさそうで何よりです。ウェルトン侯爵」
白髪混じりの立派な風貌の紳士が声をかけてきた。
「君も相変わらずいい男っぷりだ。――ところで、そちらは?」
紳士が私に目を向ける。
「私の婚約者のエレン・レヴィンズ嬢です。――エレン嬢。こちらはドミニク・ウェルトン侯爵だ」
「エレン・レヴィンズです。よろしくおねがいします」
フェリシアン様に紹介されて、慌てて頭を下げる。下げた拍子にウェルトン侯爵が私の頭に目を止めた。
「お初にお目にかかる。ドミニク・ウェルトンだ。もしかして、今日がデビュタントかな」
「はい」
「そうか。おめでとう。この夜会が素晴らしい門出にならんことを」
「ありがとうございます」
ウェルトン侯爵はその後機嫌よくフェリシアン様と二、三言話されたあと離れていった。
その姿が見えなくなったあと、ウェルトン侯爵の名前をどこかで聞いた覚えがある気がして頭を捻った瞬間、はっと思い出した。
――ドミニク・ウェルトン侯爵って、この国の宰相だわ。
最近新聞をよく読むようになった私。
特に目を通すのは、今まで流れ読みだった政治や経済に関する記事。
いつか公爵夫人になったら、そういうことも必要だと思ったから欠かさず読んでいた。
その記事の中に『ドミニク・ウェルトン宰相』という言葉があった気がする。
じゃあ、あの方は宰相なんだわ。
慣れない状況についていくのが精一杯で、名前を聞いた時は全然頭が働かなったけれど。
――そんな方ともお知り合いだなんて、フェリシアン様は本当にすごい方だわ。
私は改めて、フェリシアン様を尊敬の眼差しで見つめた。
そのあとも、フェリシアン様に挨拶しにくる人の波が耐えることはなかった。
そのたびに私はフェリシアン様を通して、有り難くもたくさんのひとに紹介させてもらう機会に恵まれた。
その中にやはり名前だけは知っている大臣の方もちらほらといらっしゃった。
デビュタントする貴族の子女は、初めて社交界デビューするに至り、パートナーは年長者と定められていた。
それは不慣れな状況や多少のアクシデントに見舞われても、的確にフォローできる適任者が付き添えば安心という面もあるが、それ以外にもパートナーの知り合いに紹介してもらい顔を広げるという面も持ち合わせていた。
それによって、デビュタントした子女は人脈を広げ、それ以後も繋がりを増やしていける利点があった。
そういった意味合いでは、フェリシアン様以上にパートナーに相応しく頼もしい男性はいないように思われた。
――本当にこんな完璧な人のそばに私がいても良いのかしら。
次々と挨拶にくる人々に涼しい顔で対応するフェリシアン様を夢心地で見上げた。
挨拶に訪れた方がまたひとり去った時だった。
テラス側がふと視界に入り、私に向け手を振っている人物が目に入り込んできた。
「アデラだわ……」
私の独り言を耳に止めたフェリシアン様が、私の視界の先に目をやった。
「友達?」
「はい」
「挨拶ばかりで疲れただろう? ちょうど良い。休憩がてら、友達と楽しんでくるといい」
フェリシアン様がそう提案してくれたので、私は甘えることにした。
知っている人にようやく会えたことに、正直私も嬉しかったのだ。
「ありがとうございます。行ってきます」
「ああ」
ちょうど挨拶にくる人の波も途切れていた隙に私はアデラのもとに向かった。
アデラが笑顔で手の平を向けてきてくれたので、私も笑って手を合わせた。
「すっごい見違えたね! エレン! 最初誰かわかんなかったよ! ――でも、うん、私の知っているエレンと髪も背格好も一緒だから本人に間違いなし」
手放しに褒めてくれるアデラの言葉に、私はこそばゆさを感じて、照れ笑いを浮かべた。
「ドレスもすごい素敵。フェリシアン様の色だね。似合ってる」
「うん。ありがとう」
アデラが口を閉ざし、私の顔をじっと見た。
「アデラ……?」
「なんかエレン変わったね」
「え?」
「前のエレンだったら、そこは『そんなことない』って言ってた」
「そう……かな……」
そう言われれば、そんな気もしてくる。
「前は遠慮ばっかして気が弱いのが目立ったけど。それが悪いわけじゃないけど今のほうがずっと良いよ」
「アデラ……」
友人の心強い言葉に胸を温かくしながらも、もし変わったとするならばそれはフェリシアン様のおかげだと頭に浮かんだ。
フェリシアン様が私の世界を広げてくれ、知らなかった考えを教えてくれ、少しづつ自分が新しく塗替えられていったような気がする。
私の他愛もない質問にもちゃんと答えてくれるフェリシアン様。
何気ない拍子に私に微笑んでくれること。
刺繍を褒めてくれたこと。
外に連れ出し、色んな世界を見せてくれたこと。
いつも劣等感ばかりが心に引っかかっていたのに。
フェリシアン様といると、自分まで強い人間になれるような気がしてくるから不思議だった。
――全てはあなたのおかげ。
自分でも知らないうちに変わっていたなんて、不思議だった。
「さ、せっかく来たんだから、美味しいものいっぱい食べよう」
考え深く浸った私の腕をアデラが引っ張り、現実へと引き戻した。
食べ物が豪勢に盛り付けられたテーブルへと連れて行かれる。
「めっちゃ美味しそう。何から食べよう」
アデラが目を輝かせたので、私もつられて倣った。
「本当美味しそう」
どれも我が家の食卓には並んだことがない料理ばかりだった。
「でしょ。まずは腹ごしらえ。いい男を捕まえるためには英気を養わなくちゃね」
アデラがお皿に食べ物を載せ始めた。
「今日の主催者のレナルド・アーキン様見た? めっちゃ格好いいよね。あんな人の妻になれたら最高なのに。――あ、もしかしてエレン、もう知り合った? いいなー。簡単に知り合えて。今度、フェリシアン様に私も紹介するよう言っといてよ」
アデラの冗談混じりの軽口に、私は堪らず笑い出した。
「笑うとこ、そこ? こっちは婚活に真剣なのに」
「ごめん。フェリシアン様に言ってみる」
「あ、別に無理しなくていいから。半分本気だったけど、流石にちょっと恐れ多いからさ」
「うん」
それから私達は並べられた料理に舌鼓を打ち、他愛もない話に花を咲かせた。その途中、アデラが私の腕をつついた。
「ね、ほら、見て。あれが例の公爵令嬢だよ」
アデラの視線の先にフェリシアン様とひとりの女性の方がいた。
フェリシアン様の真横に寄り添うように後ろ姿で立っている女性。
ここからでは横顔しかわからなかった。
それでも、美しく波打つ輝くような金髪に、優雅な曲線美を描くマーメイドドレスによって、相手が魅力的な女性であることがわかった。
――綺麗な方。
「フェリシアン様はもうエレンの婚約者なのに……。あんなに近付いていやらしいよね」
アデラが気分を害したように、半眼でじろりと睨んだ。
よく見れば、二人っきりではなく、向こう側に今日の主催者であるレナルド様がいた。
場が盛りあがったのか、三人が笑い声をあげたように見えた。
抑えきれないといったように、公爵令嬢がフェリシアン様の二の腕に手をかけて笑う。
私は見てはならないようなものを見た気がして、慌てて視線をそらした。
けれど、楽しそうだったふたりの姿が目に焼き付いたまま離れない。
――仲が良さそう……。
並んで立っている姿もお似合いだった。
フェリシアン様と釣り合いがとれた大人の女性。
容姿も家柄も、きっと中身も出来た方に違いない。
――私とは全然違う。
以前に比べれば自分を卑下しなくなったとはいえ、自分より遥かに優れた女性――それもフェリシアン様と親しい間柄の――を見たら急速に自分の心が萎んでいくのがわかった。
「あ、見て。新しいデザート来たよ」
フェリシアン様たちに既に関心を失ったアデラが新たに運ばれてきた料理に目を向けた。
「エレン、早くっ」
「う、うん」
アデラに声をかけられ、再び眼の前のことに意識を向けるが、浮き立つ心が戻ってくることはなかった。
その後の料理も、アデラとの会話も、表面をなぞるようにどこか遠くに感じてしまった私なのだった。
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