42 / 75
42
しおりを挟む
次の日の夜。
仕事から帰った私は両親の居室のソファで、父上と母上を前にして言った。
「エレン・レヴィンズ嬢を婚約者に迎えたいと思います」
「まあ」
母上が目を丸くした。
父上は表情を変えなかった。
二人には事件のことは昨日のうちに話していた。
「王都民を守る立場にも関わらず、私の団のせいで、令嬢に怪我を負わせてしまいました。その責任をとるつもりです」
一日考えて出した結論だった。
このまま何の償いをしないのは人の道に反する。
助けてもらっておいて、このままのうのうと生きるには心苦しかった。
少女にとって、何が一番救いになるか考えたとき、結婚するのが一番良いのではないかと思った。
修道院行きや歳の離れた男の後妻になるよりは、このサンストレーム家に迎えたほうが幸せになるのでないかと思った。
「……そうね。その娘の将来を考えたら、決して明るくはないでしょう。息子を救ってもらった身としては、それはあまりに不憫だわ」
同じ女性として、少女の身の上を母上が一番理解できるのだろう。
眉を気遣わしげに顰めたあと、顔をあげた。
「私は反対しないわ。何より、あなたが婚約に乗り気になったのですもの。この好機を逃したら、またいつになるかわかりませんからね」
私に皮肉を言ってくる。
とりあえず母上の賛同はもらえたことになる。
次に父上の方に顔を向ければ、父上は私にまっすぐ視線を注いでいた。
「ほかにも償う方法はあるのだが――」
金銭的なことを言っているのだろう。
確かにサンストレームの財力ならば、一生困らないだけの金銭的な援助はできる。
だが、それでは誠意が欠けてるように思えた。
我々は忘れることはできても、彼女は一生傷を背負って生きていかねばならないのだから。
「これが私の下した決断です。ほかの選択肢があろうとも変えるつもりはありません」
父上は決して声を荒げたり、手をあげたりする方ではない。だが、時にまっすぐ見つめてくる視線は威圧感があった。
そこに他意がなくとも、父上の視線に萎縮した人々を何度も見たことがあった。
私は慣れた者なので、そんな父上の視線をまっすぐ受け止めた。
「後悔はしないな」
その一言で、父上は私を案じてくださっているのだとわかった。
私の真剣さを測り、私に少しでも迷いがあればやめておけと言っている。
息子に後々後悔してほしくない故に。
私はまっすぐ顔をあげ、力強く頷いた。
「はい。後悔はいたしません」
これまで多くの令嬢と知りあったが、心動かされた令嬢はひとりもいなかった。
人数を踏まえるに、これからもそれは変わらない気がした。
ならば、いつかは適当なところから婚約者を迎えることになるのなら、それがエレン嬢でも大した違いはない。
婚約が少し早まっただけと考えればいいだけのことだと思えた。
「良いだろう。そこまで言うなら、お前の気持ちを尊重しよう」
「ありがとうございます」
二人から許可を貰えれば、あとは男爵夫妻に話を通すのみ。
明日、レヴィンズ家を訪ねようと思ったところで母上が声を弾ませた。
「それにしても、楽しみね。将来私の義娘になる子は一体どんな娘かしら」
今から男爵家に突入しそうな雰囲気に、私は眉根を寄せた。
「重傷を負って寝込んでいるんですから、今はそっとしておいてください」
「わかってるわよ。私もそこまで非常識なことはしないわよ」
昔から自分の我を通すためなら、周りを巻き込んででも我が道を行く母に胡乱げな視線を向けた。
母上はそんな私の視線に降参したようだった。
「わかったわ。あなたの許可がおりるまで、会いに行かないわ」
私はほっと息を吐いて、胸を撫で下ろした。
「では失礼致します」
私は一礼して、両親の居室から出ていった。
仕事から帰った私は両親の居室のソファで、父上と母上を前にして言った。
「エレン・レヴィンズ嬢を婚約者に迎えたいと思います」
「まあ」
母上が目を丸くした。
父上は表情を変えなかった。
二人には事件のことは昨日のうちに話していた。
「王都民を守る立場にも関わらず、私の団のせいで、令嬢に怪我を負わせてしまいました。その責任をとるつもりです」
一日考えて出した結論だった。
このまま何の償いをしないのは人の道に反する。
助けてもらっておいて、このままのうのうと生きるには心苦しかった。
少女にとって、何が一番救いになるか考えたとき、結婚するのが一番良いのではないかと思った。
修道院行きや歳の離れた男の後妻になるよりは、このサンストレーム家に迎えたほうが幸せになるのでないかと思った。
「……そうね。その娘の将来を考えたら、決して明るくはないでしょう。息子を救ってもらった身としては、それはあまりに不憫だわ」
同じ女性として、少女の身の上を母上が一番理解できるのだろう。
眉を気遣わしげに顰めたあと、顔をあげた。
「私は反対しないわ。何より、あなたが婚約に乗り気になったのですもの。この好機を逃したら、またいつになるかわかりませんからね」
私に皮肉を言ってくる。
とりあえず母上の賛同はもらえたことになる。
次に父上の方に顔を向ければ、父上は私にまっすぐ視線を注いでいた。
「ほかにも償う方法はあるのだが――」
金銭的なことを言っているのだろう。
確かにサンストレームの財力ならば、一生困らないだけの金銭的な援助はできる。
だが、それでは誠意が欠けてるように思えた。
我々は忘れることはできても、彼女は一生傷を背負って生きていかねばならないのだから。
「これが私の下した決断です。ほかの選択肢があろうとも変えるつもりはありません」
父上は決して声を荒げたり、手をあげたりする方ではない。だが、時にまっすぐ見つめてくる視線は威圧感があった。
そこに他意がなくとも、父上の視線に萎縮した人々を何度も見たことがあった。
私は慣れた者なので、そんな父上の視線をまっすぐ受け止めた。
「後悔はしないな」
その一言で、父上は私を案じてくださっているのだとわかった。
私の真剣さを測り、私に少しでも迷いがあればやめておけと言っている。
息子に後々後悔してほしくない故に。
私はまっすぐ顔をあげ、力強く頷いた。
「はい。後悔はいたしません」
これまで多くの令嬢と知りあったが、心動かされた令嬢はひとりもいなかった。
人数を踏まえるに、これからもそれは変わらない気がした。
ならば、いつかは適当なところから婚約者を迎えることになるのなら、それがエレン嬢でも大した違いはない。
婚約が少し早まっただけと考えればいいだけのことだと思えた。
「良いだろう。そこまで言うなら、お前の気持ちを尊重しよう」
「ありがとうございます」
二人から許可を貰えれば、あとは男爵夫妻に話を通すのみ。
明日、レヴィンズ家を訪ねようと思ったところで母上が声を弾ませた。
「それにしても、楽しみね。将来私の義娘になる子は一体どんな娘かしら」
今から男爵家に突入しそうな雰囲気に、私は眉根を寄せた。
「重傷を負って寝込んでいるんですから、今はそっとしておいてください」
「わかってるわよ。私もそこまで非常識なことはしないわよ」
昔から自分の我を通すためなら、周りを巻き込んででも我が道を行く母に胡乱げな視線を向けた。
母上はそんな私の視線に降参したようだった。
「わかったわ。あなたの許可がおりるまで、会いに行かないわ」
私はほっと息を吐いて、胸を撫で下ろした。
「では失礼致します」
私は一礼して、両親の居室から出ていった。
10
あなたにおすすめの小説
『有能すぎる王太子秘書官、馬鹿がいいと言われ婚約破棄されましたが、国を賢者にして去ります』
しおしお
恋愛
王太子の秘書官として、陰で国政を支えてきたアヴェンタドール。
どれほど杜撰な政策案でも整え、形にし、成果へ導いてきたのは彼女だった。
しかし王太子エリシオンは、その功績に気づくことなく、
「女は馬鹿なくらいがいい」
という傲慢な理由で婚約破棄を言い渡す。
出しゃばりすぎる女は、妃に相応しくない――
そう断じられ、王宮から追い出された彼女を待っていたのは、
さらに危険な第二王子の婚約話と、国家を揺るがす陰謀だった。
王太子は無能さを露呈し、
第二王子は野心のために手段を選ばない。
そして隣国と帝国の影が、静かに国を包囲していく。
ならば――
関わらないために、関わるしかない。
アヴェンタドールは王国を救うため、
政治の最前線に立つことを選ぶ。
だがそれは、権力を欲したからではない。
国を“賢く”して、
自分がいなくても回るようにするため。
有能すぎたがゆえに切り捨てられた一人の女性が、
ざまぁの先で選んだのは、復讐でも栄光でもない、
静かな勝利だった。
---
旦那様、政略結婚ですので離婚しましょう
おてんば松尾
恋愛
王命により政略結婚したアイリス。
本来ならば皆に祝福され幸せの絶頂を味わっているはずなのにそうはならなかった。
初夜の場で夫の公爵であるスノウに「今日は疲れただろう。もう少し互いの事を知って、納得した上で夫婦として閨を共にするべきだ」と言われ寝室に一人残されてしまった。
翌日から夫は仕事で屋敷には帰ってこなくなり使用人たちには冷たく扱われてしまうアイリス……
(※この物語はフィクションです。実在の人物や事件とは関係ありません。)
【完結】王子妃候補をクビになった公爵令嬢は、拗らせた初恋の思い出だけで生きていく
たまこ
恋愛
10年の間、王子妃教育を受けてきた公爵令嬢シャーロットは、政治的な背景から王子妃候補をクビになってしまう。
多額の慰謝料を貰ったものの、婚約者を見つけることは絶望的な状況であり、シャーロットは結婚は諦めて公爵家の仕事に打ち込む。
もう会えないであろう初恋の相手のことだけを想って、生涯を終えるのだと覚悟していたのだが…。
離婚寸前で人生をやり直したら、冷徹だったはずの夫が私を溺愛し始めています
腐ったバナナ
恋愛
侯爵夫人セシルは、冷徹な夫アークライトとの愛のない契約結婚に疲れ果て、離婚を決意した矢先に孤独な死を迎えた。
「もしやり直せるなら、二度と愛のない人生は選ばない」
そう願って目覚めると、そこは結婚直前の18歳の自分だった!
今世こそ平穏な人生を歩もうとするセシルだったが、なぜか夫の「感情の色」が見えるようになった。
冷徹だと思っていた夫の無表情の下に、深い孤独と不器用で一途な愛が隠されていたことを知る。
彼の愛をすべて誤解していたと気づいたセシルは、今度こそ彼の愛を掴むと決意。積極的に寄り添い、感情をぶつけると――
真実の愛のお相手様と仲睦まじくお過ごしください
LIN
恋愛
「私には真実に愛する人がいる。私から愛されるなんて事は期待しないでほしい」冷たい声で男は言った。
伯爵家の嫡男ジェラルドと同格の伯爵家の長女マーガレットが、互いの家の共同事業のために結ばれた婚約期間を経て、晴れて行われた結婚式の夜の出来事だった。
真実の愛が尊ばれる国で、マーガレットが周囲の人を巻き込んで起こす色んな出来事。
(他サイトで載せていたものです。今はここでしか載せていません。今まで読んでくれた方で、見つけてくれた方がいましたら…ありがとうございます…)
(1月14日完結です。設定変えてなかったらすみません…)
忘れられた幼な妻は泣くことを止めました
帆々
恋愛
アリスは十五歳。王国で高家と呼ばれるう高貴な家の姫だった。しかし、家は貧しく日々の暮らしにも困窮していた。
そんな時、アリスの父に非常に有利な融資をする人物が現れた。その代理人のフーは巧みに父を騙して、莫大な借金を負わせてしまう。
もちろん返済する目処もない。
「アリス姫と我が主人との婚姻で借財を帳消しにしましょう」
フーの言葉に父は頷いた。アリスもそれを責められなかった。家を守るのは父の責務だと信じたから。
嫁いだドリトルン家は悪徳金貸しとして有名で、アリスは邸の厳しいルールに従うことになる。フーは彼女を監視し自由を許さない。そんな中、夫の愛人が邸に迎え入れることを知る。彼女は庭の隅の離れ住まいを強いられているのに。アリスは嘆き悲しむが、フーに強く諌められてうなだれて受け入れた。
「ご実家への援助はご心配なく。ここでの悪くないお暮らしも保証しましょう」
そういう経緯を仲良しのはとこに打ち明けた。晩餐に招かれ、久しぶりに心の落ち着く時間を過ごした。その席にははとこ夫妻の友人のロエルもいて、彼女に彼の掘った珍しい鉱石を見せてくれた。しかし迎えに現れたフーが、和やかな夜をぶち壊してしまう。彼女を庇うはとこを咎め、フーの無礼を責めたロエルにまで痛烈な侮蔑を吐き捨てた。
厳しい婚家のルールに縛られ、アリスは外出もままならない。
それから五年の月日が流れ、ひょんなことからロエルに再会することになった。金髪の端正な紳士の彼は、彼女に問いかけた。
「お幸せですか?」
アリスはそれに答えられずにそのまま別れた。しかし、その言葉が彼の優しかった印象と共に尾を引いて、彼女の中に残っていく_______。
世間知らずの高貴な姫とやや強引な公爵家の子息のじれじれなラブストーリーです。
古風な恋愛物語をお好きな方にお読みいただけますと幸いです。
ハッピーエンドを心がけております。読後感のいい物語を努めます。
※小説家になろう様にも投稿させていただいております。
【12月末日公開終了】これは裏切りですか?
たぬきち25番
恋愛
転生してすぐに婚約破棄をされたアリシアは、嫁ぎ先を失い、実家に戻ることになった。
だが、実家戻ると『婚約破棄をされた娘』と噂され、家族の迷惑になっているので出て行く必要がある。
そんな時、母から住み込みの仕事を紹介されたアリシアは……?
死に戻りの元王妃なので婚約破棄して穏やかな生活を――って、なぜか帝国の第二王子に求愛されています!?
神崎 ルナ
恋愛
アレクシアはこの一国の王妃である。だが伴侶であるはずの王には執務を全て押し付けられ、王妃としてのパーティ参加もほとんど側妃のオリビアに任されていた。
(私って一体何なの)
朝から食事を摂っていないアレクシアが厨房へ向かおうとした昼下がり、その日の内に起きた革命に巻き込まれ、『王政を傾けた怠け者の王妃』として処刑されてしまう。
そして――
「ここにいたのか」
目の前には記憶より若い伴侶の姿。
(……もしかして巻き戻った?)
今度こそ間違えません!! 私は王妃にはなりませんからっ!!
だが二度目の生では不可思議なことばかりが起きる。
学生時代に戻ったが、そこにはまだ会うはずのないオリビアが生徒として在籍していた。
そして居るはずのない人物がもう一人。
……帝国の第二王子殿下?
彼とは外交で数回顔を会わせたくらいなのになぜか親し気に話しかけて来る。
一体何が起こっているの!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる