❲完結❳傷物の私は高貴な公爵子息の婚約者になりました

四つ葉菫

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 ここ一週間見慣れた扉をノックすると、小さな応えがある。

「はい」

 扉を開けると、こちらに目を向けるエレン嬢の姿が目に映る。
 私は寝台に近づき、花束を差し出した。

「これを君に」

「ありがとうございます」
 
 ふんわりと笑って、嬉しそうに花を受け取る彼女。

「体調は問題ないだろうか」

「はい。おかげさまで」

 この部屋に通い詰めて一週間。
 最初は緊張していた彼女も、今では普通に笑顔を見せてくれるようになった。

「今日は来る途中、燕を飛んでいるのを見かけた」 

「燕ですか」

「ああ。少し小さい燕もいたから、親子なんだろう」

「まあ。それは可愛かったでしょうね」

 外に出られない彼女を思い、道すがら外で見たことを伝えるが、どれも他愛もない話なのに、彼女は嬉しそうに聞いてくれる。

 エレン嬢はおとなしい性格のようだった。
 進んで口を開くことはないので、自然と会話の内容は私任せとなる。
 女性相手に何を喋って良いかわからず、けれどなにも思いつかなかった私は、仕事の話をすることしかできなかった。  
 けれど彼女はそんな退屈な話も、瞳を煌めかせて聞いてくれる。むしろ、向こうから質問してくることさえあった。
 今日は私が一団員だった頃の訓練を尋ねてきたので、答える。

「――と腹筋、腕立て伏せをそれぞれ五十回。それが終わると訓練場を――」

 途中で、本当にこんな話に興味があるのか気になって、言葉をとめる。 

「君はこんな話を聞いていて楽しいのか」

「はい。楽しいです」

 迷いもなく答えた言葉に、私は何とも言えない気持ちになった。
 私が知っている女性は皆、お世辞や噂話、最新の流行の話ばかりを好む。国政や仕事の話をしようならば、乗り気ではない表情を浮かべる。なので、女性を相手にするときは私は聞き役に徹していたのだが。
 
――こんな女性は初めてだ。

「そうか……」 

 不思議な気持ちになりつつも、私は言葉を続けた。
 そうして質問に答えたあと時間を迎えたことに気付き、私は席を立った。

「それではまた明日来る」

 また今から仕事に戻らなければならない。
 昼の休憩を使って来ていたため、いられるのはここまでだ。短い時間ではあるが、少しでも、彼女の退屈を紛らわせられていたら良いのだが。

「はい。お見送りできなくてすみません」

 申し訳なさそうにする彼女に、また心がざわついた。

「いや、まだ無理することはない。今は体を休ませるのが一番だ。あんなに大きな傷を負ったのだから」

 そう言ったあと、何故かエレン嬢は思い悩むような表情になった。

「エレン嬢?」 

「――あ、ごめんなさい。今日はありがとうございました」

「……いや、ゆっくり休んでくれ」
 
 少し気になったものの、私は部屋から出ていった。
 
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