❲完結❳傷物の私は高貴な公爵子息の婚約者になりました

四つ葉菫

文字の大きさ
53 / 75

53

しおりを挟む
「フェリシアン、いつになったらレヴィンズ家のお嬢さんに会わせてくれるわけ?」

「またその話ですか」
 
 不平を漏らす母上に向かって、私はため息混じりの返事は返す。

「怪我はもう治ったのでしょ? いい加減、会わせてちょうだい。彼女は私達の未来の義娘でもあるんだから」

 エレン嬢に会わせろと度々せっつく母を私は毎回跳ね除けている。
 不満顔の母上の隣では、いかめしい顔つきの父上。
 だが父上のこの顔は普段と変わらない。
 ソファに座る二人を眺めて、会わせない理由が当の自分たちに寄るものだとは少しも思い至らないのだろう。

 社交界に君臨する母と、同じく貴族階層の頂きに立つ父。
 この二人を相手するには十五歳の少女には酷なように思える。加え、エレン嬢はおとなしく控えめな女性だ。
 昔から自由奔放で我の強い母。この私でさえ、押しの強さに負けてしまうことがあるというのに――良い例がこの長髪だ――あの少女が相手ならいいように振り回されてしまうことだろう。
 きっと茶会やサロンに連れ回すに違いない。
 読書や刺繍が趣味と言った、あの少女の平穏が乱されるのは私の本意ではない。
 そして父上はその風格ある佇まいと威厳のある風貌によって、これまで夜会などで挨拶に訪れる令嬢たちを青ざめさせているところを度々目撃している。
 そんな父上を前にしたら、エレン嬢もきっとそうなってしまうだろう。

 貴族の子女たちは成人を迎えてから婚約を結ぶ者も多い。下位貴族だと尚更一般的である。
 下位貴族でエレン嬢と同じ年頃の女性は今は、和気あいあいと平穏に過ごしているはずだ。
 男爵令嬢でまだ成人も迎えていないエレン嬢の心の負担を早めるような真似はしたくない。
 結婚したら、それこそいくらでも会えるのだ。
 よって、私はいつもの返事を返す。

「まだ会える準備ができていないのです。お待ち下さい」

「それは何度も聞いたわ。一体いつになったら、準備が整うのよ」

「その時が来たら、知らせますから」

 当分はそのつもりはないが。
 膨れ面の母をおいて、私はソファから立ち上がった。


 そのことを近衛騎士団所属で、友人でもあるレナルド・アーキンに愚痴ったら―― 

「へえ。婚約の経緯を聞かされた時はどうなることかと思ったが、心配することなかったな」
 
 ひとの執務室で寛ぎながら、呑気に言った。
 
「今の話を聞いて、どうしてそんな結論になるんだ」

 エレン嬢を両親に会わせるのが心配という話をしていた筈なのだが。
 呆れ顔で執務机から顔をあげる。
 今はちょうど昼の時間帯。
 近衛騎士団とは建物が異なるのだが、レナルドは気が向いたように度々こうしてやってくる。
 公爵家同士という繋がりと騎士団の入団試験を受けた時期も重なって、彼とは昔から交流がある。

「俺が心配してたのはお前のことだよ」

「おかしなことを言う。今の話から何故私の話になるんだ」

「……わからないなら、まあいいや」

 腑に落ちない私の顔を見て、レナルドが頭をかく。

「まあ、とにかく、『氷の貴公子』とも呼ばれるお前が婚約者とうまくやれるか気を揉んでたけど、大丈夫そうで良かったよ」

「『氷の貴公子』? なんだそれは」

「一部の令嬢の間でそう呼ばれてんの。知らなかったか」

「何故そんな名が?」

「決まってるだろ。お前の女性に対する態度からつけられたんだ」

「私は女性に冷たくした覚えはない」

「よく言うよ。以前デートしたコレット侯爵令嬢になんて言ったか覚えてるか」
 
 そう言われて薄っすら思い出す。
 まだエレン嬢と出会う前。婚約者探しに侯爵令嬢と一日付き合った覚えがある。
 その容姿が褒め称えられることで有名な女性で、本人も自慢している節があった。

「着飾ってきた相手に『あら、美しいって褒めてくださいませんの』って訊かれて、お前なんて答えた?」

「『美しいものを見たら、自然と『美しい』という言葉が出てくるものだ。そのように自分から言うのは美しさを損ねるものだから言わないほうが良い』」

 そう言ったら、彼女は閉口して喋らなくなってしまった。
 そのことを後にレナルドに相談したら、ため息を吐かれてしまった。

「私は彼女のためを思って、アドバイスしただけだ」

「あのなあ、女性というものは嘘でも美辞麗句やお世辞を好むものなんだ。お前はもう少し女性の扱いを知ったほうが良い」

「嘘は嫌いだ」

「はあ。そんな調子で、婚約者からいつか呆れられても知らないからな」

「要らぬ心配だ。それよりもう充分休憩はとっただろう。早く自分のところに戻れ。私は忙しいんだ」
 
 私は書きかけの書類に目を戻す。

「はいはい。――お世辞を言ったら、きっとお前の婚約者も喜ぶのに」

 レナルドは肩を竦めて部屋から出ていった。
 最後の言葉が耳に残り、ふとペンを止めて考える。
 喜ぶエレン嬢の姿を想像しようとしたけれど、その前にお世辞を並べたてる自分がやはり想像できなくて、思い浮かべることができなかった。
 

しおりを挟む
感想 36

あなたにおすすめの小説

【完結】傷物令嬢は近衛騎士団長に同情されて……溺愛されすぎです。

朝日みらい
恋愛
王太子殿下との婚約から洩れてしまった伯爵令嬢のセーリーヌ。 宮廷の大広間で突然現れた賊に襲われた彼女は、殿下をかばって大けがを負ってしまう。 彼女に同情した近衛騎士団長のアドニス侯爵は熱心にお見舞いをしてくれるのだが、その熱意がセーリーヌの折れそうな心まで癒していく。 加えて、セーリーヌを振ったはずの王太子殿下が、親密な二人に絡んできて、ややこしい展開になり……。 果たして、セーリーヌとアドニス侯爵の関係はどうなるのでしょう?

婚約者は冷酷宰相様。地味令嬢の私が政略結婚で嫁いだら、なぜか激甘溺愛が待っていました

春夜夢
恋愛
私はずっと「誰にも注目されない地味令嬢」だった。 名門とはいえ没落しかけの伯爵家の次女。 姉は美貌と才覚に恵まれ、私はただの飾り物のような存在。 ――そんな私に突然、王宮から「婚約命令」が下った。 相手は、王の右腕にして恐れられる冷酷宰相・ルシアス=ディエンツ公爵。 40を目前にしながら独身を貫き、感情を一切表に出さない男。 (……なぜ私が?) けれど、その婚約は国を揺るがす「ある計画」の始まりだった。

【完結】騎士団長の旦那様は小さくて年下な私がお好みではないようです

大森 樹
恋愛
貧乏令嬢のヴィヴィアンヌと公爵家の嫡男で騎士団長のランドルフは、お互いの親の思惑によって結婚が決まった。 「俺は子どもみたいな女は好きではない」 ヴィヴィアンヌは十八歳で、ランドルフは三十歳。 ヴィヴィアンヌは背が低く、ランドルフは背が高い。 ヴィヴィアンヌは貧乏で、ランドルフは金持ち。 何もかもが違う二人。彼の好みの女性とは真逆のヴィヴィアンヌだったが、お金の恩があるためなんとか彼の妻になろうと奮闘する。そんな中ランドルフはぶっきらぼうで冷たいが、とろこどころに優しさを見せてきて……!? 貧乏令嬢×不器用な騎士の年の差ラブストーリーです。必ずハッピーエンドにします。

「地味ブス」と捨てられた私、文化祭の大型スクリーンで王子様の裏の顔を全校生に配信します

スカッと文庫
恋愛
「お前みたいな地味女、引き立て役にもならないんだよ」 眼鏡にボサボサ頭の特待生・澪(みお)は、全校生徒が見守る中、恋人だった学園の王子・ハルトから冷酷に捨てられた。 隣には、可憐な微笑みを浮かべる転校生・エマ。 エマの自作自演により「いじめの犯人」という濡れ衣まで着せられ、学園中から蔑まれる澪。 しかし、彼女を嘲笑う者たちはまだ知らない。 彼女が眼鏡の奥に、誰もが平伏す「真実の美貌」と、学園さえも支配できる「最強の背景」を隠していることを――。 「……ねぇ、文化祭、最高のステージにしてあげる」 裏切りへのカウントダウンが今、始まる。 スクリーンの裏側を暴き、傲慢な王子と偽りのヒロインを奈落へ突き落とす、痛快・学園下剋上ファンタジー!

狂おしいほど愛しています、なのでよそへと嫁ぐことに致します

ちより
恋愛
 侯爵令嬢のカレンは分別のあるレディだ。頭の中では初恋のエル様のことでいっぱいになりながらも、一切そんな素振りは見せない徹底ぶりだ。  愛するエル様、神々しくも真面目で思いやりあふれるエル様、その残り香だけで胸いっぱいですわ。  頭の中は常にエル様一筋のカレンだが、家同士が決めた結婚で、公爵家に嫁ぐことになる。愛のない形だけの結婚と思っているのは自分だけで、実は誰よりも公爵様から愛されていることに気づかない。  公爵様からの溺愛に、不器用な恋心が反応したら大変で……両思いに慣れません。

側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません!

花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」 婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。 追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。 しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。 夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。 けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。 「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」 フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。 しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!? 「離縁する気か?  許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」 凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。 孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス! ※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。 【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】

【完結】王子妃候補をクビになった公爵令嬢は、拗らせた初恋の思い出だけで生きていく

たまこ
恋愛
 10年の間、王子妃教育を受けてきた公爵令嬢シャーロットは、政治的な背景から王子妃候補をクビになってしまう。  多額の慰謝料を貰ったものの、婚約者を見つけることは絶望的な状況であり、シャーロットは結婚は諦めて公爵家の仕事に打ち込む。  もう会えないであろう初恋の相手のことだけを想って、生涯を終えるのだと覚悟していたのだが…。

【完結】6人目の娘として生まれました。目立たない伯爵令嬢なのに、なぜかイケメン公爵が離れない

朝日みらい
恋愛
エリーナは、伯爵家の6人目の娘として生まれましたが、幸せではありませんでした。彼女は両親からも兄姉からも無視されていました。それに才能も兄姉と比べると特に特別なところがなかったのです。そんな孤独な彼女の前に現れたのが、公爵家のヴィクトールでした。彼女のそばに支えて励ましてくれるのです。エリーナはヴィクトールに何かとほめられながら、自分の力を信じて幸せをつかむ物語です。

処理中です...