69 / 75
69
しおりを挟むレヴィンズ家に向かう馬車の中で、手紙を見つめる。
無意識にぬくもりを求め、指を這わすも喪失感は拭えなかった。
男爵に説明を求め、事の経緯はだいたい掴めた。
朝の時点ではエレン嬢はいて、夕食時に呼びに行ったら、返事がなく、この手紙が残されていたということだった。
事前にお昼用のサンドウィッチを受け取ったというから、午前中のうちには出ていったのだろう。婦人とメイドは出かけ、男爵は書斎に籠もっていた。
「なにか、おかしいところはなかっただろうか」
「……いえ、得には。普通に食事は摂っていましたし、いつもと変わらなかったかと。と言っても、私は新聞を読んでいて、特に注意を払っていませんでしたので……。申し訳ありません」
「……いや、それは私も同じだ。エレン嬢の変化に気付けなかった」
最後に会った時、友人から伯爵家のパーティーに誘われたと嬉しそうに告げていた彼女。
その時に特に違和感は感じなかった。
――どうして、修道院なんかに。
急に結婚が嫌になったのだろうか。
考えた途端、心がとてつもなく暗く沈んだ。
彼女に告白されたのが二ヶ月前。
その間、彼女が心変わりしたようには、見えなかった。
そう思うのは、ただの願望だろうか。
悩んでいる間に、レヴィンズ家に到着した。
馬車を降り、家の扉を開ければ、青ざめた様子の夫人とメイドが固まって、玄関に立っていた。
「この度は、フェリシアン様にとんだご迷惑をっ」
「いや。今はそれより、エレン嬢の部屋を見させてほしい」
私を見るなり、縋ってきた夫人をとどめる。
「は、はいっ」
私達はエレン嬢の部屋へと赴く。
部屋はいつもと変わらないかに見えた。
ただひとつ、私を明るく迎えてくれる彼女がいないことだけを除いて。
心にぽっかりと穴が空いた気がした。
それを無理矢理押し込み――
「メイドになくなっていないものがないか、調べてもらいたい。修道院に行ったのなら、下着や服がいくつかなくなっているはずだ」
「は、はいっ」
メイドが弾かれたように、動き始めた。
私は隅に置かれた机に向かった。
この部屋を何度も訪れているものの、女性の部屋を不躾にじろじろ見るのは憚られ、視界に敢えて入れないようにしていたため、今初めて見る場所だった。
机の上はすっきりと片付いていて、手がかりになりそうなものはない。引き出しも同様だった。
「数着、下着と服がなくなっていました。あと、鞄もあったはずなんですがそれも見当たりません。それから櫛などの小物も」
調べ終わったメイドが教えてくれる。
「そうか、ありがとう」
修道院に行ったのは間違いなさそうだ。
その理由は一体何なのか。密かに修道女になりたいことをずっと思い描いていて、それを結婚真近になって諦めきれず実行したのなら、無理矢理連れ戻すのも酷なことだ。けれど、私はあの日の彼女の告白を信じたい。少しでも希望の光があるのなら、私は彼女を連れ戻したい。
手がかりを探して、横の戸棚に目を移す。
その上から二段目の棚を見た瞬間、妙な既視感に襲われた。
茶色いくまのぬいぐるみと、ブロンズの人形。
何故か惹かれて、くまのぬいぐるみを手にとる。ふかふかの毛とつぶらな瞳。以前もこれと似たものを手にしたことがあると思った瞬間、警備団に入って間もない頃の記憶が呼び覚まされた。
あれは確か、初めて巡回した祭りの日。
「もう成人にもなったのに、まだぬいぐるみを持ってるなんて、おかしいですわよね」
後ろで見守っていた夫人が口を開く。
「何故だがそれがお気に入りみたいで、手放そうとしないんですの。人形だって、腹が潰れてるっていうのに」
泣いていた迷子の女の子。その子が持っていた人形。泥で汚れていたのを水で洗ってあげた。
くまのぬいぐるみは、的あてで得てその子にあげた。
その時に見返してきた、泣き濡れた女の子の表情。その瞳と髪の色……。
「……ああ。あれは君だったのか……」
なんとも言えない気持ちが胸に広がっていく。
「え?」
夫人が戸惑いの声をあげるが、私は再び棚に目線を戻していた。
ぬいぐるみと人形との間にある不自然な空間。まるで何かが置かれていたような。
「あれ、そこに白いうさぎのぬいぐるみもあったはずなんですが――。最近、新しく加わったんです。でも、今は見当たりませんね」
メイドが口を開く。
「それも持っていったんでしょうか」
正解を知るわけでもないのに、私の中では答えが確定していた。
ずっと彼女が大切にしてきたくまのぬいぐるみと人形。それと一緒に飾られていたという、うさぎのぬいぐるみ。
それを持っていったということは、たったひとつの理由からでしかない。
胸がかつてないほど締め付けられた。
「この国の地図はあるだろうか――」
「え? あ、は、はいっ。今すぐお持ちします」
男爵が慌てて駆けていく。
「夫人、エレン嬢の所持金がどのくらいだったか知りたい」
「ええと、お小遣いは時々渡してましたわ。けれど、それも欲しいものがある時で。お釣りを合わせたとしても、大した金額とは思えませんわ」
多く見積もっても、二三日の行程。
男爵が地図を持ってきた。机の上に地図を広げる。
王都から二三日以内で行ける修道院に丸をつけていく。全部で五ヶ所。
「今からでも探しに行ったほうが……」
後ろではらはらと見守っていた男爵が口を開く。
「いや。修道院へ行くのにきっと駅馬車を使った筈だ。駅馬車は日暮れ前には止まってしまう。もう今頃はどこも走っていない筈だ」
もう外は薄暗い。これから暗闇に閉ざされる中を駅馬車も走ってもいないのに、やみくもに探し回っても意味はない。
だが、それもそう悪い点ばかりとは言えない。駅馬車が昼間しか走らないのは、暗くなると道が見えなくなるのと、場所によっては野盗がでるからだ。つまり、駅馬車が止まっている今、これ以上距離の差が出ないとも言える。
今頃、エレン嬢はどこかの宿で休んでいることだろう。
問題はどこの修道院に向かったかだ。
「男爵、夫人、この件は私に一任してもらえるだろうか。必ず、エレン嬢を見つけ出すと約束する」
「それは勿論です。フェリシアン様に力になって頂けたら、どれほど心強いか。お任せいたします」
そうしてその後男爵と夫人に別れを告げた私は、再び警備団の本所へと舞い戻った。
24
あなたにおすすめの小説
【完結】傷物令嬢は近衛騎士団長に同情されて……溺愛されすぎです。
朝日みらい
恋愛
王太子殿下との婚約から洩れてしまった伯爵令嬢のセーリーヌ。
宮廷の大広間で突然現れた賊に襲われた彼女は、殿下をかばって大けがを負ってしまう。
彼女に同情した近衛騎士団長のアドニス侯爵は熱心にお見舞いをしてくれるのだが、その熱意がセーリーヌの折れそうな心まで癒していく。
加えて、セーリーヌを振ったはずの王太子殿下が、親密な二人に絡んできて、ややこしい展開になり……。
果たして、セーリーヌとアドニス侯爵の関係はどうなるのでしょう?
【完結】騎士団長の旦那様は小さくて年下な私がお好みではないようです
大森 樹
恋愛
貧乏令嬢のヴィヴィアンヌと公爵家の嫡男で騎士団長のランドルフは、お互いの親の思惑によって結婚が決まった。
「俺は子どもみたいな女は好きではない」
ヴィヴィアンヌは十八歳で、ランドルフは三十歳。
ヴィヴィアンヌは背が低く、ランドルフは背が高い。
ヴィヴィアンヌは貧乏で、ランドルフは金持ち。
何もかもが違う二人。彼の好みの女性とは真逆のヴィヴィアンヌだったが、お金の恩があるためなんとか彼の妻になろうと奮闘する。そんな中ランドルフはぶっきらぼうで冷たいが、とろこどころに優しさを見せてきて……!?
貧乏令嬢×不器用な騎士の年の差ラブストーリーです。必ずハッピーエンドにします。
婚約者は冷酷宰相様。地味令嬢の私が政略結婚で嫁いだら、なぜか激甘溺愛が待っていました
春夜夢
恋愛
私はずっと「誰にも注目されない地味令嬢」だった。
名門とはいえ没落しかけの伯爵家の次女。
姉は美貌と才覚に恵まれ、私はただの飾り物のような存在。
――そんな私に突然、王宮から「婚約命令」が下った。
相手は、王の右腕にして恐れられる冷酷宰相・ルシアス=ディエンツ公爵。
40を目前にしながら独身を貫き、感情を一切表に出さない男。
(……なぜ私が?)
けれど、その婚約は国を揺るがす「ある計画」の始まりだった。
【完結】王子妃候補をクビになった公爵令嬢は、拗らせた初恋の思い出だけで生きていく
たまこ
恋愛
10年の間、王子妃教育を受けてきた公爵令嬢シャーロットは、政治的な背景から王子妃候補をクビになってしまう。
多額の慰謝料を貰ったものの、婚約者を見つけることは絶望的な状況であり、シャーロットは結婚は諦めて公爵家の仕事に打ち込む。
もう会えないであろう初恋の相手のことだけを想って、生涯を終えるのだと覚悟していたのだが…。
狂おしいほど愛しています、なのでよそへと嫁ぐことに致します
ちより
恋愛
侯爵令嬢のカレンは分別のあるレディだ。頭の中では初恋のエル様のことでいっぱいになりながらも、一切そんな素振りは見せない徹底ぶりだ。
愛するエル様、神々しくも真面目で思いやりあふれるエル様、その残り香だけで胸いっぱいですわ。
頭の中は常にエル様一筋のカレンだが、家同士が決めた結婚で、公爵家に嫁ぐことになる。愛のない形だけの結婚と思っているのは自分だけで、実は誰よりも公爵様から愛されていることに気づかない。
公爵様からの溺愛に、不器用な恋心が反応したら大変で……両思いに慣れません。
【完結】6人目の娘として生まれました。目立たない伯爵令嬢なのに、なぜかイケメン公爵が離れない
朝日みらい
恋愛
エリーナは、伯爵家の6人目の娘として生まれましたが、幸せではありませんでした。彼女は両親からも兄姉からも無視されていました。それに才能も兄姉と比べると特に特別なところがなかったのです。そんな孤独な彼女の前に現れたのが、公爵家のヴィクトールでした。彼女のそばに支えて励ましてくれるのです。エリーナはヴィクトールに何かとほめられながら、自分の力を信じて幸せをつかむ物語です。
側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません!
花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」
婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。
追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。
しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。
夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。
けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。
「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」
フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。
しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!?
「離縁する気か? 許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」
凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。
孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス!
※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。
【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】
【本編完結】王子の寝た子を起こしたら、夢見る少女では居られなくなりました!
こさか りね
恋愛
私、フェアリエル・クリーヴランドは、ひょんな事から前世を思い出した。
そして、気付いたのだ。婚約者が私の事を良く思っていないという事に・・・。
婚約者の態度は前世を思い出した私には、とても耐え難いものだった。
・・・だったら、婚約解消すれば良くない?
それに、前世の私の夢は『のんびりと田舎暮らしがしたい!』と常々思っていたのだ。
結婚しないで済むのなら、それに越したことはない。
「ウィルフォード様、覚悟する事ね!婚約やめます。って言わせてみせるわ!!」
これは、婚約解消をする為に奮闘する少女と、本当は好きなのに、好きと気付いていない王子との攻防戦だ。
そして、覚醒した王子によって、嫌でも成長しなくてはいけなくなるヒロインのコメディ要素強めな恋愛サクセスストーリーが始まる。
※序盤は恋愛要素が少なめです。王子が覚醒してからになりますので、気長にお読みいただければ嬉しいです。
※本編完結しました。
※後日談を更新中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる