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番外編(とあるメイド目線)『メイドは見た』
しおりを挟む❢補足❢
パトリス嬢について一切触れずに本編を終えてしまったのですが、やっぱり気になる方もいるかなと思い、前話のエピローグで、フェリシアン様がパトリス嬢について触れる語りを増やしました。
別に気にならないよと言う方は、このままお進みください。
↓から番外編です。
✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤
私の名前はベティ。
この公爵邸のメイドになって一年足らず。周りの先輩方に比べるとまだまだひよっこだ。
初め公爵邸に働くと決まった時、両親と手を叩いて喜んだけど、このお屋敷を見た途端、回れ右をして引き返したくなった。
だってこんな立派で豪勢なお屋敷に住んでいるひとだよ!?
絶対性格が傲慢で気位も高く、使用人のどんな些細な失敗も見逃さない、高飛車なご主人様の像が私の頭に思い浮かんだから。
私なんてすぐに首が飛んじゃう。
おまけに怖い先輩のひとりやふたりは絶対いるだろうなって。
でも、全然そんなことなかった。
公爵様一家は、その纏っている気品さと悠然とした態度に反して、気取ったところのない好ましい方たちだった。
一見近寄り難く見える旦那様さえも、先輩メイドが「怖く見えるけど、仕事さえ真面目にしてたら、かえって優しい方よ」と教えてくれたけど、本当だった。
あれは、ここに来て一ヶ月も経っていない頃。洗濯物を抱えて、前が見えてなかった私は、あろうことか、旦那様にぶつかりそうになった。
その時の血の気の引く思い。
『申し訳ありません!!』
慌てて頭を下げたら、待っていた洗濯物を旦那様の足元にぶちまけてしまった。
洗濯物を慌てて回収しながら、これは首か、どやされると思って目をぎゅっと瞑ったら――
『転んで怪我をしないように』
一緒に洗濯物を拾いながら、再び築かれた山の上に最後にぽんと洗濯物を置くと、旦那様が去り際そう言って笑ったのだ。
笑みとも言えない本当に小さなものだったけど。
私はその瞬間、やられてしまった。
何のお咎めもなかったどころか、逆にこちらを気遣うお言葉。
いつも威厳のある旦那様のめったに見れない笑み。
顔が整っているだけにその効果は凄まじかった。
それ以来、私は旦那様のファンです!
聞くところによると、旦那様のギャップとレア感にやられたメイドはほかにもいて、隠れファンが何人もいるとのこと。
そんな旦那様が大事にしている奥様もまた魅力的な方だった。
美しくて、所作振る舞いは完璧なのに、私達使用人に対して結構気さくで何でも聞いてくる方だった。
故郷は? 家族は? 辛いことはない?
先輩メイドが教えてくれたけど、あるメイドのお母さんが病気だと知ったときは、わざわざ公爵家お抱えのお医者様を寄越してくれたらしい。勿論、診療代はタダで。
こんな良い奥様、ほかにいる?
私は奥様のファンにもなった。
そして、最後はそんな旦那様と奥様のひとり息子である若旦那様。
麗しいという言葉がこれ程ぴったりなひとはいないんじゃないだろうか。
ひとつに結った絹のような銀髪と青い理知的な瞳。均整のとれた体つき。
朝の光を浴びながら白い隊服姿で、「おはよう」と颯爽と挨拶してきた時が初めて顔を見た時で――。
『ぎゃーーー!!!(もちろん心の叫び)』
正直、あまりの眩しさに目が潰れるかと思った。
その後、しっかり先輩メイドに支えられていた私。
色気がない叫びだったのは、私の性格のせいによる。
こんな私でも、この邸の先輩たちは親切で優しかった。
初め、恐れていた怖かった先輩も居らず。
今ではこの和気あいあいとした職場が大好きだ。
そうして、この邸と仕事にも慣れた頃、その若旦那様がおめでたいことに奥様をお迎えになった。
相手は勿論お貴族様。
この邸に移り住んできて――……
私達は初め、平民を馬鹿にする方だったらどうしようかと身構えていたんだけど、ひと目見た瞬間、その考えは吹き飛んだ。
若旦那様の奥様になった若奥様 (ややこしい)のエレン様は、見た目から優しさが伝わってくる方だった。
亜麻色の髪に榛色の瞳。可愛らしい顔立ちに、時折り垣間見える覚束ない動き。
なんだか、とっても守ってあげたくなる愛らしい方だった。
実際、若奥様はおとなしく、控えめな方だった。
けれど、私達が身の回りで仕事をしていると、申し訳なさそうにしながらも必ずお礼を伝えてくれる、そんな方だった。
これは好きにならないほうがおかしい。
そこで、お近づきになるためにも私達に対する壁を一日でも早く取っ払ってもらおうと、自分たちのほうから積極的に話しかけることにした(勿論、若旦那様の許可はとりました)。
その甲斐あって、今でははにかむような笑みを見せてくれるようにまでなりました。
うん! とっても可愛い!!
若旦那様があんな蕩けるような笑みを向けるのも納得の可愛さ。
そうそう、それについても私達は本当にびっくりした。
涼しい顔を今まで一度も崩したことがない若旦那様が若奥様と一緒にいる時だけ、すごく優しい顔になるのよね。
でも、あれはきっと本人、無意識だと思う。
しかも、ふたりでいるときは格別甘くなるらしい。
なんで知ってるかって?
ちっちっちっ、この邸の情報網を侮ってはいけません。私達は執事、コック、ハウスメイド、パーラーメイド、庭師、職種に関係なく常に情報を分け合っているんです(仲が良いとも言う)。
ある執事(上には執事長がいる)が目撃したには、若奥様の髪を手にとって、キスをしていたんだとか。(あの冷静が常の若旦那様がそんなことをしている姿を想像するのも難しい)
そのまま、こちらが赤面しそうな程の蕩けるような笑みを浮かべて若奥様にキスをしようとしたところで、通りかかった執事に気づいて突然やめてしまったんだとか。そのまま、いつもの若旦那様の表情に戻ってしまったらしい。
ちなみに、若奥様は真っ赤だったそう。
そうか、若旦那様、若奥様と一緒にいる時、やけに人払いをする理由はそれだったのかと、納得した私達だった。
私達の知らない所で、若奥様とイチャイチャしたかったのねと。きっと緩みきった所を見られたくなかったかもしれませんが、ご安心ください、もう若奥様を普段見る目でバレバレですよ。
それからは一応主人を気遣って、私達使用人の間では、若旦那様と若奥様が二人っきりでいるときは、抜き足差し足忍び足で通り抜けるのが決まりとなった。
ちなみにその時の若旦那の顔をちらっと見るのも忘れない。
『フォーーッ!!(もちろん心の叫び)』
そんなことを思っていたら、たった今目撃しちゃったよ!!
庭の大きな木の側で寄り添うように立つ二人を。
その時にちらりと見えた若旦那様の顔!
普段の甘さなんて、比じゃない!
液がしみっしみっに染み込んだフレンチトーストにさらに蜂蜜とホイップをかけたような甘さ。
こっ、こっ、腰が砕ける――……。
先輩メイドに引きずられるようにその場をあとにして、ちらりと振り返れば。
ああ! 若奥様をだきしめてる!
新婚夫婦の熱に見事やられた私達は、「絶対素敵な彼氏を作るぞ!」と心に決めた。
若旦那様の若奥様への愛はあれだけに留まらず。
最近は贈り物が毎日届いているらしい。
これは、若奥様の侍女から聞いた話。
若奥様に買い物してもらおうと宝石商や呉服商を邸に呼んでも、「今あるので充分です」と断ってしまうらしい。
これに困った侍女が若旦那様に相談すると――
若旦那様は王都中の店からカタログを取り寄せ、熱心に若奥様へのものを選んだらしい。
今では、宝石、婦人物の手袋、靴、日傘など、何かしら若奥様へのプレゼントが日々贈られてくるようになったとのこと。
長年、若旦那様を知るひとは「女性物どころか、自分が身に付ける品にさえ関心を払わなかったあの方が自ら進んで選ぶなんて信じられない!」と一様に声をあげたとか。
若旦那様がカタログに目を注いでいる様子を毎日横目で見ていた執事は「絶対あれ、自分の趣味入り始めてますよ」と呟いたとか。
これまでの若旦那様の気質さえ変えてしまう若奥様への愛、恐るべし。
寝間着も選ぶようになったら、ちょっと見てみたいと思ってしまう私である。
若旦那様と若奥様の寝室で、その寝間着をちょうど抱えたところで、ふと目に入るもの。
寝台横の小棚の上に飾られた白いうさぎのぬいぐるみと茶色いくまのぬいぐるみ。
この豪勢な邸にあっては少し不釣り合いに映る。
ずっと気になっていたのよね。
どこにでもある、何の変哲もないぬいぐるみに見えるけど……
どうしてこれを飾っているのかしら。
気になって見ているうちに、白いうさぎがだんだん若奥様に見えてきた。
うん、この白いふわふわした毛に、愛らしい目鼻。
色白で、可愛い若奥様に似てるわ。
ということは、茶色いくまのぬいぐるみは若旦那様かしら。
うん、きっとそうね。白いうさぎのぬいぐるみを守るように寄り添ってるもの。
「こら、ベティ、そのぬいぐるみにむやみに触らないこと。それは若奥様が大事にしてるものなんだから」
しゃがんでぬいぐるみを見ていた私に先輩メイドが言ってくる。
「ほら、次いくわよ」
「はーい」
シーツを抱えた先輩と一緒に、寝室を出る。
そのぬいぐるみたちが将来若旦那様と若奥様との間に生まれる子供の腕に抱えられているのを目撃するのは、また先の話。
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