マイノリティシリーズ

もつる

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ミンゾウさん

ミンゾウさん 2/2

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 森の中に突如現れた機人兵士と交戦し、打撃を受けてミンゾウは尻もちをついた。
 機人兵士はその隙に落とした銃を拾おうとするが、ミンゾウは兵に組み付いて阻止する。

「ミンゾウさん!」木の陰に隠れたミッコが嘆く。
「オラが喰い止める! ミッコちゃんは村に行って、みんなを――!」

 その時、機人兵士がミンゾウを投げ飛ばし、地面に叩きつけた。
 ミンゾウは続いた踏みつけを転がって避け、起き上がろうとする。
 が、そこに斬撃を喰らった。
 機人兵士はナイフを持っていた。ミンゾウの顔の右半分が斬り裂かれる。
 右カメラアイを損傷し、さらなる追撃が来た。
 咄嗟に伸ばした右腕を引っ掴まれ、脇にナイフを突き立てられる。
 ミッコの悲鳴が響き、ミンゾウの右腕がちぎれてぶら下がった。
 わずかに間合いが離れたが、機人兵士はナイフを腰だめに構え突っ込んでくる。
 避ける余裕も防ぐ余力も残っていなかった。
 しかし次の瞬間、背後から銃声が轟く。
 あの時聞いた銃声だった。
 半実体エネルギー弾が機人兵士に命中し、上半身を吹き飛ばす。
 残った部分はそのままミンゾウにぶつかり、彼もろとも倒れたが、ナイフは突き刺さらなかった。
 ミンゾウとミッコは弾の方に向き直る。
 去ったはずの藍善が、銃を構えて立っていた。


 機人兵士を撃ち倒した藍善は、眼前の惨状に顔をしかめる。
 倒れた二台の偵察バイクと、傷だらけで鎌の突き刺さった機人兵士、そして今しがた自分が撃ち倒した兵と共に倒れるミンゾウ。
 ミッコに怪我はなかったが、大泣きしてミンゾウに寄り添っていた。
 藍善も彼に駆け寄る。
 するとミンゾウが言った。

「藍善さん……戻ってきてくれただか……」
「嫌な予感がしたんです。戻って正解だった」

 そう答えて、藍善は損傷の状態を診た。

「……とくに深刻なのは……右腕と頭部の半分か……」
「ミンゾウさん死んじゃヤダぁ!」

 ミッコはなおも号泣し、彼の服を強く掴んでいる。
 そんな彼女の肩に、藍善はそっと手を乗せた。

「大丈夫。ミンゾウさんはわたしが治す」

 そう言って藍善はミンゾウを抱え、村へ急ぐ。


 二日連続で銃声が轟いたためか、村人たちは家の外に出てざわついていた。おそらくこの村の全員が一同に介している。メンタロウとマサフネの姿もあった。
 村人の一人がこちらに気づき、血相を変える。

「いったいどうしたんだい!?」

 と村人の一人が訊いてきた。

「機人兵士に襲われたんです」と藍善。「彼を治療します。どうか手伝って」
「んならウチを使いな」

 と、村人の女性が手を挙げた。
 藍善は彼女の案内で家に入り、ミンゾウを布団に横たわらせる。

「メンタロウさん」藍善は振り返る。「ミンゾウさんとミッコさんが襲われた場所に機人兵士の残骸が二体あります。持ってきてください」
「わかった」
「あたしが案内する!」

 ミッコと共に、メンタロウは家を飛び出した。
 藍善はミンゾウの服を脱がし、外装の人工皮膚のファスナーを外す。
 機人兵士と同じ機械の体が顕になった。
 まず右腕の処置だ。
 外装を取り外し、破損部を除去する。幸い、やられたのは肩の付け根だけで、肘から下は無事だった。
 次は頭部だ。
 こちらもまずは人工皮膚を剥がさなければならないが、藍善はすこしためらう。
 しかしほったらかしにはできない。
 ひと呼吸置いて、藍善は、

「顔の外装を外します」

 と言ってから、そっと人工皮膚を取り外した。
 取り巻いて見守る村人たちから、わずかに動揺の声が上がる。
 ミッコとメンタロウたちが戻ってきたのはそんな時だった。

「なんとか……二体とも……持ってきた……」

 息を切らしながらメンタロウが言う。

「ありがとうございます」

 藍善は笠でミンゾウの顔を隠してから、機人兵士の残骸を彼の近くに置いた。
 小さな損傷はここから部品を取ればなんとかなる。が、肝心の右腕と顔のパーツは二体とも破損してしまっていた。
 それでも、藍善はできる限りの手を尽くし、ミンゾウを助ける。
 その甲斐あって、部品の足りない箇所を除いて、ミンゾウの体は元通りに戻った。


 再び起動したミンゾウは、起き上がると同時に自分の右目に包帯が巻いてあるのを感知する。
 右腕も三角巾で吊ってあった。

「ああ、よかった」と声がする。「気がついたのね」
「ムケヨさん……。オラは……」
「藍善さんが治してくれたのよ。でも部品が足りないから、取ってくるって……」

 それからミンゾウはムケヨと共に外へ出る。
 外では、藍善が機人兵士の乗っていたバイクで村を出ようとしていた。
 それを村の皆が不安そうな顔で見守っている。

「藍善さん!」ミンゾウは言った。

 皆はこちらに振り向き、藍善が言う。

「工場へ行けばあなたの部品も手に入ります」
「まさか一人で行くつもりしてるだか?!」
「……あなたが襲われたのはわたしのせいでもあります」
「そんな……」
「あの機人兵士も、わたしを追ってきたんでしょう」
「考えすぎだよ、藍善さん!」

 言ったのはミッコだった。
 メンタロウも彼女に同意を示す。

「そうさ。そんなに思いつめるもんじゃないぞ」

 他の皆も、藍善に責があると思っている様子ではない。
 が、藍善は何も言わず目をそらした。
 そして、笠を脱いでも決して脱がなかった頭巾を取り払う。
 藍善の頭を見て、村の皆は絶句した。
 機械でできた頭蓋を顕にしたのである。人間の皮膚は顔と耳、首筋の一部だけだ。

「機人兵士の工場で盗みを働いたのも、自分の体を維持するため……わたしはサイボーグなんです」

 頭巾を被り直し、エンジンをかけた。

「問題が片付いたら消え失せます」
「藍善さん」マサフネが言う。「お気をつけて」

 その言葉に、藍善は微笑んだ。優しい笑顔だった。

「……たぶん本隊が攻めて来るはず。村の守りはぬかりなく」

 藍善はそう言い残して、バイクを走らせた。


 バイクがエネルギー切れを起こすころ、藍善は機人兵士の工場へ到着する。
 逃げ出す際に大暴れしたせいで工場はボロボロで、ラインも止まったままだ。
 が、警備がまだいるということは放棄していないということである。
 藍善は拳銃の撃鉄を起こし、エネルギーを充填しながら警備兵の前に姿を晒した。
 警備兵が銃を構える。しかし藍善のほうが速かった。
 藍善の銃から巨大なエネルギー波が放たれ、大爆発と共に邪魔なものを何もかも吹き飛ばす。

 これでじっくり必要な品を漁れる。最初に忍び込んだ時もこんな風にできればよかったのだが。

 そんなことを思いながら、目当ての部品を手に入れる。
 一番の目標は達成したが、他にもいろいろと入り用の物があった。
 藍善は廃棄場を訪れる。そこには毒電波に汚染されたロボットたちが使っていた外装パーツが乱雑に捨てられていた。機人兵士たちの多くが、あの画一的な戦闘服を装着するまでは人類のさまざまな需要に合わせた外装をまとっていたと思うと、すこし郷愁を感じる。
 多彩な外装の山をわずかに崩し、藍善はミンゾウと同型の人工皮膚一式を見つけた。これでミンゾウのスカーフェイスも綺麗サッパリ元通りだ。

 あとは――村を護るための備えが要る。


 ミンゾウたちの村は守りを固めていた。
 村一番の射撃の名手であるメンタロウをかしらに、村の銃を総動員して境に見張りを立てる。機人兵士が持っていた武器や防弾着も拝借していた。
 そんな時、一台の軽トラックが村に目掛けて走ってくる。
 村の皆はにわかに警戒したが、運転しているのが藍善だと知って一安心した。


 ミンゾウはトラックから降りた藍善に近づく。
 藍善はにこりと笑顔を浮かべ、ミンゾウ顔の人工皮膚を差し出した。

「目当ての物の他にも、いろいろともらってきました」
「……ありがとう、藍善さん」
「お礼は……村を守りきってからです」

 そしてミンゾウは腕と顔の修理を完了し、村の皆も藍善が持ってきた武具で襲撃に備えた。
 機人兵士の装備品はどれも人間と共有できる。村人たちは繊維強化樹脂製の鉄帽や防弾チョッキを着込み、超振動で切れ味を増すナイフを腰に差した。突撃銃も皆の分あるが、ほとんどの者は使い慣れた猟銃を選ぶ。一発あたりの威力は猟銃のほうが上だった。
 個人装備を整えるのと並行して、村の出入り口も封鎖する。もともと出入り口は二つしかないため、一方を完全に閉ざして機人兵隊の侵攻方向を絞ってしまうのが狙いだ。
 櫓にはメンタロウが狙撃手として陣取り、彼の相棒であるモノエモンが観測手を担う。
 前線には藍善とミンゾウが二人で立つことになった。
 ミッコたち非戦闘員を集会所に避難させ、最後の準備を行う。
 ミンゾウと藍善はほとんど空になったトラックの荷台から、ひとつの大きな円筒形カプセルを降ろす。それは人ひとり分が入れるだけのサイズであった。

「……なあ、藍善さん」ミンゾウは俯きながら言う。「ワタスは……村のみんなを護れるでしょうか……?」
「……不安ですか?」
「はい……。ワタスの頭には戦うための術も入っていますけんども……それが兵隊に通るのかどうか……」
「……機人兵士に限らず、敵対機械は昔ほど利口ではありません」
「どういうことだす?」
「敵対機械の人工知能は、人間との共存を捨てて多様性を失ったまま、自分たちだけで自己を強化しようと試みた……。結果、思考が凝り固まって以前のように完璧で合理的な判断ができなくなってる」

 藍善はミンゾウに向き直る。

「一方であなたは不安を感じるほど、人間に近づいた。身体能力や知識が互角なら、柔軟な思考ができるあなたに分がある。そして――」

 言いながら藍善はカプセルを開けた。

「あなたには一騎当千の武器がある」
「これは――!」

 カプセルの中に入っていたのは、鎧めいた強化服であった。
 この強化服の情報を、ミンゾウは持っている。もともとは人間が介護や災害救助、建設などで用いる代物だが、設定次第でロボットも着用が可能だ。

 藍善という人物はここまでして――。

 ミンゾウはいつしか、ぎゅっと拳を握っていた。

「……もう、迷いは消えましただ」

 麦わら帽子を脱ぎ、眉を吊り上げる。

「オラが村のみんなを護るだ!」


「おいでなすったぜ」

 櫓の上から、モノエモンが言った。
 ミンゾウと藍善は頷き合い、迎撃用意をする。
 強化服が開き、ミンゾウはその中に入るようにして装着した。
 装甲が再び閉じると、両眼に輝きが生まれ、ミンゾウは己が得た強大な力を実感する。
 その隣で、藍善も拳銃を構えていた。
 ミンゾウの視界に表示された数多の情報が、敵対機械軍がどんなものか教える。
 機人兵士だけでなく、ギア・アーマーとも呼ばれる鶏卵に手足の生えたような大型の敵対機械も数機いた。
 そしてその卵の怪物は、六つの銃身をもつ機関銃やロケット砲で武装している。
 すると、ギア・アーマーのロケット砲が動いた。

「――来るだ!」

 ミンゾウは超振動鉈を手に跳ぶ。
 ほぼ同時にロケット弾が発射された。
 ロケット弾の真正面に来たミンゾウは、まず一発、鉈で斬り裂いて無力化する。
 続けて斬った弾を別のロケット弾に投げつけ、爆破した。
 藍善も上空に向けて射撃し、他のロケット弾を撃ち落とす。
 それから二人はロケット砲装備のギア・アーマーを優先的に攻撃した。
 ミンゾウは機人兵士の銃撃をものともせず、真っ向からぶつかって蹴散らすと、ギア・アーマーのロケット砲に組み付いて引きちぎった。
 藍善は銃撃を避けながら敵の陣形を乱し、艦砲級の一射を放つ。
 大爆発がギア・アーマーを巻き込み、機人兵士らもろとも木っ端微塵にした。
 ミンゾウは着地しながら、

「すげえ火力だす」

 とつぶやき、藍善の背後に迫っていた敵兵を斬る。
 それに気づいた藍善は、ミンゾウに微笑んでみせた。
 ミンゾウも親指を立てて応える。
 と、その時、二体の機人兵士がミンゾウと藍善に体当たりを仕掛けてきた。
 二人は転がり、反撃が遅れる。
 そこを、メンタロウの狙撃が救った。
 体当りした敵兵を続けざまに撃ち倒し、向こうに迫っていた機人兵士の頭を一発で射抜く。
 が、その機人兵士を払い除け、ギア・アーマーが機関銃を向けてきた。
 ミンゾウと藍善は左右に散って銃撃を避ける。
 機関銃の発砲音は、銃声というよりも重機の駆動音めいていた。
 メンタロウはギア・アーマー目掛けて撃つ。弾は銃架に命中し、旋回機能を阻害したが大した効果は得られなかった。
 ギア・アーマーは体を動かして狙いを変え、メンタロウとモノエモンの櫓を標的にする。

「いけねえ!」

 ミンゾウが慌てる。
 しかし二人は機関銃で櫓が粉微塵にされる直前に、櫓を飛び降りていた。間一髪だった。
 彼らにかまけている隙を突いて、藍善がギア・アーマーに飛びつき、上部の球形装甲板を引き剥がす。それから露出した無人の操縦席に発砲した。
 防御の手薄な内側から中枢を撃ち抜かれ、ギア・アーマーは沈黙する。

「弾切れだ!」藍善は叫んだ。
「任せておくんなせえ!」

 ミンゾウはそう返し、残り一体のギア・アーマーと闘う。
 機人兵士はもうずいぶんと数が減っていた。そして現在進行系で、メンタロウの狙撃によって倒れていく。
 ギア・アーマーの鉤爪攻撃を、ミンゾウは受け流しながら回り込んだ。
 まずは機銃の処理だ。
 超振動鉈を振り下ろし、やつの背負う弾薬箱を斬る。
 断面から弾がこぼれ落ちたが、まだ射撃不能になったわけではない。
 ミンゾウ目掛けて弾の豪雨が降り注ぐも、彼は強化服の推進器を吹かして急速離脱した。
 ここで再装填を終えた藍善の銃撃が弾薬箱から伸びる弾帯を撃ち裂く。
 最後の十数発を、ミンゾウは喰らうがどれも鎧が防いでくれた。
 着地したミンゾウは藍善と頷き合い、最後の攻勢を仕掛ける。
 藍善が撃鉄を起こした。銃のパワーが一点に集中していき、銃身側面の放熱フィンが陽炎で揺らぐ。
 ギア・アーマーは突進してきた。
 そこに藍善のパワーショットが放たれる。
 ギア・アーマーはぎりぎりで躱した。消し飛ばしたのは右腕だけだ。
 が、ミンゾウが真正面からギア・アーマーを受け止め、突進の勢いを殺ぐ。
 そして、右腕の破損部に、メンタロウが銃弾を叩き込んだ。
 銃弾はコアユニットを撃ち砕き、ギア・アーマーの機能を停止させた。
 辺りに静けさが戻る。
 戦いが終わったのだ。


 晴れやかな空の下で、ミンゾウは藍善を見送る。

「ありがとうございますだ」

 ミンゾウの言葉に、藍善は振り返った。

「自分の蒔いた種を刈り取っただけです」
「そうだったとしても、ワタスも、村のみんなも感謝してます。誰も死なず、なんにも壊されずに済んだのは、アナタのお蔭でもありますだ」
「……そう言ってもらえて……素直に嬉しいです」

 藍善は照れを隠すように面をつけ、一歩踏み出した。
 その背に、いま一度ミンゾウは声をかける。

「オラたちはもう友達だ。また気が向いたら村に寄ってくんろ」
「……ああ。また会おう」

 藍善は手を振り、太陽の方向へ去っていった。
 姿が山向こうに消えるまで藍善を見送り、ミンゾウは村の方へ向き直る。
 すると、ミッコがいた。
 二人は笑顔を見せ合い、

「さあて、稲刈り始めるだよ~!」

 と、歩いていった。


 藍善は休みなく歩き続ける。もう村は遥か遠くだ。
 ただただ、凪いだ心と共に、緑に埋没していく廃墟の街の中を進んだ。
 すると、前方に不穏な音が聞こえ、何事かと思う前にそれは姿を現す。
 敵対機械の軍団だった。
 おそらくミンゾウたちの村を襲うつもりだろう。自分たちが退けたのは先鋒、本隊はこいつらということは容易に察せた。
 藍善は銃を抜き、撃鉄を起こす。

「……あの村に手出しはさせぬ」

 掃滅の一撃が、敵対機械軍に放たれた。


  了
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