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チャプター10
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10
ファビオラの端末が震えた。電話着信である。
画面を見ればマナセの名があった。
電話に出ると、向こうで声が張り上がる。
「いったいどういうことだファビオラ!」
「どういうことも何も、あれがあたしの仕事ですよ。……失敗してしまったけれど」
「あんなことをしでかして、もみ消せるわけないだろう!」
「ええ、ハイルダインも傾くでしょうね」
「傾くだと? そんな生ぬるい結果で済むものか!」
「いずれにしても会社を離れたあなたには関係無いことです」
「無関係なわけが――」
「それよりも」
ファビオラはマナセの言葉を遮って続ける。
「あなたから受けた仕事はまだ果たしていません」
「……あの船にアシェルの気を感じた……まだ生きているのか?」
「はい、残念ながら。なのでターゲットを変更します」
「アシェラだな……」
「テシル・オームロの店に籠城しているはず。そこを仕留めます」
「……しくじるなよ」
「もちろん」
答えた次の瞬間、グルガルタの駆るSUVが真横まで追いついてきた。
「野暮用が来ました。もう切ります」
ファビオラは通話を終わらせ、直後グルガルタからの銃撃が車体を穿つ音を聞く。
続けて体当たりが来た。
ファビオラのSUVは大きく揺さぶられ、反対側のドアに身をぶつける。
手下が悪態と共に、車をぶつけ返した。
グルガルタのSUVがふらついた隙を見て、加速する。
ファビオラはラゲージルームに手を伸ばし、ひとつのケースを引っ張り出した。
手下が血相を変える。
「姉貴!? まさかそれを――」
「今使わないでいつ使うんだ!」彼女はケースを開け、発車準備を始める。「できることなら機関銃も欲しいところだよ!」
グルガルタがまた撃ってきた。
弾丸はガラスを貫き、反対側へ抜ける。
ファビオラは左右の窓を開け、構えた。
瞬間、グルガルタの顔が青ざめるのが見える。
「木っ端微塵になりな!」
RPG-7無反動砲から、ロケット擲弾が放たれた。
◇
アリシアたちは進行方向で爆発音と共に火柱が上がるのを見た。
湖底遺跡戦艦の砲撃に比べればずっと小規模だが、肝を冷やすには充分だ。
「まさかファビオラが!?」
テシルが言った。
アリシアも慄く。
「アイツらロケットランチャーでも持ってるのか?!」
「なおさら急がなきゃならんな! こっちだ!」
テシルがアリシアに向けて脇道を指差す。
そこは一方通行の標識がある道路だった。おそらく近道だろう。
アリシアは頷き、テシルを追った。
道は、片側三車線の大通りに続いていた。そこは大渋滞が起きていて、アリシアとテシルはスピードダウンを余儀なくされる。
二人はウィンカーでの意思表示と目視で安全を確保しながら、向こう側の脇道へと急いだ。
途中、大通りの先に墜落した飛行機の翼が見えた。軍用機の翼だった。
おそらく、あの戦艦の対空兵装にやられたのだろう。
一瞬、アリシアの横目にアシェルの悲痛な表情が見えた。
責任を感じているのかもしれない。と彼女は思い、
「……アンタは何も悪くない……」
エキゾーストノートの裏でそうつぶやいた。
渋滞とパニックで混雑する市街地を抜け、アリシアらは見慣れた風景の中を走る。
車通りは無く、人も屋内に引っ込んでいるためか、都市部とは裏腹に静まり返っていた。
が、アリシアたちの前に広がる山向こうから、またもや火柱が立った。
これで五度目だ。
目的地まではもう一本道。ショートカットはできない。
アリシアの脳裏にちらついていた<最悪の事態>が頭をもたげてくる。
スロットルを握る手に、更に力がこもった。
無意識的に彼女は加速する。テシルも同じ心境なのか、両車の差はそのままだった。
途中、道端に小さな円筒がいくつも転がっているのを見る。
円筒は真鍮色で、空薬莢であることは容易に察しがついた。
◇
二台のSUVがぶつかり合い、一方のタイヤがバーストする。
その残骸がガラスを貫いて、ドライバーの側頭部を砕いた。
SUVの一台が斜面に乗り上げた勢いで横転し、制御を失った側のSUVはアスファルトの道路を外れ、やがて電柱に正面衝突する。
両車は機関部から白煙を吐き出して、完全に沈黙した。
ファビオラはドアを蹴破り、カービン片手に降り立った。
乱れた呼吸を整え、グルガルタの様子を見る。
彼の乗ったSUVは、横転の勢い余って上下逆さまになっていた。そこから苦悶の表情をしたグルガルタが這い出ようと、もがいている。
死に損ないめ、と彼女は思ったが、トドメは後回しにした。代わりに、車外まで飛び出したスーパーレッドホークを蹴って遠ざけ、
「殺してやるから待ってな」
と彼に向けて中指を立てる。
そしてファビオラは目の前の、廃墟寸前のカフェに向き直ってカービンを乱射した。
弾倉内の八発は全部外壁を穿つ。
着弾箇所は、どれも狙ったポイントからズレていた。よく見ればダットサイトの陰からわずかに銃身が見えている。
クラッシュの衝撃で歪んでしまったのだろう。
ファビオラは銃身から揺れるわずかな陽炎に一瞥をくれてから、再びカフェを仰いで怒鳴った。
「アシェラ! いるんだろう出てきな!」
カービンを捨て、SUVを指差す。
「こっちにはまだロケットランチャーがあるんだ! 出てこなきゃあ全部吹っ飛ばすよ! それでもいいってコじゃないだろう、あんたは!」
ハッタリであった。秘蔵していたRPG-7のロケット弾はグルガルタとの戦闘で全て撃ち尽くしていた。
が、それをアシェラに確かめる術などあるはずもない。
ファビオラは唇の端を吊り上げた。
やがて、正面出入り口のドアがきしむ音と共に、ゆっくり開く。
ドアの隙間から、すらりとした指先が見え、腕が現れた。
それを見てファビオラは右腕からデリンジャーを振り出すと、グリップの固定を剥がし、左手に持つ。
右手にガロンガ・コルト改を持ったところで、アシェラが全身を見せた。
ホールドアップの姿勢を保ったまま、彼女は近づいてくる。
ファビオラはデリンジャーをアシェラに向けた。
「ずいぶん素直に出てくるんだね」ファビオラは言った。「これから殺されるってわかってるのかい?」
「わかってるよ……」
と、アシェラ。
「全部わかってる……。あなたがほんとうに憎んでるのは、あたしなんでしょ?」
「なぜそう思うんだい、ええ?」
「あたしがお兄ちゃんを……たぶらかしたから……」
彼女がにわかに目を逸らす。
「あなたは……お兄ちゃんを苦しめて、殺すことで、一人残ったあたしにその十字架を背負わせようとした。そうでしょう?」
「よくわかってるじゃないか。そうさ。あたしが憎いのはあんただよ、アシェラ・レハイム」
デリンジャーの撃鉄を起こした。その音でまたアシェラはこちらを見る。
「あんたのせいで、アシェルは普通の人生を歩めなくなったんだ」
アシェラの眉が潜まる。
「じゃあ、あたしを殺せばお兄ちゃんは普通に戻れる?」
「さあ……どうだろうね。だけど確かなことはひとつある」
ファビオラはデリンジャーを持つ腕を伸ばして続けた。
「このデリンジャーは.三八口径だ。あんたの脳天なんか簡単に吹っ飛ばせるよ」
「なら吹っ飛ばせばいいよ」
「もちろんそのつもりさ。けどその前に――」
ファビオラは右手のコルトで二階の窓を撃った。
ガラスに穴が開き、その裏で少女の短い悲鳴がした。
アシェラが振り返る。
「お姉ちゃん!」
「あんまりコソコソするんじゃないよ! アルビノさん!」
ファビオラの言葉で、カーテンまで閉めた窓が開け放たれる。
そしてアルビノの少女が姿を見せた。彼女は鹵獲したものと思しき、ハイルダインの制式カービンを持っている。
「あたしが気づいてないと思ったかい?」
「まさか。なんとなく気づかれてるとは思ってた」
けど、とアルビノの少女はカービンを構えながら言う。
「妹を殺させやしない」
「妹? あんたたち血の繋がりでもあるのかい?」
「無い」
彼女が答えた途端、ファビオラは思わず笑ってしまう。
「正気かいアンタ? 普通は血が繋がってない年下女を妹とは言わないよ!」
「たとえ血縁が無くても! アシェラはぼくの妹だ!」
「そうか、シスターフッドってヤツかい。なら――」
ファビオラはアシェラに再度照準を合わせ、
「そいつで妹を護ってみな!」
デリンジャーを撃った。
ぎりぎりでアシェラに避けられ、アルビノの少女が撃ち返す。
ファビオラはそれを躱し、反撃した。
コルトの弾は少女のカービンをはじき、よろめかせる。
アシェラを見ると、逃げようとしていた。
ファビオラはすぐ追いつき、首根っこを掴む。
「こっちはヒマじゃないんでね」
ようやく外に這い出てきたグルガルタを一瞥し、銃口をアシェラに押し当てようとした。
その時、爆音と共に黒い影が迫ってきた。
◇
アリシアはファビオラ目がけて突っ込んだ。
詠春刀を逆手に持ち、すれ違いざまに斬りかかる。
ファビオラが、拘束していたアシェラから離れて回避した。狙い通りだ。
ブレーキをかけてネロを降り、ヘルメットを投げつける。
ヘルメットはファビオラの手に当たり、デリンジャーがこぼれ落ちた。
その隙に鞘に残った方の詠春刀を抜き、ファビオラへ突撃する。
ガロンガ・コルト改を詠春刀の鍔鈎で封じ、額がぶつからん勢いで迫った。
「もう諦めろ!」
「諦めてどうする!? 自首でもしろっていうのかい?」
ファビオラが鼻で笑った。
「どのみち待ってるのは電気椅子さ。それなら――!」
頭突きがアリシアを打つ。
処置した傷口が開き、血が宙に弧を描いた。
アリシアは引き剥がされ、蹴りの追い討ちを受ける。
ファビオラの爪先が利き手側の詠春刀を撥ねた。
だがアリシアは体を横に旋回させ、裏拳を繰り出す。
拳がファビオラの頬を打ち、続けてもう一発。詠春刀の護拳打だ。
胴への攻撃が決まって、彼女はコルトを落とした。
直後、ファビオラのアッパーカットがアリシアの顎を突き上げる。苦し紛れの軽いパンチで、アリシアは持ちこたえる。
踏ん張っているとアイアンクローが迫ってきた。
手首を掴み、押し下げる。
次の一手を繰り出そうとする前に、ファビオラがアリシアを掴み後ろに倒れ込んだ。
そして巴投げがアリシアを宙に舞わせる。
アリシアは背中から地面に叩きつけられたものの、受身が間に合い、立ち直りは早かった。
片膝立ちの状態で振り返ると、ファビオラは銃を拾っていた。
銃口がこちらに向く。
その時だった。
「もうやめてくれ!」
アシェルが割って入った。
彼はファビオラの、銃を持つ手を握り締めて言う。
「もういいんだ……ファビオラ……これ以上は……」
「アシェル……」
「ごめん……それしか言えない……だけど……」
ファビオラの手から銃が滑り、抜けて落ちる。
それが砂利の上に落ちる音を立ててもなお、彼女の表情には険が残っていた。
すると、ファビオラの背後からグルガルタがふらつきながら近づいてきた。
「どきな、兄さん……その女は殺しとかなきゃならねえ」
「よせ!」アシェルが叫ぶ。「彼女を見逃してあげてくれ!」
「ここで逃げてもどうせ死刑台さ……そいつ自身が言ったことだぜ」
「それでもだ!」
彼はファビオラの前に立ち、庇うように両腕を広げた。
けれどファビオラはアシェルの肩に手を乗せ、
「いいんだ……そこまでしなくても……」
と、彼の陰から出てグルガルタと向き合う。
二人は乾いた笑みを交わした。
グルガルタが銃を彼女に向けようとする。
その瞬間であった。
別の方角から銃声が轟いて、ファビオラの背を穿った。
ファビオラは口から血を流し、崩れる。
アリシアとアシェルは彼女を支えたが、血はぼとぼとと流れ落ち、まもなく息を引き取った。
場にいる全員が絶句して、弾の飛んできた方に振り向く。
そこに立っていたのは、身なりの良い男だった。彼は大口径の狩猟用セミオートライフルを持っていて、その銃口からは白煙の細い筋が伸びている。
アシェルが彼を見て言った。
「父さん……」
男――マナセ・レハイムは銃を下ろし、苦い表情のまま近づいてくる。
そして言った。
「すまない……私の、愛しい子どもたち……」
「お父さんは……何も悪くないよ」
アシェラが一歩前に踏み出る。
マナセはアシェラを見て涙を流すと、
「最初から、こうするべきだったんだ」
彼女に銃を向けた。
アシェラが身をこわばらせる。
「やめろ!」
アリシアは手を伸ばし、駆け出そうとした。
だが、そのすぐ近くでグルガルタが撃った。
ルガーの弾丸はマナセのこめかみを射抜き、殺す。
マナセはライフルと共に、その身を地に打ちつけた。
アシェラが亡骸に駆け寄る。
「お父さん!」
「そんな……」アシェルが落涙した。「なんで……どうして……」
アリシアは肩を落とし、グルガルタはうつむき加減で目を逸らす。
ルカがアシェラに寄り添い、テシルも唇を噛んだ。
真っ赤な夕日が皆を照らす。
遠くでずっと聞こえていたサイレンの音は、いつしか止んでいた。
ファビオラの端末が震えた。電話着信である。
画面を見ればマナセの名があった。
電話に出ると、向こうで声が張り上がる。
「いったいどういうことだファビオラ!」
「どういうことも何も、あれがあたしの仕事ですよ。……失敗してしまったけれど」
「あんなことをしでかして、もみ消せるわけないだろう!」
「ええ、ハイルダインも傾くでしょうね」
「傾くだと? そんな生ぬるい結果で済むものか!」
「いずれにしても会社を離れたあなたには関係無いことです」
「無関係なわけが――」
「それよりも」
ファビオラはマナセの言葉を遮って続ける。
「あなたから受けた仕事はまだ果たしていません」
「……あの船にアシェルの気を感じた……まだ生きているのか?」
「はい、残念ながら。なのでターゲットを変更します」
「アシェラだな……」
「テシル・オームロの店に籠城しているはず。そこを仕留めます」
「……しくじるなよ」
「もちろん」
答えた次の瞬間、グルガルタの駆るSUVが真横まで追いついてきた。
「野暮用が来ました。もう切ります」
ファビオラは通話を終わらせ、直後グルガルタからの銃撃が車体を穿つ音を聞く。
続けて体当たりが来た。
ファビオラのSUVは大きく揺さぶられ、反対側のドアに身をぶつける。
手下が悪態と共に、車をぶつけ返した。
グルガルタのSUVがふらついた隙を見て、加速する。
ファビオラはラゲージルームに手を伸ばし、ひとつのケースを引っ張り出した。
手下が血相を変える。
「姉貴!? まさかそれを――」
「今使わないでいつ使うんだ!」彼女はケースを開け、発車準備を始める。「できることなら機関銃も欲しいところだよ!」
グルガルタがまた撃ってきた。
弾丸はガラスを貫き、反対側へ抜ける。
ファビオラは左右の窓を開け、構えた。
瞬間、グルガルタの顔が青ざめるのが見える。
「木っ端微塵になりな!」
RPG-7無反動砲から、ロケット擲弾が放たれた。
◇
アリシアたちは進行方向で爆発音と共に火柱が上がるのを見た。
湖底遺跡戦艦の砲撃に比べればずっと小規模だが、肝を冷やすには充分だ。
「まさかファビオラが!?」
テシルが言った。
アリシアも慄く。
「アイツらロケットランチャーでも持ってるのか?!」
「なおさら急がなきゃならんな! こっちだ!」
テシルがアリシアに向けて脇道を指差す。
そこは一方通行の標識がある道路だった。おそらく近道だろう。
アリシアは頷き、テシルを追った。
道は、片側三車線の大通りに続いていた。そこは大渋滞が起きていて、アリシアとテシルはスピードダウンを余儀なくされる。
二人はウィンカーでの意思表示と目視で安全を確保しながら、向こう側の脇道へと急いだ。
途中、大通りの先に墜落した飛行機の翼が見えた。軍用機の翼だった。
おそらく、あの戦艦の対空兵装にやられたのだろう。
一瞬、アリシアの横目にアシェルの悲痛な表情が見えた。
責任を感じているのかもしれない。と彼女は思い、
「……アンタは何も悪くない……」
エキゾーストノートの裏でそうつぶやいた。
渋滞とパニックで混雑する市街地を抜け、アリシアらは見慣れた風景の中を走る。
車通りは無く、人も屋内に引っ込んでいるためか、都市部とは裏腹に静まり返っていた。
が、アリシアたちの前に広がる山向こうから、またもや火柱が立った。
これで五度目だ。
目的地まではもう一本道。ショートカットはできない。
アリシアの脳裏にちらついていた<最悪の事態>が頭をもたげてくる。
スロットルを握る手に、更に力がこもった。
無意識的に彼女は加速する。テシルも同じ心境なのか、両車の差はそのままだった。
途中、道端に小さな円筒がいくつも転がっているのを見る。
円筒は真鍮色で、空薬莢であることは容易に察しがついた。
◇
二台のSUVがぶつかり合い、一方のタイヤがバーストする。
その残骸がガラスを貫いて、ドライバーの側頭部を砕いた。
SUVの一台が斜面に乗り上げた勢いで横転し、制御を失った側のSUVはアスファルトの道路を外れ、やがて電柱に正面衝突する。
両車は機関部から白煙を吐き出して、完全に沈黙した。
ファビオラはドアを蹴破り、カービン片手に降り立った。
乱れた呼吸を整え、グルガルタの様子を見る。
彼の乗ったSUVは、横転の勢い余って上下逆さまになっていた。そこから苦悶の表情をしたグルガルタが這い出ようと、もがいている。
死に損ないめ、と彼女は思ったが、トドメは後回しにした。代わりに、車外まで飛び出したスーパーレッドホークを蹴って遠ざけ、
「殺してやるから待ってな」
と彼に向けて中指を立てる。
そしてファビオラは目の前の、廃墟寸前のカフェに向き直ってカービンを乱射した。
弾倉内の八発は全部外壁を穿つ。
着弾箇所は、どれも狙ったポイントからズレていた。よく見ればダットサイトの陰からわずかに銃身が見えている。
クラッシュの衝撃で歪んでしまったのだろう。
ファビオラは銃身から揺れるわずかな陽炎に一瞥をくれてから、再びカフェを仰いで怒鳴った。
「アシェラ! いるんだろう出てきな!」
カービンを捨て、SUVを指差す。
「こっちにはまだロケットランチャーがあるんだ! 出てこなきゃあ全部吹っ飛ばすよ! それでもいいってコじゃないだろう、あんたは!」
ハッタリであった。秘蔵していたRPG-7のロケット弾はグルガルタとの戦闘で全て撃ち尽くしていた。
が、それをアシェラに確かめる術などあるはずもない。
ファビオラは唇の端を吊り上げた。
やがて、正面出入り口のドアがきしむ音と共に、ゆっくり開く。
ドアの隙間から、すらりとした指先が見え、腕が現れた。
それを見てファビオラは右腕からデリンジャーを振り出すと、グリップの固定を剥がし、左手に持つ。
右手にガロンガ・コルト改を持ったところで、アシェラが全身を見せた。
ホールドアップの姿勢を保ったまま、彼女は近づいてくる。
ファビオラはデリンジャーをアシェラに向けた。
「ずいぶん素直に出てくるんだね」ファビオラは言った。「これから殺されるってわかってるのかい?」
「わかってるよ……」
と、アシェラ。
「全部わかってる……。あなたがほんとうに憎んでるのは、あたしなんでしょ?」
「なぜそう思うんだい、ええ?」
「あたしがお兄ちゃんを……たぶらかしたから……」
彼女がにわかに目を逸らす。
「あなたは……お兄ちゃんを苦しめて、殺すことで、一人残ったあたしにその十字架を背負わせようとした。そうでしょう?」
「よくわかってるじゃないか。そうさ。あたしが憎いのはあんただよ、アシェラ・レハイム」
デリンジャーの撃鉄を起こした。その音でまたアシェラはこちらを見る。
「あんたのせいで、アシェルは普通の人生を歩めなくなったんだ」
アシェラの眉が潜まる。
「じゃあ、あたしを殺せばお兄ちゃんは普通に戻れる?」
「さあ……どうだろうね。だけど確かなことはひとつある」
ファビオラはデリンジャーを持つ腕を伸ばして続けた。
「このデリンジャーは.三八口径だ。あんたの脳天なんか簡単に吹っ飛ばせるよ」
「なら吹っ飛ばせばいいよ」
「もちろんそのつもりさ。けどその前に――」
ファビオラは右手のコルトで二階の窓を撃った。
ガラスに穴が開き、その裏で少女の短い悲鳴がした。
アシェラが振り返る。
「お姉ちゃん!」
「あんまりコソコソするんじゃないよ! アルビノさん!」
ファビオラの言葉で、カーテンまで閉めた窓が開け放たれる。
そしてアルビノの少女が姿を見せた。彼女は鹵獲したものと思しき、ハイルダインの制式カービンを持っている。
「あたしが気づいてないと思ったかい?」
「まさか。なんとなく気づかれてるとは思ってた」
けど、とアルビノの少女はカービンを構えながら言う。
「妹を殺させやしない」
「妹? あんたたち血の繋がりでもあるのかい?」
「無い」
彼女が答えた途端、ファビオラは思わず笑ってしまう。
「正気かいアンタ? 普通は血が繋がってない年下女を妹とは言わないよ!」
「たとえ血縁が無くても! アシェラはぼくの妹だ!」
「そうか、シスターフッドってヤツかい。なら――」
ファビオラはアシェラに再度照準を合わせ、
「そいつで妹を護ってみな!」
デリンジャーを撃った。
ぎりぎりでアシェラに避けられ、アルビノの少女が撃ち返す。
ファビオラはそれを躱し、反撃した。
コルトの弾は少女のカービンをはじき、よろめかせる。
アシェラを見ると、逃げようとしていた。
ファビオラはすぐ追いつき、首根っこを掴む。
「こっちはヒマじゃないんでね」
ようやく外に這い出てきたグルガルタを一瞥し、銃口をアシェラに押し当てようとした。
その時、爆音と共に黒い影が迫ってきた。
◇
アリシアはファビオラ目がけて突っ込んだ。
詠春刀を逆手に持ち、すれ違いざまに斬りかかる。
ファビオラが、拘束していたアシェラから離れて回避した。狙い通りだ。
ブレーキをかけてネロを降り、ヘルメットを投げつける。
ヘルメットはファビオラの手に当たり、デリンジャーがこぼれ落ちた。
その隙に鞘に残った方の詠春刀を抜き、ファビオラへ突撃する。
ガロンガ・コルト改を詠春刀の鍔鈎で封じ、額がぶつからん勢いで迫った。
「もう諦めろ!」
「諦めてどうする!? 自首でもしろっていうのかい?」
ファビオラが鼻で笑った。
「どのみち待ってるのは電気椅子さ。それなら――!」
頭突きがアリシアを打つ。
処置した傷口が開き、血が宙に弧を描いた。
アリシアは引き剥がされ、蹴りの追い討ちを受ける。
ファビオラの爪先が利き手側の詠春刀を撥ねた。
だがアリシアは体を横に旋回させ、裏拳を繰り出す。
拳がファビオラの頬を打ち、続けてもう一発。詠春刀の護拳打だ。
胴への攻撃が決まって、彼女はコルトを落とした。
直後、ファビオラのアッパーカットがアリシアの顎を突き上げる。苦し紛れの軽いパンチで、アリシアは持ちこたえる。
踏ん張っているとアイアンクローが迫ってきた。
手首を掴み、押し下げる。
次の一手を繰り出そうとする前に、ファビオラがアリシアを掴み後ろに倒れ込んだ。
そして巴投げがアリシアを宙に舞わせる。
アリシアは背中から地面に叩きつけられたものの、受身が間に合い、立ち直りは早かった。
片膝立ちの状態で振り返ると、ファビオラは銃を拾っていた。
銃口がこちらに向く。
その時だった。
「もうやめてくれ!」
アシェルが割って入った。
彼はファビオラの、銃を持つ手を握り締めて言う。
「もういいんだ……ファビオラ……これ以上は……」
「アシェル……」
「ごめん……それしか言えない……だけど……」
ファビオラの手から銃が滑り、抜けて落ちる。
それが砂利の上に落ちる音を立ててもなお、彼女の表情には険が残っていた。
すると、ファビオラの背後からグルガルタがふらつきながら近づいてきた。
「どきな、兄さん……その女は殺しとかなきゃならねえ」
「よせ!」アシェルが叫ぶ。「彼女を見逃してあげてくれ!」
「ここで逃げてもどうせ死刑台さ……そいつ自身が言ったことだぜ」
「それでもだ!」
彼はファビオラの前に立ち、庇うように両腕を広げた。
けれどファビオラはアシェルの肩に手を乗せ、
「いいんだ……そこまでしなくても……」
と、彼の陰から出てグルガルタと向き合う。
二人は乾いた笑みを交わした。
グルガルタが銃を彼女に向けようとする。
その瞬間であった。
別の方角から銃声が轟いて、ファビオラの背を穿った。
ファビオラは口から血を流し、崩れる。
アリシアとアシェルは彼女を支えたが、血はぼとぼとと流れ落ち、まもなく息を引き取った。
場にいる全員が絶句して、弾の飛んできた方に振り向く。
そこに立っていたのは、身なりの良い男だった。彼は大口径の狩猟用セミオートライフルを持っていて、その銃口からは白煙の細い筋が伸びている。
アシェルが彼を見て言った。
「父さん……」
男――マナセ・レハイムは銃を下ろし、苦い表情のまま近づいてくる。
そして言った。
「すまない……私の、愛しい子どもたち……」
「お父さんは……何も悪くないよ」
アシェラが一歩前に踏み出る。
マナセはアシェラを見て涙を流すと、
「最初から、こうするべきだったんだ」
彼女に銃を向けた。
アシェラが身をこわばらせる。
「やめろ!」
アリシアは手を伸ばし、駆け出そうとした。
だが、そのすぐ近くでグルガルタが撃った。
ルガーの弾丸はマナセのこめかみを射抜き、殺す。
マナセはライフルと共に、その身を地に打ちつけた。
アシェラが亡骸に駆け寄る。
「お父さん!」
「そんな……」アシェルが落涙した。「なんで……どうして……」
アリシアは肩を落とし、グルガルタはうつむき加減で目を逸らす。
ルカがアシェラに寄り添い、テシルも唇を噛んだ。
真っ赤な夕日が皆を照らす。
遠くでずっと聞こえていたサイレンの音は、いつしか止んでいた。
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最近は温暖化による環境の悪化が話題になっています。温暖化が進行すれば、多くの生物種が絶滅するでしょう。実際、新生代第四紀完新世(現在の地質年代)は生物の大量絶滅の真っ最中だとされています。生物の大量絶滅は地球史上何度も起きていますが、特に大規模なものが“ビッグファイブ”と呼ばれています。5番目が皆さんよくご存じの恐竜絶滅です。そして、現在が6番目で絶賛進行中。しかも理由はヒトの存在。それも産業革命以後とかではなく、何万年も前から。
本稿は、2015年に書き始めましたが、温暖化よりはスーパープルームのほうが衝撃的だろうと考えて北米でのマントル噴出を破局的環境破壊の惹起としました。
第1章と第2章は未来での生き残りをかけた挑戦、第3章以降は競争排除則(ガウゼの法則)がテーマに加わります。第6章以降は大量絶滅は収束したのかがテーマになっています。
どうぞ、お楽しみください。
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※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
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