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チャプター10
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10
バーキンはアリシアに微笑みかけ、またブランドンを見る。
ブランドンは欄干から這い上がってきて、息を吐いた。
「ベルフェンはどうした」
「父上もろともやっつけてやったよ」
バーキンは刀を構える。
ブランドンも応えるように、刀をこちらへ向けた。
「アリシア」バーキンは視線を変えず言う。「ルカさんは頼んだ」
「――わかった。任せて」
彼女が立ち上がると同時に、バーキンとブランドンは衝突した。
二人の斬撃がぶつかり、鋼の音が轟く。
刃の叩きつけ合いが、幾度となく繰り返され嵐めいた。
その嵐の中で、バーキンは振り下ろしを放つ。
ブランドンがガードし刃をはじくと、バーキンはすかさず横薙ぎを繰り出す。
しかしブランドンはそれも防御し、刃を滑らしつつ接近してきた。
バーキンはバックステップで距離を取り、刺突を試みる。
ブランドンが跳び、手すりに乗った。
それを認識した直後、ブランドンの空中からの攻撃が襲う。
大振りの斬撃だ。
バーキンは躱す。ブランドンの刃が空を斬り、一瞬だけ動きが止まる。
そこに斬りかかった。狙うは背面だ。
が、ブランドンは刀を振り上げ背中を守る。
鋭い衝撃がバーキンの両掌に走り、さらに蹴りを喰らった。
仰向けに倒れ、かぶりを振りつつ起きようとする。
ブランドンは姿勢を落とすと、息を深く吸い込んだ。
その背後ではアリシアが詠春刀の刃をルカの鎖に当て、もう一本の詠春刀で柄頭を叩き、ルカの拘束を断ち切っていた。
立て直したバーキンは刀を逆手に持ち、ブランドンの突撃に備えた。
ブランドンはアリシアとルカを一瞬だけ見て、突っ込んでくる。
斬撃を受け止め、刀が衝撃に耐えかねる直前で受け流した。
金属の反響音を散らして、ブランドンは壁に手をつく。
バーキンは手に残る痺れと痛みに顔をしかめながら、刀を順手で持ち直す。
ブランドンがこちらに向き直った。
二人は間合いを詰め、バーキンは先手を打つ。
首を撥ねる太刀筋で刀を薙いだ。が、それは容易に躱された。
ブランドンはしゃがんで避けたのだ。
ブランドンがバーキンの足に斬りかかる。
バーキンの狙いはそこだった。
ブランドンの膝と肩を足場にして跳び、一瞬のうちに背後へ回る。
「もらったァ!」
バーキンが刀を振りかぶった。
その時、大礼拝堂が揺れた。
バランスを崩し、ブランドンの離脱を許してしまう。彼は出入り口近くまで跳び、手すりを握りしめた。
アリシアはルカの拘束を全て壊し、彼女を抱いてこちらに駆け寄ってきた。
「バーキン、あいつ……!」アリシアが慄く。
怪物の意識が回復したのだ。
首を持ち上げ、怪物は緩慢な動作で咆哮する。
御神像に亀裂が入り、それは礼拝堂の壁面を走ってゆく。
ブランドンが、嗤った。
「癇癪を起こすんじゃない、バケモノめ」
彼は刀を構える。
しかし、斬撃より先に怪物が封印を破壊する。
その破壊は礼拝堂全体に及び、足場が崩れた。
瓦礫と共にかれらは地下まで転落していく。
バーキンとアリシアはそれぞれでバランスを取り、瓦礫を避けながら着地する。
ブランドンも、涼しい顔でスーツの埃を払っていた。
崩壊が止み、バーキンたちは曇天を突く巨躯を見上げる。
次の瞬間、地下空間にある扉が周囲の壁ごと砕け、ズタボロのラムダが転がってきた。
バーキンは困惑する。
「ラムダ!? どうして――」
「いったい何事だ……?!」
言いながら出てきたのは、鉄面宰カルバリだった。彼は血のついたナイフを持ち、今まで何をしていたのかはすぐわかった。
カルバリはこちらと、それから怪物を見上げて固まる。
「……ほんとうに、何が起こったんだ……」
「神さま気取りのバケモノが……空腹に耐えかねてブチギレたのさ……」
言ったのはアリシアだった。
四人は怪物を見上げる。
そいつは御神像をそのままコールタール色にしたような姿であった。
怪物は湿った呼気と共にこちらを向く。
額にあたる部位がぱっくりと割れて、五つの眼球が睨みつけてきた。どれも白濁しているというのに、確固たる視線と敵意を感じる。
バーキンは一瞬、逃げようかとも思った。が、どこへ逃げようというのか。
ここで倒さなければ、もっと大きな被害が出るのは想像に難くない。
そんなことを考えていると、ブランドンが言う。
「共闘といこうか」
「ブランドン……」
バーキンはその申し出に揺らいだ。
だがアリシアは、
「やだよ」
と返した。
「いや……ここは力を合わせざるを得ない状況だ」と、カルバリ。「不本意なのは察するが……」
アリシアは横目でブランドンを睨んだ。
ブランドンはかすかに笑う。
怪物の目がルカを見下ろし、口から血混じりの涎が落ちた。
「……まずはルカを安全な場所に移す」
アリシアが言った。
「それまで時間を稼ぐよ」
バーキンは刃を怪物に向ける。
怪物が動き出した。
「来るぞ」
怪物の大口がルカに飛んでくる。
それをアリシアは後ろに避け、バーキンが斬撃で牽制した。
ブランドンも死角に回って追い打ちをかける。
すると、怪物がヒレ状の器官を振りかぶり、叩きつけてきた。
バーキンたちは散って直撃を回避したものの、石礫が飛び散ってくる。
幸いダメージになるサイズの物は無かった。
バーキンは敵の視界の外に回り込んで、脚と思しき部位を斬る。
その近くでカルバリがナイフを乱舞させ、節足状器官での攻撃に対処していた。
斬撃を当てる度に、怪物の肉から黒い血が飛ぶ。
怪物が身をよじらせる。
脚を大きく振り上げ、踏みつけが来た。
バーキンたちは誰も潰されはしなかったが、衝撃にバランスを崩す。
ここで怪物は首を横に薙いできた。
瓦礫の津波が巻き起こってこちらに飛来する。
それを掻い潜って、ふたつの剣閃が輝いた。アリシアだ。
アリシアの斬撃は、怪物の左端の目を斬り裂く。
怪物は悲鳴と共に首を持ち上げた。
「ナイス……!」
バーキンは言って、防御の構えを解く。
怪物はこちらを見下ろし、出方をうかがっているようだった。
アリシアは怪物を見上げて言う。
「しかしこうデカイと効果あるのかわかんないね」
「あるか無いかで言えば、ある」ブランドンが答えた。「だがきわめて薄い」
「弱点はあるのか?」カルバリが訊ねる。
「ああ。延髄に僅かな盛り上がりがある。その奥がやつの核だ」
「信用していいの?」とアリシア。
「古い文献だが、違っても延髄だ」
「ならこうしよう」とバーキン。「おれの刀が一番長い。みんなはやつの気を引いて――」
言っている途中に、また怪物の攻撃が来て、四人は散開する。
バーキンは声を張って続けた。
「やつを陽動してくれ! おれが急所を突く!」
「まかせて!」
「武運長久を!」
手数を増やしやすいアリシアとカルバリが、怪物の足元に攻撃を重ねる。
その間に、バーキンは上方へ移動した。
倒壊した柱を駆け上り、むき出しの鉄筋を掴む。壁の断面によじ登って更に上を目指した。
途中、怪物がその様子を目で追っているのを感じる。
真っ白い眼球に睨まれているのが見え、バーキンはその大きさに一瞬だけ現実感を失った。
次の瞬間、怪物の攻撃が迫る。長い首の付け根に生えたヒレで突いてきた。
それを、ブランドンが防ぐ。彼はバーキンの高さまで一気に跳んだのだ。
突きを受けた彼は、弧を描く壁に足をついて踏ん張る。波刃で追撃のヒレを引き裂いた。
「援護する。カラドボルグ」
「――たのむ、エクスカリバー!」
バーキンは壁を駆け、怪物の背後へ回り込もうとする。
怪物の節足が迫った。
「させるかァ!」
下でアリシアの叫び声と、詠春刀の突き立つ音。
彼女は怪物の腹に深々と刃を刺していた。
怪物が咆哮と共に揺らぎ、節足での攻撃はブレる。
この隙にブランドンが節足を付け根から切断した。
バーキンは怪物の背面へ至り、怪物の体に跳び移る。
件の盛り上がりはすぐ見つかった。
刀を逆手に持ち、バーキンは瘤を突き刺す。
だが次の瞬間、怪物は大きく身を反らせた。
バーキンは手が滑ってしまい、刀を残して転落する。
そんな彼の手を、カルバリが掴んだ。カルバリは階段の残骸に立っていた。
「さあもう一度!」
カルバリの腕が大円を描きバーキンを再び上へ飛ばす。
バーキンは信徒席のひとつに降り立ち、ぐらつきに驚きつつも攻撃のチャンスを狙った。
刀の突き立った箇所からは、白いまだら模様を伴う血が流れている。他の箇所とは異なる有様で、あの付近が怪物にとって特別な部位であることが見て取れた。
アリシアとカルバリがうまく立ち回り、怪物がこちらに背を見せる位置を保ってくれる。
すると、バーキンの隣にブランドンがやってきた。彼は壁の亀裂、そのわずかな段差に指をかけていた。
「カラドボルグよ、ツープラトンだ」
「了解!」
二人は一身に力を溜め、跳躍した。
バーキンはまっすぐ刀に迫って、柄頭を思いっきり蹴る。
ブランドンも同じ軌道で刀を怪物の瘤へ突き刺した。
二振りの刀がハバキ近くまで押し入る。
怪物の体内で、破裂音が聞こえた。
その直後、怪物はがくがくと痙攣し、傾いてゆく。
瓦礫の上に巨体を横たえて、怪物は唸るばかりとなった。
バーキンは着地して、怪物を見る。
怪物の流した血が、焼けた鉄板上の水滴みたいに泡を立てて気化していく。
「……殺した……?」アリシアが言った。
「いや……まだ息はあるようだが……」と、カルバリ。
「いずれにしても……」
バーキンは言った。
「もう終わりだ」
そして廃墟と化した大礼拝堂を見る。
まだ土煙と埃で霞がかるその向こうに、小さな山が見える。砕けて瓦礫へと変わってしまった壁と床だ。どれがどこを構築していたのか、バーキンの目にはまるでわからない。ただ、今こうして崩壊するまでは、つい昨日までは、あるいはこの聖堂が竣工した頃から、数多の人がここに目的を持って集っていたのだということを思うと、妙に淋しくなった。
たとえそれが狂気をはらんだ目的であっても――。
突然、がらりと瓦礫を押しのける音がした。
バーキンたちはそちらを見て、息を呑んだ。
「ラムダ……!」
カルバリとの戦闘に加え、怪物が大暴れした際の巻き添えで全身に深い傷を負っているというのに、彼は生きていた。
割れたマスクの向こうから、果てしない憤怒の眼差しがバーキンを射抜く。
ラムダの足が破片を踏み砕き、血が滴った。
荒く乱れた息遣いが、バーキンの心をかき乱す。
が、やがてラムダは膝をつき、手をつき、うつ伏せになって倒れた。
「……バーキン」ブランドンが言う。「まだ終わりではない」
「……そうだな」
バーキンは頷いた。
アリシアは怪訝な顔をする。
「どういうことさ……? もう戦う理由なんて――」
「あるんだ。すごく個人的な理由だけどね」
バーキンは言った。
そしてブランドンへ振り向く。
二人は互いの目を見据えた。
ひと呼吸置いて、バーキンはアリシアたちに向かって言う。
「アリシア、ルカさんを連れて外へ。カルバリも……ラムダをたのむ」
「……承知した」
カルバリはラムダを抱え上げ、立ち去った。
アリシアも踵を返す。けれど一度だけ振り返って、言った。
「……バーキン。ありがとう……どうか、死なないで」
バーキンは笑顔で応えた。
バーキンとブランドンは、怪物の身から刀を抜き、空を切った。
飛び散った怪物の血からスパークが走り、ブランドンが笑う。
刀身に残った血からも雷めいた光が生じ、それぞれがバーキンとブランドンの体内へ入ってゆく。
己の細胞ひとつひとつが強大なエネルギーで満ちていく。
バーキンはそんな感覚を抱いた。
最初は戸惑ったが、冷静さを取り戻すのはすぐだった。
呼吸を整え、目を閉じ、エネルギーのうねりを体の奥深くまで染み込ませる様をイメージした。
そして再び目を開く。
ブランドンの瞳は朱色に変わり、瞳孔も針さながらの鋭い形へと改まっていた。
バーキンの瞳もまた、変様している。
紫で縁取った金色の――獣の目であった。
バーキンはアリシアに微笑みかけ、またブランドンを見る。
ブランドンは欄干から這い上がってきて、息を吐いた。
「ベルフェンはどうした」
「父上もろともやっつけてやったよ」
バーキンは刀を構える。
ブランドンも応えるように、刀をこちらへ向けた。
「アリシア」バーキンは視線を変えず言う。「ルカさんは頼んだ」
「――わかった。任せて」
彼女が立ち上がると同時に、バーキンとブランドンは衝突した。
二人の斬撃がぶつかり、鋼の音が轟く。
刃の叩きつけ合いが、幾度となく繰り返され嵐めいた。
その嵐の中で、バーキンは振り下ろしを放つ。
ブランドンがガードし刃をはじくと、バーキンはすかさず横薙ぎを繰り出す。
しかしブランドンはそれも防御し、刃を滑らしつつ接近してきた。
バーキンはバックステップで距離を取り、刺突を試みる。
ブランドンが跳び、手すりに乗った。
それを認識した直後、ブランドンの空中からの攻撃が襲う。
大振りの斬撃だ。
バーキンは躱す。ブランドンの刃が空を斬り、一瞬だけ動きが止まる。
そこに斬りかかった。狙うは背面だ。
が、ブランドンは刀を振り上げ背中を守る。
鋭い衝撃がバーキンの両掌に走り、さらに蹴りを喰らった。
仰向けに倒れ、かぶりを振りつつ起きようとする。
ブランドンは姿勢を落とすと、息を深く吸い込んだ。
その背後ではアリシアが詠春刀の刃をルカの鎖に当て、もう一本の詠春刀で柄頭を叩き、ルカの拘束を断ち切っていた。
立て直したバーキンは刀を逆手に持ち、ブランドンの突撃に備えた。
ブランドンはアリシアとルカを一瞬だけ見て、突っ込んでくる。
斬撃を受け止め、刀が衝撃に耐えかねる直前で受け流した。
金属の反響音を散らして、ブランドンは壁に手をつく。
バーキンは手に残る痺れと痛みに顔をしかめながら、刀を順手で持ち直す。
ブランドンがこちらに向き直った。
二人は間合いを詰め、バーキンは先手を打つ。
首を撥ねる太刀筋で刀を薙いだ。が、それは容易に躱された。
ブランドンはしゃがんで避けたのだ。
ブランドンがバーキンの足に斬りかかる。
バーキンの狙いはそこだった。
ブランドンの膝と肩を足場にして跳び、一瞬のうちに背後へ回る。
「もらったァ!」
バーキンが刀を振りかぶった。
その時、大礼拝堂が揺れた。
バランスを崩し、ブランドンの離脱を許してしまう。彼は出入り口近くまで跳び、手すりを握りしめた。
アリシアはルカの拘束を全て壊し、彼女を抱いてこちらに駆け寄ってきた。
「バーキン、あいつ……!」アリシアが慄く。
怪物の意識が回復したのだ。
首を持ち上げ、怪物は緩慢な動作で咆哮する。
御神像に亀裂が入り、それは礼拝堂の壁面を走ってゆく。
ブランドンが、嗤った。
「癇癪を起こすんじゃない、バケモノめ」
彼は刀を構える。
しかし、斬撃より先に怪物が封印を破壊する。
その破壊は礼拝堂全体に及び、足場が崩れた。
瓦礫と共にかれらは地下まで転落していく。
バーキンとアリシアはそれぞれでバランスを取り、瓦礫を避けながら着地する。
ブランドンも、涼しい顔でスーツの埃を払っていた。
崩壊が止み、バーキンたちは曇天を突く巨躯を見上げる。
次の瞬間、地下空間にある扉が周囲の壁ごと砕け、ズタボロのラムダが転がってきた。
バーキンは困惑する。
「ラムダ!? どうして――」
「いったい何事だ……?!」
言いながら出てきたのは、鉄面宰カルバリだった。彼は血のついたナイフを持ち、今まで何をしていたのかはすぐわかった。
カルバリはこちらと、それから怪物を見上げて固まる。
「……ほんとうに、何が起こったんだ……」
「神さま気取りのバケモノが……空腹に耐えかねてブチギレたのさ……」
言ったのはアリシアだった。
四人は怪物を見上げる。
そいつは御神像をそのままコールタール色にしたような姿であった。
怪物は湿った呼気と共にこちらを向く。
額にあたる部位がぱっくりと割れて、五つの眼球が睨みつけてきた。どれも白濁しているというのに、確固たる視線と敵意を感じる。
バーキンは一瞬、逃げようかとも思った。が、どこへ逃げようというのか。
ここで倒さなければ、もっと大きな被害が出るのは想像に難くない。
そんなことを考えていると、ブランドンが言う。
「共闘といこうか」
「ブランドン……」
バーキンはその申し出に揺らいだ。
だがアリシアは、
「やだよ」
と返した。
「いや……ここは力を合わせざるを得ない状況だ」と、カルバリ。「不本意なのは察するが……」
アリシアは横目でブランドンを睨んだ。
ブランドンはかすかに笑う。
怪物の目がルカを見下ろし、口から血混じりの涎が落ちた。
「……まずはルカを安全な場所に移す」
アリシアが言った。
「それまで時間を稼ぐよ」
バーキンは刃を怪物に向ける。
怪物が動き出した。
「来るぞ」
怪物の大口がルカに飛んでくる。
それをアリシアは後ろに避け、バーキンが斬撃で牽制した。
ブランドンも死角に回って追い打ちをかける。
すると、怪物がヒレ状の器官を振りかぶり、叩きつけてきた。
バーキンたちは散って直撃を回避したものの、石礫が飛び散ってくる。
幸いダメージになるサイズの物は無かった。
バーキンは敵の視界の外に回り込んで、脚と思しき部位を斬る。
その近くでカルバリがナイフを乱舞させ、節足状器官での攻撃に対処していた。
斬撃を当てる度に、怪物の肉から黒い血が飛ぶ。
怪物が身をよじらせる。
脚を大きく振り上げ、踏みつけが来た。
バーキンたちは誰も潰されはしなかったが、衝撃にバランスを崩す。
ここで怪物は首を横に薙いできた。
瓦礫の津波が巻き起こってこちらに飛来する。
それを掻い潜って、ふたつの剣閃が輝いた。アリシアだ。
アリシアの斬撃は、怪物の左端の目を斬り裂く。
怪物は悲鳴と共に首を持ち上げた。
「ナイス……!」
バーキンは言って、防御の構えを解く。
怪物はこちらを見下ろし、出方をうかがっているようだった。
アリシアは怪物を見上げて言う。
「しかしこうデカイと効果あるのかわかんないね」
「あるか無いかで言えば、ある」ブランドンが答えた。「だがきわめて薄い」
「弱点はあるのか?」カルバリが訊ねる。
「ああ。延髄に僅かな盛り上がりがある。その奥がやつの核だ」
「信用していいの?」とアリシア。
「古い文献だが、違っても延髄だ」
「ならこうしよう」とバーキン。「おれの刀が一番長い。みんなはやつの気を引いて――」
言っている途中に、また怪物の攻撃が来て、四人は散開する。
バーキンは声を張って続けた。
「やつを陽動してくれ! おれが急所を突く!」
「まかせて!」
「武運長久を!」
手数を増やしやすいアリシアとカルバリが、怪物の足元に攻撃を重ねる。
その間に、バーキンは上方へ移動した。
倒壊した柱を駆け上り、むき出しの鉄筋を掴む。壁の断面によじ登って更に上を目指した。
途中、怪物がその様子を目で追っているのを感じる。
真っ白い眼球に睨まれているのが見え、バーキンはその大きさに一瞬だけ現実感を失った。
次の瞬間、怪物の攻撃が迫る。長い首の付け根に生えたヒレで突いてきた。
それを、ブランドンが防ぐ。彼はバーキンの高さまで一気に跳んだのだ。
突きを受けた彼は、弧を描く壁に足をついて踏ん張る。波刃で追撃のヒレを引き裂いた。
「援護する。カラドボルグ」
「――たのむ、エクスカリバー!」
バーキンは壁を駆け、怪物の背後へ回り込もうとする。
怪物の節足が迫った。
「させるかァ!」
下でアリシアの叫び声と、詠春刀の突き立つ音。
彼女は怪物の腹に深々と刃を刺していた。
怪物が咆哮と共に揺らぎ、節足での攻撃はブレる。
この隙にブランドンが節足を付け根から切断した。
バーキンは怪物の背面へ至り、怪物の体に跳び移る。
件の盛り上がりはすぐ見つかった。
刀を逆手に持ち、バーキンは瘤を突き刺す。
だが次の瞬間、怪物は大きく身を反らせた。
バーキンは手が滑ってしまい、刀を残して転落する。
そんな彼の手を、カルバリが掴んだ。カルバリは階段の残骸に立っていた。
「さあもう一度!」
カルバリの腕が大円を描きバーキンを再び上へ飛ばす。
バーキンは信徒席のひとつに降り立ち、ぐらつきに驚きつつも攻撃のチャンスを狙った。
刀の突き立った箇所からは、白いまだら模様を伴う血が流れている。他の箇所とは異なる有様で、あの付近が怪物にとって特別な部位であることが見て取れた。
アリシアとカルバリがうまく立ち回り、怪物がこちらに背を見せる位置を保ってくれる。
すると、バーキンの隣にブランドンがやってきた。彼は壁の亀裂、そのわずかな段差に指をかけていた。
「カラドボルグよ、ツープラトンだ」
「了解!」
二人は一身に力を溜め、跳躍した。
バーキンはまっすぐ刀に迫って、柄頭を思いっきり蹴る。
ブランドンも同じ軌道で刀を怪物の瘤へ突き刺した。
二振りの刀がハバキ近くまで押し入る。
怪物の体内で、破裂音が聞こえた。
その直後、怪物はがくがくと痙攣し、傾いてゆく。
瓦礫の上に巨体を横たえて、怪物は唸るばかりとなった。
バーキンは着地して、怪物を見る。
怪物の流した血が、焼けた鉄板上の水滴みたいに泡を立てて気化していく。
「……殺した……?」アリシアが言った。
「いや……まだ息はあるようだが……」と、カルバリ。
「いずれにしても……」
バーキンは言った。
「もう終わりだ」
そして廃墟と化した大礼拝堂を見る。
まだ土煙と埃で霞がかるその向こうに、小さな山が見える。砕けて瓦礫へと変わってしまった壁と床だ。どれがどこを構築していたのか、バーキンの目にはまるでわからない。ただ、今こうして崩壊するまでは、つい昨日までは、あるいはこの聖堂が竣工した頃から、数多の人がここに目的を持って集っていたのだということを思うと、妙に淋しくなった。
たとえそれが狂気をはらんだ目的であっても――。
突然、がらりと瓦礫を押しのける音がした。
バーキンたちはそちらを見て、息を呑んだ。
「ラムダ……!」
カルバリとの戦闘に加え、怪物が大暴れした際の巻き添えで全身に深い傷を負っているというのに、彼は生きていた。
割れたマスクの向こうから、果てしない憤怒の眼差しがバーキンを射抜く。
ラムダの足が破片を踏み砕き、血が滴った。
荒く乱れた息遣いが、バーキンの心をかき乱す。
が、やがてラムダは膝をつき、手をつき、うつ伏せになって倒れた。
「……バーキン」ブランドンが言う。「まだ終わりではない」
「……そうだな」
バーキンは頷いた。
アリシアは怪訝な顔をする。
「どういうことさ……? もう戦う理由なんて――」
「あるんだ。すごく個人的な理由だけどね」
バーキンは言った。
そしてブランドンへ振り向く。
二人は互いの目を見据えた。
ひと呼吸置いて、バーキンはアリシアたちに向かって言う。
「アリシア、ルカさんを連れて外へ。カルバリも……ラムダをたのむ」
「……承知した」
カルバリはラムダを抱え上げ、立ち去った。
アリシアも踵を返す。けれど一度だけ振り返って、言った。
「……バーキン。ありがとう……どうか、死なないで」
バーキンは笑顔で応えた。
バーキンとブランドンは、怪物の身から刀を抜き、空を切った。
飛び散った怪物の血からスパークが走り、ブランドンが笑う。
刀身に残った血からも雷めいた光が生じ、それぞれがバーキンとブランドンの体内へ入ってゆく。
己の細胞ひとつひとつが強大なエネルギーで満ちていく。
バーキンはそんな感覚を抱いた。
最初は戸惑ったが、冷静さを取り戻すのはすぐだった。
呼吸を整え、目を閉じ、エネルギーのうねりを体の奥深くまで染み込ませる様をイメージした。
そして再び目を開く。
ブランドンの瞳は朱色に変わり、瞳孔も針さながらの鋭い形へと改まっていた。
バーキンの瞳もまた、変様している。
紫で縁取った金色の――獣の目であった。
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本稿は、2015年に書き始めましたが、温暖化よりはスーパープルームのほうが衝撃的だろうと考えて北米でのマントル噴出を破局的環境破壊の惹起としました。
第1章と第2章は未来での生き残りをかけた挑戦、第3章以降は競争排除則(ガウゼの法則)がテーマに加わります。第6章以降は大量絶滅は収束したのかがテーマになっています。
どうぞ、お楽しみください。
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