ガロンガラージュ正衝傳

もつる

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チャプター11

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  11


 バーキンは刀を肩に担ぐと、腰を落として全身の筋肉から緊張を取り除いた。ハイランダー<カラドボルグ>時代の構えだ。
 ブランドンも、峰を前に突き出した左拳に乗せる。ハイランダー<エクスカリバー>独自の構えであった。
 バーキンとブランドンから生じる超常のエネルギーが、場をも歪めた。
 二人は星空めいた黒い空間に立ち、青白い炎のような光が踊る中で、刃を交える。
 ふたつの刀が衝突し、白い閃光が辺りを照らした。
 バーキンとブランドンはもう一度ぶつかり合った。また光が宙に舞う。
 両者は角度を変え姿勢を変え、刀を打ち合った。
 バーキンは身を翻し、力を込めた袈裟斬りを繰り出す。
 それをブランドンが受け止め、蹴りを当てる。
 胴に蹴撃を喰らってバーキンは後ずさった。ブランドンの追い打ちが来る。
 跳躍を伴った横薙ぎだ。
 バーキンは軽いジャンプで躱した。
 そして着地と同時に、柄頭の打突をブランドンに命中させる。
 ブランドンは揺らいだが、いつの間にか刀を逆手に持っていた。
 刀を突き出し、刃がバーキンの首筋を掠める。
 バーキンも同じく逆手で刀を構え、さらに距離を詰めての格闘を挑んだ。
 刀と刀が交差し、拳と拳が殴り合う。
 バーキンの拳が脇腹を突くと、ブランドンがバーキンの頬を打った。
 バーキンは血ヘドを吐き出し、追撃を防御する。
 単純な腕力ではブランドンのほうが上だった。
 バーキンはブランドンに刀を持つ手をロックされ、膝蹴りを浴びた。
 みぞおちへの一発で、バーキンは身を折る。
 だが彼は踏ん張り、地面を蹴った。
 頭突きがブランドンの額を割る。
 ロックが緩む感覚がして、バーキンは自分の手ごとブランドンの手を押し下げた。
 二人の刀が地面に突き立つ。
 バーキンは刀を手放し、ブランドンの首に後ろから腕を回した。
 ブレーンバスターを試みる。
 だがブランドンは下半身を大きく反らせ、技を破った。
 バーキンは背中から倒れ込み、ブランドンを放してしまう。
 起き上がってブランドンを見ると、彼は膝立ちのまま頭を振っていた。

 すこしはダメージが入ったらしい。

 ブランドンが気合を入れ直すように目を見開く。
 バーキンは走り出していた。隙を見せたブランドンにラリアートを喰らわせる。
 背中をしたたかに打ち、ブランドンは声を漏らす。
 バーキンは馬乗りになって、顔面へ拳を当てた。
 何発も殴り、唇を切った。しかしその頬は腫れすら無く、有効打になっていないことに気づく。
 一瞬だけ手が止まった。
 その時、ブランドンがバーキンの首を絞めてくる。
 常人であれば、この握撃で首の骨がへし折れただろう。
 バーキンはブランドンの手首を掴んで抗い、続けて立ち上がろうとした。
 ブランドンの両手はさらに力が入り、バーキンは己のこめかみが脈打つのを感じる。
 彼は片足を上げ、ブランドンを渾身の力で踏みつけた。
 靴底がブランドンの喉笛を叩き、絞める手を緩ませる。
 バーキンは彼の前腕に手刀を叩き込み、離脱した。
 充分な間合いをとって、ナイフを抜く。
 ブランドンも咳き込みつつ起き上がり、ナイフを手にする。
 二人はナイフを構えて一瞬睨み合い、そして斬り合った。
 火花を散らしてブレードが衝突を繰り返す。
 腕がしなり、脚はステップを踏むようにめまぐるしく動いた。
 やがて、打ち合う度に散る火花に、金属片が交じってくる。
 バーキンとブランドンは、互いのナイフが赤熱していることに気づいた。が、それでも二人はナイフを振るう。
 ナイフがはじける真っ赤な破片と共に折れた。
 二人は空振りに姿勢を崩す。
 リカバリーはブランドンのほうが速かった。
 ブランドンはナイフを捨て、刀に向かい走る。
 バーキンもナイフをシースに納めながら追った。
 二人がそれぞれの愛刀を手にするのは、ほぼ同時だった。
 引き抜きざまに、バーキンは斬撃を繰り出す。
 ブランドンも同じ動きだったが、刀の射程はバーキンのほうが長い。
 バーキンの刀はブランドンの刀を撥ね上げ、胴をがら空きにした。

 勝機。

 バーキンは刀を突き出し、ブランドンの心臓を狙う。
 が、ブランドンが笑みを浮かべるのが見えた。
 ブランドンは刀を薙ぐ。
 朱色の衝撃波がバーキンを襲った。
 重く、鋭く、巨大な衝撃だった。
 バーキンは大きく仰け反って吹っ飛ばされる。背中からバウンドし、うつ伏せに倒れた。
 今までの攻撃を全て凝縮したような激痛が、バーキンを苛んだ。
 顔を歪め、歯を食いしばり、しかし彼は起き上がろうとする。
 ブランドンは刀を持つ手から白煙のごとき気を立たせて、額に汗をにじませる。その顔は笑ったままだ。

「……よくここまでがんばったな」

 ブランドンが言った。

「だが、私の勝ちだ」
「それは……負けるやつの言葉だ……」

 バーキンは刀を杖代わりに立ち上がる。そして、刀を引くと切っ先を片手の指先でそっと触れた。

 彼にできるならおれにも――。

 ブランドンがエクスカリバーの構えを取り、朱い雷電と共に突撃してくる。
 バーキンは切っ先をブランドンに向け、青紫の衝撃波を撃った。
 衝撃波の奥で、ブランドンの驚いた顔が見えた。
 ブランドンは派手に吹き飛び、それでも持ちこたえる。胸元があらわになって、皮膚や肉が焼け焦げていたが、彼は己の脚でしたたかに立っていた。
 バーキンとブランドンは、スパークする気を伴って雄叫びを上げる。
 そして、再び剣戟を繰り広げた。
 死力を尽くし、全ての斬撃に全霊を込める。
 バーキンには、ブランドンの太刀筋が今までよりはっきりと見えた。
 徐々に、ほんとうにすこしずつ、バーキンが押してゆく。
 もう余計なことは頭に無かった。かつて抱いていた想いも、今も残る未練も、それを断ち切ろうとする決意も。

 ただ、目の前の相手を打ち倒す。

 それだけだった。
 その時ブランドンの斬り上げがバーキンの斬撃を妨げる。
 しかし、バーキンは刀を滑らせて、その流れでブランドンを斬った。
 さらにもう一発。今度は横薙ぎを腹に見舞う。
 最後に、ブランドンをブーツの底で蹴り飛ばした。
 彼の体は空間を突き砕いて、二人を瓦礫の中へ引き戻す。
 貯蔵タンクの一つに衝突したブランドンは、そこから流れ出る液体の中に沈んで動かなくなった。
 バーキンはすこしよろめいて、ブランドンを見つめる。彼は脚だけを覗かせていた。
 上がっていた息はまもなく整い、彼は目を瞑る。
 全身の熱が落ち着いてゆくのを感じて、背筋を伸ばした。
 天を仰ぐと、雲の切れ間から光が射してきているのが見えた。

 朝が近い。


 バーキンは神殿の外でアリシアたちと合流する。
 彼女は屋根の下で休んでいた。近くにはルカと、包帯でぐるぐる巻きにされたラムダが眠っている。
 アリシアはこちらに気づくと笑顔で迎えてくれた。
 カルバリも、かつて敵対した相手だと忘れそうなくらい、柔らかい笑顔だった。
 それから、見慣れない、しかし記憶にある女の姿に気づく。
 彼女は炎占宰ヒュシャンと名乗り、これまでの経緯を語った。

「教団もひどく損害を受けました……しかし、私が責任を持って立て直します。ガロンガラージュのためにも」
「ならば、まずは他の発電所の強化からだな」

 カルバリの言葉に、ヒュシャンは頷く。

「そうですね……今までのやり方は、一切破棄するのが賢明でしょう」

 そんなやりとりをしていると、ルカが目を覚ました。

「ルカ!」

 アリシアはルカの前にしゃがみ込む。
 ルカはうめきながら起き上がって、アリシアを見る。
 アリシアの両目から涙が溢れた。
 彼女はルカの名を呼んで、ぎゅっと抱きしめた。

「よかった……ルカ……ほんとうに……」
「……ありがとう、アリシア……」

 ルカも、涙と共に抱きしめ返した。
 アリシアは彼女と、自らの涙を拭い、バーキンたちを見る。

「いろいろあった。けど……みんなが助けてくれたんだ」

 やはりというべきか、ルカはカルバリとヒュシャンを見てにわかに困惑したような顔だった。
 カルバリが、ルカの前に膝をついて言う。

「……許してもらえるとは思わないが……言わせてほしい……ほんとうに、すまなかった」

 ヒュシャンも頭を下げる。

「私からも、謹んでお詫びを申し上げます」

 ルカはすこし間を置いて、安らかな微笑みを二人に見せた。
 それからカルバリはバーキンたちに背を向ける。

「わたしは街を去る。そのほうが、みなにも良かろう……」
「行くアテはあるのか?」バーキンは訊ねた。
「……いちおうは。ただそれよりも……人生をやり直したい」

 その言葉を残し、カルバリは去ってゆく。
 バーキンは彼の背を見送り、涼やかな風を感じた。


  ◇


 数週間後――。
 アリシアとルカは、しばらくルカの両親の葬儀や、それに伴う手続きと整理で忙しくしていた。だがバーキンやコガワがいろいろと慮って、手伝ってくれた。
 お蔭で二人とも心労から立ち直るのは早かった。
 アリシアは、ルカと共に亡き両親の墓前で、二人の分まで幸せに生きると誓った。

 そして、身辺が落ち着いたころ、アリシアはルカと一緒にあの日のデートをやり直す。
 今回は北西に位置する貿易都市<将域しょういき>が目的地だ。
 二人は朝から電車で将域三番街へ行き、巨域に迫る最先端ビル群と、そこに華を添える古今東西の異国文化に、心を掴まれた。昼までウィンドウショッピングを満喫してから、隣接する中華街で食べ歩きを楽しむ。
 そして、夕方にはガロンガラージュ最大の劇場で観劇した。
 長い歴史と確かな実績を持つ劇団が、昔から多くの人々に深く愛してきた物語を華々しく、優雅に、時に切なさを交えて演じる。
 感情を揺さぶられ、劇に引き込まれてゆく二人は、終わりまで互いの手を握りしめていることに気づかなかった。
 劇場を出ても、物語の余韻は続いていた。
 帰りの電車でも、二人はどこか夢見心地だ。車窓から海が見える。西に傾いた太陽で茜色になっていた。
 高度なUVカット仕様の車窓から、一日の終わりを伴う陽光が二人を照らす。
 アリシアの視界の端で、ルカのサングラスがきらりと光った。
 ほんとうに、美しい景色だった。
 やがてアリシアは、心地よい揺れにうとうとして、ルカの肩に頭を乗せる。
 彼女はルカの、日焼け止めのにおいが混じる、甘く親しい香りに包まれて眠りに落ちた。


 ……次に彼女が目を覚ますと、もうルカの姿はなかった。
 寝ぼけ眼で辺りを見回し、そこが最寄り駅であることに気づく。ルカは先の駅で降りてしまったようだ。
 電車から降りて、街中に立つと、一陣の風がぶわっと吹いてきた。
 夕陽で赤くなったビル群の中で、彼女はふと端末を見る。
 ルカからのメッセージがあった。

 ――あんまり気持ちよさそうに寝てたから、起こさないでおいたよ。今日はホントにありがとうね、すごく楽しかった! また行こう! 帰り、気をつけてね。

 アリシアは微笑み、サムズアップの絵文字で応える。
 夕焼け空を仰ぎ、そして家路を歩き出した。
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