上 下
2 / 13

第002話 クーナのおそよう

しおりを挟む
 クーナを召喚したのは12月31日になってすぐだ。
 つまりは0時であり、もっといえば真夜中ということになる。
 当然ながら、「今から狩りにいこーぜ!」とはならない。
 だから朝に向けて宿屋で寝るのだが……。

「な、なぁ、同じベッドでもいいかな?」

 ベッドが1つしかなかったのだ。
 それほど広くないベッドがポツンと。
 だから、ベッドで寝るのであれば共有することになる。

「おとーさんと一緒のベッドなの!?」

 クーナが驚く。
 それはもうびっくり仰天といった様子。
 耳をピンと立て、尻尾もビビッと立っている。

「嫌だよな。すまん、じゃあ床で寝てもらえ――」
「やったぁー! おとーさんと一緒! おとーさんと一緒!」

 クーナが尻尾をフリフリして喜ぶ。
 その場でクルクル周り、果てにはピョンピョン跳ね出した。

「へっ? もしかして嬉しいのか?」
「うん! クーナはおとーさんのじゅーしゃだもん!」
「そ、それならよかったよ」

 そんなわけで、俺達は一緒のベッドに入った。
 俺はクーナに配慮して、身体を壁に向ける。
 しかし、クーナはこれをお気に召さなかった。

「おとーさん、こっちむいて寝ないのぉ?」
「え、そっち向いてもいい感じ?」
「もちろん! クーナはそのほうがいい!」
「クーナがそう言うなら、そうしようか」

 この幼女は今後の戦力だ。
 機嫌を損ねて戦闘放棄されてはたまらない。
 そういう事情もあり、俺は言われるがままに身体を翻した。

「(デケェ……)」

 幼女とは思えない大きな胸が目に入る。
 しかもあろうことかその胸は、俺の身体に押し当てられていた。
 ベッドが狭いこともあり、クーナが抱きついているのだ。

「ぎゅーっとしたら、落ち着く! クーナはこれがいいなの!」

 こちらは少し心拍数が上がって落ち着かない。
 6歳の幼女相手に興奮するなんて駄目だろ、俺!

「おとーさん、おやすみなの!」
「お、おう、おやすみ」

 クーナが俺に抱きついたまま眠りに就く。
 心臓を震えさせる俺とは違い、あっさりと寝息を立てだした。
 その寝顔は、ダイヤモンドウルフの凶暴さをまるで感じさせない。

「(ったく、なんて気持ちよさそうな顔で寝やがるんだ)」

 クーナの寝顔を見ていると、気持ちが落ち着いてきた。
 俺はそっとクーナの抱き寄せ、優しい力で頭を撫でてやる。

「おとーしゃぁん、ありがとぉ」

 クーナの頬が緩む。
 寝ながらにして撫でられたことに気づいたみたいだ。
 俺はモフモフの耳を指で遊んでから眠りに就くのであった。

 ◇

「おとーさん、朝なの! 起きてー!」

 クーナに鼻をツンツンされて目が覚めた。
 目を開けると、視界にデカデカとクーナの顔が映る。
 俯きで寝ている俺の上に、うつ伏せで乗っているのだ。

「おそいよぉー! おそようだよー、おとーさん!」
「やれやれ、クーナは早起きだなぁ」

 俺に乗っかるクーナを両手で持ち上げ、ちょこんと隣に置く。
 するとクーナが再び跨がってきた。

「いや、そうされると起きられないんだが?」
「うぅー! クーナ、こうしていたいのにぃ!」
「甘えたなSランクだなぁ、おい」
「だって子供だもん!」

 クーナが「えへへぇ」と笑う。
 悪戯っぽい笑顔に、心が癒やされた。
 しかし、俺は起きなければならない。
 お腹も空いているし、仕事クエストもこなさないと。
 冒険者である俺の仕事はモンスター退治だ。

「甘えるのは一仕事終えた後にしてもらうぜ」

 クーナを再び横に置いて、俺は身体を起こした。

 ◇

 宿屋を出た俺は、冒険者ギルドでクエストを引き受けた。
 いつもと同じく、最下級モンスター『スライム』の討伐だ。
 村の周辺に棲息しているプルプルした水玉モンスターである。
 村の出口まで歩いたところで、俺はクーナに言った。

「今日はクーナの強さを見せてもらうぜ」
「はーい! クーナ、がんばる!」

 クーナは笑顔で答えると、左手を繋いできた。
 それから右手を挙げ「しゅっぱーつ!」と叫ぶ。
 狩りにいくはずなのに、これではまるで遠足だ。

「手を繋いでいると奇襲を受けた時に危ないから」
「でもクーナはこれがいいなの!」
「むぅ……。まぁ、スライムが相手だしいいか」
「うん! おとーさんはクーナが守るなの!」
「期待しているよ」

 クーナは改めて「しゅっぱーつ」と叫んだ。
 その姿を見れば見るほどに、俺は不安になってくる。
 ダイヤモンドウルフの獣人とはいえ、6歳の幼女だ。
 背丈は約1メートルと小柄だし、何よりもお子様である。
 左右の手を交互にブンブンして、尻尾も左右にフリフリ。

「(Sランクなんだ……! 信じろ、クーナの強さを……!)」

 期待35%に不安65%の割合で、俺は村を発つのであった。

しおりを挟む

処理中です...