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第009話 クーナと異世界モノ

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 その後もしばらくは<ゴブリンマウンテン>の頂を目指していた俺達であったが、日が暮れ始める気配を察知したので帰ることにした。

「クーナはまだまだ戦えるもん!」

 などとクーナは訴える。
 しかしながら、俺のほうが駄目だったのだ。

「キャンプセットを持ってきてないから帰るよ」

 野宿するにはそれなりの準備が必要だ。
 比較的安全で広い場所、それに魔除けのアイテム。
 そういった物がない状態で野宿をするのは自殺志願者くらいだ。

「今度来るときは山頂まで行けるように野宿セットも持ってこような」
「うん! そーするなの!」

 クーナが手を繋いでくる。
 俺はそれを拒まず受け入れ、仲良く山を下った。

 ◇

 翌日。
 俺達は街の本屋にやってきた。
 本屋とは最近になって増えてきた建物だ。
 娯楽本と呼ばれる類の書物を販売している。

 書物は学者専用のアイテムだった。
 ところが最近、俺みたいな人間に向けた書物が増えている。
 強い冒険者がモンスターを倒す冒険譚とか、そういう物語だ。
 これを“娯楽本”と呼び、かなりの高値で売られている。

「わぁー、色々あるなのー!」

 本屋に入ると、クーナが目を輝かせた。
 周囲の本棚にある大量の娯楽本が気になるようだ。
 俺は「みだりに触るなよ」と注意しておく。

「クーナはどういう本が読みたいんだ?」

 本屋に来たのはクーナが希望したからだ。
 娯楽本の存在を教えたら「クーナも読みたい!」と訴えてきた。

「おとーさんと一緒のがいい!」
「一緒つったって、俺は読まないんだよなぁ」

 ひとえに娯楽本と言っても種類は様々だ。
 チートと呼ばれる能力を誇る無敵の冒険者が獅子奮迅の活躍をするものもあれば、逆にすごく弱い奴が努力と知恵で成り上がるものもある。他にも恋愛に焦点を合わせたものやら、エトセトラ、エトセトラ、エトセトラ……。

「じゃあこれがいい!」

 クーナが適当な本を手に取った。
 タイトルは『地球の物語』となっている。
 人気ジャンルの一つ“異世界モノ”のようだ。

「ならこれにするか」
「わぁーい、やったぁー!」

 こうして、俺は『地球の物語』という異世界モノを購入した。

 ◇

 買った本を読むべく、俺達は宿屋に戻ってきた。
 狭い客室のベッドに腰を下ろす。
 クーナは当たり前のように俺の膝へ座った。

「そこに座られると読みにくいのだが?」
「でもクーナはここがいい!」
「へいへい」

 俺はクーナを包むように腕を伸ばし、彼女の前で本を広げる。
 クーナは鼻歌を歌い、身体を左右に揺らして上機嫌だ。

「えーっと、まずはあらすじだってさ」

 娯楽本は開いてすぐにあらすじが書かれている。
 それから本編が長々と始まる、というのが基本スタイルだ。

「おとーさん、あらすじってなに?」
「どんな話かを大雑把に書いてるわけだ」
「わかった! あらすじ読んで! 早く早く!」
「へいへい」

 俺は声に出してあらすじを読み始めた。
 基本的には滑らかだけど、たまに言葉を詰まらせる。
 妙な言い回しなどが用いられるのも娯楽本の特徴だ。
 それでも、俺はどうにかあらすじを読み終えた。

 案の定、『地球の物語』は異世界モノだった。
 物語は、主人公のヨシフミがモンスターにやられて死ぬことから始まる。死んだヨシフミは、常識であれば灰と化すところだが、どういうわけか神様の居る真っ白な空間に瞬間移動。そこで神様から「地球という世界で新たにやり直すきっかけをやろう」などと言われ、“地球という異世界”に飛ばされて、人生をやり直す。

「地球かぁ。ありもしない妄想もここまで出来ると感動に値するな」
「クーナ、日本に行きたいなの!」

 日本とは、地球にある国の1つだ。
 地球では大小様々な国があり、ヨシフミはその内の日本に行く。
 日本にはモンスターはいなくて、文明が超発達していて、人口がヤバい。

「俺はあんまりそそられないなぁ」

 日本という国はたしかに面白そうだ。
 スマートフォンとかいう、謎の電子機器も触ってみたい。
 しかし、『朝の通勤ラッシュ』というものは読むだけで吐き気を催す。
 電車という道の乗り物に、人が押し詰められるのだ。
 あらすじでこの表現なら、本編ではよほど精緻化されているはず。
 想像力をフル稼働させたら、それだけで息苦しくなりそうだ。

「おとーさん、続きも読んで! 早く早く!」
「わぁーったよ。じゃあ本編を読み始めるぜ」
「やったぁー! ルンルンルーン♪」

 クーナが激しく喜ぶ。
 足をジタバタさせて、身体を左右に揺らす。
 ピンッと立っている耳の先端が、時折俺の鼻をかすめた。

「えーっと、第一章、社畜は辛いよ。……社畜ってなんだ?」
「ちゃんと読んでなの!」
「悪い悪い。じゃあもう一度最初からね」

 こうして、俺はクーナに本を読み聞かせるのであった。
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