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第006話 至高の眼福

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 ――夜。
 ルナと同じベッドで背中を向けあう形で眠る。
 勿論のことだが、俺は眠りに就くことができなかった。

「(眠れん……! 心臓がバクバクするぞ……!)」

 決して突発性の不整脈というわけではない。
 しかし、この調子だと不整脈になりそうな気がする。
 女と同じベッドなんて、人生で初めてのことだ。

「(ルナはもう眠っているのかな……?)」

 意識を背後に集中する。
 しかし、寝息らしき音は聞こえてこない。
 代わりにルナの甘い香りがやってきた。
 ついつい思いっきり吸い込みたくなる。
 そんなことをすれば変態の烙印は避けられない。
 俺は布団の隅を強く押さえてグッと耐えた。

「ユウタさん、眠れませんか?」
「はひっ!?」

 突然聞こえるルナの声。
 驚きのあまりみっともない反応をする俺。

「先ほどからユウタさんの鼓動が乱れておりますから」
「そ、そんなこと分かるの!?」
「はい。戦闘の中で自然と身につけてしまいました」

 凄い能力だ。
 そうでもしないと強敵を倒せないのだろう。
 俺にはまるで無縁だな。

「いやぁ、その、緊張してしまってね」
「ですよね。私も緊張しております」
「ルナも?」

 ルナは「はい」と答える。
 それからモゾモゾと動き出した。
 何をしているのかと思いきや――。

「これは……!」
「小さい頃、私は眠れずにぐずっていると母がこうしてくれました」

 後ろからギュッと抱きついてきたのだ。
 就寝時なのだから、ルナは鎧を脱いでいる。
 その為、胸のむにゅっとした感触が背中に当たった。
 すごい弾力だ。

「あれ、ユウタさんの鼓動が」
「(そらそうだろーっ!)」

 俺の心臓は尚更に弾けていた。
 かつてない程に激しく乱れ狂っている。

「そ、その、女性から抱きつかれたのはこれが初めてだから」

 ルナがハッと気づいた。
 慌てて腕を解き、「すみません!」と謝る。

「謝らないでいいよ。嬉しかったし。ただ余計に緊張しただけで」
「それなら……よかったです。あの、もしユウタさんが嫌でないのなら」

 そう言うと、ルナは再び抱きついてきた。

「こうやって眠らせて頂いてもよろしいでしょうか?」
「別にかまわないけど、なんで!?」
「なんだかすごく落ち着くのです」

 ルナが顔を当ててくる。
 首の付け根辺りに、彼女の頬が押しつけられた。

「(こんな展開アリかーっ!)」

 俺は自分の強運に感謝する。

「Zzz……Zzz……」

 ルナの寝息が聞こえてきた。
 本当に抱きついていると落ち着くようだ。

「(俺も落ち着いてきたな)」

 ルナの寝息を聞いていると、鼓動の乱れが弱まった。
 気持ちが静まると、急激に眠気が押し寄せてくる。
 意識が飛ぶまでに、それほどの時間はかからなかった。

 ◇

 俺は驚愕した。
 朝起きて、目を開けた時のこと。

「ユ、ユウタさん……?」
「こ、ここ! これはその! 寝ている間に!」

 どういうわけか、俺がルナに抱きついていた。
 そして、ルナは俺に背中を向けている。
 つまり就寝時と正反対の格好だ。

 ただ、それだけならばこれほど慌てない。
 問題は俺の手が置かれている位置だ。
 あろうことか、両手で彼女の胸を鷲掴みにしていた。

 俺は、自分の手をどうしようか悩んだ。
 仮に離そうとして力を抜いたとしてもふわっと揉んだことになる。無論、今以上に力を入れると、それはそれで揉んでしまう。要するに前も後ろも“揉み揉み”状態。どちらに転んでも、束の間の天国を味わった後に地獄行きだ。ルナに殺されてしまう。

 悩んだ結果、俺は手を動かさないことにした。
 前も後ろも駄目ならその場で立ち尽くす! 鷲掴みのまま!
 もちろん、誠心誠意をもって謝罪はしよう。

「本当に無意識なんだ。寝相が悪かったらしい。何もしない……と思う。寝てたから分からないけど。だからルナ、怒らないでくれる!?」

 するとルナはクスクスと笑った。

「大丈夫です、ユウタさん。私はユウタさんが動いたことで目を覚ましましたので、事情は把握しております。ユウタさんが無意識にこうされてしまったことは承知しておりますので、気になさらないで下さい」

 なんという天使。
 顔と強さに加えて性格も最高だ。

「よ、よかった、ありがとう! じゃあ、離すね」
「はい」

 俺はそーっと手の力を抜いていく。
 弾力たっぷりの胸の感触が、手を伝って脳に届いた。
 かつて経験したことのない得も言えぬ至高の心地。
 油断すると手に力を込めてしまいそうだ。

「ふぅ……!」

 どうにか暴走することなく手を離せた。
 とても、非常に、大変、この上なく名残惜しい。
 しかし、これが最善であり唯一の選択だ。仕方ない。

 手を離すと、ルナが身体をこちらに向けた。
 超が付くほどの至近距離に、彼女の顔がある。

「ぐっすり眠れましたか?」
「お、おう、とても心地よく!」
「それはよかったです」

 ルナがニコッと微笑む。
 な、なんという可愛さだ……。
 これが美人局でも喜んで嵌められるレベル。

「ルナはどう? ぐっすり眠れた?」
「はい。ユウタさんのおかげで心地よかったです」

 そう言うと、ルナはベッドから出た。
 何をするのかと眺めていると、寝間着を脱ぎだした。
 芸術品のような綺麗な背中がこちらに見える。

「うひょーっ」

 思わず声が出てしまう。
 その声に気づき、彼女が慌てて振り返る。

「す、すみません! いつもは1人だから、起きたらすぐに着替えていまして……って!」

 振り返ったせいで、見えてしまう。
 ルナの大きくて美しい形の胸――おっぱいが。
 口を開けて固まる俺。同じく「あっ」と固まるルナ。
 彼女の顔が見る見るうちに赤くなっていく。
 そして、これまでで最も赤い茹で蛸のような色になった。

「み、みみ、見ないでください! ユウタさん!」

 ルナがベッドのシーツで肌を隠す。
 俺は「ごめんなさい!」と謝り、うつ伏せになった。
 枕に顔を埋め、ついでに直立している我が息子も隠す。

「(が、眼福ゥー!)」

 なんという幸運だ。
 これほど素敵な朝を迎えたのは初めてである。
 もはや、人生に絶望する俺の姿はなくなっていた。
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