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001 バハムート転生

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 空を飛ぶということに憧れていた。

 幼少期から大空を駆け回りたいと願っていた。

 鳥でもいいし、ドラゴンでもいい。

 とにかく空を自由に飛び回れればそれで良かった。

 が、人間の俺にそんな芸当が出来るわけない。

 それはSSS級の冒険者となった今でも変わらなかった。

 人間は、どうやっても空を飛び回ることは出来ないのだ。

 ――人の寄りつかないとある山。

「ずりぃんだよ、バハムート!」

 雲よりも高い位置にある山頂で、俺はバハムートと戦っていた。

 漆黒の鱗に身を多う最強の龍だ。

「次の一撃に懸けるか……」

 戦況は劣勢だった。

 打ち合いになればこちらが優勢だが、敵がそうさせてくれない。

 安全圏まで飛翔し、そこから暗黒のブレスを吐きかけてくるのだ。

 もはや残されている手段は一か八かのものしかない。

「うおおおおおおおおおお!」

 地面を蹴り、全力で跳躍する。

 着地のことは考えていない。

 剣の切っ先をバハムートに向けて突っ込む。

「!?」

 後先考えぬ俺の行動に、バハムートは意表を突かれた。

 驚きが身体を硬直させ、大きな隙を作る。

 もはや俺の攻撃を避けることは不可能だ。

「もらったぁあああああああああ!」

 剣を握る俺の身体ごと巨大な龍の腹に突っ込んでいく。

 そして、そのまま貫く――はずだった。

「なっ!?」

 小さな白い龍が身を挺して防いできた。

 コイツは――バハムートの幼体だ。

 一般には知られていないのだが、バハムートの幼体は白い。

 白い鱗が剥がれて、漆黒の鱗が現れると成体だ。

 幼体が近くに居るのは知っていたが、完全に無視していた。

 相手が魔物でも、子供に手を掛けるのは気が引けたからだ。

「ヴォォオオオオオ!」

 成体のバハムートが更に距離を開く。

 そして、強大な暗黒の炎を吐き、自身の子供ごと俺を焼き尽くす。

 熱いとすら思う前に、意識が途絶えた。

 ◇

 次に意識が覚醒した時、俺は――。

「ヴォオ!?(なんじゃこりゃああああ!)」

 バハムートになっていた。

 しかも成体ではなく、幼体のバハムートだ。

 先ほど死闘を繰り広げていた山の山頂に居る。

 俺の死体も、俺を焼いた成体の姿も見当たらない。

「ヌゥゥ……」

 冷静になり、事態を把握してきた。

 どうやら“転生”を経験してしまったようだ。

 死後の世界やら前世の記憶やらと同じく、オカルトの類と思っていたが……。

 まさか本当に転生なんてものが存在するとはな。

 そんなことより――飛べるぞ!

 ドラゴンになったことで、翼と尻尾の感覚がある。

 翼をパタパタさせると、ふわりと身体が浮いた。

 更に力を込めてパタパタすると、空を自由に飛び回れる。

 こいつは凄いぜ!

 よし、大空を駆け回って世界を探索しよう。

 こんな薄ら寒い山なんざおさらばだ。

 俺は山頂から飛び立った。

「グォー♪(うひょー、たまんねぇ!)」

 雲を突き抜けて、どこまでも広がる世界に目を向ける。

 山、森、海……様々な景色が飛び込んできた。

 人間だった頃に比べると視覚が広い。

 その一方で、目と目の間が見えづらいように感じた。

 顔の構造上の問題だろう。

「ゼェ……ゼェ……」

 飛び出してすぐに問題が発生した。

 空を飛ぶという行為は想像以上に疲れるのだ。

 大して飛んでいないのに、もう苦しくなってきた。

 翼をパタパタさせる勢いが鈍り、緩やかに高度が下がっていく。

 仕方がない、休憩しよう。

 俺は不時着のような形で、最寄りの森に着陸した。

 最弱モンスターのゴブリンやスライムが棲息する森だ。

 ここならば安全だろう。

 寄りつく冒険者も初心者しかいない。

 そう、バハムートとなった今、警戒すべきは人間だ。

 ゴブリンやスライムといった魔物はむしろ仲間に近い。

 冒険者に斬り殺されないよう気をつけねば。

 ――なんて思ったが、人が居ても問題ないか。

 なにせこちらはバハムートだ。

 幼体といえどもそれなりの力がある。

 体内に暗黒の炎が秘めていることも分かるし、

 それをブレス攻撃として吐きかける術も心得ている。

 手――正確には前足には強力な鉤爪もあるし、戦闘になっても余裕だ。

 唯一の懸念は、俺に人が殺せるのかどうかということ。

 魔物になっても人の心はある。

 だから、出来れば人を殺すということはしたくない。

「!?」

 落ち葉の上で身体を丸めて、色々と考えている時だった。

 まるで温泉に入っているような暖かさが身体を包んだのだ。

 なんだか分からないが凄く心地よい。

 って、あれ、なんか身体が光を帯びているぞ。

 こ、これは!

 ――テイミングだ。

 絶対にそうだ、間違いない。

 魔物を使役するスキル〈テイミング〉を受けている。

 抗わずに受け入れた場合、俺は誰かのペットになってしまう。

 そうなると、その誰かの命令に絶対服従となる。

 まるで奴隷だ。

 嫌だぞ、そんなのは嫌だ!

 と思った時には既に遅かった。

 テイミングの光が消え、俺は誰かのペットになってしまったのだ。

 そして、その誰かとは――。

「やったぁー!
 アーシャのペットは変わったドラゴンさんなのー♪」

 青いワンピース着た黒髪の幼女だった。
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