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002 ゴブリン戦

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 一目で分かった。

 この黒髪の幼女が、俺の主なのだと。

 妙な絆を感じる。

 テイムされたら、こんな感覚になるのか。

「ドラゴンさんのお名前、教えて下さい!」

 幼女が両手で俺を抱え上げた。

 前足の下……人でいう腋の部分を持っている。

 自身の顔と俺の顔を同じ高さに合わせた。

 互いの顔は目と鼻の先といえる距離だ。

 俺が襲うかもしれないのに、凄い胆力をしている。

 流石は幼女だ。

 いや、ペットだから襲われないと高を括っているのか。

 よし、軽く襲って驚かしてみよう。

 そう思ったが、身体が思うように動かない。

 金縛りにあったかのようにピクリともしないのだ。

 これが〈テイミング〉による拘束か。

「ドラゴンさんのお名前、教えて下さい!」

 幼女がまたしても同じ事を言う。

 そして、ニコッと微笑んだ。

「グアォ(名前はまだないよ)」

 人の言葉を話そうと思っても話せない。

 口や下、それに喉といった声に関する構造が違うからだろう。

 どう頑張っても、ドラゴンらしい鳴き声になる。

 ここは地面に文字を書いて知らせるか……と思ったがやめておこう。

 魔物が文字を読み書きするなんて、前代未聞の話だ。

 悪目立ちするようなことは控えて、魔物らしく過ごそう。

「そっかぁ。ドラゴンさんは言葉が話せないんだぁ」

 幼女が勝手に納得する。

 奇しくもその通りなので、俺はペコペコと頷いた。

「じゃあ、アーシャが名付けてあげるの!
 ドラゴンさんは真っ白だから、名前はシロ君なの♪」

 いや、いやいや、いやいやいや。

 俺はバハムートだから、成体になると真っ黒になるぞ。

 今はシロ君でも、大きくなるとクロ君だぞ?

 なのに容姿に因んだ名前を付けていいのか?

 いいわけがない。

「よろしくなの、シロ君!
 アーシャの名前は、アーシャなの!」

 拒否権はなく、俺の名前が“シロ君”に決定した。

「行こぉ、シロ君!」

 アーシャが俺を頭に載せる。

 測定したかのようにピッタリな場所だ。

 身体を丸めると、頭の上でスッポリ収まる。

「ぐふふぅ、アーシャ、珍しいドラゴンさんをペットにしたのー♪」

 アーシャが歩き出した。

 ガタンゴトンと身体が揺れる。

 程よい揺れが心地よくて、眠気が増していく。

 そういえば、バハムートって人よりも睡眠時間が長いのだっけか。

「ゴブゥー!」

「わわっ、ゴブリンさんなの!」

 ウトウトしていると、野生のゴブリンが現れた。

 アーシャと同じくらいの背丈で、全身が緑色のモンスターだ。

「ゴブリンさん、あっちに行ってなの!
 アーシャのお仕事は、薬草を採取することだから、
 ゴブリンさんにイタイイタイはしたくないの!」

 アーシャが手に持っている小さな籠を見せる。

 中には薬草が詰まっていた。

 薬草採取が仕事らしい。

 ということは、彼女の職業は冒険者になる。

 年齢制限がないとはいえ、5歳かそこらの幼女が冒険者になるのは異例だ。

 普通、彼女のような年頃で働くことはない。

 なんだか不思議に満ちた幼女だ。

 この場に一人で居ることさえ、よくよく思えばおかしい。

 ご主人様アーシャに対しての好奇心が強まっていった。

「ゴブゥ!」

 ゴブリンが突っ込んでくる。

 アーシャの「あっち行け」は通用しなかった。

「シロ君! アーシャを助けて!」

 それが初めての命令だった。

 命令を受けると、身体がそれを遂行する為に動く。

 ただ、誰かに操作されているといった感じではない。

 自分の意思で身体を動かすことが出来ている。

 だから、嫌な感じはしなかった。

「ギュイーン!(逃げていれば良かったものを)」

 アーシャの頭から飛び立ち、ゴブリンの前に突っ込む。

 翼を激しくパタパタさせて、速度を高めていく。

「ゴブ!?」

 迫り来る俺を見て、ゴブリンが身体を震わせた。

 幼体といえどもバハムートだからビビったのかもしれない。

 一目散に身体を翻し、逃げようとする。

「グォオオオ!(もう遅い!)」

 右手の爪で、ゴブリンを背中から豪快に切り裂いた。
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