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004 初めての世界転移

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 まずはネネイのカードから見ることにした。

 名前:ネネイ
 年齢:5
 レベル:5
 所持金:1万2420ゴールド
 攻撃力:5
 防御力:5
 魔法攻撃力:5
 魔法防御力:5
 スキルポイント:5

 これを見て、俺は大事なことに気づいた。
 ステータスの数値を見ても、強弱が今一つ分からないのだ。
 だから「強ッ!」とも「弱ッ!」とも言えなかった。

「次は私のカードを――」
「待った!」

 何食わぬ顔で次へ移ろうとするリーネを止める。
 リーネは「どうかしましたか?」と首を傾げた。
 俺は自分の状況を早口で捲し立て、解説を求める。

「たしかにそうですね。配慮不足でした。簡単に説明しますと、ステータスの初期値は人によって異なります。下限は一で、上限はありません。そして、レベルが一つ上がるごとに、自由に割り振れるステータスポイントが五ポイント加算されます。それを割り振ることで能力を高めていく仕組みになっています。振れるのは『攻撃力』『防御力』『魔法攻撃力』『魔法防御力』『スキルポイント』の計五項目です」
「なるほど」

 ネネイのレベルは五なので、ステータスポイントは二〇あったはず。
 二から五までの四レベル分だ。
 現在のステータスの合計が二十五だから、差し引いた残りは五。
 つまり、ネネイの初期ステータスは、全て最小値の一ということになる。
 更に、ネトゲの御法度である『全ステ均等配分』をしていることも確実だ。
 全部のステータスに均等配分すると、器用貧乏……つまりザコになりやすい。
 強弱でいえば、間違いなく、ネネイは弱い部類である。いや、最弱だ。

「他に何か質問はございますか?」
「いや、よく分かったよ、ありがとう」

 話が落ち着いたところで、リーネのカードに移る。
 神の使いということもあり、どういうステータスか楽しみだ。
 もしかしたら、全ステータス一億くらいあるかもしれない。
 期待に胸を躍らせながら、リーネのカードに目を落とした。

 名前:リーネ
 年齢:17
 レベル:1
 所持金:0ゴールド
 攻撃力:10
 防御力:10
 魔法攻撃力:10
 魔法防御力:10
 スキルポイント:10

 ネネイに比べると、遥かに高い初期値。
 しかし、神の使いとして見たら期待外れだ。

「リーネお姉ちゃんすごいなの! 全部一〇なの!」
「少しだけ高いようです」

 大興奮するネネイに、落ち着いて答えるリーネ。

「ネェちゃん、冒険者になりたてかい?」

 横を歩いた冒険者の一人がリーネに声をかける。
 俺より一回り年上の、スキンヘッドで強面の男だ。
 リーネは臆する様子もなく「そうです」と答えた。

「へぇ、初期値オール一〇か! 結構センスあるんだな!」
「そうなんですか? なりたてなもので分かりません」
「悪くない数値だぜ。大体の奴は平均六から八ってところだからな」

 男は「ガハハ!」と豪快に笑いながら、受付へ歩いて行った。
 ネネイは変わらず「すごいなの、すごいなの」と大騒ぎである。

「リーネならもっと高いと思ったけどな」

 一方、俺の反応は静かなものだ。
 リーネは無表情でこちらを見たまま、僅かに目を細めた。

『私の能力情報は、体裁を保つために偽装してあります。実際の数値を載せますと、世界の法則を乱しかねませんので』

 なるほど、やっぱりそうか。
 納得すると同時に、実際の能力が知れないのは残念とも思った。

「最後にユートさんのステータスを見ましょうか」
「おとーさんのステータス、ワクワクするなの♪」
「俺もワクワクするよ」

 さっきの男によると、初期値は平均六から八が一般的とのことだ。
 だから、最低でもその辺りは欲しいところ。
 果たして俺の強さは――。

 名前:ユート
 年齢:29
 レベル:1
 所持金:0ゴールド
 攻撃力:2
 防御力:2
 魔法攻撃力:1
 魔法防御力:2
 スキルポイント:3

「うっそだろぉお!」

 思わず叫ぶ。
 低い、低すぎる。
 平均ステータスは二。
 特化でもなんでもない、ただのザコ。
 これがソシャゲなら、迷わずリセットマラソン通称:リセマラに突入している。
 リアルで駄目な奴は異世界でも駄目と言わんがばかりの結果だ。

「はぁ、なんてこった」

 一〇秒程絶望する。
 しかし、すぐに「これも宿命か」と割り切った。
 開き直りの速さは、二十九歳引きこもり童貞の特技だ。
 挫折に挫折を積んできた人生なだけに、多少のことは気にしない。
 むしろ、迅速かつ冷静に、次の手を考えられる。
 この状況で最大限の幸福を得るにはどうすればいいか。
 決して、現状を打破しようとは思わない。

「よし、ひっくり返してランキングもチェックしようぜ」

 冒険者カードの裏面にはランキングが記載されている。
 詳しい項目は見ていないが、何かしら可能性を感じられるかもしれない。
 俺は全てのカードを素早く裏返した。

 ◇ランキング◇
 総合:圏外
 戦闘力:圏外
 資金力:圏外
 知名度:圏外

 三人のランキングは、ものの見事にオール圏外だった。

「圏外になっているけど、何位まで表示される仕組みだ?」
「一万位までです。項目についての説明は要りますか?」

 ステータス同様、ランキングも読んで字の如くな項目ばかりだ。
 しかし、スキルポイントみたいに、想像外の内容があるかもしれない。
 ということで、ざっくりと説明してもらうことにした。

「戦闘力はステータスの合計値、資金力は所持金の高さで決まります。知名度も文字通りですが、先に説明した二つと違い、数値化はされていません。最後に総合力ですが、これは全てを含めたランキングになります」

 よく分かった。
 四つの内、実質的な項目は『戦闘力』と『資金力』だけだ。
 このどちらかが高ければ、知名度は自然と上がる。
 ネトゲならトップレベルのプレイヤーは有名人だし、
 リアルなら長者番付等で世界的大富豪は知られている。

「ランキング上位になりますと、リア充にもなりやすいみたいです」

 取って付けたようなセリフを言うリーネ。
 いつの間にか、ガイドラインを手に持っていた。

「リア充はどうでもいいけど、ランキング入りを目指すのは悪くないな」

 ネトゲのマイキャラは、最強の存在として君臨していた。
 多くのユーザーから崇拝され、街を歩けば話しかけられた。
 あの優越感は相当だ。昇天しそうな快感も。
 新たな世界で、もう一度あの感覚を目指すのはアリだ。
 リアルならまだしも、ゲームチックなこの世界なら可能性はある。
 上手くいけば、童貞を卒業できるかもしれない。

「おとーさんなら、一位になれるなの!」

 ネネイが俺の太ももをペチッと叩く。
 俺は「ありがとう」と微笑み、頭を撫でた。

「えへへなの♪」

 そうは云っても、まずは戦略を考えないといけない。
 最終的なゴール地点を決め、その為に何をすればいいのか。
 今の時点では、どうやって攻めるかも分かっていない。
 しばらくは、のらりくらりとこの世界で生活するか。
 その為にも、今すべきことは――。

「休もう!」

 一秒でも早くベッドに飛び込むことだ。
 今の俺は、疲れすぎて頭が回転していない。
 先のことを考えるのはそれからだ。

「宿屋へ行きますか」
「だな。でも、金はいけるのか?」
「任せてください」

 リーネは本を仕舞うと、右手をテーブルに乗せた。
 クルッと返し、掌を上に向ける。

万物生成クリエイト

 掌の上に、ポンッと金貨が一枚現れた。
 五百円玉と同じくらいの大きさだ。
 何の模様もない金の塊である。

「エストラの最上位硬貨『一万ゴールド』です。宿屋の料金は、どの店舗でも一律三〇〇〇ゴールドですので、これを使えば私達三人で一泊することが可能になります」

 何食わぬ顔であっさりとお金を生み出すリーネ。
 それを見て「すごいなの!」と拍手するネネイ。
 一方、俺は苦笑いで言った。

「ここでお金を作るのはさすがにまずいだろ」
「え、どうしてですか?」
「あくまで勘だけど、普通の人間は固有スキルでお金を作れないと思うぞ。もしも出来るなら、そいつが資金力ランキングで不動の一位になれるし。だから、今のは危険じゃないか。お金を作れると分かれば、目をつけられかねない」

 ネネイが聞いているのは分かっていたが、あえて口に出した。
 可能な限り、ヒソヒソ話はしたくないからだ。
 それに、ネネイなら問題ないだろう。

「あっ……」

 俺の言葉を理解し、リーネがしまったという表情を浮かべる。
 左手で口を押え、数秒間、カチコチに固まった。
 その後、無表情で「今後は気をつけるということで」と流した。
 軽すぎる。それでいいのか、神の使い。

「では、宿屋へ行きましょうか」

 何食わぬ顔でリーネが席を立つ。
 俺とネネイはそれに続いた。

「ネネイさん、いつも利用している宿屋に案内してもらえませんか?」

 歩き出す前に、リーネが尋ねる。
 ネネイは「分かったなの!」と二つ返事で承諾した。

「おとーさん、お姉ちゃん、お手々なの!」

 ネネイが手を繋げと催促してくる。
 俺達が応じると、ネネイは笑顔で歩き始めた。
 歩調を合わせて、俺達も進む。

「ここなの!」

 しばらくして、ネネイが止まった。
 冒険者ギルドから南に一〇分程歩いた所だ。
 目の前には、三階建ての建物がある。
 冒険者ギルドに比べると小さいが、周囲の建物よりは大きい。
 入口の横に、『宿屋』と書かれた看板が立っていた。

「いらっしゃい。あらネネイちゃん、おかえり」
「ただいまなの、おじちゃん!」

 スライド式のドアを開けると、すぐ前に受付カウンターがあった。
 四角いカウンターテーブルで、その横には上へ繋がる階段。
 幅は広めにとっていて、大人が三人並べそうだ。
 階段の横は食堂になっている。
 四人掛けのテーブル席が、適当な間隔を空けて並んでいた。
 テーブルの数は二〇個、最大で八〇人まで利用できるようだ。

「後ろの二人はネネイちゃんのお友達?」

 受付カウンターにいる宿屋の主人が尋ねてくる。
 七〇は下らない白髪の老人だ。
 見るからに人のよさそうな顔をしている。

「そうなの! 一緒のお部屋で寝るなの!」
「ほっほ、じゃあ、大きめの部屋を用意しないとのう」
「ありがとーなの!」

 ニコニコのネネイを見て、主人も微笑んだ。

「三人分、一泊でお願いします」

 リーネがカウンターの上に金貨を置いた。
 それを見て、主人が「おお!」と驚く。

「現金の支払いなんて何十年ぶりじゃろうか」
「え、普段は現金で支払わないのですか?」

 尋ねたのは俺だ。
 主人は「当然じゃろ」と笑う。

「ワシらのような老いぼれでさえ、支払いにはカードを使うよ」
『銀行にお金を預けておけば、冒険者カードで支払いができます』

 すかさずリーネが補足する。
 なるほど、クレジットカードのような仕組みか。
 いや、正確にはデビットカードだな。

「それに、これほど綺麗な一万ゴールドは久しぶりに見る」

 主人は金貨を指でつまみ、あらゆる角度から眺めている。
 ひょっとして、なんだかまずいのではないか。
 そんな不安が脳裏によぎる。
 しかし、問題はなかった。

「硬貨マニアが高値で買い取りそうだけど、ここで使っていいのかい?」

 主人がリーネを見る。
 リーネは無表情で頷いた。

「大丈夫です。あと、おつり分で一食多めにしてもらえませんか?」
「食事の追加は一人五〇〇だけど、特別に三人で一〇〇〇にしておくよ」
「ありがとうございます」
「それはこちらのセリフじゃ、ほっほっほ」

 主人は嬉しそうにピカピカの金貨を懐にしまう。
 こうして、俺達は無事に部屋を借りることができた。

「部屋は二階の一号室じゃよ」
「分かりました」

 早速、俺達は部屋へ向かうことにした。
 階段を上り、二階へ移動する。

 二階はビジネスホテルを彷彿とさせた。
 廊下があり、その左右に扉が並んでいる。
 扉には部屋番号の書いたプレートが付いていた。
 唯一違うのは、突き当りに洗面台が五台もあることだ。
 リアルでは化粧室にありそうな、鏡付きの台。
 三角ハンドルの蛇口が付いていた。小学校によくあるタイプだ。
 捻ると水が出た。飲めるかは不明だ。飲むことはないだろう。
 ペーパータオルやハンドドライヤーの類は見当たらない。
 タオルは持参しろということか。

「ここだな、一号室」

 洗面台の向かいにある部屋が一号室だった。
 さてどんな部屋が待っているのか。
 ウキウキしながら扉を開く。
 そして、落胆した。

「何もないな……」
「これが一般的な客室ですよ」

 中にあったのは、三つのベッドと棚だけだ。
 ベッドはシングルサイズで、大人一人分の幅を空けて横に並んでいる。
 棚は壁に取り付けるタイプのものだ。
 綺麗に折りたたんだフェイスタオルが三枚置いてある。
 部屋の広さは、リアルの自室より一回り大きいくらい。
 つまり、一〇畳程度である。
 はっきり言って、三人で使うには狭い。
 これが本当に大きめの部屋なのかと疑問を抱く。

「まぁ、休むだけだし問題ないか」

 リーネに礼を言ってから、窓際のベッドに横たわった。
 特に良くも悪くもない、ただのベッドだ。
 しかし、疲労困憊の今は、この上ない心地よさを感じた。

「少し早いけど寝るぜ」

 窓から茜色の陽光が差し込んでいる。
 今は夕暮れ時のようだ。
 夕日を見るのは数年ぶりである。
 ネトゲ廃人は、狩場が混む時間帯に活動しない。
 故に、俺の主な活動時間は深夜から早朝にかけてだ。
 今の時間帯なんて、身体の底から熟睡に浸っている。

「おとーさんが寝るなら、ネネイも寝るなの」

 ネネイもベッドに入る。
 なぜか知らないが、入ったのは俺のベッドだ。
 さも当然かの如く、俺の左腕に抱き着いてくる。

「なんで俺のベッドに入るんだ?」
「ネネイはおとーさんと一緒がいいなの」
「それは色々とまずいだろ、自分のベッドで寝ろよ」
「むぅーなの!」

 ペチッ。
 ネネイに頬を叩かれた。

「なんでしたら、ネネイさんのベッドをくっつけましょうか?」
「ありがとーなの、リーネお姉ちゃん!」
「いえいえ」
「いや、しなくていいよ、そんなこと」
「むぅーなの!」

 再び頬を叩かれる。
 可愛らしいだけで、痛くはない。
 ネネイは不機嫌そうに頬を膨らませていた。
 指で突いたら、プスーッと空気が抜けそうだ。

「仕方ないな、つけてくれ。それで満足か?」
「はいなの♪」
「ではつけますね」

 リーネは、ネネイのベッドを押して、俺のベッドにつけた。

「ほら、これで一緒のベッドだぞ。くっつく必要もない」
「ネネイはこうやって寝たいなの」

 ベッドがくっついてもなお、ネネイは俺の腕に抱き着いている。
 何がどうあっても、左腕を抱き枕にしたいようだ。

「俺の寝相は決して良くないから、どうなっても知らないぜ」
「はいなの♪」

 やれやれ、俺は諦めた。
 左腕をネネイに抱き着かれたまま、仰向けで目を閉じる。
 こんな状態で眠れるのかという不安は、数秒で消えた。

 ◇

 目が覚めたのは、夜が明けだしてすぐの頃だ。
 これまでなら、拾ったアイテムをどう捌くか考えている時間。

「ふわぁ、よく寝たぜ」

 身体を起こそうとする。
 しかし、左腕が重くて詰まった。
 寝ぼけ眼で見る。
 ネネイが抱き着いていた。
 それで、寝る直前のことを思い出す。
 対応に悩んだ後、とりあえず頭を撫でることにした。

「えへへなの♪」

 ネネイは目を瞑ったまま、にんまりと笑う。
 とんでもなく癒される寝顔をしていやがる。
 見ているこちらまで、頬が緩んでしまう。

「そういえば……!」

 ふと気づく。尿意が全くないことに。
 神様が排泄機能をオフにするとか言っていたな。
 まさか本当にオフになっているとは思わなかった。
 人の身体をいじれるなんて、すごいな神様。
 そう思うと同時に、このままだとまずくないかと不安になる。
 排泄しなければ、便が詰まって死ぬのではないか。

『リーネ、聞こえているか、リーネ』

 脳内で問いかける。反応はない。
 顔を横に向け、リーネのベッドを見る。

「うわぁッ!」

 驚きのあまり、声をあげてしまう。
 リーネが、カッと目を見開いてこちらを見ていたのだ。

「ふぇぇぇ、もう朝なの?」

 俺の声に反応したのはネネイだ。
 腕に抱き着いたまま、眠そうに俺を見る。

「起こして悪いな、もう朝だよ」

 ネネイは小さな口で盛大なアクビをした。
 その後「おはよーございますなの」と微笑む。

「ああ、おはよう。身体を起こしたいから腕を動かすぞ」
「はいなの♪ おかげで安眠できたなの!」
「それはよかった。俺も案外心地よく眠れたよ」

 俺はゆっくりと上半身を起こす。
 その後、顔をリーネに向けた。
 先程と同じで、こちらを向いて固まっている。
 まるで電池の切れたロボットのようだ。
 俺の視線に気づいたネネイが、振り返ってリーネを見る。
 そして、「ふぇぇぇぇ!」と驚愕した。
 驚きのあまり、勢いよく後ろに飛び跳ね、ベッドから落ちる。

「痛いなの……」

 言葉通り、痛そうに後頭部を撫でながら立ち上がるネネイ。
 一方、リーネは変わらず固まっていた。

「リーネ、死んでないかー?」

 リーネの顔の前に手をやり、ちらちらと上下に動かしてみた。
 しかし、リーネは瞬き一つしない。
 どうやら、これがリーネの睡眠スタイルみたいだ。
 普通の人間なら、目が乾燥して大変なことになるぞ。

「リーネお姉ちゃん、大丈夫なの?」
「大丈夫だろう、たぶん」

 ネネイは心配そうにリーネを見つめている。
 その表情を見ていて、俺もなんだか心配になってきた。
 俺とネネイがあれだけ騒いでも、ピクリとすら反応しない。
 もしかしたら本当に死んでいるのではないか。
 そう思い、試しに頬を指で押してみた。
 その瞬間、リーネが反応した。

「何奴!?」

 らしからぬセリフと共に、掛布団から左手を出して、俺の腕を掴む。
 さらに、左手を勢いよく引き、俺の身体を自身に寄せる。
 その時の勢いを殺すことなく、俺の顔面を右の拳で殴りつけた。

「ゴヴォ……」

 俺の身体は宙を舞い、壁に衝突した。
 棚に乗っているフェイスタオルが落ち、顔にかかる。

「おとーさん、大丈夫なの!?」

 慌てて駆け寄ってくるネネイ。
 俺は「だ、大丈夫じゃない……」と白目を剥いた。

「あっ! すみません! ユートさん!」

 先程の攻撃と共に、リーネは目を覚ましたらしい。
 一瞬で事態を把握したようで、慌てて駆け寄ってくる。
 こうして、異世界の二日目は激痛と共に幕を開けた。



 朝食を終え、再び部屋へ戻ってきた俺達。
 椅子がないので、ベッドに座っている。
 リーネが「今日はどうしましょうか?」と尋ねてきた。

「それなんだけど、俺の固有スキルを使ってもいい?」
「リアルへ行きたいわけですね」
「というより、スキルを使ってみたい気持ちが強いかな。効果はオマケ」

 スキルには、『固有スキル』と『汎用スキル』がある。
 前者は一点物で、後者は誰でも習得可能だ。
 俺は汎用スキルを覚えていないから、使えるのは固有スキルだけだ。
 せっかく異世界に居るのだから、リアルじゃできないことをしたい。
 その最たるものが固有スキルというわけだ。

「おとーさんの世界に行けるなの、楽しみなの!」

 ネネイは嬉しそうにバンザイしている。

「リーネ、リアルのこと知っているのか?」

 ネネイにリアルのことは言っていない。
 もちろん、固有スキルの効果も。
 だから、ネネイの反応には驚いた。

「はいなの♪ 未来透視クレアボヤンスたなの!」

 なるほど、自身の固有スキルを使ったわけか。
 自分が別の世界リアルに居る姿を視たのだろう。
 俺は視線をリーネに戻した。

「スキルの使い方を教えてくれないか?」
「分かりました。少し長くなりますがよろしいですか?」
「いいよ」
「では――」

 リーネが説明を始める。
 本当に長くて、一時間くらい続いた。

「――以上です。実際にやってみてください」
「オーケー、まずは、効果を調べるね」
「はい」

 リーネから教わったのは二つだ。
 スキルの使い方と効果の調べ方。

 俺のスキルは、ざっくりいえばリアルとエストラ地球と異世界の移動だ。
 しかし、具体的なことは分かっていない。
 だから、使う前にどういうスキルなのかを調べる必要がある。

「慣れるまでは目を瞑るといいですよ」
「了解」

 俺は目を瞑り、精神を集中させた。
 スキルの情報が出るように念じる。

「上手くいかないようでしたら、何度か深呼吸してみてください」

 助言に従い、深呼吸してみる。
 すると、スキルの情報がスッと脳に入ってきた。

 固有スキル【世界転移トランジション
 一.リアルからエストラへ、又は、エストラからリアルへ術者を転移する。
 二.身に着けている物及びに手で触れている物も転移する。
 三.効果二は生物にも適用される。

「出来たぜ、サンキュー」
「いえいえ、問題ありませんでしたか?」
「うん、想定通りの内容だった」

 自分及び触れている物を転移出来るスキル。
 完全に想定通りといえる内容だ。
 他人を転移させられる点も想定通り。
 ネネイがリアルのことを知っていたからだ。

「もう少し詳しく調べたい場合は、同じように念じればいいんだっけ?」
「そうです」
「分かった、やってみる」

 先程と同じように念じてみる。
 今度はあっけなくできた。
 スラスラッと膨大な情報が脳に入る。
 もしも活字だったら、途中で読むのを止めるレベルだ。

「細かい効果や制限が、結構あるものだな」
「ですね」

 例を挙げると、転移サイズには限界がある。
 壁に触れた状態で転移したからといって、家は持っていけない。
 また、転移先は直前に居た場所となる。
 今回の場合、俺の部屋に転移されるわけだ。
 逆に、リアルから世界転移を発動すると、この場所に戻る。

「あとはスキル名を念じれば発動できるのか」
「はい。口に出しながら念じれば、集中しやすいですよ」
「なら、そうするか。いずれは無言で使いたいものだな」

 俺はベッドから立ち上がり、二人に向けて両手を差し伸べた。

「他人を巻き込むには、触れている必要があるらしい」
「分かりました」
「はいなの♪」

 リーネとネネイも立ち上がる。
 リーネは、両手で包むように、俺の右手を握った。
 一方、ネネイは、俺の左腕に抱き着いてくる。

「発動するぞ、準備はいいか?」
「大丈夫です」
「大丈夫なのー!」

 頷き、呼吸を整える。
 何度か深呼吸した後、スキル名を唱えた。

世界転移トランジション、発動!」

 その瞬間、俺達の身体が宿屋から消えた。
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