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004 初めての世界転移
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まずはネネイのカードから見ることにした。
名前:ネネイ
年齢:5
レベル:5
所持金:1万2420ゴールド
攻撃力:5
防御力:5
魔法攻撃力:5
魔法防御力:5
スキルポイント:5
これを見て、俺は大事なことに気づいた。
ステータスの数値を見ても、強弱が今一つ分からないのだ。
だから「強ッ!」とも「弱ッ!」とも言えなかった。
「次は私のカードを――」
「待った!」
何食わぬ顔で次へ移ろうとするリーネを止める。
リーネは「どうかしましたか?」と首を傾げた。
俺は自分の状況を早口で捲し立て、解説を求める。
「たしかにそうですね。配慮不足でした。簡単に説明しますと、ステータスの初期値は人によって異なります。下限は一で、上限はありません。そして、レベルが一つ上がるごとに、自由に割り振れるステータスポイントが五ポイント加算されます。それを割り振ることで能力を高めていく仕組みになっています。振れるのは『攻撃力』『防御力』『魔法攻撃力』『魔法防御力』『スキルポイント』の計五項目です」
「なるほど」
ネネイのレベルは五なので、ステータスポイントは二〇あったはず。
二から五までの四レベル分だ。
現在のステータスの合計が二十五だから、差し引いた残りは五。
つまり、ネネイの初期ステータスは、全て最小値の一ということになる。
更に、ネトゲの御法度である『全ステ均等配分』をしていることも確実だ。
全部のステータスに均等配分すると、器用貧乏……つまりザコになりやすい。
強弱でいえば、間違いなく、ネネイは弱い部類である。いや、最弱だ。
「他に何か質問はございますか?」
「いや、よく分かったよ、ありがとう」
話が落ち着いたところで、リーネのカードに移る。
神の使いということもあり、どういうステータスか楽しみだ。
もしかしたら、全ステータス一億くらいあるかもしれない。
期待に胸を躍らせながら、リーネのカードに目を落とした。
名前:リーネ
年齢:17
レベル:1
所持金:0ゴールド
攻撃力:10
防御力:10
魔法攻撃力:10
魔法防御力:10
スキルポイント:10
ネネイに比べると、遥かに高い初期値。
しかし、神の使いとして見たら期待外れだ。
「リーネお姉ちゃんすごいなの! 全部一〇なの!」
「少しだけ高いようです」
大興奮するネネイに、落ち着いて答えるリーネ。
「ネェちゃん、冒険者になりたてかい?」
横を歩いた冒険者の一人がリーネに声をかける。
俺より一回り年上の、スキンヘッドで強面の男だ。
リーネは臆する様子もなく「そうです」と答えた。
「へぇ、初期値オール一〇か! 結構センスあるんだな!」
「そうなんですか? なりたてなもので分かりません」
「悪くない数値だぜ。大体の奴は平均六から八ってところだからな」
男は「ガハハ!」と豪快に笑いながら、受付へ歩いて行った。
ネネイは変わらず「すごいなの、すごいなの」と大騒ぎである。
「リーネならもっと高いと思ったけどな」
一方、俺の反応は静かなものだ。
リーネは無表情でこちらを見たまま、僅かに目を細めた。
『私の能力情報は、体裁を保つために偽装してあります。実際の数値を載せますと、世界の法則を乱しかねませんので』
なるほど、やっぱりそうか。
納得すると同時に、実際の能力が知れないのは残念とも思った。
「最後にユートさんのステータスを見ましょうか」
「おとーさんのステータス、ワクワクするなの♪」
「俺もワクワクするよ」
さっきの男によると、初期値は平均六から八が一般的とのことだ。
だから、最低でもその辺りは欲しいところ。
果たして俺の強さは――。
名前:ユート
年齢:29
レベル:1
所持金:0ゴールド
攻撃力:2
防御力:2
魔法攻撃力:1
魔法防御力:2
スキルポイント:3
「うっそだろぉお!」
思わず叫ぶ。
低い、低すぎる。
平均ステータスは二。
特化でもなんでもない、ただのザコ。
これがソシャゲなら、迷わずリセットマラソンに突入している。
リアルで駄目な奴は異世界でも駄目と言わんがばかりの結果だ。
「はぁ、なんてこった」
一〇秒程絶望する。
しかし、すぐに「これも宿命か」と割り切った。
開き直りの速さは、二十九歳引きこもり童貞の特技だ。
挫折に挫折を積んできた人生なだけに、多少のことは気にしない。
むしろ、迅速かつ冷静に、次の手を考えられる。
この状況で最大限の幸福を得るにはどうすればいいか。
決して、現状を打破しようとは思わない。
「よし、ひっくり返してランキングもチェックしようぜ」
冒険者カードの裏面にはランキングが記載されている。
詳しい項目は見ていないが、何かしら可能性を感じられるかもしれない。
俺は全てのカードを素早く裏返した。
◇ランキング◇
総合:圏外
戦闘力:圏外
資金力:圏外
知名度:圏外
三人のランキングは、ものの見事にオール圏外だった。
「圏外になっているけど、何位まで表示される仕組みだ?」
「一万位までです。項目についての説明は要りますか?」
ステータス同様、ランキングも読んで字の如くな項目ばかりだ。
しかし、スキルポイントみたいに、想像外の内容があるかもしれない。
ということで、ざっくりと説明してもらうことにした。
「戦闘力はステータスの合計値、資金力は所持金の高さで決まります。知名度も文字通りですが、先に説明した二つと違い、数値化はされていません。最後に総合力ですが、これは全てを含めたランキングになります」
よく分かった。
四つの内、実質的な項目は『戦闘力』と『資金力』だけだ。
このどちらかが高ければ、知名度は自然と上がる。
ネトゲならトップレベルのプレイヤーは有名人だし、
リアルなら長者番付等で世界的大富豪は知られている。
「ランキング上位になりますと、リア充にもなりやすいみたいです」
取って付けたようなセリフを言うリーネ。
いつの間にか、ガイドラインを手に持っていた。
「リア充はどうでもいいけど、ランキング入りを目指すのは悪くないな」
ネトゲのマイキャラは、最強の存在として君臨していた。
多くのユーザーから崇拝され、街を歩けば話しかけられた。
あの優越感は相当だ。昇天しそうな快感も。
新たな世界で、もう一度あの感覚を目指すのはアリだ。
リアルならまだしも、ゲームチックなこの世界なら可能性はある。
上手くいけば、童貞を卒業できるかもしれない。
「おとーさんなら、一位になれるなの!」
ネネイが俺の太ももをペチッと叩く。
俺は「ありがとう」と微笑み、頭を撫でた。
「えへへなの♪」
そうは云っても、まずは戦略を考えないといけない。
最終的なゴール地点を決め、その為に何をすればいいのか。
今の時点では、どうやって攻めるかも分かっていない。
しばらくは、のらりくらりとこの世界で生活するか。
その為にも、今すべきことは――。
「休もう!」
一秒でも早くベッドに飛び込むことだ。
今の俺は、疲れすぎて頭が回転していない。
先のことを考えるのはそれからだ。
「宿屋へ行きますか」
「だな。でも、金はいけるのか?」
「任せてください」
リーネは本を仕舞うと、右手をテーブルに乗せた。
クルッと返し、掌を上に向ける。
「万物生成」
掌の上に、ポンッと金貨が一枚現れた。
五百円玉と同じくらいの大きさだ。
何の模様もない金の塊である。
「エストラの最上位硬貨『一万ゴールド』です。宿屋の料金は、どの店舗でも一律三〇〇〇ゴールドですので、これを使えば私達三人で一泊することが可能になります」
何食わぬ顔であっさりとお金を生み出すリーネ。
それを見て「すごいなの!」と拍手するネネイ。
一方、俺は苦笑いで言った。
「ここでお金を作るのはさすがにまずいだろ」
「え、どうしてですか?」
「あくまで勘だけど、普通の人間は固有スキルでお金を作れないと思うぞ。もしも出来るなら、そいつが資金力ランキングで不動の一位になれるし。だから、今のは危険じゃないか。お金を作れると分かれば、目をつけられかねない」
ネネイが聞いているのは分かっていたが、あえて口に出した。
可能な限り、ヒソヒソ話はしたくないからだ。
それに、ネネイなら問題ないだろう。
「あっ……」
俺の言葉を理解し、リーネがしまったという表情を浮かべる。
左手で口を押え、数秒間、カチコチに固まった。
その後、無表情で「今後は気をつけるということで」と流した。
軽すぎる。それでいいのか、神の使い。
「では、宿屋へ行きましょうか」
何食わぬ顔でリーネが席を立つ。
俺とネネイはそれに続いた。
「ネネイさん、いつも利用している宿屋に案内してもらえませんか?」
歩き出す前に、リーネが尋ねる。
ネネイは「分かったなの!」と二つ返事で承諾した。
「おとーさん、お姉ちゃん、お手々なの!」
ネネイが手を繋げと催促してくる。
俺達が応じると、ネネイは笑顔で歩き始めた。
歩調を合わせて、俺達も進む。
「ここなの!」
しばらくして、ネネイが止まった。
冒険者ギルドから南に一〇分程歩いた所だ。
目の前には、三階建ての建物がある。
冒険者ギルドに比べると小さいが、周囲の建物よりは大きい。
入口の横に、『宿屋』と書かれた看板が立っていた。
「いらっしゃい。あらネネイちゃん、おかえり」
「ただいまなの、おじちゃん!」
スライド式のドアを開けると、すぐ前に受付カウンターがあった。
四角いカウンターテーブルで、その横には上へ繋がる階段。
幅は広めにとっていて、大人が三人並べそうだ。
階段の横は食堂になっている。
四人掛けのテーブル席が、適当な間隔を空けて並んでいた。
テーブルの数は二〇個、最大で八〇人まで利用できるようだ。
「後ろの二人はネネイちゃんのお友達?」
受付カウンターにいる宿屋の主人が尋ねてくる。
七〇は下らない白髪の老人だ。
見るからに人のよさそうな顔をしている。
「そうなの! 一緒のお部屋で寝るなの!」
「ほっほ、じゃあ、大きめの部屋を用意しないとのう」
「ありがとーなの!」
ニコニコのネネイを見て、主人も微笑んだ。
「三人分、一泊でお願いします」
リーネがカウンターの上に金貨を置いた。
それを見て、主人が「おお!」と驚く。
「現金の支払いなんて何十年ぶりじゃろうか」
「え、普段は現金で支払わないのですか?」
尋ねたのは俺だ。
主人は「当然じゃろ」と笑う。
「ワシらのような老いぼれでさえ、支払いにはカードを使うよ」
『銀行にお金を預けておけば、冒険者カードで支払いができます』
すかさずリーネが補足する。
なるほど、クレジットカードのような仕組みか。
いや、正確にはデビットカードだな。
「それに、これほど綺麗な一万ゴールドは久しぶりに見る」
主人は金貨を指でつまみ、あらゆる角度から眺めている。
ひょっとして、なんだかまずいのではないか。
そんな不安が脳裏によぎる。
しかし、問題はなかった。
「硬貨マニアが高値で買い取りそうだけど、ここで使っていいのかい?」
主人がリーネを見る。
リーネは無表情で頷いた。
「大丈夫です。あと、おつり分で一食多めにしてもらえませんか?」
「食事の追加は一人五〇〇だけど、特別に三人で一〇〇〇にしておくよ」
「ありがとうございます」
「それはこちらのセリフじゃ、ほっほっほ」
主人は嬉しそうにピカピカの金貨を懐にしまう。
こうして、俺達は無事に部屋を借りることができた。
「部屋は二階の一号室じゃよ」
「分かりました」
早速、俺達は部屋へ向かうことにした。
階段を上り、二階へ移動する。
二階はビジネスホテルを彷彿とさせた。
廊下があり、その左右に扉が並んでいる。
扉には部屋番号の書いたプレートが付いていた。
唯一違うのは、突き当りに洗面台が五台もあることだ。
リアルでは化粧室にありそうな、鏡付きの台。
三角ハンドルの蛇口が付いていた。小学校によくあるタイプだ。
捻ると水が出た。飲めるかは不明だ。飲むことはないだろう。
ペーパータオルやハンドドライヤーの類は見当たらない。
タオルは持参しろということか。
「ここだな、一号室」
洗面台の向かいにある部屋が一号室だった。
さてどんな部屋が待っているのか。
ウキウキしながら扉を開く。
そして、落胆した。
「何もないな……」
「これが一般的な客室ですよ」
中にあったのは、三つのベッドと棚だけだ。
ベッドはシングルサイズで、大人一人分の幅を空けて横に並んでいる。
棚は壁に取り付けるタイプのものだ。
綺麗に折りたたんだフェイスタオルが三枚置いてある。
部屋の広さは、リアルの自室より一回り大きいくらい。
つまり、一〇畳程度である。
はっきり言って、三人で使うには狭い。
これが本当に大きめの部屋なのかと疑問を抱く。
「まぁ、休むだけだし問題ないか」
リーネに礼を言ってから、窓際のベッドに横たわった。
特に良くも悪くもない、ただのベッドだ。
しかし、疲労困憊の今は、この上ない心地よさを感じた。
「少し早いけど寝るぜ」
窓から茜色の陽光が差し込んでいる。
今は夕暮れ時のようだ。
夕日を見るのは数年ぶりである。
ネトゲ廃人は、狩場が混む時間帯に活動しない。
故に、俺の主な活動時間は深夜から早朝にかけてだ。
今の時間帯なんて、身体の底から熟睡に浸っている。
「おとーさんが寝るなら、ネネイも寝るなの」
ネネイもベッドに入る。
なぜか知らないが、入ったのは俺のベッドだ。
さも当然かの如く、俺の左腕に抱き着いてくる。
「なんで俺のベッドに入るんだ?」
「ネネイはおとーさんと一緒がいいなの」
「それは色々とまずいだろ、自分のベッドで寝ろよ」
「むぅーなの!」
ペチッ。
ネネイに頬を叩かれた。
「なんでしたら、ネネイさんのベッドをくっつけましょうか?」
「ありがとーなの、リーネお姉ちゃん!」
「いえいえ」
「いや、しなくていいよ、そんなこと」
「むぅーなの!」
再び頬を叩かれる。
可愛らしいだけで、痛くはない。
ネネイは不機嫌そうに頬を膨らませていた。
指で突いたら、プスーッと空気が抜けそうだ。
「仕方ないな、つけてくれ。それで満足か?」
「はいなの♪」
「ではつけますね」
リーネは、ネネイのベッドを押して、俺のベッドにつけた。
「ほら、これで一緒のベッドだぞ。くっつく必要もない」
「ネネイはこうやって寝たいなの」
ベッドがくっついてもなお、ネネイは俺の腕に抱き着いている。
何がどうあっても、左腕を抱き枕にしたいようだ。
「俺の寝相は決して良くないから、どうなっても知らないぜ」
「はいなの♪」
やれやれ、俺は諦めた。
左腕をネネイに抱き着かれたまま、仰向けで目を閉じる。
こんな状態で眠れるのかという不安は、数秒で消えた。
◇
目が覚めたのは、夜が明けだしてすぐの頃だ。
これまでなら、拾ったアイテムをどう捌くか考えている時間。
「ふわぁ、よく寝たぜ」
身体を起こそうとする。
しかし、左腕が重くて詰まった。
寝ぼけ眼で見る。
ネネイが抱き着いていた。
それで、寝る直前のことを思い出す。
対応に悩んだ後、とりあえず頭を撫でることにした。
「えへへなの♪」
ネネイは目を瞑ったまま、にんまりと笑う。
とんでもなく癒される寝顔をしていやがる。
見ているこちらまで、頬が緩んでしまう。
「そういえば……!」
ふと気づく。尿意が全くないことに。
神様が排泄機能をオフにするとか言っていたな。
まさか本当にオフになっているとは思わなかった。
人の身体をいじれるなんて、すごいな神様。
そう思うと同時に、このままだとまずくないかと不安になる。
排泄しなければ、便が詰まって死ぬのではないか。
『リーネ、聞こえているか、リーネ』
脳内で問いかける。反応はない。
顔を横に向け、リーネのベッドを見る。
「うわぁッ!」
驚きのあまり、声をあげてしまう。
リーネが、カッと目を見開いてこちらを見ていたのだ。
「ふぇぇぇ、もう朝なの?」
俺の声に反応したのはネネイだ。
腕に抱き着いたまま、眠そうに俺を見る。
「起こして悪いな、もう朝だよ」
ネネイは小さな口で盛大なアクビをした。
その後「おはよーございますなの」と微笑む。
「ああ、おはよう。身体を起こしたいから腕を動かすぞ」
「はいなの♪ おかげで安眠できたなの!」
「それはよかった。俺も案外心地よく眠れたよ」
俺はゆっくりと上半身を起こす。
その後、顔をリーネに向けた。
先程と同じで、こちらを向いて固まっている。
まるで電池の切れたロボットのようだ。
俺の視線に気づいたネネイが、振り返ってリーネを見る。
そして、「ふぇぇぇぇ!」と驚愕した。
驚きのあまり、勢いよく後ろに飛び跳ね、ベッドから落ちる。
「痛いなの……」
言葉通り、痛そうに後頭部を撫でながら立ち上がるネネイ。
一方、リーネは変わらず固まっていた。
「リーネ、死んでないかー?」
リーネの顔の前に手をやり、ちらちらと上下に動かしてみた。
しかし、リーネは瞬き一つしない。
どうやら、これがリーネの睡眠スタイルみたいだ。
普通の人間なら、目が乾燥して大変なことになるぞ。
「リーネお姉ちゃん、大丈夫なの?」
「大丈夫だろう、たぶん」
ネネイは心配そうにリーネを見つめている。
その表情を見ていて、俺もなんだか心配になってきた。
俺とネネイがあれだけ騒いでも、ピクリとすら反応しない。
もしかしたら本当に死んでいるのではないか。
そう思い、試しに頬を指で押してみた。
その瞬間、リーネが反応した。
「何奴!?」
らしからぬセリフと共に、掛布団から左手を出して、俺の腕を掴む。
さらに、左手を勢いよく引き、俺の身体を自身に寄せる。
その時の勢いを殺すことなく、俺の顔面を右の拳で殴りつけた。
「ゴヴォ……」
俺の身体は宙を舞い、壁に衝突した。
棚に乗っているフェイスタオルが落ち、顔にかかる。
「おとーさん、大丈夫なの!?」
慌てて駆け寄ってくるネネイ。
俺は「だ、大丈夫じゃない……」と白目を剥いた。
「あっ! すみません! ユートさん!」
先程の攻撃と共に、リーネは目を覚ましたらしい。
一瞬で事態を把握したようで、慌てて駆け寄ってくる。
こうして、異世界の二日目は激痛と共に幕を開けた。
◇
朝食を終え、再び部屋へ戻ってきた俺達。
椅子がないので、ベッドに座っている。
リーネが「今日はどうしましょうか?」と尋ねてきた。
「それなんだけど、俺の固有スキルを使ってもいい?」
「リアルへ行きたいわけですね」
「というより、スキルを使ってみたい気持ちが強いかな。効果はオマケ」
スキルには、『固有スキル』と『汎用スキル』がある。
前者は一点物で、後者は誰でも習得可能だ。
俺は汎用スキルを覚えていないから、使えるのは固有スキルだけだ。
せっかく異世界に居るのだから、リアルじゃできないことをしたい。
その最たるものが固有スキルというわけだ。
「おとーさんの世界に行けるなの、楽しみなの!」
ネネイは嬉しそうにバンザイしている。
「リーネ、リアルのこと知っているのか?」
ネネイにリアルのことは言っていない。
もちろん、固有スキルの効果も。
だから、ネネイの反応には驚いた。
「はいなの♪ 未来透視で視たなの!」
なるほど、自身の固有スキルを使ったわけか。
自分が別の世界に居る姿を視たのだろう。
俺は視線をリーネに戻した。
「スキルの使い方を教えてくれないか?」
「分かりました。少し長くなりますがよろしいですか?」
「いいよ」
「では――」
リーネが説明を始める。
本当に長くて、一時間くらい続いた。
「――以上です。実際にやってみてください」
「オーケー、まずは、効果を調べるね」
「はい」
リーネから教わったのは二つだ。
スキルの使い方と効果の調べ方。
俺のスキルは、ざっくりいえばリアルとエストラの移動だ。
しかし、具体的なことは分かっていない。
だから、使う前にどういうスキルなのかを調べる必要がある。
「慣れるまでは目を瞑るといいですよ」
「了解」
俺は目を瞑り、精神を集中させた。
スキルの情報が出るように念じる。
「上手くいかないようでしたら、何度か深呼吸してみてください」
助言に従い、深呼吸してみる。
すると、スキルの情報がスッと脳に入ってきた。
固有スキル【世界転移】
一.リアルからエストラへ、又は、エストラからリアルへ術者を転移する。
二.身に着けている物及びに手で触れている物も転移する。
三.効果二は生物にも適用される。
「出来たぜ、サンキュー」
「いえいえ、問題ありませんでしたか?」
「うん、想定通りの内容だった」
自分及び触れている物を転移出来るスキル。
完全に想定通りといえる内容だ。
他人を転移させられる点も想定通り。
ネネイがリアルのことを知っていたからだ。
「もう少し詳しく調べたい場合は、同じように念じればいいんだっけ?」
「そうです」
「分かった、やってみる」
先程と同じように念じてみる。
今度はあっけなくできた。
スラスラッと膨大な情報が脳に入る。
もしも活字だったら、途中で読むのを止めるレベルだ。
「細かい効果や制限が、結構あるものだな」
「ですね」
例を挙げると、転移サイズには限界がある。
壁に触れた状態で転移したからといって、家は持っていけない。
また、転移先は直前に居た場所となる。
今回の場合、俺の部屋に転移されるわけだ。
逆に、リアルから世界転移を発動すると、この場所に戻る。
「あとはスキル名を念じれば発動できるのか」
「はい。口に出しながら念じれば、集中しやすいですよ」
「なら、そうするか。いずれは無言で使いたいものだな」
俺はベッドから立ち上がり、二人に向けて両手を差し伸べた。
「他人を巻き込むには、触れている必要があるらしい」
「分かりました」
「はいなの♪」
リーネとネネイも立ち上がる。
リーネは、両手で包むように、俺の右手を握った。
一方、ネネイは、俺の左腕に抱き着いてくる。
「発動するぞ、準備はいいか?」
「大丈夫です」
「大丈夫なのー!」
頷き、呼吸を整える。
何度か深呼吸した後、スキル名を唱えた。
「世界転移、発動!」
その瞬間、俺達の身体が宿屋から消えた。
名前:ネネイ
年齢:5
レベル:5
所持金:1万2420ゴールド
攻撃力:5
防御力:5
魔法攻撃力:5
魔法防御力:5
スキルポイント:5
これを見て、俺は大事なことに気づいた。
ステータスの数値を見ても、強弱が今一つ分からないのだ。
だから「強ッ!」とも「弱ッ!」とも言えなかった。
「次は私のカードを――」
「待った!」
何食わぬ顔で次へ移ろうとするリーネを止める。
リーネは「どうかしましたか?」と首を傾げた。
俺は自分の状況を早口で捲し立て、解説を求める。
「たしかにそうですね。配慮不足でした。簡単に説明しますと、ステータスの初期値は人によって異なります。下限は一で、上限はありません。そして、レベルが一つ上がるごとに、自由に割り振れるステータスポイントが五ポイント加算されます。それを割り振ることで能力を高めていく仕組みになっています。振れるのは『攻撃力』『防御力』『魔法攻撃力』『魔法防御力』『スキルポイント』の計五項目です」
「なるほど」
ネネイのレベルは五なので、ステータスポイントは二〇あったはず。
二から五までの四レベル分だ。
現在のステータスの合計が二十五だから、差し引いた残りは五。
つまり、ネネイの初期ステータスは、全て最小値の一ということになる。
更に、ネトゲの御法度である『全ステ均等配分』をしていることも確実だ。
全部のステータスに均等配分すると、器用貧乏……つまりザコになりやすい。
強弱でいえば、間違いなく、ネネイは弱い部類である。いや、最弱だ。
「他に何か質問はございますか?」
「いや、よく分かったよ、ありがとう」
話が落ち着いたところで、リーネのカードに移る。
神の使いということもあり、どういうステータスか楽しみだ。
もしかしたら、全ステータス一億くらいあるかもしれない。
期待に胸を躍らせながら、リーネのカードに目を落とした。
名前:リーネ
年齢:17
レベル:1
所持金:0ゴールド
攻撃力:10
防御力:10
魔法攻撃力:10
魔法防御力:10
スキルポイント:10
ネネイに比べると、遥かに高い初期値。
しかし、神の使いとして見たら期待外れだ。
「リーネお姉ちゃんすごいなの! 全部一〇なの!」
「少しだけ高いようです」
大興奮するネネイに、落ち着いて答えるリーネ。
「ネェちゃん、冒険者になりたてかい?」
横を歩いた冒険者の一人がリーネに声をかける。
俺より一回り年上の、スキンヘッドで強面の男だ。
リーネは臆する様子もなく「そうです」と答えた。
「へぇ、初期値オール一〇か! 結構センスあるんだな!」
「そうなんですか? なりたてなもので分かりません」
「悪くない数値だぜ。大体の奴は平均六から八ってところだからな」
男は「ガハハ!」と豪快に笑いながら、受付へ歩いて行った。
ネネイは変わらず「すごいなの、すごいなの」と大騒ぎである。
「リーネならもっと高いと思ったけどな」
一方、俺の反応は静かなものだ。
リーネは無表情でこちらを見たまま、僅かに目を細めた。
『私の能力情報は、体裁を保つために偽装してあります。実際の数値を載せますと、世界の法則を乱しかねませんので』
なるほど、やっぱりそうか。
納得すると同時に、実際の能力が知れないのは残念とも思った。
「最後にユートさんのステータスを見ましょうか」
「おとーさんのステータス、ワクワクするなの♪」
「俺もワクワクするよ」
さっきの男によると、初期値は平均六から八が一般的とのことだ。
だから、最低でもその辺りは欲しいところ。
果たして俺の強さは――。
名前:ユート
年齢:29
レベル:1
所持金:0ゴールド
攻撃力:2
防御力:2
魔法攻撃力:1
魔法防御力:2
スキルポイント:3
「うっそだろぉお!」
思わず叫ぶ。
低い、低すぎる。
平均ステータスは二。
特化でもなんでもない、ただのザコ。
これがソシャゲなら、迷わずリセットマラソンに突入している。
リアルで駄目な奴は異世界でも駄目と言わんがばかりの結果だ。
「はぁ、なんてこった」
一〇秒程絶望する。
しかし、すぐに「これも宿命か」と割り切った。
開き直りの速さは、二十九歳引きこもり童貞の特技だ。
挫折に挫折を積んできた人生なだけに、多少のことは気にしない。
むしろ、迅速かつ冷静に、次の手を考えられる。
この状況で最大限の幸福を得るにはどうすればいいか。
決して、現状を打破しようとは思わない。
「よし、ひっくり返してランキングもチェックしようぜ」
冒険者カードの裏面にはランキングが記載されている。
詳しい項目は見ていないが、何かしら可能性を感じられるかもしれない。
俺は全てのカードを素早く裏返した。
◇ランキング◇
総合:圏外
戦闘力:圏外
資金力:圏外
知名度:圏外
三人のランキングは、ものの見事にオール圏外だった。
「圏外になっているけど、何位まで表示される仕組みだ?」
「一万位までです。項目についての説明は要りますか?」
ステータス同様、ランキングも読んで字の如くな項目ばかりだ。
しかし、スキルポイントみたいに、想像外の内容があるかもしれない。
ということで、ざっくりと説明してもらうことにした。
「戦闘力はステータスの合計値、資金力は所持金の高さで決まります。知名度も文字通りですが、先に説明した二つと違い、数値化はされていません。最後に総合力ですが、これは全てを含めたランキングになります」
よく分かった。
四つの内、実質的な項目は『戦闘力』と『資金力』だけだ。
このどちらかが高ければ、知名度は自然と上がる。
ネトゲならトップレベルのプレイヤーは有名人だし、
リアルなら長者番付等で世界的大富豪は知られている。
「ランキング上位になりますと、リア充にもなりやすいみたいです」
取って付けたようなセリフを言うリーネ。
いつの間にか、ガイドラインを手に持っていた。
「リア充はどうでもいいけど、ランキング入りを目指すのは悪くないな」
ネトゲのマイキャラは、最強の存在として君臨していた。
多くのユーザーから崇拝され、街を歩けば話しかけられた。
あの優越感は相当だ。昇天しそうな快感も。
新たな世界で、もう一度あの感覚を目指すのはアリだ。
リアルならまだしも、ゲームチックなこの世界なら可能性はある。
上手くいけば、童貞を卒業できるかもしれない。
「おとーさんなら、一位になれるなの!」
ネネイが俺の太ももをペチッと叩く。
俺は「ありがとう」と微笑み、頭を撫でた。
「えへへなの♪」
そうは云っても、まずは戦略を考えないといけない。
最終的なゴール地点を決め、その為に何をすればいいのか。
今の時点では、どうやって攻めるかも分かっていない。
しばらくは、のらりくらりとこの世界で生活するか。
その為にも、今すべきことは――。
「休もう!」
一秒でも早くベッドに飛び込むことだ。
今の俺は、疲れすぎて頭が回転していない。
先のことを考えるのはそれからだ。
「宿屋へ行きますか」
「だな。でも、金はいけるのか?」
「任せてください」
リーネは本を仕舞うと、右手をテーブルに乗せた。
クルッと返し、掌を上に向ける。
「万物生成」
掌の上に、ポンッと金貨が一枚現れた。
五百円玉と同じくらいの大きさだ。
何の模様もない金の塊である。
「エストラの最上位硬貨『一万ゴールド』です。宿屋の料金は、どの店舗でも一律三〇〇〇ゴールドですので、これを使えば私達三人で一泊することが可能になります」
何食わぬ顔であっさりとお金を生み出すリーネ。
それを見て「すごいなの!」と拍手するネネイ。
一方、俺は苦笑いで言った。
「ここでお金を作るのはさすがにまずいだろ」
「え、どうしてですか?」
「あくまで勘だけど、普通の人間は固有スキルでお金を作れないと思うぞ。もしも出来るなら、そいつが資金力ランキングで不動の一位になれるし。だから、今のは危険じゃないか。お金を作れると分かれば、目をつけられかねない」
ネネイが聞いているのは分かっていたが、あえて口に出した。
可能な限り、ヒソヒソ話はしたくないからだ。
それに、ネネイなら問題ないだろう。
「あっ……」
俺の言葉を理解し、リーネがしまったという表情を浮かべる。
左手で口を押え、数秒間、カチコチに固まった。
その後、無表情で「今後は気をつけるということで」と流した。
軽すぎる。それでいいのか、神の使い。
「では、宿屋へ行きましょうか」
何食わぬ顔でリーネが席を立つ。
俺とネネイはそれに続いた。
「ネネイさん、いつも利用している宿屋に案内してもらえませんか?」
歩き出す前に、リーネが尋ねる。
ネネイは「分かったなの!」と二つ返事で承諾した。
「おとーさん、お姉ちゃん、お手々なの!」
ネネイが手を繋げと催促してくる。
俺達が応じると、ネネイは笑顔で歩き始めた。
歩調を合わせて、俺達も進む。
「ここなの!」
しばらくして、ネネイが止まった。
冒険者ギルドから南に一〇分程歩いた所だ。
目の前には、三階建ての建物がある。
冒険者ギルドに比べると小さいが、周囲の建物よりは大きい。
入口の横に、『宿屋』と書かれた看板が立っていた。
「いらっしゃい。あらネネイちゃん、おかえり」
「ただいまなの、おじちゃん!」
スライド式のドアを開けると、すぐ前に受付カウンターがあった。
四角いカウンターテーブルで、その横には上へ繋がる階段。
幅は広めにとっていて、大人が三人並べそうだ。
階段の横は食堂になっている。
四人掛けのテーブル席が、適当な間隔を空けて並んでいた。
テーブルの数は二〇個、最大で八〇人まで利用できるようだ。
「後ろの二人はネネイちゃんのお友達?」
受付カウンターにいる宿屋の主人が尋ねてくる。
七〇は下らない白髪の老人だ。
見るからに人のよさそうな顔をしている。
「そうなの! 一緒のお部屋で寝るなの!」
「ほっほ、じゃあ、大きめの部屋を用意しないとのう」
「ありがとーなの!」
ニコニコのネネイを見て、主人も微笑んだ。
「三人分、一泊でお願いします」
リーネがカウンターの上に金貨を置いた。
それを見て、主人が「おお!」と驚く。
「現金の支払いなんて何十年ぶりじゃろうか」
「え、普段は現金で支払わないのですか?」
尋ねたのは俺だ。
主人は「当然じゃろ」と笑う。
「ワシらのような老いぼれでさえ、支払いにはカードを使うよ」
『銀行にお金を預けておけば、冒険者カードで支払いができます』
すかさずリーネが補足する。
なるほど、クレジットカードのような仕組みか。
いや、正確にはデビットカードだな。
「それに、これほど綺麗な一万ゴールドは久しぶりに見る」
主人は金貨を指でつまみ、あらゆる角度から眺めている。
ひょっとして、なんだかまずいのではないか。
そんな不安が脳裏によぎる。
しかし、問題はなかった。
「硬貨マニアが高値で買い取りそうだけど、ここで使っていいのかい?」
主人がリーネを見る。
リーネは無表情で頷いた。
「大丈夫です。あと、おつり分で一食多めにしてもらえませんか?」
「食事の追加は一人五〇〇だけど、特別に三人で一〇〇〇にしておくよ」
「ありがとうございます」
「それはこちらのセリフじゃ、ほっほっほ」
主人は嬉しそうにピカピカの金貨を懐にしまう。
こうして、俺達は無事に部屋を借りることができた。
「部屋は二階の一号室じゃよ」
「分かりました」
早速、俺達は部屋へ向かうことにした。
階段を上り、二階へ移動する。
二階はビジネスホテルを彷彿とさせた。
廊下があり、その左右に扉が並んでいる。
扉には部屋番号の書いたプレートが付いていた。
唯一違うのは、突き当りに洗面台が五台もあることだ。
リアルでは化粧室にありそうな、鏡付きの台。
三角ハンドルの蛇口が付いていた。小学校によくあるタイプだ。
捻ると水が出た。飲めるかは不明だ。飲むことはないだろう。
ペーパータオルやハンドドライヤーの類は見当たらない。
タオルは持参しろということか。
「ここだな、一号室」
洗面台の向かいにある部屋が一号室だった。
さてどんな部屋が待っているのか。
ウキウキしながら扉を開く。
そして、落胆した。
「何もないな……」
「これが一般的な客室ですよ」
中にあったのは、三つのベッドと棚だけだ。
ベッドはシングルサイズで、大人一人分の幅を空けて横に並んでいる。
棚は壁に取り付けるタイプのものだ。
綺麗に折りたたんだフェイスタオルが三枚置いてある。
部屋の広さは、リアルの自室より一回り大きいくらい。
つまり、一〇畳程度である。
はっきり言って、三人で使うには狭い。
これが本当に大きめの部屋なのかと疑問を抱く。
「まぁ、休むだけだし問題ないか」
リーネに礼を言ってから、窓際のベッドに横たわった。
特に良くも悪くもない、ただのベッドだ。
しかし、疲労困憊の今は、この上ない心地よさを感じた。
「少し早いけど寝るぜ」
窓から茜色の陽光が差し込んでいる。
今は夕暮れ時のようだ。
夕日を見るのは数年ぶりである。
ネトゲ廃人は、狩場が混む時間帯に活動しない。
故に、俺の主な活動時間は深夜から早朝にかけてだ。
今の時間帯なんて、身体の底から熟睡に浸っている。
「おとーさんが寝るなら、ネネイも寝るなの」
ネネイもベッドに入る。
なぜか知らないが、入ったのは俺のベッドだ。
さも当然かの如く、俺の左腕に抱き着いてくる。
「なんで俺のベッドに入るんだ?」
「ネネイはおとーさんと一緒がいいなの」
「それは色々とまずいだろ、自分のベッドで寝ろよ」
「むぅーなの!」
ペチッ。
ネネイに頬を叩かれた。
「なんでしたら、ネネイさんのベッドをくっつけましょうか?」
「ありがとーなの、リーネお姉ちゃん!」
「いえいえ」
「いや、しなくていいよ、そんなこと」
「むぅーなの!」
再び頬を叩かれる。
可愛らしいだけで、痛くはない。
ネネイは不機嫌そうに頬を膨らませていた。
指で突いたら、プスーッと空気が抜けそうだ。
「仕方ないな、つけてくれ。それで満足か?」
「はいなの♪」
「ではつけますね」
リーネは、ネネイのベッドを押して、俺のベッドにつけた。
「ほら、これで一緒のベッドだぞ。くっつく必要もない」
「ネネイはこうやって寝たいなの」
ベッドがくっついてもなお、ネネイは俺の腕に抱き着いている。
何がどうあっても、左腕を抱き枕にしたいようだ。
「俺の寝相は決して良くないから、どうなっても知らないぜ」
「はいなの♪」
やれやれ、俺は諦めた。
左腕をネネイに抱き着かれたまま、仰向けで目を閉じる。
こんな状態で眠れるのかという不安は、数秒で消えた。
◇
目が覚めたのは、夜が明けだしてすぐの頃だ。
これまでなら、拾ったアイテムをどう捌くか考えている時間。
「ふわぁ、よく寝たぜ」
身体を起こそうとする。
しかし、左腕が重くて詰まった。
寝ぼけ眼で見る。
ネネイが抱き着いていた。
それで、寝る直前のことを思い出す。
対応に悩んだ後、とりあえず頭を撫でることにした。
「えへへなの♪」
ネネイは目を瞑ったまま、にんまりと笑う。
とんでもなく癒される寝顔をしていやがる。
見ているこちらまで、頬が緩んでしまう。
「そういえば……!」
ふと気づく。尿意が全くないことに。
神様が排泄機能をオフにするとか言っていたな。
まさか本当にオフになっているとは思わなかった。
人の身体をいじれるなんて、すごいな神様。
そう思うと同時に、このままだとまずくないかと不安になる。
排泄しなければ、便が詰まって死ぬのではないか。
『リーネ、聞こえているか、リーネ』
脳内で問いかける。反応はない。
顔を横に向け、リーネのベッドを見る。
「うわぁッ!」
驚きのあまり、声をあげてしまう。
リーネが、カッと目を見開いてこちらを見ていたのだ。
「ふぇぇぇ、もう朝なの?」
俺の声に反応したのはネネイだ。
腕に抱き着いたまま、眠そうに俺を見る。
「起こして悪いな、もう朝だよ」
ネネイは小さな口で盛大なアクビをした。
その後「おはよーございますなの」と微笑む。
「ああ、おはよう。身体を起こしたいから腕を動かすぞ」
「はいなの♪ おかげで安眠できたなの!」
「それはよかった。俺も案外心地よく眠れたよ」
俺はゆっくりと上半身を起こす。
その後、顔をリーネに向けた。
先程と同じで、こちらを向いて固まっている。
まるで電池の切れたロボットのようだ。
俺の視線に気づいたネネイが、振り返ってリーネを見る。
そして、「ふぇぇぇぇ!」と驚愕した。
驚きのあまり、勢いよく後ろに飛び跳ね、ベッドから落ちる。
「痛いなの……」
言葉通り、痛そうに後頭部を撫でながら立ち上がるネネイ。
一方、リーネは変わらず固まっていた。
「リーネ、死んでないかー?」
リーネの顔の前に手をやり、ちらちらと上下に動かしてみた。
しかし、リーネは瞬き一つしない。
どうやら、これがリーネの睡眠スタイルみたいだ。
普通の人間なら、目が乾燥して大変なことになるぞ。
「リーネお姉ちゃん、大丈夫なの?」
「大丈夫だろう、たぶん」
ネネイは心配そうにリーネを見つめている。
その表情を見ていて、俺もなんだか心配になってきた。
俺とネネイがあれだけ騒いでも、ピクリとすら反応しない。
もしかしたら本当に死んでいるのではないか。
そう思い、試しに頬を指で押してみた。
その瞬間、リーネが反応した。
「何奴!?」
らしからぬセリフと共に、掛布団から左手を出して、俺の腕を掴む。
さらに、左手を勢いよく引き、俺の身体を自身に寄せる。
その時の勢いを殺すことなく、俺の顔面を右の拳で殴りつけた。
「ゴヴォ……」
俺の身体は宙を舞い、壁に衝突した。
棚に乗っているフェイスタオルが落ち、顔にかかる。
「おとーさん、大丈夫なの!?」
慌てて駆け寄ってくるネネイ。
俺は「だ、大丈夫じゃない……」と白目を剥いた。
「あっ! すみません! ユートさん!」
先程の攻撃と共に、リーネは目を覚ましたらしい。
一瞬で事態を把握したようで、慌てて駆け寄ってくる。
こうして、異世界の二日目は激痛と共に幕を開けた。
◇
朝食を終え、再び部屋へ戻ってきた俺達。
椅子がないので、ベッドに座っている。
リーネが「今日はどうしましょうか?」と尋ねてきた。
「それなんだけど、俺の固有スキルを使ってもいい?」
「リアルへ行きたいわけですね」
「というより、スキルを使ってみたい気持ちが強いかな。効果はオマケ」
スキルには、『固有スキル』と『汎用スキル』がある。
前者は一点物で、後者は誰でも習得可能だ。
俺は汎用スキルを覚えていないから、使えるのは固有スキルだけだ。
せっかく異世界に居るのだから、リアルじゃできないことをしたい。
その最たるものが固有スキルというわけだ。
「おとーさんの世界に行けるなの、楽しみなの!」
ネネイは嬉しそうにバンザイしている。
「リーネ、リアルのこと知っているのか?」
ネネイにリアルのことは言っていない。
もちろん、固有スキルの効果も。
だから、ネネイの反応には驚いた。
「はいなの♪ 未来透視で視たなの!」
なるほど、自身の固有スキルを使ったわけか。
自分が別の世界に居る姿を視たのだろう。
俺は視線をリーネに戻した。
「スキルの使い方を教えてくれないか?」
「分かりました。少し長くなりますがよろしいですか?」
「いいよ」
「では――」
リーネが説明を始める。
本当に長くて、一時間くらい続いた。
「――以上です。実際にやってみてください」
「オーケー、まずは、効果を調べるね」
「はい」
リーネから教わったのは二つだ。
スキルの使い方と効果の調べ方。
俺のスキルは、ざっくりいえばリアルとエストラの移動だ。
しかし、具体的なことは分かっていない。
だから、使う前にどういうスキルなのかを調べる必要がある。
「慣れるまでは目を瞑るといいですよ」
「了解」
俺は目を瞑り、精神を集中させた。
スキルの情報が出るように念じる。
「上手くいかないようでしたら、何度か深呼吸してみてください」
助言に従い、深呼吸してみる。
すると、スキルの情報がスッと脳に入ってきた。
固有スキル【世界転移】
一.リアルからエストラへ、又は、エストラからリアルへ術者を転移する。
二.身に着けている物及びに手で触れている物も転移する。
三.効果二は生物にも適用される。
「出来たぜ、サンキュー」
「いえいえ、問題ありませんでしたか?」
「うん、想定通りの内容だった」
自分及び触れている物を転移出来るスキル。
完全に想定通りといえる内容だ。
他人を転移させられる点も想定通り。
ネネイがリアルのことを知っていたからだ。
「もう少し詳しく調べたい場合は、同じように念じればいいんだっけ?」
「そうです」
「分かった、やってみる」
先程と同じように念じてみる。
今度はあっけなくできた。
スラスラッと膨大な情報が脳に入る。
もしも活字だったら、途中で読むのを止めるレベルだ。
「細かい効果や制限が、結構あるものだな」
「ですね」
例を挙げると、転移サイズには限界がある。
壁に触れた状態で転移したからといって、家は持っていけない。
また、転移先は直前に居た場所となる。
今回の場合、俺の部屋に転移されるわけだ。
逆に、リアルから世界転移を発動すると、この場所に戻る。
「あとはスキル名を念じれば発動できるのか」
「はい。口に出しながら念じれば、集中しやすいですよ」
「なら、そうするか。いずれは無言で使いたいものだな」
俺はベッドから立ち上がり、二人に向けて両手を差し伸べた。
「他人を巻き込むには、触れている必要があるらしい」
「分かりました」
「はいなの♪」
リーネとネネイも立ち上がる。
リーネは、両手で包むように、俺の右手を握った。
一方、ネネイは、俺の左腕に抱き着いてくる。
「発動するぞ、準備はいいか?」
「大丈夫です」
「大丈夫なのー!」
頷き、呼吸を整える。
何度か深呼吸した後、スキル名を唱えた。
「世界転移、発動!」
その瞬間、俺達の身体が宿屋から消えた。
応援ありがとうございます!
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