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014 初めての休日
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俺の始めた異世界卸売業はかなり好調だった。
剃刀セット一八〇〇個は、初日の想定通り、三日目に売り切れとなったのだ。
売上に大きく貢献しているのは――。
「ありがとうございました、またのご来店をお待ちしております」
開封から販売までを一手に引き受けるマリカの存在だ。
一日限りの契約は速攻で更改し、今は長期契約を結んでいる。
具体的には一週間の契約だ。
その後の継続は、両者の合意によって決められる。
新契約の報酬は、一日一〇〇〇万ゴールド。初日の倍である。
マリカは五〇〇万で十分と言ったが、それではこちらが不十分だった。
それほどまでに、マリカの存在は大きいのだ。
彼女なしに、俺のビジネスは成り立たない。
「マスター、商品がないようだが、どうしよう?」
卸売業開始から四日目の今日。
一階はおろか、二階もガラガラ。
次に商品が届くのは明後日だ。
それまでは、品切れの状態が続く。
「今日と明日はおやすみだ」
「なるほど、それで、私はどうしよう?」
マリカの話し方は、ほんの少しだけ変わっている。
この数日で、そのことを把握した。
「思ったのだけど、マリカもここで暮らすというのはどうだ?」
「ここで?」
「うん、今は宿屋暮らしだろ?」
「そうだ」
「宿屋から歩いてくるのは面倒だし、何より宿泊費がかかる。それなら、この家にベッドを用意したらどうだろう。三階はスペースが余りまくっているし、適当に仕切りでも立たせたら、個人の空間を確保できるよ」
現在、マリカは宿屋から徒歩で通勤している。
通勤時間は片道二〇分。
ここで暮らせば、そのような問題もない。
「他の二人が問題ないなら、場所を借りたい」
「ネネイは賛成なのー! マリカお姉ちゃんともっと遊びたいなの!」
「私も問題ありません」
「決まりだ。じゃあ、まずはベッドを買いに行こう」
「至れり尽くせりで助かる。本当にありがとう、マスター」
「こちらこそ、感謝しているよ」
こうして、マリカが共に暮らすこととなった。
◇
家具屋で買ったベッドを持ち帰る。
マリカのベッドは、リーネの隣に設置した。
サイズはセミダブルで、ゆったり気味だ。
「ふぅ」
三人でソファに腰を下ろし、一息つく。
横にリーネ、対面にマリカ。
ネネイだけは「ゴロゴロなのー♪」と床を転がっている。
「マスター、この後はどうしよう?」
マリカが尋ねてくる。
「好きに過ごしてくれていいよ。今日はオフの日だからね」
「多額の報酬を頂いているから、そういうわけにもいかない」
「店を開いている日だけしっかりしていたら、後は問題ないさ」
「マスターは器が大きいな」
「普通はそういうものだろ」
苦笑いの俺に、「流石です、ユートさん」とリーネ。
「心遣いは嬉しいが、私は休まない」
マリカは、突き刺すような鋭い眼差しで俺を見る。
冗談を言っている風には見えなかった。
「なら、討伐クエストでもする?」
「それがマスターの意思なら、喜んで従おう」
これは俺がしたかったものだ。
ここ最近は、戦闘を行っていなかった。
だから、息抜きに戦ってみたいと思っていたのだ。
「よし、出発するぞー、ゴブリン退治の時間だ!」
「マリカお姉ちゃんに、ネネイの強さを見せるなのー♪」
休憩を終えた俺達は、討伐クエストを受けることにした。
久々に腕が鳴る、と期待に胸を躍らせる。
ただ、この時点で、俺はある予感を抱いていた。
そして、それは現実のものとなってしまう。
「滅びよ! ファイアストーム!」
「ギャァァァス!」
「凍りつけ! ブリザードウェーブ!」
「キィィィィィィ!」
「ライトニングエンチャント! ヘイスト! 行け、骸骨達!」
「……」
「グォォォォォン!」
マリカの独壇場である。
始まりの森に着くなり、マリカは戦闘狂と化した。
武器である茶色の魔導書をペラペラさせ、汎用スキルの連発だ。
炎の竜巻で焼き尽くし、氷の津波でカチコチにする。
かと思えば、骸骨達を強化し、突撃させて大暴れ。
槍使いの俺とスリング使いのネネイは、ただただ茫然。
「マスター、殲滅を完了した」
すまし顔で報告するマリカ。
悪気がないのは分かっている。
だが、これだと俺達はカカシも同然だ。
「すごい強さに感動するけど、俺達にも戦わせてくれないか」
「ネネイ、マリカお姉ちゃんに戦えるところを見せたいなの」
「これは失礼した。マスター、どうか許してほしい」
「怒っているわけじゃないし、気にしなくていいよ」
いよいよ、俺達の出番がやってきた。
目の前に、五体のゴブリンが現れたのだ。
「ネネイ、俺達の力を見せてやろうぜー!」
「はいなの! マリカお姉ちゃん、見ていてなの!」
「承知した」
マリカには、死角からの奇襲に備えてもらう。
無言の骸骨五体が、カタカタと骨を鳴らし、周囲を警戒する。
「やるぞー!」
「頑張るなのー!」
槍をクルクルと回した後、穂先をゴブリンに向けた。
その後ろで、ネネイもスリングショットを構える。
「うおおおお!」
雄叫びを上げながら、最弱モンスターに突っ込む俺。
ゴブリンも負けじと奇声を上げて突っ込んでくる。
横並びで一直線、素人目にも連携していないと分かった。
「おらぁ!」
槍を精一杯伸ばし、ゴブリンを一突き。
断末魔の叫びと共に、あっけなく灰が出来上がる。
その様を見て、ステータスの上昇を実感した。
攻撃力が五になってから、今回が初めての戦闘だったのだ。
これだけあれば、槍が槍として機能してくれる。
「どりゃー!」
気をよくした俺は、槍を横に払い、別のゴブリンに襲い掛かった。
これも命中し、小柄なゴブリンの身体を真っ二つにする。
たまらない爽快感。天下無双の猛者になった気分だ。
しかし、ゴブリンも黙ってやられるだけではない。
「キィィィック!」
三方に散開し、広範囲から攻めてきたのだ。
タイミングがバラバラなので、どうにか対処できる。
しかし、戦闘技術のない俺に、反撃をするのは到底不可能だ。
こんな時は――。
「ネネイ、頼んだ!」
「任せてなのー!」
ネネイの出番である。
俺に夢中のゴブリンに向かって、石の球を飛ばしてもらう。
ネネイの攻撃力は、俺より高い六だ。
つまり、スリングから放たれる石には、槍以上の威力がある。
エストラにおいては、攻撃力こそが全てだ。
最高級の槍とおもちゃのスリングに大差はない。
「キィィィェェェェ」
ネネイの放った石は、見事にゴブリンを捉えた。
土手っ腹に風穴をあけ、昇天させる。
「ナイスだ、ネネイ」
「ネネイ、お見事」
「流石です、ネネイさん」
ネネイは「ありがとーなの」と照れ笑い。
実際、大した命中率だ。
俺の知る限り、これまで一度も、攻撃を外していない。
前回の戦いで放った二発に、今回の一発。
そのどちらも、的確に腹を捉えている。
動き回る敵に当てるのは、簡単なことではない。
ネトゲのように、自動補正機能など存在しないからだ。
お世辞抜きに、ネネイの腕前は賞賛に値する。
「ネネイ、その調子でもう一体頼む!」
「はいなのっ」
ウエストバッグから次の弾丸を取り出すネネイ。
すかさず装填し、目を細めて照準を定める。
「おとーさん、横にずれてなの!」
「おうよ!」
ネネイの合図で、俺は横に跳んだ。
その瞬間、背後から石が飛んでくる。
またしても、見事にゴブリンを捉えた。
「なんでそんなに当たるんだ!?」
「内緒なのー♪」
可愛らしいドヤ顔を浮かべるネネイ。
これは頭撫で撫でからのほっぺたぷにぷにコースだな。
でもその前に、対処すべき問題がある。
「あとはお前だけだ」
「キィィィ!」
ゴブリン退治だ。残りは一体。
力込め、真紅の槍『プリン』を放った。
きっちりと腹を貫き、ゴブリンの命を刈り取る。
「やったぜ」
「倒したなの」
武器をしまい、ネネイとタッチした。
「おっ」
俺の足元が光る。
ゴブリンを倒したことで、レベルが上がった。
前回はネネイも上がったが、今回は俺だけのようだ。
「ふっふっふ、これでネネイとのレベル差は一だな」
「でも、ネネイは抜かれないなの!」
「それはどうかな」
「むぅーなの」
経験値の仕組みはハッキリしていない。
ただ、経験則から、俺はある程度理解していた。
ネトゲと違い、この世界では経験値を共有できない。
自分が得た経験値は、自分だけのものなのだ。
ネトゲなら、PTメンバーの倒した敵の経験値も入る。
そもそもエストラには、PTという概念が存在しない。
その代わり、仲間と認識していれば、自動でPT扱いとなるのだ。
だから、俺がエスケープタウンを発動させれば、ネネイ達も移動する。
「では失礼して、ステータスポイントを振らせてもらうぜ」
頬をぷっくりさせるネネイを尻目に、俺は冒険者カードを取り出した。
すると「そうはさせないなの!」と、ネネイが横からカードを奪う。
しかし、俺はすぐさまネネイを捕まえた。
サッと左腕を伸ばし、逃げる前に押さえたのだ。
右の人差し指で頬を突いてから、カードを取り返す。
「残念だったなー、ネネイ」
「むぅーなの!」
「あと少しでレベルを抜いちゃうぜー」
「おとーさん、意地悪なの!」
「はっはっは!」
怒って腹をポコポコ叩いてくるネネイ。
その攻撃をにこやかに受けながら、俺はポイントを振った。
名前:ユート
レベル:5
攻撃力:6
防御力:9
魔法攻撃力:1
魔法防御力:9
スキルポイント:5
今回は、攻撃力に一、防御各種に二の配分。
これにより、攻撃力がネネイと並んだ。
ポイントを振り終えると、冒険者カードを懐にしまう。
そして、三人に向けて言った。
「あと少し遊んだら帰るか」
「はいなのー♪」
「分かりました」
「承知した」
しばらく狩りを楽しむ。
主に俺とネネイの取り合いだ。
ゴブリンを見かけたら、我先にと襲い掛かった。
一時間程して、疲れたので街へ帰る。
もちろん、汎用スキル『エスケープタウン』を使った。
このスキルを使う度に、「良いスキルを取得した」と実感する。
「マスター、他の汎用スキルは覚えないのか?」
「今のところ、これといって必要なスキルもないからなぁ」
街でスキルの話をしていた時のことだ。
マリカが「汎用スキルはいいぞ」と薦めてきた。
「マリカは色々なスキルを習得しているよな」
「六つのスキルを扱える。稼いだお金でさらに増やす予定だ」
「すごい気合だな」
「私は戦闘が好きだから」
確かに、戦闘中はイキイキしていた。
滅びよだのなんだの、中二っぽいセリフを言っていた気がする。
「じゃあ、覚えているのも戦闘関係のスキルばかりか?」
「そうだ。移動系は一つもない」
「すごいな」
マリーが、習得している汎用スキルについて教えてくれた。
それによると、攻撃系四種に支援系が二種を扱えるらしい。
支援系は、攻撃力と速度を高めるもの。
前者が『ライトニングエンチャント』で後者が『ヘイスト』だ。
これは自身ではなく、召喚した骸骨戦士にかける。
攻撃系は、炎と氷の二属性に関するスキルを二つずつ。
今日の戦いでは、その内の二つを披露していた。
どちらも行き過ぎた攻撃力で驚いたものだ。
「あとは、酒場でメシを食って、家で寝るだけだ」
「それがマスターの過ごし方か」
「そうだ。行きたいところがあれば別だけど」
「なるほど、参考になった」
他愛もない会話をしていると、酒場を見つけた。
「今日も食うぜ、ハンバーグ」
「ネネイはイカの串焼きなの!」
「私は適当にサラダを頂きます」
俺・ネネイ・リーネは偏食だ。
店によって味付けが違うことを理由に、同じメニューしか頼まない。
飲み物も決まっていて、俺とネネイがミルク、リーネが水だ。
そろそろ偏食じゃない人間がほしいところだが、マリカはどうだろう。
「私はエビの生春巻きしか食べない」
残念ながら、マリカも偏食のようだ。
だが、ネネイよりは女性らしい食べ物だ。
「俺達はもう少し健康意識を高めるべきだな」
苦笑いを浮かべながら、皆で酒場に足を踏み入れた。
こうして、卸売業を始めてから初の休日が問題なく幕を閉じる。
しかし、胸中には、今後について一抹の不安がくすぶっていた――。
剃刀セット一八〇〇個は、初日の想定通り、三日目に売り切れとなったのだ。
売上に大きく貢献しているのは――。
「ありがとうございました、またのご来店をお待ちしております」
開封から販売までを一手に引き受けるマリカの存在だ。
一日限りの契約は速攻で更改し、今は長期契約を結んでいる。
具体的には一週間の契約だ。
その後の継続は、両者の合意によって決められる。
新契約の報酬は、一日一〇〇〇万ゴールド。初日の倍である。
マリカは五〇〇万で十分と言ったが、それではこちらが不十分だった。
それほどまでに、マリカの存在は大きいのだ。
彼女なしに、俺のビジネスは成り立たない。
「マスター、商品がないようだが、どうしよう?」
卸売業開始から四日目の今日。
一階はおろか、二階もガラガラ。
次に商品が届くのは明後日だ。
それまでは、品切れの状態が続く。
「今日と明日はおやすみだ」
「なるほど、それで、私はどうしよう?」
マリカの話し方は、ほんの少しだけ変わっている。
この数日で、そのことを把握した。
「思ったのだけど、マリカもここで暮らすというのはどうだ?」
「ここで?」
「うん、今は宿屋暮らしだろ?」
「そうだ」
「宿屋から歩いてくるのは面倒だし、何より宿泊費がかかる。それなら、この家にベッドを用意したらどうだろう。三階はスペースが余りまくっているし、適当に仕切りでも立たせたら、個人の空間を確保できるよ」
現在、マリカは宿屋から徒歩で通勤している。
通勤時間は片道二〇分。
ここで暮らせば、そのような問題もない。
「他の二人が問題ないなら、場所を借りたい」
「ネネイは賛成なのー! マリカお姉ちゃんともっと遊びたいなの!」
「私も問題ありません」
「決まりだ。じゃあ、まずはベッドを買いに行こう」
「至れり尽くせりで助かる。本当にありがとう、マスター」
「こちらこそ、感謝しているよ」
こうして、マリカが共に暮らすこととなった。
◇
家具屋で買ったベッドを持ち帰る。
マリカのベッドは、リーネの隣に設置した。
サイズはセミダブルで、ゆったり気味だ。
「ふぅ」
三人でソファに腰を下ろし、一息つく。
横にリーネ、対面にマリカ。
ネネイだけは「ゴロゴロなのー♪」と床を転がっている。
「マスター、この後はどうしよう?」
マリカが尋ねてくる。
「好きに過ごしてくれていいよ。今日はオフの日だからね」
「多額の報酬を頂いているから、そういうわけにもいかない」
「店を開いている日だけしっかりしていたら、後は問題ないさ」
「マスターは器が大きいな」
「普通はそういうものだろ」
苦笑いの俺に、「流石です、ユートさん」とリーネ。
「心遣いは嬉しいが、私は休まない」
マリカは、突き刺すような鋭い眼差しで俺を見る。
冗談を言っている風には見えなかった。
「なら、討伐クエストでもする?」
「それがマスターの意思なら、喜んで従おう」
これは俺がしたかったものだ。
ここ最近は、戦闘を行っていなかった。
だから、息抜きに戦ってみたいと思っていたのだ。
「よし、出発するぞー、ゴブリン退治の時間だ!」
「マリカお姉ちゃんに、ネネイの強さを見せるなのー♪」
休憩を終えた俺達は、討伐クエストを受けることにした。
久々に腕が鳴る、と期待に胸を躍らせる。
ただ、この時点で、俺はある予感を抱いていた。
そして、それは現実のものとなってしまう。
「滅びよ! ファイアストーム!」
「ギャァァァス!」
「凍りつけ! ブリザードウェーブ!」
「キィィィィィィ!」
「ライトニングエンチャント! ヘイスト! 行け、骸骨達!」
「……」
「グォォォォォン!」
マリカの独壇場である。
始まりの森に着くなり、マリカは戦闘狂と化した。
武器である茶色の魔導書をペラペラさせ、汎用スキルの連発だ。
炎の竜巻で焼き尽くし、氷の津波でカチコチにする。
かと思えば、骸骨達を強化し、突撃させて大暴れ。
槍使いの俺とスリング使いのネネイは、ただただ茫然。
「マスター、殲滅を完了した」
すまし顔で報告するマリカ。
悪気がないのは分かっている。
だが、これだと俺達はカカシも同然だ。
「すごい強さに感動するけど、俺達にも戦わせてくれないか」
「ネネイ、マリカお姉ちゃんに戦えるところを見せたいなの」
「これは失礼した。マスター、どうか許してほしい」
「怒っているわけじゃないし、気にしなくていいよ」
いよいよ、俺達の出番がやってきた。
目の前に、五体のゴブリンが現れたのだ。
「ネネイ、俺達の力を見せてやろうぜー!」
「はいなの! マリカお姉ちゃん、見ていてなの!」
「承知した」
マリカには、死角からの奇襲に備えてもらう。
無言の骸骨五体が、カタカタと骨を鳴らし、周囲を警戒する。
「やるぞー!」
「頑張るなのー!」
槍をクルクルと回した後、穂先をゴブリンに向けた。
その後ろで、ネネイもスリングショットを構える。
「うおおおお!」
雄叫びを上げながら、最弱モンスターに突っ込む俺。
ゴブリンも負けじと奇声を上げて突っ込んでくる。
横並びで一直線、素人目にも連携していないと分かった。
「おらぁ!」
槍を精一杯伸ばし、ゴブリンを一突き。
断末魔の叫びと共に、あっけなく灰が出来上がる。
その様を見て、ステータスの上昇を実感した。
攻撃力が五になってから、今回が初めての戦闘だったのだ。
これだけあれば、槍が槍として機能してくれる。
「どりゃー!」
気をよくした俺は、槍を横に払い、別のゴブリンに襲い掛かった。
これも命中し、小柄なゴブリンの身体を真っ二つにする。
たまらない爽快感。天下無双の猛者になった気分だ。
しかし、ゴブリンも黙ってやられるだけではない。
「キィィィック!」
三方に散開し、広範囲から攻めてきたのだ。
タイミングがバラバラなので、どうにか対処できる。
しかし、戦闘技術のない俺に、反撃をするのは到底不可能だ。
こんな時は――。
「ネネイ、頼んだ!」
「任せてなのー!」
ネネイの出番である。
俺に夢中のゴブリンに向かって、石の球を飛ばしてもらう。
ネネイの攻撃力は、俺より高い六だ。
つまり、スリングから放たれる石には、槍以上の威力がある。
エストラにおいては、攻撃力こそが全てだ。
最高級の槍とおもちゃのスリングに大差はない。
「キィィィェェェェ」
ネネイの放った石は、見事にゴブリンを捉えた。
土手っ腹に風穴をあけ、昇天させる。
「ナイスだ、ネネイ」
「ネネイ、お見事」
「流石です、ネネイさん」
ネネイは「ありがとーなの」と照れ笑い。
実際、大した命中率だ。
俺の知る限り、これまで一度も、攻撃を外していない。
前回の戦いで放った二発に、今回の一発。
そのどちらも、的確に腹を捉えている。
動き回る敵に当てるのは、簡単なことではない。
ネトゲのように、自動補正機能など存在しないからだ。
お世辞抜きに、ネネイの腕前は賞賛に値する。
「ネネイ、その調子でもう一体頼む!」
「はいなのっ」
ウエストバッグから次の弾丸を取り出すネネイ。
すかさず装填し、目を細めて照準を定める。
「おとーさん、横にずれてなの!」
「おうよ!」
ネネイの合図で、俺は横に跳んだ。
その瞬間、背後から石が飛んでくる。
またしても、見事にゴブリンを捉えた。
「なんでそんなに当たるんだ!?」
「内緒なのー♪」
可愛らしいドヤ顔を浮かべるネネイ。
これは頭撫で撫でからのほっぺたぷにぷにコースだな。
でもその前に、対処すべき問題がある。
「あとはお前だけだ」
「キィィィ!」
ゴブリン退治だ。残りは一体。
力込め、真紅の槍『プリン』を放った。
きっちりと腹を貫き、ゴブリンの命を刈り取る。
「やったぜ」
「倒したなの」
武器をしまい、ネネイとタッチした。
「おっ」
俺の足元が光る。
ゴブリンを倒したことで、レベルが上がった。
前回はネネイも上がったが、今回は俺だけのようだ。
「ふっふっふ、これでネネイとのレベル差は一だな」
「でも、ネネイは抜かれないなの!」
「それはどうかな」
「むぅーなの」
経験値の仕組みはハッキリしていない。
ただ、経験則から、俺はある程度理解していた。
ネトゲと違い、この世界では経験値を共有できない。
自分が得た経験値は、自分だけのものなのだ。
ネトゲなら、PTメンバーの倒した敵の経験値も入る。
そもそもエストラには、PTという概念が存在しない。
その代わり、仲間と認識していれば、自動でPT扱いとなるのだ。
だから、俺がエスケープタウンを発動させれば、ネネイ達も移動する。
「では失礼して、ステータスポイントを振らせてもらうぜ」
頬をぷっくりさせるネネイを尻目に、俺は冒険者カードを取り出した。
すると「そうはさせないなの!」と、ネネイが横からカードを奪う。
しかし、俺はすぐさまネネイを捕まえた。
サッと左腕を伸ばし、逃げる前に押さえたのだ。
右の人差し指で頬を突いてから、カードを取り返す。
「残念だったなー、ネネイ」
「むぅーなの!」
「あと少しでレベルを抜いちゃうぜー」
「おとーさん、意地悪なの!」
「はっはっは!」
怒って腹をポコポコ叩いてくるネネイ。
その攻撃をにこやかに受けながら、俺はポイントを振った。
名前:ユート
レベル:5
攻撃力:6
防御力:9
魔法攻撃力:1
魔法防御力:9
スキルポイント:5
今回は、攻撃力に一、防御各種に二の配分。
これにより、攻撃力がネネイと並んだ。
ポイントを振り終えると、冒険者カードを懐にしまう。
そして、三人に向けて言った。
「あと少し遊んだら帰るか」
「はいなのー♪」
「分かりました」
「承知した」
しばらく狩りを楽しむ。
主に俺とネネイの取り合いだ。
ゴブリンを見かけたら、我先にと襲い掛かった。
一時間程して、疲れたので街へ帰る。
もちろん、汎用スキル『エスケープタウン』を使った。
このスキルを使う度に、「良いスキルを取得した」と実感する。
「マスター、他の汎用スキルは覚えないのか?」
「今のところ、これといって必要なスキルもないからなぁ」
街でスキルの話をしていた時のことだ。
マリカが「汎用スキルはいいぞ」と薦めてきた。
「マリカは色々なスキルを習得しているよな」
「六つのスキルを扱える。稼いだお金でさらに増やす予定だ」
「すごい気合だな」
「私は戦闘が好きだから」
確かに、戦闘中はイキイキしていた。
滅びよだのなんだの、中二っぽいセリフを言っていた気がする。
「じゃあ、覚えているのも戦闘関係のスキルばかりか?」
「そうだ。移動系は一つもない」
「すごいな」
マリーが、習得している汎用スキルについて教えてくれた。
それによると、攻撃系四種に支援系が二種を扱えるらしい。
支援系は、攻撃力と速度を高めるもの。
前者が『ライトニングエンチャント』で後者が『ヘイスト』だ。
これは自身ではなく、召喚した骸骨戦士にかける。
攻撃系は、炎と氷の二属性に関するスキルを二つずつ。
今日の戦いでは、その内の二つを披露していた。
どちらも行き過ぎた攻撃力で驚いたものだ。
「あとは、酒場でメシを食って、家で寝るだけだ」
「それがマスターの過ごし方か」
「そうだ。行きたいところがあれば別だけど」
「なるほど、参考になった」
他愛もない会話をしていると、酒場を見つけた。
「今日も食うぜ、ハンバーグ」
「ネネイはイカの串焼きなの!」
「私は適当にサラダを頂きます」
俺・ネネイ・リーネは偏食だ。
店によって味付けが違うことを理由に、同じメニューしか頼まない。
飲み物も決まっていて、俺とネネイがミルク、リーネが水だ。
そろそろ偏食じゃない人間がほしいところだが、マリカはどうだろう。
「私はエビの生春巻きしか食べない」
残念ながら、マリカも偏食のようだ。
だが、ネネイよりは女性らしい食べ物だ。
「俺達はもう少し健康意識を高めるべきだな」
苦笑いを浮かべながら、皆で酒場に足を踏み入れた。
こうして、卸売業を始めてから初の休日が問題なく幕を閉じる。
しかし、胸中には、今後について一抹の不安がくすぶっていた――。
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