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015 チャレンジ失敗で不適切会計に
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翌日。
二日目の休みである今日。
昼食を済ませた俺達は、家の三階に居た。
「今日はリアルで過ごさないか?」
「リアル? それはなんだ」
提案したのは俺で、首を傾げるのはマリカ。
彼女だけは、リアルのことを知らなかった。
先日雇われたばかりなのだから、無理もない。
「リアルというのは――」
隠すこともなく、ペラペラと説明した。
元々、リアルのことを隠す気はない。
それはマリカ以外の者に対してもそうだ。
あえて話すことでもないから、話さないだけ。
「なるほど、マスターは異世界からの来訪者だったのか」
「思ったより驚かないのだな」
「販売している商品を見れば、普通じゃないことは分かる」
「それもそうか」
ただ、リアルへ連れて行くとなれば、話は別である。
こいつなら大丈夫と信頼できなければ、連れて行かない。
リアルで暴れられて、悪影響を及ぼされたら困るからだ。
その点、マリカは信頼できる。
一緒に暮らしているし、何より、この数日でそう判断した。
「全く別の世界、リアル。なかなか面白そうだ」
「面白いかどうかは分からないが、新鮮だろうな」
「ネネイは動画が観たいなのー♪」
「私は競馬が観たいです」
「動画? 競馬? それはなんだ?」
「行けばわかるだろうよ」
そんなわけで、今日はリアルで過ごすことに決まった。
「準備はいいか?」
ネネイの両肩に手を置き、確認する。
「大丈夫なのー♪」
ネネイが二人と手を繋ぐ。
右手はリーネ、左手はマリカだ。
「よし、行くぜ――世界転移!」
スキル名を口にする。
実はもう、黙りながらでも固有スキルを発動出来る。
それでもあえて口にしたのは、その方が気乗りするからだ。
「ここが……リアル」
到着したのはマイルーム。
……ではなく、その隣の三〇一号室。
倉庫代わりに借りている部屋だ。
「そっか、前回は箱を移していたんだった」
俺の固有スキル『世界転移』は、転移前に居た場所へ移動する。
つまり、前回は三〇一号室から転移を行ったのだ。
なぜ三〇二号室ではなく、三〇一号室で転移したのか。
それは、大量の剃刀セットを運んでいたからだ。
「何もないようだが、商品はここに召喚されるのか?」
「召喚はされないよ。この世界にそういう概念は存在しないから」
「む? すると、あれだけの商品はどうやって用意するのだ?」
「それは明日、実際にお見せして説明するよ」
「分かった」
さて、どうしよう。
家に戻るか、それとも、なんでもスーパー二十四に行くか。
「そういえば、リアルで何をするのですか?」
尋ねてきたのはリーネだ。
「金策について考えようと思ってな」
「金策といいますと、エストラの?」
「どちらかといえばリアルの金策だ」
現在、俺の所持金はどちらも潤沢だ。
リアルは約八億、正確には七億九五二一万円。
エストラは約一九億ゴールド。
ただ、このまま進行すれば、いずれリアルが金欠に陥る。
「ネネイさんの未来透視を使えば、宝くじで簡単に調達できるのでは?」
「そうだけど、それは駄目だ。宝くじは二度と使いたくない」
ロト七の購入は最終手段だ。
現時点では、可能な限り避けたい。
何度も宝くじに当選するなんて、不自然だからだ。
リアルでは、どこからともなく情報が洩れる。
目立ちすぎると、何が起きるか分かったものではない。
だから、お金を稼ぐにしても『偶然』の範疇で済ませたいのだ。
「そこまで考えているとは、流石です、ユートさん」
「マスターは思慮深いな」
「そんなことないさ」
額はそれほど大きくなくていいから、安定した収入が必要だ。
しかし、エストラと違い、リアルの金策はまるで分からない。
「ここでウダウダ考えていても決まらないし、スーパーに行くか」
「やったぁ! ワクワクなの! ワクワクなの!」
家でPCに張り付くのも悪くないが、いかんせん狭すぎる。
家具のある八畳の部屋に四人で詰めたら、窮屈でたまらない。
「スーパーが何かは分からないが、マスターに従おう」
「エストラにはないものがたくさんあって、楽しいところですよ」
「リーネの言う通りだ。いざ、出発!」
「出発なのー♪」
俺達はなんでもスーパーへ行くことにした。
家の扉を開けるなり見えるスーパーに、「おお」と驚くマリカ。
その反応は、俺を含む三人が想定したものだった。
「こ、ここ、これが、リアル……!」
「私とネネイさんも、初めて見た時は驚きました」
「でっかいなのー! すごいなのー!」
「この様子だと、中に入ったら衝撃のあまり気絶するかもな」
気分よく階段を下り、スーパーへ向かう。
巨大な駐車場を越え、自動ドアをくぐって店内へ。
眩しいほどに煌びやかな照明と、延々に続く商品群。
「今日は一階でお買い物ですか?」
「いや、本を見たいから上の階だな」
なんでもスーパーは、各階がジャンル分けされている。
前回訪れた家電フロアは五階だ。
今回向かう書店フロアは七階にある。
「向かう途中に家電フロアを通るし、少し寄っていくか」
「賛成なのー! ネネイはマッサージするなのー!」
「いいですね、私もマッサージチェアを利用し――」
「いや、リーネはやめてくれ。喘ぎ声が凄まじいから」
「そ、そんなことありませんよ!」
妙に強い口調で否定するリーネ。
やや顔を赤らめていて、恥ずかしそうだ。
「さ、着いたぞ」
エスカレーターでスイスイと進み、五階に到着する。
食器洗い機や空気清浄機、それにテレビなどが目白押しだ。
エストラに電力があれば、これらの品で荒稼ぎできるのに。
「おとーさん、やってもいいなの?」
マッサージチェアの前を通るなり、ネネイが尋ねてきた。
どうやら、マッサージを受けたいらしい。
「ああ、かまわないぞ」
「やったぁ! ありがとーなの!」
ネネイはウキウキした表情でマッサージチェアへ座る。
座ったのは、前回と同じ五〇万円クラスの高級機だ。
よほど気に入っているらしい。
家にスペースがあれば、いくらでも買ってやるのだが……。
八畳間にマッサージチェアは、邪魔になって仕方がない。
「これがマッサージチェアか。見た目は革張りの椅子だな」
そう言って、ネネイの隣に座るマリカ。
それもまた、最新技術の詰まった高級機だ。
「む、座ってもマッサージが始まらないぞ、マスター」
マリカが俺を見てくる。
俺は近寄り「リモコン操作が必要なんだ」と答えた。
そして、リモコンを手に持ち、自動スタートボタンを押す。
それを押せば、勝手に全身もみほぐしコースが始まる。
「おお、なにやら動き出した」
始まるマッサージに歓声を上げるマリカ。
心地よさそうだが、常識の範囲内で楽しんでいる。
「たまらん! たまらん! たまらんんんッ!」
ただ、ひたすらに「たまらん」と連呼しているが。
少しうるさいけど、年齢を考慮すれば誰も気にしない。
表情は普通だし、リーネと違って問題なさそうだ。
「あの、ユートさん」
そんなことを思っていると、リーネが名前を呼んでくる。
振り返ると、上目遣いでこちらを伺うリーネの姿があった。
僅かに目をウルウルさせ、モジモジしながら俺を見ている。
「どうかした?」
「あの、あの、わ、私も……」
リーネがチラリと視線を移す。
移した先にあるのは、マッサージチェアだ。
言いたいことは分かった。
自分もあそこに座りたいということだ。
どうしようか悩んだが、リーネの目にやられた。
捨てられた子犬のような目をしているのだ。
そんな目で訴えかけられては、断ることなど出来ない。
「いいけど、口はつぐむようにしろよー」
「ありがとうございます!」
「絶対だぞ。絶対に、前みたいな声は出すなよ」
「今回は、前がうるさいと感じるくらい、静かにします!」
「いや、前は静かじゃなかったから……まぁいい、行ってこい」
「はい!」
リーネは嬉しそうに、スキップしながら駆けていく。
そして、マッサージチェアに腰を下ろした。
深く座り込み、靴を脱いで、足をセットする。
念入りに座り直し、ポジションを調整。
これで準備は万端だ。
右手でリモコンを持ち、親指でボタンをポチッと。
その瞬間――。
「ひぐぅぅぅっ! あぁぁぁぁっ! あっああっ!」
喘ぎ声が響く。
もちろん、表情は恍惚としている。
酸素不足の金魚みたいに、口をパクパク。
その端からは、涎がたらたらと垂れている。
「やっぱりこうなったか」
やれやれ、俺は盛大なため息をついた。
付近の棚から、獣の気配を感じる。
商品を見るフリをして、聞き耳を立てる野郎共だ。
他には、「変なメイドさんが居るよ」とママに言う子供。
見ちゃいけません、と慌てて別の場所に移動するママ。
「リーネ、ネネイの面倒を――」
「ああっ、そこ、そこぉぉ! ひぐぅぅっ!」
「……。マリカ、ネネイの面倒を――」
「たまらん! たまらん! たまらん!」
リーネは論外として、マリカも駄目だ。
しばらく悩んだ後、俺はネネイに言った。
「ネネイ、狂った二人をよろしく頼む」
「任せてなの、おとーさん!」
なんてこった、五歳児が一番まともである。
このグループは、滅茶苦茶だ。
◇
三人を五階に残し、俺は七階にやってきた。
金策に役立ちそうな本を探すためだ。
今ある手札で、どうにか稼ぐ方法を見つけたい。
やれ資格の取得だの、やれ勉強だのはごめんだ。
若かりし頃は、そういう努力をしたこともあった。
でも、就活をした時に、そんなものは無意味と悟ったのだ。
生まれもっての才能と優れたコミュ力が、全てを決定する。
ここはそういう世界なのだ。だから、努力は不要。
面倒なことは避け、現状の戦力でやりくりする。
「ネネイの力を活かせそうなもの……」
俺の使える手段は、ネネイの『未来透視』だけだ。
唯一無二にして、最強の手札。
しかし、未来透視にも欠点はある。
一週間から三カ月先までしか視ることができない点だ。
この点を把握しながら、良い案を考えなければならない。
「どれもしっくりこないなぁ」
資産運用に関する本を眺めてみる。
どれも胡散臭く感じられた。
プロが教える云々やら、誰でもできる云々やら。
無知な初心者を釣ろうってな意思の感じられる本ばかりだ。
かといって、シンプルな表紙の分厚い参考書も辛い。
試しに開いた金融工学がどうたらいう本は、実に難解だった。
三行読んだだけで眠気を催す。
「やっぱ、ネットで調べるか」
怠け者だな、俺って奴は。
そんなことは、自分でも分かっていた。
しかし、二十九にもなってどうこうしようとは思わない。
結局、また宝くじに頼ることとなりそうだ。
それはそれで、まぁいいか。
大した成果もないまま、五階に戻る。
エスカレーターを降り、家電フロアに足を踏み入れる。
「あっ……あっ……」
近づくまでもなく、遠くから喘ぎ声が聞こえる。
リーネの声だ。耳を澄まさなくても分かった。
「先に店内を見ておくか」
リーネのせいで、追い出されるのは時間の問題だ。
そうなる前に、店内をぶらつくことにした。
「このパーツで、この価格か。値下がりしてるなぁ」
ネトゲ廃人なだけあり、一直線に向かうのはPCコーナーだ。
見るのは当然デスクトップPCで、ノートには目もくれない。
メーカーはそれほど気にせず、性能と価格を注意深く見る。
といっても、パーツについて熟知しているわけではない。
ネトゲ廃人が重視するのは、大量にあるパーツの内、三種類だけだ。
CPU、グラフィックボード、メモリである。
この三項目が、ゲームを円滑に遊べるかを決めるのだ。
「いらっしゃっせー!」
真剣な眼差しで眺めていると、店員が近づいてきた。
俺のことを「ひと押しすれば金を落とすカモ」と判断したのだろう。
お生憎様、俺に買う気などありゃしない。
なぜなら、今はネトゲに耽る時間がないからだ。
店員が近づいてきたことをきっかけに、その場から離れた。
続いてやってきたのはテレビコーナーだ。
腰を抜かしそうなサイズの大型テレビがちらほら。
こんなの誰が買うんだよと思いつつ、ぼんやりと眺める。
「三〇三にテレビ置くのもありかなぁ」
俺の家にはテレビがない。
置く為の場所もないし、置く気もなかった。
テレビを見る暇があるなら、ネトゲをしていたからだ。
しかし今では、ネネイやリーネ、それにマリカがいる。
テレビを買えば、彼女らがより楽しく過ごせるのではないか。
そう思うと、テレビを買っても良い気がした。
三〇三号室をシアタールームにすれば、ウキウキで籠るはずだ。
その間、俺はネトゲに耽ることも――いかんいかん、それは駄目だ。
気を抜くと、ついネトゲをやろうとしてしまう。
テレビを買うのは有りだけど、ネトゲをするのはもう少し後だ。
『ここで緊急速報が入ってきました』
目の前にある大型テレビにて、アナウンサーがニュースを読み上げる。
ほのぼのする話を打ち切り、突然、緊急速報を伝え始めたのだ。
『国内大手電機メーカーの西芝で、過去数年間に及び不適切な会計があったと分かりました――』
西芝……俺でも知っている大企業だ。
学生が就職したい企業ベスト二〇の常連である。
テレビや洗濯機などの家電を始め、色々な物を作っている企業だ。
半導体の何かに強いらしいが、半導体が何かすら俺には分からない。
『社員の内部告発により問題が発覚したようです。それによりますと――』
会計の問題といえば、粉飾決算という言葉をよく聞く。
しかし、西芝で問題になっているのは不適切会計だ。
どちらも会計上の問題だが、俺には違いが分からない。
俺の様な素人でも分かるのは、とてつもなくまずい状況ということだ。
手短に情報を伝えた後、画面は西芝の株価情報に切り替わった。
当然のことながら、大暴落している。綺麗にストンと急降下だ。
番組にて、専門家が「株主による集団訴訟は免れない」と解説している。
「あらあら、あの西芝がねぇ」
「チャレンジに失敗しちゃったのかねぇ」
「もしかしたら潰れちゃうんじゃないかねぇ」
俺の背後で、どこぞの主婦たちもテレビを眺めている。
心配するようなセリフとは裏腹に、表情はとても嬉しそうだ。
他人の不幸は蜜の味ってやつだろう。
『これは明日・明後日もストップ安が続くでしょう』
株価の情報を映しながら、専門家がそう締め括る。
画面が切り替わり、西芝の重役達が映し出された。
強烈なフラッシュが飛び交う中で、頭を下げて謝罪している。
「どうせ口だけでしょ」
「上の人はお金あるし気楽なものよね」
「ほんとその通りよ。私の主人なんか――」
主婦達が本性を現す中、俺は考え事に耽っていた。
テレビを観ていて浮かんだ金策手段を、脳内でまとめていく。
いけるぞ、これはいける。
降って湧いたような閃きに、俺は胸を躍らせた。
二日目の休みである今日。
昼食を済ませた俺達は、家の三階に居た。
「今日はリアルで過ごさないか?」
「リアル? それはなんだ」
提案したのは俺で、首を傾げるのはマリカ。
彼女だけは、リアルのことを知らなかった。
先日雇われたばかりなのだから、無理もない。
「リアルというのは――」
隠すこともなく、ペラペラと説明した。
元々、リアルのことを隠す気はない。
それはマリカ以外の者に対してもそうだ。
あえて話すことでもないから、話さないだけ。
「なるほど、マスターは異世界からの来訪者だったのか」
「思ったより驚かないのだな」
「販売している商品を見れば、普通じゃないことは分かる」
「それもそうか」
ただ、リアルへ連れて行くとなれば、話は別である。
こいつなら大丈夫と信頼できなければ、連れて行かない。
リアルで暴れられて、悪影響を及ぼされたら困るからだ。
その点、マリカは信頼できる。
一緒に暮らしているし、何より、この数日でそう判断した。
「全く別の世界、リアル。なかなか面白そうだ」
「面白いかどうかは分からないが、新鮮だろうな」
「ネネイは動画が観たいなのー♪」
「私は競馬が観たいです」
「動画? 競馬? それはなんだ?」
「行けばわかるだろうよ」
そんなわけで、今日はリアルで過ごすことに決まった。
「準備はいいか?」
ネネイの両肩に手を置き、確認する。
「大丈夫なのー♪」
ネネイが二人と手を繋ぐ。
右手はリーネ、左手はマリカだ。
「よし、行くぜ――世界転移!」
スキル名を口にする。
実はもう、黙りながらでも固有スキルを発動出来る。
それでもあえて口にしたのは、その方が気乗りするからだ。
「ここが……リアル」
到着したのはマイルーム。
……ではなく、その隣の三〇一号室。
倉庫代わりに借りている部屋だ。
「そっか、前回は箱を移していたんだった」
俺の固有スキル『世界転移』は、転移前に居た場所へ移動する。
つまり、前回は三〇一号室から転移を行ったのだ。
なぜ三〇二号室ではなく、三〇一号室で転移したのか。
それは、大量の剃刀セットを運んでいたからだ。
「何もないようだが、商品はここに召喚されるのか?」
「召喚はされないよ。この世界にそういう概念は存在しないから」
「む? すると、あれだけの商品はどうやって用意するのだ?」
「それは明日、実際にお見せして説明するよ」
「分かった」
さて、どうしよう。
家に戻るか、それとも、なんでもスーパー二十四に行くか。
「そういえば、リアルで何をするのですか?」
尋ねてきたのはリーネだ。
「金策について考えようと思ってな」
「金策といいますと、エストラの?」
「どちらかといえばリアルの金策だ」
現在、俺の所持金はどちらも潤沢だ。
リアルは約八億、正確には七億九五二一万円。
エストラは約一九億ゴールド。
ただ、このまま進行すれば、いずれリアルが金欠に陥る。
「ネネイさんの未来透視を使えば、宝くじで簡単に調達できるのでは?」
「そうだけど、それは駄目だ。宝くじは二度と使いたくない」
ロト七の購入は最終手段だ。
現時点では、可能な限り避けたい。
何度も宝くじに当選するなんて、不自然だからだ。
リアルでは、どこからともなく情報が洩れる。
目立ちすぎると、何が起きるか分かったものではない。
だから、お金を稼ぐにしても『偶然』の範疇で済ませたいのだ。
「そこまで考えているとは、流石です、ユートさん」
「マスターは思慮深いな」
「そんなことないさ」
額はそれほど大きくなくていいから、安定した収入が必要だ。
しかし、エストラと違い、リアルの金策はまるで分からない。
「ここでウダウダ考えていても決まらないし、スーパーに行くか」
「やったぁ! ワクワクなの! ワクワクなの!」
家でPCに張り付くのも悪くないが、いかんせん狭すぎる。
家具のある八畳の部屋に四人で詰めたら、窮屈でたまらない。
「スーパーが何かは分からないが、マスターに従おう」
「エストラにはないものがたくさんあって、楽しいところですよ」
「リーネの言う通りだ。いざ、出発!」
「出発なのー♪」
俺達はなんでもスーパーへ行くことにした。
家の扉を開けるなり見えるスーパーに、「おお」と驚くマリカ。
その反応は、俺を含む三人が想定したものだった。
「こ、ここ、これが、リアル……!」
「私とネネイさんも、初めて見た時は驚きました」
「でっかいなのー! すごいなのー!」
「この様子だと、中に入ったら衝撃のあまり気絶するかもな」
気分よく階段を下り、スーパーへ向かう。
巨大な駐車場を越え、自動ドアをくぐって店内へ。
眩しいほどに煌びやかな照明と、延々に続く商品群。
「今日は一階でお買い物ですか?」
「いや、本を見たいから上の階だな」
なんでもスーパーは、各階がジャンル分けされている。
前回訪れた家電フロアは五階だ。
今回向かう書店フロアは七階にある。
「向かう途中に家電フロアを通るし、少し寄っていくか」
「賛成なのー! ネネイはマッサージするなのー!」
「いいですね、私もマッサージチェアを利用し――」
「いや、リーネはやめてくれ。喘ぎ声が凄まじいから」
「そ、そんなことありませんよ!」
妙に強い口調で否定するリーネ。
やや顔を赤らめていて、恥ずかしそうだ。
「さ、着いたぞ」
エスカレーターでスイスイと進み、五階に到着する。
食器洗い機や空気清浄機、それにテレビなどが目白押しだ。
エストラに電力があれば、これらの品で荒稼ぎできるのに。
「おとーさん、やってもいいなの?」
マッサージチェアの前を通るなり、ネネイが尋ねてきた。
どうやら、マッサージを受けたいらしい。
「ああ、かまわないぞ」
「やったぁ! ありがとーなの!」
ネネイはウキウキした表情でマッサージチェアへ座る。
座ったのは、前回と同じ五〇万円クラスの高級機だ。
よほど気に入っているらしい。
家にスペースがあれば、いくらでも買ってやるのだが……。
八畳間にマッサージチェアは、邪魔になって仕方がない。
「これがマッサージチェアか。見た目は革張りの椅子だな」
そう言って、ネネイの隣に座るマリカ。
それもまた、最新技術の詰まった高級機だ。
「む、座ってもマッサージが始まらないぞ、マスター」
マリカが俺を見てくる。
俺は近寄り「リモコン操作が必要なんだ」と答えた。
そして、リモコンを手に持ち、自動スタートボタンを押す。
それを押せば、勝手に全身もみほぐしコースが始まる。
「おお、なにやら動き出した」
始まるマッサージに歓声を上げるマリカ。
心地よさそうだが、常識の範囲内で楽しんでいる。
「たまらん! たまらん! たまらんんんッ!」
ただ、ひたすらに「たまらん」と連呼しているが。
少しうるさいけど、年齢を考慮すれば誰も気にしない。
表情は普通だし、リーネと違って問題なさそうだ。
「あの、ユートさん」
そんなことを思っていると、リーネが名前を呼んでくる。
振り返ると、上目遣いでこちらを伺うリーネの姿があった。
僅かに目をウルウルさせ、モジモジしながら俺を見ている。
「どうかした?」
「あの、あの、わ、私も……」
リーネがチラリと視線を移す。
移した先にあるのは、マッサージチェアだ。
言いたいことは分かった。
自分もあそこに座りたいということだ。
どうしようか悩んだが、リーネの目にやられた。
捨てられた子犬のような目をしているのだ。
そんな目で訴えかけられては、断ることなど出来ない。
「いいけど、口はつぐむようにしろよー」
「ありがとうございます!」
「絶対だぞ。絶対に、前みたいな声は出すなよ」
「今回は、前がうるさいと感じるくらい、静かにします!」
「いや、前は静かじゃなかったから……まぁいい、行ってこい」
「はい!」
リーネは嬉しそうに、スキップしながら駆けていく。
そして、マッサージチェアに腰を下ろした。
深く座り込み、靴を脱いで、足をセットする。
念入りに座り直し、ポジションを調整。
これで準備は万端だ。
右手でリモコンを持ち、親指でボタンをポチッと。
その瞬間――。
「ひぐぅぅぅっ! あぁぁぁぁっ! あっああっ!」
喘ぎ声が響く。
もちろん、表情は恍惚としている。
酸素不足の金魚みたいに、口をパクパク。
その端からは、涎がたらたらと垂れている。
「やっぱりこうなったか」
やれやれ、俺は盛大なため息をついた。
付近の棚から、獣の気配を感じる。
商品を見るフリをして、聞き耳を立てる野郎共だ。
他には、「変なメイドさんが居るよ」とママに言う子供。
見ちゃいけません、と慌てて別の場所に移動するママ。
「リーネ、ネネイの面倒を――」
「ああっ、そこ、そこぉぉ! ひぐぅぅっ!」
「……。マリカ、ネネイの面倒を――」
「たまらん! たまらん! たまらん!」
リーネは論外として、マリカも駄目だ。
しばらく悩んだ後、俺はネネイに言った。
「ネネイ、狂った二人をよろしく頼む」
「任せてなの、おとーさん!」
なんてこった、五歳児が一番まともである。
このグループは、滅茶苦茶だ。
◇
三人を五階に残し、俺は七階にやってきた。
金策に役立ちそうな本を探すためだ。
今ある手札で、どうにか稼ぐ方法を見つけたい。
やれ資格の取得だの、やれ勉強だのはごめんだ。
若かりし頃は、そういう努力をしたこともあった。
でも、就活をした時に、そんなものは無意味と悟ったのだ。
生まれもっての才能と優れたコミュ力が、全てを決定する。
ここはそういう世界なのだ。だから、努力は不要。
面倒なことは避け、現状の戦力でやりくりする。
「ネネイの力を活かせそうなもの……」
俺の使える手段は、ネネイの『未来透視』だけだ。
唯一無二にして、最強の手札。
しかし、未来透視にも欠点はある。
一週間から三カ月先までしか視ることができない点だ。
この点を把握しながら、良い案を考えなければならない。
「どれもしっくりこないなぁ」
資産運用に関する本を眺めてみる。
どれも胡散臭く感じられた。
プロが教える云々やら、誰でもできる云々やら。
無知な初心者を釣ろうってな意思の感じられる本ばかりだ。
かといって、シンプルな表紙の分厚い参考書も辛い。
試しに開いた金融工学がどうたらいう本は、実に難解だった。
三行読んだだけで眠気を催す。
「やっぱ、ネットで調べるか」
怠け者だな、俺って奴は。
そんなことは、自分でも分かっていた。
しかし、二十九にもなってどうこうしようとは思わない。
結局、また宝くじに頼ることとなりそうだ。
それはそれで、まぁいいか。
大した成果もないまま、五階に戻る。
エスカレーターを降り、家電フロアに足を踏み入れる。
「あっ……あっ……」
近づくまでもなく、遠くから喘ぎ声が聞こえる。
リーネの声だ。耳を澄まさなくても分かった。
「先に店内を見ておくか」
リーネのせいで、追い出されるのは時間の問題だ。
そうなる前に、店内をぶらつくことにした。
「このパーツで、この価格か。値下がりしてるなぁ」
ネトゲ廃人なだけあり、一直線に向かうのはPCコーナーだ。
見るのは当然デスクトップPCで、ノートには目もくれない。
メーカーはそれほど気にせず、性能と価格を注意深く見る。
といっても、パーツについて熟知しているわけではない。
ネトゲ廃人が重視するのは、大量にあるパーツの内、三種類だけだ。
CPU、グラフィックボード、メモリである。
この三項目が、ゲームを円滑に遊べるかを決めるのだ。
「いらっしゃっせー!」
真剣な眼差しで眺めていると、店員が近づいてきた。
俺のことを「ひと押しすれば金を落とすカモ」と判断したのだろう。
お生憎様、俺に買う気などありゃしない。
なぜなら、今はネトゲに耽る時間がないからだ。
店員が近づいてきたことをきっかけに、その場から離れた。
続いてやってきたのはテレビコーナーだ。
腰を抜かしそうなサイズの大型テレビがちらほら。
こんなの誰が買うんだよと思いつつ、ぼんやりと眺める。
「三〇三にテレビ置くのもありかなぁ」
俺の家にはテレビがない。
置く為の場所もないし、置く気もなかった。
テレビを見る暇があるなら、ネトゲをしていたからだ。
しかし今では、ネネイやリーネ、それにマリカがいる。
テレビを買えば、彼女らがより楽しく過ごせるのではないか。
そう思うと、テレビを買っても良い気がした。
三〇三号室をシアタールームにすれば、ウキウキで籠るはずだ。
その間、俺はネトゲに耽ることも――いかんいかん、それは駄目だ。
気を抜くと、ついネトゲをやろうとしてしまう。
テレビを買うのは有りだけど、ネトゲをするのはもう少し後だ。
『ここで緊急速報が入ってきました』
目の前にある大型テレビにて、アナウンサーがニュースを読み上げる。
ほのぼのする話を打ち切り、突然、緊急速報を伝え始めたのだ。
『国内大手電機メーカーの西芝で、過去数年間に及び不適切な会計があったと分かりました――』
西芝……俺でも知っている大企業だ。
学生が就職したい企業ベスト二〇の常連である。
テレビや洗濯機などの家電を始め、色々な物を作っている企業だ。
半導体の何かに強いらしいが、半導体が何かすら俺には分からない。
『社員の内部告発により問題が発覚したようです。それによりますと――』
会計の問題といえば、粉飾決算という言葉をよく聞く。
しかし、西芝で問題になっているのは不適切会計だ。
どちらも会計上の問題だが、俺には違いが分からない。
俺の様な素人でも分かるのは、とてつもなくまずい状況ということだ。
手短に情報を伝えた後、画面は西芝の株価情報に切り替わった。
当然のことながら、大暴落している。綺麗にストンと急降下だ。
番組にて、専門家が「株主による集団訴訟は免れない」と解説している。
「あらあら、あの西芝がねぇ」
「チャレンジに失敗しちゃったのかねぇ」
「もしかしたら潰れちゃうんじゃないかねぇ」
俺の背後で、どこぞの主婦たちもテレビを眺めている。
心配するようなセリフとは裏腹に、表情はとても嬉しそうだ。
他人の不幸は蜜の味ってやつだろう。
『これは明日・明後日もストップ安が続くでしょう』
株価の情報を映しながら、専門家がそう締め括る。
画面が切り替わり、西芝の重役達が映し出された。
強烈なフラッシュが飛び交う中で、頭を下げて謝罪している。
「どうせ口だけでしょ」
「上の人はお金あるし気楽なものよね」
「ほんとその通りよ。私の主人なんか――」
主婦達が本性を現す中、俺は考え事に耽っていた。
テレビを観ていて浮かんだ金策手段を、脳内でまとめていく。
いけるぞ、これはいける。
降って湧いたような閃きに、俺は胸を躍らせた。
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