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022 もしもネネイと出会わなかったら(後編)

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 家を出て、冒険者ギルドにやってきた。
 相変わらず賑わっている。

「でさ、ガーゴイルが反撃してきて――」
「あいつの回復がすげぇいいタイミングで――」
「あの洞窟行ったことある? 蜘蛛の――」

 ガヤガヤ、ガヤガヤ。
 そこら中から、冒険者の会話が聞こえてくる。
 自慢げに死闘の模様を語っている奴。
 ダンジョンで拾った物が高く売れたと喜ぶ奴。
 これから挑むクエストの作戦を詰めている奴。
 話の内容は色々だが、どれも聞いていて楽しい。

 冒険者の年齢は様々だ。
 俺より若い奴らもそれなりにいる。
 かと思えば、ベテランの風格が漂う老練も。

 ウキウキしながら、俺は受付カウンターに向かった。
 受付嬢のエルフは、例外なくスラッとしていて美人だ。
 ピンッと尖がったエルフ特有の耳は、どこか神秘的である。

「お久しぶりです、ユートさん」

 カウンターに着くと、受付嬢が話しかけてくる。
 久しぶりらしいが、俺はこの女を覚えていなかった。
 だから、リーネに「誰か覚えているか?」と耳打ちする。
 それが聞こえていたみたいで、受付嬢は小さく笑った。

「お二人が冒険者登録をする際に担当させていただいた者です」
「そうだったんだ?」

 説明を受けてもなお、思い出せなかった。
 数千人の冒険者を相手にする受付嬢が覚えていて、俺が覚えていない。
 その事実に、俺は衝撃を受けると同時に、記憶力のなさを呪った。
 しかし三秒後には、端正な顔立ちをしている相手が悪いと開き直る。
 右を見ても美人、左を見ても美人。エルフは美人しかいない。
 その上、髪の色は金で統一されている。

「覚えていないのは無理もありません」

 受付嬢が自身の髪を触る。
 肩にかかる程の長さをした金色の髪だ。
 毛先をつまむと、顎の前まで持ってきてから離した。
 サラサラと元の位置に戻っていく。

「前にお会いした時は、もう少し髪が伸びていました」

 受付嬢が、水平に傾けた手を胸元まで下ろす。
 どうやら、以前は胸元程の長さだったらしい。
 そう言われて、徐々に思い出してきた。

「よかったら名前を教えてくれませんか?」
「はい、ティアと申します」
「分かりました。俺の名前はユートです」
「あはは、知っております」

 軽くボケて、適当に話をまとめた。
 名前を訊いておけば、今度からは忘れないだろう。

「それで、本日のご用件は、個人クエストの発注でしょうか?」

 俺が商売に明け暮れていることは、ティアも知っているようだ。
 そうでなければ、「クエストの受注か?」と質問するのが普通である。

「いえ、今日は討伐クエストを受注したくて来ました」
「え、討伐クエストの受注ですか?」

 聞き間違いを疑うレベルで驚くティア。
 その反応は無理もない。
 討伐クエストの報酬が金だからだ。
 俺のレベルなら、報酬はよくて一万ゴールド。
 一方、俺の所持金は二〇〇〇億オーバー。
 資産残高を知らなくても、億万長者であることは知っているだろう。
 そんな人間が、下手すれば命を落としかねない討伐クエストに申し込む。
 普通ではありえないことだ。

「レベル五でも余裕なやつをお願いします」
「わ、わかりました」

 ティアは三枚の用紙を取り出した。
 クエスト表と呼ばれる紙だ。
 名前の通り、クエストの情報が書かれている。

「ご要望に該当するクエストはこちらになります」
「手に取って眺めても?」
「はい、問題ございません」

 俺は三枚の用紙を手に取り、一枚ずつ見ていく。

==========
【クエスト名】
 ゴブリンの討伐

【内容】
 始まりの森に棲息しているゴブリンの討伐
 (最大二〇体迄)

【報酬】
 一体目:五〇〇〇ゴールド
 二体目以降:一体につき二〇〇〇ゴールド

【備考】
 特になし
==========

 一枚目はゴブリンの討伐だ。
 これは何度かこなしたことがある。
 ゴブリンとの戦闘はやや飽き気味だ。
 どうせなら違うやつを受けたい。

「これは結構です」

 一枚目をティアに返し、二枚目に移る。

==========
【クエスト名】
 ジュニアゾンビの討伐

【内容】
 ゾンビの巣の最奥部に棲息しているジュアゾンビの討伐
 (最大三〇〇体迄)

【報酬】
 一体につき三五〇〇ゴールド

【備考】
 特になし
==========

 二枚目はゾンビの討伐か。
 ゴブリンに比べて、一体目の報酬が少なく、二体目以降は多い。
 また、報酬が発生する討伐数の上限が一桁多い。
 数を狩るタイプなのだろう。
 ということは、個々の戦闘能力は低いに違いない。
 戦闘経験のない俺にもってこいのクエストだ。

「一応、三枚目も確認しておくか」

 二つ返事で決める前に、三枚目にも目を通すことにした。

==========

【クエスト名】
 トークキングの討伐

【内容】
 八百万の大空洞に棲息しているトークキングの討伐

【報酬】
 一〇万ゴールド

【備考】
 必須:ガイドスキル
 推奨:エスケープスキル
 推奨:氷属性の攻撃スキル
 推奨:攻撃力又は魔法攻撃力一〇以上
 推奨:魔法防御力一五以上

==========

 一目見て悟った。

「あ、これ無理なやつだ」

 スキルはまだしも、ステータス条件が論外。
 攻撃力と魔法攻撃力は共に一〇以下だ。
 さらに魔法防御力も足りていない。

 そしてこの報酬額。一体一〇万。
 間違いなく単体の戦闘力が高い。
 上限の設定がないあたり、数も少ないだろう。
 一体から、多くても三体程度。
 ネトゲにおける『ボスモンスター』だ。

 そんな奴に俺が挑めばどうなるか。
 結果は想像に容易い。
 瀕死の重傷を負うか、それとも死ぬかだ。
 おそらくは後者だろう。

「よし、ゾンビの討伐にしよう!」
「ジュニアゾンビの討伐でよろしいですか?」
「はい、それでお願いします」
「かしこまりました」

 かくして、俺のクエストは『ジュニアゾンビの討伐』に決まった。

 ◇

 クエストが決まるなり、目的地に出発だ!
 ……となるのは、よほどのベテランか愚か者だろう。
 俺みたいな初心者は、手堅く戦闘準備を整える。
 そんなわけで、スキル屋にやってきた。
 汎用スキルを習得する為の場所だ。

「リーネ、久々だから改めて確認させてくれ」
「はい、なんなりとどうぞ」
「君はたしか、戦闘には参加しないんだよな?」
「そうです。戦闘後に負傷していれば回復します」
「オーケー」

 リーネはあくまで傍観者だ。
 同行するが、戦闘はしない。
 唯一の仕事は回復のみ。
 それも、戦闘後の話だ。
 戦闘中に負傷しても、助けてはくれない。

「そうすると、回復スキルを覚えるべきか」

 スキルの書かれた本をパラパラとめくっていく。
 スキル屋には、タイプ別に三色の本がある。
 それを参考に、覚えたいスキルを選ぶ仕組みだ。
 今開いているのは赤色の本。
 この本には、攻撃系のスキルが掲載されている。

「ユートさん、攻撃系のスキルを習得するのですか?」
「もちろん習得しないよ。試しに開いただけさ」

 攻撃スキルの性能は『魔法攻撃力』に依存する。
 しかし、俺の魔法攻撃力は最低の一だ。
 攻撃系のスキルを覚えたところで、まともな火力にならない。
 それならば、まだ支援系のスキルを覚える方がマシだろう。
 そう思い、支援系を掲載している青色の本を開いた。

「たしか支援系も魔法攻撃力に依存されるんだよな?」
「そうです」
「なら回復スキルもあてにならないよなぁ」
「現状ですと、擦り傷を治せる程度かと」
「うん、論外だ」

 残っているのは緑色の本のみ。
 これには移動系スキルが掲載されている。
 唯一、魔法攻撃力の影響を受けないタイプだ。

「よし、ここを出よう」
「え、移動系の本は見ないのですか?」
「必要がないからな」

 移動系スキルとは、一言で表すと瞬間移動だ。
 移動先は、過去に訪れたことのある場所に限られている。
 しかし、俺はラングローザ以外には行ったことがない。
 だから、『エスケープタウン』以外の移動スキルは不要なのだ。
 エスケープタウンさえあれば、どこからでも街に戻れる。

 結局、何のスキルも習得しなかった。

 ◇

 酒場でミルクを調達した後、俺達は街を出た。
 ミルクは、五本のマグボトルに満タンまで入れてある。
 持つのはリーネだ。
 戦闘をしない代わりに、荷物持ちを担当する。
 本当はリュックに入れるつもりだった。
 しかし、俺はリュックを家に忘れてきたのだ。
 取りに帰るのも面倒なので、リーネのフロントポケットに入れた。

 ジュニアゾンビが棲息するダンジョン『ゾンビの巣』。
 ラングローザから東に進むとある……らしい。
 巣という名前だが、見た目は洞窟だとティアから聞いた。

「あれだな、ゾンビの巣」
「そのようですね」

 街の東にある草原を進むことしばらく。
 前方に洞窟が見えてきた。
 入口は、カバの口みたいに大きく開いている。
 天井は高く、幅も広い。

「ゾンビ狩りの時間だ!」
「頑張って下さい、ユートさん」
「おうよ!」

 俺は武器を取り出した。
 穂以外の全てが真紅に染まった直槍だ。
 その名は『プリン』。俺が命名した。

 槍を両手で構え、恐る恐ると洞窟に侵入する。
 いつもと違い、今回はサポートが居ない。
 緊張と恐怖で、体がそわそわとする。
 ただ、それ以上に興奮していた。
 こんな経験、リアルでは絶対に出来ない。

「待て、リーネ!」

 歩き出してすぐ、俺は足を止めた。
 リーネが「どうかしましたか?」と訊いてくる。

「暗くて前が見えない」
「たしかに、真っ暗ですね」

 洞窟内に光源がない。
 唯一の光源は太陽の光だ。
 その光が、届かなくなってきた。

「照明スキルを習得しておくべきだったぜ」

 洞窟で明かりを確保する方法は二つある。
 松明たいまつなどの道具を使うか、スキルに頼るかだ。
 俺の場合、そのどちらもなかった。

 照明スキルは支援系に分類される。
 その為、効果は魔法攻撃力に依存されるのだ。
 だから、覚えても役にたたないだろうとスルーした。
 現場にきて、それは失敗だったと痛感する。
 どれだけ光力が弱くても、ないよりはマシだ。

「なんでしたら、私が照明スキルを使いましょうか?」
「え、いいのか?」
「はい、問題ございません」

 流石は神の使い。
 渡りに船とはこのことだ。

「頼む、リーネ」
「任せてください――ライト」

 リーネの頭上に、光の玉が浮かぶ。
 大きさは野球ボールくらい。
 これが照明スキル『ライト』だ。

「最高だぜ、リーネ」
「いえいえ」

 非常に明るい。
 にもかかわらず、眩しくはなかった。
 光の玉を直視しても、目が痛くならない。
 ライトにより、視界が十分に確保される。
 問題がなくなったので、俺達は進行を再開した。

「深いな」
「ですね」

 ゾンビの巣は、思ったよりも遥かに深かった。
 かれこれ三〇メートルは歩いたが、最奥部には着いていない。
 進めば進むほど、湿度が上がっていく。
 今では、じめじめして不愉快だ。
 それに、硫黄のような臭いも鼻につく。

「ここが最奥部だな」

 五〇メートル程進んだところで、最奥部に到着した。
 それに合わせて、緩やかな勾配だった道が平坦となる。
 道中とは違い、開けた場所だ。
 ライトの効果により、二〇メートル先の壁まで見える。
 そこに至るまでの間には何もない。
 せめて宝箱の一つくらいは欲しかった。

「ところで、モンスターはどこだ」
「さぁ……?」

 最奥部に着くまでの間、モンスターとの戦闘はなかった。
 手汗を湧かせながら槍を握っていたというのに!

 だが、それはいい。
 問題なのは、今もモンスターの姿が見当たらないことだ。
 ホラー物にありがちな、頭上に大量のモンスターが……ということもない。
 右、左、前、上、下、どこを見ても、ジュニアゾンビはいない。

「もしかしたら、先客がいて殲滅していったのかな」
「わかりません」
「とりあえず、奥の壁にタッチして何もなかったら帰るか」
「わかりました」

 ないとは思うが、もしかしたら隠し扉があるかもしれない。
 そんな淡い期待を抱きながら、奥まで移動した。
 左手の掌をペタッと当てる。
 水滴を浮かべる程の湿った壁だ。
 気持ち悪いだけで、他には何もない。

「仕方ない、帰ろう」

 せっかくのクエストがこれか。
 落胆しながら振り返ったその時――。

「ヴォオオ!」

 どこからともなく大量のモンスターが現れた。
 すごい数だ。数百は確実として、四桁もあり得るぞ。
 ジュニアの名に相応しい、一三〇センチ程の小さなゾンビだ。
 見た目はゲームや映画でお馴染みの姿をしている。
 ぐちゃぐちゃにただれた全身と、妙に鋭い牙。

「ここに来るとスポーンする仕組みになっていやがったか」

 ついついネトゲ用語が飛び出す。
 スポーンとは、突如として現れることを指す言葉だ。

「ユートさん、スポーンをご存じでしたか」
「む? エストラでもこの現象はスポーンと呼ぶのか?」
「はい。その言い方ですと、ネトゲでも?」
「そうだよ。まぁ、話は後だ」

 俺は槍を両手で握った。

「いざとなればエスケープ……いざとなればエスケープ……」

 自分に言い聞かせる。
 危険だと思ったら『エスケープタウン』だ。
 エスケープタウンを発動すれば、即座に街へ戻れる。
 落ち着いていけば、問題はない。
 そうは思っていても、足がすくむ。
 目の前にウジャウジャとゾンビが居るのだから当然だ。

「ヴォオオオ」

 ゾンビ達がゆっくりと押し寄せてくる。
 その動きは、ゴブリンよりも遥かに遅い。

「もしも俺が死んだら、ネネイに謝っておいてくれ」
「お断りします」
「はぁ……。なら無茶はできないな」

 俺は苦笑いを浮かべ、ゾンビに突っ込んだ。
 とりあえず、正面のゾンビに向かって突きを繰り出す。

「ヴォオオオ……」

 あっさりと死滅した。
 案の定、クソ雑魚だ。
 これならいけるぞ!

「オラァ! オラオラァ!」

 俺はでたらめに槍を振り回す。
 カス当たりだろうと、ゾンビは死んでいく。
 ゴブリンよりも遥かに脆い。
 その上、動きもノロノロときた。
 おかげで、反撃される恐れがまるでない。

「ドリャア!」
「ナイスです、ユートさん」

「アチョー!」
「これで二〇体目です、ユートさん」

「フンガー!」
「いよいよ五〇体目です、ユートさん」

「セイドリュー!」
「流石です、ユートさん」

 あるアクションゲームを思い出した。
 三国志や戦国時代を舞台にした作品だ。
 ボタンの連打で、ワラワラと集まる兵士を蹴散らす。
 まさにそのゲームのキャラクターになった気分だ。

 ドバドバと溢れだす脳内物質。
 ドーパミン、エンドルフィン、セロトニン!
 迸る無双感に酔いしれる。

「たまらねぇぜぇ!」
「残り五三〇体です、ユートさん」
「はぁ!? まだそんなに残っているのかよ!」

 かれこれ数百体は倒した。
 なのに、まだまだ数は尽きない。

「たしか最弱モンスターってゴブリンだよな?」
「そうです」
「明らかにこいつの方が弱いと思うぞ」
「強さの評価に数が含まれているのかもしれませんね」
「なるほど、尋常じゃない数だもんな」
「はい」
「おかげで俺は疲れたよ。槍を振るう腕が痛い」
「頑張ってください、ユートさん」

 緊張や恐怖から、極度の興奮状態に変わってしばらく。
 敵が弱すぎて、次第に心が落ち着き始める。
 脳内物質の分泌速度が、急速に低下していく。
 それにより、途端に疲労感が身体を支配しはじめた。

「はぁ……はぁ……」
「残り二八〇体です、ユートさん」
「も、もう……ダメだ……」

 俺は殲滅することを諦めた。
 槍を振り回しながら『エスケープタウン』を発動する。
 ゾンビの巣に居た俺達の身体が、一瞬で街の外に移動した。

「え、戦うのを止めたのですか?」
「も、もう限界だ……」

 俺は槍をしまい、その場に倒れ込んだ。
 二万ゴールドで買ったスーツは、汗でビショビショだ。
 何かと汚れているし、これは新しい物に買い替えだな。

「お疲れ様です、ユートさん」

 リーネはフロントポケットに手を突っ込んだ。
 マグボトルを一本取り出し、こちらに向けてくる。

「ミルクはいかがですか?」
「はぁ……はぁ……飲もう……」

 俺はマグボトルを受け取った。
 城壁にもたれるようにして座り込み、蓋を開ける。
 そして、迷うことなく一気飲みした。

「くぅー! 蘇る!」

 ミルクはキンキンに冷えていた。
 酒場で買った時の冷たさをしている。
 流石は真空断熱マグボトルだ。

「私も頂いてよろしいですか?」
「いいよ」
「ありがとうございます」

 俺に続き、リーネもミルクを飲んだ。
 ポケットからマグボトルを取り出し、蓋を開ける。
 左手を腰に当て、グビグビと豪快に飲んでいく。

「冷たくて美味しいですね」
「これを流行らせたのは正解だったな」
「流石です、ユートさん」
「いやいや、元を辿ればネネイが――あっ」

 話していて思い出す。
 マグボトルが流行るきっかけを作ったのはネネイだ。
 大好きなイカの串焼きを食べ過ぎて、喉がカラカラになった。
 それを見て、俺はマグボトルを閃いたのだ。
 ネネイと出会っていなければ、ここにマグボトルはなかった。

「ネネイの存在は偉大だな」

 目を瞑り、ネネイの笑顔を想像する。
 それだけで、疲れが吹っ飛び、元気になった。
 帰ったら、たくさん撫で撫でしてやろう。

「さて、ギルドで報告して家に戻るか」
「そうですね」

 ゆっくりと立ち上がる。
 夕日に身体を照らしながら、街に足を踏み入れた。

「本日のクエストはいかがでしたか?」
「楽しかったよ。またな、ティア」
「はい、またのお越しをお待ちしております」

 急ぎ足でクエストの報告を済ませる。
 その時、レベルが上がっていることに気づいた。
 今のレベルは八だ。三も上がっていた。
 しかし、ステータスポイントを振るのは後回しだ。
 急いで戻らないと。
 そそくさと冒険者ギルドを後にした。

 家に到着したのは、それから二〇分後のことだ。
 扉を開けるなり、怒声が飛んできた。

「どこへ行っていたなの!」

 声の主はネネイだ。
 頬をぷくぷくに膨らませている。
 両手にはイカの串焼きを持っていた。

「そ、それは……」
「おとーさんとリーネお姉ちゃんの分なの」
「買ってきてくれたのか」
「もう冷たくなっちゃったなの」

 ネネイが近づいてくる。
 まずはリーネに、「どうぞなの」と串焼きを渡した。
 その時の表情は笑顔だ。
 リーネも笑顔で「ありがとうございます」と受け取る。
 続いて、俺に向かって「むぅーなの」と串焼きを向けた。
 見るからに不機嫌そうな表情で、睨みつけてくる。
 一言謝った後、礼を言って受け取った。
 木の串からしてひんやりしている。

「マスター達が戻るまで、ネネイはここで待ち続けていた」
「そうだったのか、悪いことをしてしまったな」
「本当なの! おとーさんなんか、ぶぅーなの!」

 ネネイの不機嫌度は一〇〇パーセントだ。
 俺は全身全霊を込めて平謝りに徹した。
 このままでは、撫で撫でどころではない。

「もういいなの! イカさんを食べてなの!」
「本当にごめんよ」

 俺とリーネは、その場で串焼きを食べた。
 ぴたぴたに冷めているけど美味い。
 出来立てはもっと美味かったのだろうな。
 ますます申し訳ない気持ちになった。

「美味しいよ。ありがとうな」
「ぶぅーなの!」

 ネネイが身体を逸らし、こちらに背中を向ける。
 しかし、数秒後に再びこちらを向いた。

「帰ってきてよかったなの!」

 ネネイは駆け寄ってくると、勢いよく俺に抱き着いた。
 顔を俺のお腹に押し当て「心配したなの」と連呼している。
 ネネイの頭を優しく撫でながら、俺はもう一度謝った。

「おかえりなさいなの、おとーさん!」
「ただいま、ネネイ」

 ギューッと抱き着いた後、ネネイは顔を上げる。
 俺に向けて白い歯を見せ、「えへへなの♪」と微笑んだ。
 一切の邪な気持ちを浄化する女神のような笑顔である。
 ネネイがいなければ、この笑顔を見ることもできない。
 ネネイと出会えて、本当に良かった。

「さて、ご飯を食べに行くか」
「はいなのー♪」

 ネネイと手を繋いで、家を出ようとする。
 その時だった――。

「ユートさん」
「どうした? リーネ」
「忘れる前にステータスポイントを振られては?」

 この言葉により、ネネイが繋いでいた手を離す。
 ニコニコの笑みが消え、再び険しくなっていく。
 やばいぞ、やばいぞ。

「おとーさん、どういうことなの?」
「実は今日、ゾンビを狩っていて……」
「それでレベルを上げたなの?」
「そう。五から八に……」
「抜け駆けなの! ネネイより高いなの!」

 ネネイの頬が膨らんでいく。
 今、俺がするべきことは何か。
 そんなの、決まっている。
 俺はしゃがみ、頭を差し出した。

「どうぞ」
「おとーさんなんか、ぶぅーなの!」

 盛大にチョップされた。


【最新ステータス】
 名前:ユート
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 魔法防御力:15
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