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023 一人きりの休日

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 休み二日目。
 三階のソファから始まるいつもの一日。

「リーネお姉ちゃん、おでかけしようなの!」

 珍しく、ネネイがリーネを誘った。
 いつもなら俺を誘う場面だ。

「え、私ですか?」

 リーネが驚いて訊き返す。
 ネネイは「そうなの」と笑顔で頷いた。

「マスターではなくリーネを誘うとは珍しい」
「おとーさんは、ぶぅーなの!」

 どうやら、昨日の一件をまだ根に持っているらしい。
 ネネイ曰く、レベルを三も上げたのが問題とのことだ。
 自分と同じならまだしも、追い抜いたことにご立腹である。

「かまいませんけど、どちらに行くのですか?」

 リーネが問うと、ネネイはニッコリ微笑んだ。

「ネネイもレベル上げをしたいなの!」
「モンスターの討伐ですか」
「そーなの!」

 すかさず俺が待ったをかける。

「危険だからダメだ、俺もついていく」
「おとーさんはぶぅーなの!」
「分かっているのか、リーネは戦闘に参加しないぞ」
「かまわないなの! ネネイがいっぱい倒すなの!」

 食い下がろうか迷ったが、やめておくことにした。
 これ以上とやかく言っても効果がないと悟ったからだ。
 ここは、攻め方を変えよう。

「リーネ、今回だけは特例でネネイを守ってくれないか?」
「分かりました」

 よし、これで大丈夫だ。
 最強の巨乳JKメイドが機能すれば、問題なかろう。
 しかし、ネネイがそれを許さなかった。

「ダメなの! ネネイが一人で戦うなの!」

 ぐぬぬ……。
 ネネイの目的は分かっている。
 俺より高いレベルまで上げることだ。
 だから、多少強引にでも乱獲したい考え。
 どうしたものかと悩んでいると、マリカが口を開いた。

「なら、私も付き添おう。支援スキルをかけてやる」
「なるほど、それなら効率よく戦えるな」

 マリカが使える支援系の汎用スキルは二つ。
 それらを使えば、動きが速くなり、攻撃力が上昇する。

「ありがとーなの、マリカお姉ちゃん!」
「戦闘に集中できるよう、骸骨で周辺も警備してやろう」
「助かるなの!」

 話がまとまると、ネネイはソファから立ち上がった。

「マリカお姉ちゃん、リーネお姉ちゃん、今日はよろしくお願いしますなの」

 最初にマリカ、続いてリーネに、ネネイはペコリとお辞儀する。
 それに対し、マリカは「うむ」と短く答えた。
 一方、リーネは「こちらこそよろしくお願いします」と丁寧に返す。

「早速出発なのー♪」
「承知した」
「分かりました」

 こうして、三人の予定は狩りに決まった。

「あのー、俺は?」
「おとーさんは今日一日、ぶぅーなの!」
「はい……」

 一方、俺の予定は『ぶぅー』だ。
 要するに、「勝手にしろ」ということ。
 ネネイを先頭に、三人が階段を下りていく。

「頑張ってレベルを上げてこいよー」

 反射的に、笑顔で「はいなのー♪」と答えるネネイ。
 その直後、ハッとして、顔をブンブンと横に振った。

「間違ったなの! おとーさんなんか、ぶぅーなの!」

 わざわざ言い直すなんて、可愛いなぁ。
 俺は含み笑いを浮かべ「じゃあな」と見送った。

「で、俺はどうすっかなぁ」

 まともな家具のない三〇畳の部屋に、一人でポツンと佇む。
 なんとまぁ寂しいことか。
 とりあえず、リーネが設置したマッサージチェアを体験する。

「うーん、気持ちいい」

 さすがは五〇万円クラスの高級機だ。
 昨日の戦闘で蓄積された肉体的疲労が消えていく。

「ふぅ……」

 しばらくして、機械が自動停止した。
 マッサージが終了したのだ。
 立ち上がり、両肩をゴリゴリ回す。
 全身が軽くなった感じがした。

 さて、これからどうしようか。
 間抜け面を浮かべ、のろのろと部屋中を歩き回る。
 悩んだ結果、雑務をこなしておくことに決めた。
 早速、『世界転移トランジション』でリアルに戻ろうとする。

「いや、待てよ」

 このまま戻っては、昨日と同じ轍を踏みかねない。
 たとえば、昼寝に耽ってしまい、戻ったら夕方になっていたとか。
 そんなことになると、ネネイがまた「ぶぅーなの」と怒るだろう。

 改善策として、テーブルの上に書置きを残すことにした。
 遅くなる可能性があることと、今日中に戻ることをアピールする。
 これなら、戻ってきた時に俺が居なくても、心配しないだろう。

 準備が完了したので、世界転移を発動しようとする。
 無言で発動してもいいが、せっかく誰もいないわけだし……。

「神より与えられし力で時空を超え、彼方の星へいざ行かん! 世界転移!」

 訳の分からないセリフを叫ぶ。
 我ながら酷い中二病だ。
 傘を武器に見立ててチャンバラに励んだ小学生時代を思い出す。
 そんなこんなで、スキルを発動した。

「さて、作業を始めるか」

 すぐさま自室のデスクトップPCに張り付く。
 まずは証券会社のサイトにログインし、証券口座を確認する。

==========
【資産合計】
 195億7290万9200円

【保有商品】
 国内株式:89億7200万0000円
 預り金:106億0090万9200円
==========

 続いて、ネット銀行の口座も確認する。
 そちらには、約五〇億円が入っていた。

「うむ、問題ない」

 ふぅ、とPCの前で息をついた。
 ネネイのおかげで、俺の総資産は二〇〇億円を超えている。
 しかし、そんな実感はまるでない。
 なぜなら、手元に一〇〇万円すらないからだ。
 動いているのは、画面に表示されている数字のみ。

 剃刀やマグボトルの仕入れ代も、ネット銀行の口座から支払う。
 作業はウェブ上からポチポチクリックするだけ。
 最近ではそれすらも必要ない。
 自動振込サービスを利用しているからだ。
 だから、俺が確認するのは口座の残高だけでいい。

「それじゃ、適当に損失を垂れ流しておくか」

 ネネイの『未来透視』があれば百戦百勝だ。
 だからといって、常勝無敗の荒稼ぎをしてはいけない。
 そんなことをすれば、不正をしていないかと疑われてしまう。
 その為、俺は適度に負けて、しばしば億単位の損失を出している。

 株で稼ぐのは難しいが、負けるのは非常に簡単だ。
 これから死ぬであろう企業の株を買うだけでいい。
 そうすれば、あとは勝手にお金が消えていく。

 具体的な方法はこうだ。
 まず、経済関係のニュースサイトを開く。
 そこで『債務超過』に陥った上場企業を探すだけ。
 債務超過とは、資産より負債が多い状態を意味する。
 早い話が、『借金で首が回らない状態』ということだ。
 こういった会社は近い内に上場廃止となり、大体は倒産する。
 当然、株は連日に渡って暴落を繰り返す。
 そして、最終的には紙切れとなるわけだ。

「お、いいのがあったぞ」

 俺が目を付けたのは、シエもりという会社だ。
 何の会社かは知らないし、興味もない。
 ニュースサイトの記事をじっくりと読む。

「営業キャッシュフローがマイナスなのに純利益はずっとプラスだったわけかぁ。確かにそれはいかんなぁ、いかんよ。うんうん。なるほどなぁ」

 いかにも理解しているかのように呟く。
 しかし、書いてある内容はさっぱり分かっていない。
 営業キャッシュフローなんていわれても、ちんぷんかんぷんだ。
 確実なのは、シエ守はもうおしまいだってこと。

 俺はすぐさま証券会社のサイトを開いた。
 シエ守の銘柄コードを打ち込み、株価を表示する。
 案の定、叩き売りにさらされていた。
 売りが売りを呼ぶ一方、買い手はつかない。
 一週間前は一株二〇〇〇円だった株価が、今では三五〇円だ。
 この調子なら、来月には上場廃止だろう。

「これでよしっと」

 カタカタとPCを操作し、シエ守の株を購入した。
 購入金額は約三〇億円。これが全て紙切れになる。
 もったいなくてたまらないが、仕方のない出費だ。

「さて、エストラに戻るか」

 このままここに居ても、やることがない。
 ネトゲをする気はないし、昼寝ならエストラでするべきだ。
 大きく伸びをした後、世界転移を発動しようとする。
 その時、家に置いてあるスマホが鳴りだした。
 電話の音だ。

「誰からだろう」

 俺に電話をかけてくる相手は皆無だ。
 長らく引きこもっていれば、友達も離れていく。
 いや、それは間違いだ。
 そもそも、俺に友達らしい友達はいなかった。

 妙に緊張しながら、スマホの画面を見る。
 電話をかけてきたのは母親だった。
 無視しようか悩むも、結局出てしまう。

「もしもし」
『仕送りできなくなるけどいい?』

 開口一番に用件を言う癖は変わっていない。
 普通は「もしもし」なり、名乗るなりするものだ。

「別にいいけど」
『いいけどって、あんた、どうやって生活するの?』

 俺が億単位の金を持っていることは誰も知らない。
 話すことで、相手に害が及ぶことを恐れているのだ。
 親が俺のように口が堅いとは限らない。
 ペラペラ話されて、物騒な事件に巻き込まれるのはごめんだ。

「どうにかするよ。いざとなれば金持ちのヒモにでもなるさ」
『母さんとしては、ヒモより働いてほしいけどね』
「なんにせよ、自分でどうにかするから気にしないでいいよ」
『ごめんね』
「こちらこそ、立派な社会人になれなくてごめんな」
『本当だよ。じゃあ、またね』

 あっけなく電話が終了する。
 本当は「働く必要がないくらい金がある」と言いたかった。
 そう言うこともできないのが辛いところだ。
 いつか、適当な理由をつけて恩返しをしよう。

「ポストも見ておくか」

 ついでなので、郵便物を確認しておくことにした。
 家を出て、一階まで下り、郵便箱を開封する。
 大したものは入っていない。
 光熱費の明細くらいだ。
 あとは下らないチラシばかり。
 こんなの落書き用紙にしか使えない。

「あ、そうだ!」

 落書きということで、俺は名案を閃いた。
 部屋に戻り、財布を取る。
 その後、急ぎ足でなんでもスーパーに向かった。

「何階だ」

 案内表を確認し、目的地を調べる。
 巨大スーパーなだけあり、探すのに時間がかかった。
 しかし、一分程で無事に発見する。

「よし」

 気合を入れ、目的地に直行した。
 やってきたのは、子供のおもちゃコーナーだ。
 場所が場所だけに、客層は小さな子供が多い。
 他に居るのは、保護者と思わしき大人達。
 そんな中、俺は遮二無二目的の商品を探した。

「あったぞ!」

 俺が探していたのは、何度でも消せるお絵かきグッズだ。
 長方形のサイズをした物で、中央がキャンバスになっている。
 下にはスライドバーがあり、動かすとキャンバスが消える仕組みだ。
 俺の幼少期から現代に至るまで、大人気の定番商品である。

 このおもちゃをネネイにあげるつもりだ。
 お絵かきが好きかは知らないが、喜ぶのは間違いない。
 商品を購入すると、他には目もくれないで家に帰った。

 家に着くと、箱から商品を取り出す。
 欠陥品じゃないことを確認する為、試しに使ってみた。
 付属のペンで適当に絵を描いて、スライドバーで消す。
 よし、問題ない。

 ネネイの喜ぶ顔を思い浮かべながら、俺は世界転移を発動した。
 先程とは違い、今度は無言だ。
 転移するなり、周囲を見渡す。
 閑散としていた。
 三人はまだ帰っていない。

「これはもういらないな」

 リアルへ行く前に残した書置きを手に取る。
 クシャクシャと丸め、胸ポケットにしまった。
 そして、ゆっくりとソファへ腰を下ろす。
 書置きのあった場所に、プレゼントのおもちゃを置く。

「ただいまなのー!」

 その瞬間、下の階からネネイの声が聞こえた。
 ここからでもよく分かる程に、声が弾んでいる。
 続いて、ドドドドッと慌ただしく階段を駆ける音がした
 この時点で、この後の展開におおよその予測がつく。

「おかえり、ネネイ」
「ただいまなの、おとーさん!」

 最初に三階へ着いたのはネネイだ。
 少し遅れて、マリカとリーネも着く。

「おとーさん! おとーさん!」
「なんだなんだ」

 ネネイは満面な笑みを浮かべ、嬉しそうに駆け寄ってくる。
 そして、俺の膝にぴょんっと飛び乗った。
 テーブルに置いてあるプレゼントには気づいていない様子。

「おとーさん、これ見てなの!」

 ネネイが冒険者カードを取り出し、見せてくる。
 顔面の前にかざされたカードを、俺は眺めた。

 名前:ネネイ
 レベル:9
 攻撃力:9
 防御力:9
 魔法攻撃力:9
 魔法防御力:9
 スキルポイント:9

 案の定、ネネイのレベルは九になっていた。
 俺のレベルが八だから、一つ上まであげたのだ。

「これでおとーさんより、ネネイの方が高いなの!」
「すごいじゃないか。俺の負けだよ」
「えへへなの♪」

 ネネイは冒険者カードをしまうと、俺の隣に移動した。
 そして、体を横にして、俺の膝を枕代わりにする。

「さて、次は俺の番だな」
「ふぇぇ?」

 ネネイが落ち着いたのを見計らい、俺はプレゼントを手に取った。
 寝転んだばかりのネネイが、上半身を起こす。

「ネネイにプレゼントだよ」
「おとーさん、これは何なの?」
「お絵かきをするおもちゃさ。名前は『らくがき君』だっけかな」

 使い方は実際に見せるのが一番だろう。
 俺は付属のペンで丸を描き、サッと消した。

「こんな感じで、何度も絵を描けるよ」
「おおーなの! すごいなの!」

 ネネイが興奮する。
 対面に腰を下ろしたマリカとリーネも、同様の反応をみせた。

「早速、これで絵を描いてもいいなの?」
「もちろんさ、好きな絵を描いてくれ」
「ありがとーなの! おとーさん!」
「こちらこそ、いつもありがとうな」

 ネネイはらくがき君を持って立ち上がった。
 そして、ソファのすぐ横の床に置き、絵を描き始める。
 テーブルを使えばいいのにと思いつつ、俺は静かに見守った。

「描けたなの!」

 数分後、ネネイが絵を描けたと報告する。
 俺は「見せて見せて」と身を乗り出した。
 マリカ達も興味深そうに眺めている。

「はいなの♪」

 ネネイは立ち上がると、らくがき君をこちらへ向けた。
 キャンバスには、二人の人間が描かれていた。
 一人は子供で、一人は大人だ。
 どちらもニコニコ顔で手を繋いでいる。
 二人の横には、大きな文字でこう書かれていた。

『おとうさんだいすき!』

 それを見た俺の頬は、たるんたるんに緩んだ。
 鏡を見るまでもなく分かった。
 今の俺は、これまでの人生で最もにやけている。

 二日目の休日は、最高に幸せな一日となった。
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