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034 株式会社ユート君

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 思い立ったが吉日ということで、俺とアンズはすぐさま家を出た。
 残りの三人はおうちでお留守番だ。
 ネネイはついてきたがっていたが、俺は逆に行きたくなかった。
 面倒なので、出来れば家で寝ておきたかったのだ。

「次行くよ、次!」
「なぁ、ここいらで休憩を――」
「そんな時間ないよ! 次!」
「はいぃ……」

 そんなわけで、あちこちと走り回った。
 いつもの三倍速で動き続ける。
 足を止めたと思ったら、今度は手を動かす。

「印鑑、オッケー!」
定款ていかん、オッケー!」
「資本金、オッケー!」

 俺はただ、アンズの言う通りに作業するだけ。
 何をしているのかはサッパリ分からない。
 テイカン定款ってなんだ? ポンカン椪柑の友達か?
 理解は出来なかったが、アンズは頼もしかった。

「さぁ、ここで最後だよ!」

 色々動き回った後、『法務局』に到着する。
 そこでも、慌ただしく作業を行った。
 そして――。

「登記申請完了! はい、完成!」

 俺は社長になった。
 そう、アンズのアイデアとは、会社を起こすことだったのだ。

『個人が駄目なら、法人化すればいいじゃない!』

 アンズが家で言ったセリフだ。
 さも当たり前のように、平然と言ってのけた。

「実感はないけど、俺が社長なのか?」
「そうだよ! ユート君は『株式会社ユート君』の社長だ!」
「うげっ、社名がユート君なの?」
「分かりやすくていいでしょ!」

 会社を起こしたからといって、何かが起きるわけではない。
 表向きの生活は、これまでとなんら変わりないのだ。
 細かいことを挙げると、色々と何やらあるらしい。
 アンズが詳しく説明していたけど、理解できなかった。

「ま、気にしないでいいよ! 私に任せて!」

 とのことなので、細かいことはアンズに丸投げだ。
 頼もしすぎて、足を向けて寝られない。

「結構時間がかかったなぁ」
「いやいや! かなり早い方だよ!」
「そうなの?」
「私じゃないと数日はかかっていた!」
「すごいな。流石は俺の助手だ」
「そういえば助手だった!」
「自分で言ったのに忘れていたのかよ」
「はっはっは!」

 クタクタになりながら、法務局を後にする。
 朝に家を出たのに、今はもう夕方だ。

「帰ってきたぞー」
「おかえりなのー♪」

 家に帰るなり、ネネイが飛びついてくる。
 遅くなることは予め言っていたので、怒ってはいない。

「遅くなってごめんな」
「大丈夫なの! おとーさん、お疲れ様なの!」
「おうおう、ありがとう」

 俺はネネイの頭をクシャクシャと撫でた。
 嬉しそうに「えへへなの♪」と笑うネネイ。
 その笑顔を見るのは、なんだか久しぶりな感じがした。

「無事に会社は起こせましたか?」

 リーネが訊いてくる。
 アンズはグイッと親指を立て、ウインクした。
 その横で、俺は「無事にいけたよ」と答える。

「流石です、ユートさん」
「流石なのは俺じゃなくてアンズだけどな」

 アンズはニッコリした後、俺に言った。

「細かい作業が残っているから、受注は後日になるけどいい?」
「あぁ、具体的なタイミングはアンズに一任するよ」
「了解! 社長の期待に応えるよ!」
「社長か、いい響きだな」
「社長なのー! おとーさんは社長なのー♪」
「社長が何かはわかりませんが、流石です、ユートさん」

 こうして、俺は無職から脱却した。
 今の俺は、株式会社ユート君の代表取締役社長だ。
 ……社長なのに、何の会社なのかは分かっていない。

 ◇

 翌日。
 久しぶりに商品が届いた。
 剃刀セット一万個に、マグボトル一〇万個だ。
 これまでとは違い、一度に全てが運ばれる。
 こちらから事前にそうしてくれと伝えておいたのだ。

「持ち運びが楽で助かりますわ!」
「おじちゃん、いつもお疲れ様なの♪」

 運送業者に配慮し、商品は一階から詰めていくことにした。
 運送業者が帰った後は、俺達の仕事だ。
 アンズ以外のメンバーが、総出となって運搬に取り掛かる。

「くぅー! 私も運搬に参加したい!」
「別の作業があるだろ。そっちを優先してくれ」
「ぐぬぬぬ……!」

 アンズには、リアルに関する作業を進めてもらう。
 会社のことやら、税金のことやら、商品の受注やら。

「では今日からまた頑張っていこう!」
「おーなの♪」

 久しぶりの運搬作業が始まった。
 アンズは不参加なので、十二人による運搬だ。
 俺とリーネ、それに一〇体の骸骨。

骸骨召喚サモンアンデッド

 一〇一号室の中で、マリカが骸骨を召喚する。
 初めて骸骨を見るアンズは、感動していた。

「うわぁ、すごい! 触ってもいい!?」
「もちろん、かまわない」
「やったー!」

 恐る恐る骸骨に触れようとするアンズ。
 そーっと、そーっと、手を伸ばしていく。
 そして、横から人差し指でツンっと触れた。
 その瞬間、骸骨がカタカタと骨を鳴らしながら振り向く。

「わぁ!」

 アンズは驚き、ビクッと肩を上げた。
 その後、群れた時のJKみたいにはしゃぎまくる。
 やれやれ、俺は苦笑いで言った。

「さっさと自分の作業に取り掛かるんだ」
「ショボーン」

 言葉通りしょんぼりしながら、アンズは三階へ消えて行く。
 それを見送ってから、俺達は運搬作業を開始した。
 俺とリーネが一箱ずつ、骸骨が二箱ずつ持つ。
 一度に計二十二箱の運搬だ。

「おとーさんと♪ リーネお姉ちゃんを♪ ぴったんなの♪」

 ネネイが俺とリーネの中継役を務める。
 一方、マリカは俺と骸骨の中継役だ。

「いくぜ、世界転移トランジション!」

 シュバッとエストラへ移動する。
 到着したのは自宅の三階だ。

「うげげっ、三階なの」
「やってしまったなぁ」

 運搬する時は、着地場所を二階にしている。
 商品を置くのが二階だからだ。
 久々だったので、そのことを忘れていた。

「リーネ、階段で滑らないように気を付けろよ」
「お気遣いありがとうございます、ユートさん」

 仕方なく、俺達は箱を持って階段を下りることにした。
 幅の広い階段を、一人ずつ横向きに下っていく。
 顔を横に向け、足を踏み外さないよう、慎重に一歩ずつ。
 まずは先頭の俺が無事に二階へ着く。
 続いて、数段上のリーネ。

「きゃっ」

 なんてこった、リーネは最後の一段で踏み違えた。
 上手く最下段に足を乗せられず、前のめりに倒れ込む。
 その時の拍子で、箱が明後日の方向へ飛んだ。
 嗚呼、大事な商品がッ!
 しかし、今はそれどころじゃない。
 俺は手に持っていた箱を横に捨て、リーネを受け止める。
 右腕で身体を支え、左腕で包み込むように掴んだ。

「ありがとうございます、ユートさん」
「やるな、マスター」
「おとーさん、カッコイイなの!」

 我ながらカッコよく決まったと思った。
 だから、自然と表情がドヤ色に染まっていく。
 その時、自身の左手の位置に気づいた。

「こ、これはっ!」

 なんてこった、俺の左手はリーネの胸を鷲掴みにしていたのだ。
 これは、ラブコメによくある展開じゃないか!
 この後、恥ずかしがった女に、男は吹き飛ばされるのだ。
 ――というのはラブコメの話で、現実はそうならなかった。

「どうかしましたか? ユートさん」

 俺の手が胸を鷲掴みにしているというのに、リーネは無表情だ。
 嫌がる素振りもなければ、恥じらう素振りもない。
 この時、俺は確信した。
 リーネは本当に神の使いなんだ、と。

「いや、なんでもない」

 リーネが無反応なので、俺も平静を装った。
 何食わぬ顔でリーネの姿勢を正し、手を離す。

「では改めて、作業再開だ」
「はい」

 それからは、特に問題は起きなかった。
 作業は滞りなく進み、夕暮れ時に終了する。
 その頃には、アンズの作業も一段落ついていた。
 皆でエストラの自宅三階に集まり、「お疲れ様」を言い合う。
 その後、俺は話を進めた。

「あとは酒場でメシを食って寝るだけだな」

 リーネは「そうですね」と同意する。
 マリカとネネイも同様の反応を示した。
 一方、アンズだけは首を横に振る。

「いや、いやいや、いやいやいやいや、待ってちょうだいな!」
「なんだ?」
「ご飯の前に固有スキルを披露させてよ!」
「おう、いいぞ。ここで使えるのか?」
「ううん、モンスターが居るところじゃないとダメ!」

 マリカが「戦闘系だな」と推測する。
 アンズは「内緒だー」と笑って流す。
 モンスターが必要なのに、戦闘系以外にあり得ないだろ。
 そう思いながらも、俺は何も突っ込まなかった。
 どんな固有スキルか、早く見たかったからだ。

「じゃあ、ゴブリンの居る『始まりの森』へ行こう」
「おー、エストラにもゴブちゃんがいるんだ!?」
「いるぜ。しかも、見た目がゲームとそっくりだ」
「えー、そこは可愛くなってほしかったなぁ」

 ネネイが「可愛かったら倒せないなの!」と突っ込む。
 たしかにその通りだ、と俺は笑った。

「じゃあ、行こうか」
「はいなのー♪」

 五人で始まりの森へやってきた。
 到着するなり、ゴブリンが現れる。
 数は一体。
 待っていましたとばかりの登場だ。

「あ、ゴブちゃんだ! 本当に同じ姿をしてるー!」
「まぁな。で、早く固有スキルを見せてくれよ」
「了解! じゃあ、ユート君の武器を貸して!」
「自分のを使えば……って、武器を持っていないのか」
「そういうこと! 今度お金を貯めて買うね!」
「オーケー」

 俺は愛槍あいそう『プリン』を取り出した。
 これに対しても、アンズが「おお!」と驚く。

「本当に武器が出てきた! どういう仕組み!?」
「俺にも分からん。でも、一つだけ確実なことがある」
「なになに?」
「俺達の常識にないことは、どれもエルフの謎技術によるものだ」
「なるほど!」

 アンズは槍を受け取るなり、再び驚いた。
 今度は「軽ッ!」と、重量に対して驚嘆する。
 たしかに、俺の槍は見た目よりも遥かに軽い。
 どうみても数キロはありそうなのに、実際は数百グラムだ。

「武器に強さはなくて、火力はステ依存でオッケー?」

 アンズの質問に「おう」と短く答える。
 その後、他の仲間に「ステはステータスの略」と説明した。
 それに対し、マリカが「知っている」と即答する。
 どうやら、この説明は不要だったようだ。

「よーし、行くぞ、ゴブちゃん!」

 アンズは槍を持ち、ゴブリンに突っ込んでいく。
 そして、へっぴり腰で突きを放つ。
 そんなへなちょこな突きでも、攻撃力が高ければ一撃だ。
 しかし、残念なことに、アンズの攻撃力は一だ。
 名槍めいそう『プリン』の刺突は、ゴブリンの皮膚を貫かなかった。

「硬ッ!」
「いや、攻撃力が低すぎるんだよ」
「なるほど! こういう時はどうすればいいの?」
「ダメージを与えたいなら、殴打で攻めるしかない」
「槍をバットだと思えばいいわけだね!」
「そういうことだ」

 アンズは頷き、ゴブリンを叩き始めた。
 リーチの差を活かし、一方的に攻め続ける。
 何度も何度もボコボコにしていく。
 少しずつだが、ダメージは蓄積されていた。
 この調子で殴り続けると、ゴブリンは死ぬだろう。

「ところで、固有スキルはいつ披露する?」

 痺れを切らしたマリカが、アンズに尋ねた。
 ネネイも「まだなの? まだなの?」と顔をしかめる。
 俺は何も言わずに眺めていた。
 苛立つこともなければ、早くしろと急かすこともない。
 アンズに焦らす気がないことを知っているからだ。
 アンズこと戦うシマウマ君とは、長い付き合いである。
 どんな性格をしているかくらいは分かった。
 固有スキルの発動条件に、モンスターの状態が絡んでいるのだろう。
 弱らせるか、それとも殺すのか。

「よーし、準備が出来た!」

 アンズが声をあげる。
 目の前のゴブリンは、もはやズタボロだ。
 俺が助走をつけて蹴り飛ばすだけで死にそう。
 どうやら、弱らせるのが発動条件みたいだ。

「一瞬だからよく見ていてね!」
「ワクワクなの! ワクワクなの!」

 アンズは俺の槍をポイッと投げ捨て、両手をゴブリンに向けた。
 俺は「おい」と突っ込みながらも、槍を無視してアンズを眺める。

「ゴブちゃん、お願い! ――隷属契約テイミング!」

 ゴブリンの全身がピカッと光る。
 光ったと思った頃には、光は消えていた。
 その後、特段の変化は起きない。

「何が起きているなの?」
「アンズ、何をしたのだ?」
「私にも分かりませんでした」

 三人が首を傾げる。
 俺だけは、スキル名から内容を理解していた。

「そのゴブリン、アンズのペットになったのか?」
「ユート君、正解!」

 俺に向かって、アンズは親指を立てた。

「私の隷属契約は、モンスターを自分の下僕にするスキルだよ!」

 早速、アンズはゴブリンに命令してみせた。

「ゴブちゃん、あそこに落ちている槍を、ユート君に渡して!」
「キェェェ!」

 ゴブリンがトロトロと走り出す。
 そして、アンズの命令通りに槍を拾った。
 そのあと、きっちりと俺に届ける。

「どうだ!」
「すごいなのー!」
「お見事です、アンズさん」

 ネネイとリーネが拍手する。
 一方、俺とマリカは別の反応を示した。

「そのスキル、私の骸骨召喚と被らないか?」
「テイムする必要がある分、劣化じゃないか?」

 アンズはしばらく沈黙した後、首を横に振った。

「似て非なるものだから! 細かい点ではたくさん違いがある! はず!」
「本当かよ」
「よかったら、細かい仕様を教えてくれないか? 私のと比較しよう」
「いいよ! でも、詳しく知ったら私のスキルが羨ましくなっちゃうかも!」

 そう言って、二人はスキルを比較し始めた。
 互いに仕様を確認しあっていく。
 俺を含む残りの三人は、静かにそれを聴いていた。

「――以上!」
「アンズのスキルも、なかなか面白そうだ」
「でしょー! マリカちゃんのもいい感じだよねー!」
「うむ」

 二人のスキルには、色々と違いがあった。
 その内、大きく異なっているのは三つだ。

 一つ目は、数の制限。
 マリカが最大一〇体なのに対し、アンズは無制限。
 また、アンズのペットは、数が増えても弱くならない。
 この点は、アンズの方が大きく優れている。

 二つ目は、ペットの強さ。
 マリカの骸骨は、主人のレベルに依存する。
 つまり、マリカのレベルが高い程、骸骨も強くなる仕組み。
 一方、アンズのペットは、主人の影響を受けない。
 その代わり、ペットにもレベルが設定されている。
 ペットが敵を倒すと、アンズと敵を倒したペットに経験値が入る仕組み。
 その為、ペットの数が多いと、ペットを育てにくくなる。
 強さに関しては、一概にどちらがいいとはいえない。

 三つ目は、死んだ時について。
 マリカのペットは、死んでも再召喚が可能だ。
 ついでに云えば、マリカの意思で消したり出したり出来る。
 一方、アンズのペットは死ぬとおしまいだ。
 蘇ることもなく、灰と化す。
 また、マリカのように消したりはできない。
 これについては、明らかにマリカの方が便利だ。

「こうして、アンズのゴブちゃん帝国が幕を開けた……」
「誰に語っているのかは知らないが、帰るぞ」
「えー! ユート君、酷ッ!」

 俺は「ふっ」と笑い、エスケープタウンを発動させた。
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