上 下
39 / 56

039 コミュ障の初デート

しおりを挟む
 新商品の到着まで、あと四日。
 いつもと変わらぬ営業日がやってきた。
 さて、今日も気合を入れて商品を売りまくるぞ。
 そんなことを思った時のことだった。

「あー! とってもナイスな名案を閃いちゃった!」
「名案?」

 あと数分で営業開始というところで、アンズが叫んだ。
 左の掌に向かって、判子を押すように右手をポンッと当てる。
 アンズの後ろで、ゴブちゃんも同じポーズをしていた。

「新商品の宣伝方法なんだけど、口頭で伝える予定でしょ?」
「うむ」

 今日から三日間、商品の販売時に新商品の宣伝をする予定でいた。
 本当はチラシが良かったのだが、プリンタを持っていなかったのだ。
 前に使っていたプリンタは、使わなくなったので捨ててしまった。

「入荷したらすぐに売るのではなくて、まずは冒険者に無料で配ってみたらどうかなと思うの。マグボトルと違って消費する物だし、最初から販売するより、まずは品質を理解してもらう方が売れやすいんじゃないかな」
「なるほど、無料配布か」

 たしかに悪くないアイデアだ。
 新商品は、チラシや口頭では魅力を説明しきれない。
 この点は、説明しやすいマグボトルとは異なっていた。
 魅力を伝えるには、実際に堪能してもらうしかない。

「ただ配るだけじゃなくて、こっちで作ったらどうだろう?」
「おお! ユート君、それは良いアイデアだよ!」
「流石です、ユートさん」

 決まりだ。
 新商品が届いたら、まずは大量にばら撒こう。
 無料なので、直接、冒険者に宣伝することもできる。
 名を売るチャンスにもなるし、良いこと尽くめだ。
 まさに『損して得取れ』の考えである。

「マグボトル、買えるだけ頼む」
「二五〇億ゴールドになります」
「うむ」

 いつも通りにミズキが一番乗りし、本日の取引が始まった。

 ◇

「ユートさん、リアルで私とデートをしてくれませんか?」

 突然、リーネが言い出した。
 アンズが「なんですと!?」と声を荒げる。
 俺も「はひっ!?」とすっとんきょうな反応を示した。
 驚きのあまり、ソファから転げ落ちそうになる。

「私、何かおかしいことを言いましたか?」
「おかしくはないけど……。デートが何か分かっているのか?」
「すみません、実はよく分かりません」
「だろうと思ったよ。またテレビの入れ知恵だな」
「はい。テレビで知りました」

 リアルに戻ると、リーネはよくテレビを観ている。
 マリカとネネイも同じだ。
 そのせいで、たまにテレビで仕入れた言葉を使いたがる。
 ただ、今回に関しては、少し様子が違っていた。

「リーネ、デートというのは恋する相手とするものだぞ」

 そう、マリカもデートのことを知っていたのだ。
 当然ながら、エストラにもデートは存在する。
 リーネが知らないのは、神の使いだからだろう。

「そうなんですか?」
「いいじゃない! たまにはデートするのも!」

 煽るようにアンズが言う。
 その表情は、ニヤニヤとしていた。
 アンズは、俺が引きこもりの童貞であることを知っている。
 もっといえば、デートの経験がないことも知っていた。
 なぜなら、ネトゲ時代にそんな話をしたことがあるからだ。
 同族と思ったから、戦うシマウマ君には心を開いたのに……。
 畜生、なんという畜生なんだ! この女は!

「そうは言ってもなぁ」
「これも一種の社会経験だと思いなよ!」
「社会経験と言っても、俺は無職だしなぁ」
「今は社長だよ! 無職じゃない!」

 リーネが「ダメ、ですか?」と上目遣いで訊いてくる。
 そんな目で見られても困るぞ。
 まぁ、駄目と断る程のことでもないか。

「よし、デートに行くか!」

 やれやれ、俺はデートをすることにした。
 二十九歳にして、初めてのデートである。

「デートなんだから手を繋ぎなよ!」
「うるせー! 茶化すな! シッシッ!」

 かくして、俺はリーネと、二人でリアルに転移した。
 到着したのは、三〇二号室だ。
 敷きっぱなしの布団に、点けっぱなしのPCが二つ。
 いつもと変わらない、窮屈な我が家だ。

「本日はよろしくお願いします」

 部屋に着くなり、リーネがお辞儀した。

「デートにそんな挨拶は要らないぞ」
「え、そうなんですか?」
「俺も経験がないから分からないけど、たぶんな」
「でも、テレビでは挨拶していましたよ」
「そんなばかな」

 一体、どんな番組を観たのだ。
 そう思うと同時に、名案を閃いた。
 番組の内容を覚えているというのなら――。

「その番組では、どんなデートをしていた?」
「たしか、お店を色々と回った後、ご飯を食べていました」
「俺達もそうしよう!」
「分かりました」

 俺はデートのことなどさっぱり分からない。
 そこで、リーネに内容を訊くことにしたのだ。
 あとは、リーネの言った通りに行動すればいい。
 つまり、店を色々回って、ご飯を食うわけだ。
 こうすれば、テレビと同じデートを再現できる。
 狡猾なアイデアを閃いたものだと、我ながら感心した。

「まずはお店巡りだな」
「はい」

 そんなわけで、なんでもスーパー二十四にやってきた。
 東京ドームと同じ面積を誇る、二十四階建ての巨大スーパー。
 あらゆるジャンルの商品に、娯楽施設まで揃っている。
 ここなら、いかなるニーズにも、的確に応えてくれるだろう。

「見たい店とかあるか?」
「ユートさんにお任せします」
「俺が決めるのか」
「はい、テレビでは男性側が決めていました」
「ぐぬぬ……。じゃあ、テレビではどんな店に行っていたんだ?」
「それはよく覚えていません」

 なんてこった。
 肝心な部分を失念しているではないか。
 俺はガックシと肩を落とした後、どうしようか悩んだ。

 現在は一階に居る。
 この階は、典型的なスーパーだ。
 さすがに、この階を歩くのはナンセンスだろう。
 初デートでお惣菜コーナーを眺める奴がいるものか。
 そのくらいのことは、デートに疎い俺でも分かる。

「とりあえず、適当に上の階へ行くか」
「分かりました」

 付近のエスカレーターへ乗る。
 俺が先で、後ろにリーネが続く。
 すぐさま「しまった!」と思った。
 レディーファーストなら、上がる時は女性が先だ。
 男が先に乗るのは、下りる時だった。
 まぁ、このくらいは問題なかろう。
 現に、リーネは気にする素振りをみせていない。

「どこにいこうかな」
「楽しみです」

 ひたすらに、グルグルと上の階へ進んでいく。
 どの店がいいのかを考えながら、グルグル、グルグルと。
 気が付くと、最上階に到達していた。
 最上階は、娯楽施設の集まったフロアだ。
 映画館、ボウリング、カラオケ、ゲームセンター、等々。

「なんてこった」

 これ以上、上へ行くことは出来ない。
 今度は下へ向かうか?
 いや、意味がない。
 そんなことをしても、一階に着くだけだ。
 途中で何かを閃くことはないだろう。
 よし、こんな時は――。

「映画を観よう!」

 映画を観ていれば、一・二時間は稼げる。
 終わった後は、互いに感想を言い合えばいい。
 下の階にある飲食店の中から、適当な店を選ぼう。
 うむ、我ながら名案だ。

「映画? それはどういうものですか?」
「超巨大な画面で見る動画さ」
「それは楽しみですね」
「だろう、早速観に行こう」
「分かりました」

 そんなわけで、目の前に見える映画館へ入ろうとした。
 その時、リーネに待ったをかけられる。

「よかったら、手を繋ぎませんか?」

 俺の口から「へ?」と情けない声が漏れる。

「テレビでは手を繋いでいました。それに、アンズさんも手を繋ぐようにと言われていましたので、手を繋ぎたいです」
「な、なら、手を繋ぐか」
「はい、お願いします」

 リーネの要望に応え、手を繋いだ。

「これでいいか?」

 念の為に確認する。
 求めているのはイエスの相槌のみ。
 ところが、リーネの答えは予想外だった。
 なんと、「いえ」と答えたのだ。

「繋ぎ方が、テレビとは違いまして……」
「へ? 繋ぎ方?」
「えっとですね――」

 リーネが指をもぞもぞと動かす。
 先程とは違い、互いの指を絡めるように手を繋いだ。
 これは、俗に『恋人繋ぎ』と呼ばれる繋ぎ方ではないか。

「これでお願いします」
「お、おお、おう」

 相手がリーネだというのに、俺は緊張していた。
 心臓はバクバクになり、体は僅かに火照っている。
 リーネに惚れたというわけではない。
 リア充みたいなことをしているのが原因だ。

 あの斎藤優斗が、手を繋いでいる。
 しかも相手は、可愛い巨乳JKメイド。
 一年前の俺には、想像もできない光景だ。

「で、では、行こうか、リーネ」
「はい、ユートさん」

 ぎこちない足取りで、俺は映画館へ入った。
 映画館に来るのなんて、何年ぶりだろう。
 記憶の限りだと、二〇年ぶりくらいだ。
 だから、映画館の勝手が分からない。
 とりあえず、受付カウンターまで進んだ。

「いらっしゃいませ、何を観られますか?」

 受付担当の女店員が訊いてくる。
 その時になって、初めて気が付いた。
 映画館なのだから、観る映画を決めないと。
 下手を打ったことで、焦燥感が急拡大を始める。

「え、みみみみ、観る映画? えっとぅ……」

 加えて、コミュ障が発動する。
 瞬く間に、俺は混乱状態へ陥った。
 目を瞑り、大きく深呼吸をする。
 そうやって、と気持ちを静めていく。

ネネイ・・・は観たい映画とかあるか?」

 しまったぁああ!
 言った瞬間に気づく。
 隣に居るのはネネイじゃない。
 リーネだ。
 深呼吸が足りなかった!

「どれが良いか分かりません」

 しかし、リーネは気にしていなかった。
 もしかしたら、気づいていないのかもしれない。
 そのくらい、俺はサラリと名前を呼び間違えた。

「ですと、『君の愛は。』でいかがでしょうか? カップルに人気の映画です」

 俺達はカップルじゃない。
 そう言おうとして、口をつぐむ。
 傍から見れば、俺達はカップルにしか見えないからだ。
 巨乳JKメイドにスーツ男という、変わった組み合わせだが。

「そ、そそ、それでお願いします」
「かしこまりました。ではお会計が――」

 ササッと金を支払い、チケットを購入する。
 お金を払うときは、流石に繋いでいる手を解いた。

「あった、あれだな、五番」
「はい」

 映画は五番スクリーンで上映される。
 不慣れな場所なので、先に場所を確認しておく。
 いざ上映が始まろうという時になって、迷いたくないからだ。

「上映まで少し時間があるな」
「そうなのですか?」
「二〇分もあるよ」

 俺はチケットに記載されている上映開始時刻を見せた。
 その後、壁に立てかけられている時計を指す。
 この時に、リーネは時計の見方が分からないのではないかと思った。
 なぜなら、エストラには時計が存在しないからだ。
 ところが、リーネは「本当ですね」と理解を示した。

「リーネ、時計の見方が分かるのか?」
「いえ、分かりません」
「じゃあ、なんで時間が分かるんだ?」
「感覚で分かります」

 神の使いならではの体内時計らしい。
 海外へ旅行して、時差が発生したらどうなるのだろう。

「少し早いけど、適当に飲食物を買って入るか」
「ユートさんにお任せします」
「おう」

 そんなわけで、俺達は飲食物を調達した。
 映画館の定番である、ポップコーンとコーラだ。
 ポップコーンは一番小さいサイズにした。
 なぜなら、それほど好きじゃないからだ。

 基本的に、俺は手が汚れる食べ物を避ける。
 ポップコーンしかり、ポテトチップスしかり。
 それらが嫌いというわけではないが、好んでは食べない。
 理由はネトゲ廃人だからだ。
 手を汚すと、綺麗に洗う必要がでてくる。
 キーボードやマウスがベトベトに汚れるからだ。
 それが煩わしいので、この類の食べ物は好まない。

「それではお楽しみください」

 係員にチケットを見せ、入場する。
 俺達が一番乗りかと思いきや、既にちらほらと客が居た。
 チケットカウンターの店員が言った通り、カップル客が多い。

「俺達の席は……ここだな」

 テクテクと歩き、予約した席に到着。
 中段の右端に位置する席だ。
 扉からの距離が近いからか、妙に安堵した。

「席が決まっているのですか?」
「ああ、チケットに書いてあるよ」
「変わった仕組みですね」
「この仕組みのおかげで、不毛な席の奪い合いを防げるのさ」
「なるほど、流石です、ユートさん」
「流石なのは俺じゃないけどな」

 俺達はスッと席に座った。
 一番端の席はリーネに譲る。

「すごいな、メイドのコスプレか?」
「あんたが気になるのはコスプレじゃなくて胸でしょ」
「胸もそうだが顔も超可愛い!」
「彼女の横でよくそんなこと言えるわね、別れましょ!」
「待ってくれ亜里沙! 亜里沙ぁ! ……まぁいっか」

 先客達から熱い視線を注がれる。
 中には、リーネの姿をヒソヒソと話す者も。
 いつものことにも関わらず、俺は普段以上にそわそわした。
 デートと意識した途端にこの始末か、と心の中で自分を嘲笑する。

「ほい、コーラ」
「ありがとうございます」

 席に着くと、コーラを渡した。
 これで、上映前の作業は終了だ。
 ふぅ、と安堵した

 上映時刻が近づくと、一気に客が増えてくる。
 リア充共がウキウキと入場し、席についていく。
 上映五分前にもなると、大半の席は埋まっていた。

『近日公開! 続きは劇場で!』

 スクリーンでは、別作品の予告が流れている。
 大半の客は、まともに観ていない。
 スマホをいじっているか、相方と話しているかだ。
 しかし、リーネだけは真剣に観ていた。

「すごいですね! 映画館!」

 無邪気に興奮している。
 巨大スクリーンに臨場感溢れるサラウンド。
 そのかつてない迫力に、リーネは衝撃を受けていた。

「まぁな。でも、本編が始まったら静かにするんだぞ」
「これは本編ではないのですか?」
「別作品の予告だ。本編が始まったら教えるよ」
「ありがとうございます。あっ、これ食べますか?」

 リーネがポップコーンの入ったカップを向けてくる。
 冷めているであろうポップコーンが数個しか残っていなかった。
 気を利かせてくれたのは分かっているが……。
 俺は「いや、全部食べていいよ」と苦笑いで答えた。

「ありがとうございます、すごく美味しいです」

 リーネは小さく微笑み、残りのポップコーンを食べた。
 それから少しして、予告が終了する。
 スクリーンに、カメラの被り物をした人間が映り出した。
 そいつがグネグネ動いた後、盗撮禁止の注意書きが表示される。
 その後、携帯電話の電源は切るようにとの注意書きに切り替わった。
 これをきっかけに、ガヤガヤしていた周囲が静まり返る。

「そろそろ始まるよ」
「分かりました」

 リーネに本編の開始を知らせ、画面に集中した。
 たっぷりと時間をかけて表示されていた注意書きが消える。
 そして、『君の愛は。』が始まった。

 内容は、よくある恋愛映画だ。
 女性向けなのか、主人公が女性である。
 失恋から始まり、紆余曲折を経て、真実の愛に目覚める話。
 前の男と別れたおかげで最高の男を見つけたというオチだ。

 個人的には、何が面白いのかさっぱり分からなかった。
 ただ、一般的には、涙なしだと語れない感動の名作みたいだ。
 そのことは、そこら中から聞こえるすすり泣きの声が証明していた。

『足元にお気をつけてお帰り下さいませ』

 ぼんやりしている間に、映画が終了する。
 スタッフロールが流れた後、場内が明るくなった。

「これで終わりだ。面白かったか?」
「はい、すごく面白かったです!」

 本当かよ、と苦笑い。
 リーネの様子を見ている限り、嘘は言っていないようだ。
 恋愛映画が好きなのか、それとも、映画ならなんでもいいのか。
 どちらなのかは不明だが、楽しめたみたいだからよしとしよう。
 他の客が粗方出て行ったあと、俺達も出ることにした。

「ユートさん、手を繋ぎましょう」

 立ち上がるなり、リーネが言った。
 俺は「はいよ」と承諾し、手を繋いだ。
 繋ぎ方は、恋人繋ぎではなく、普通のもの。

「繋ぎ方が間違っています」

 しかし訂正され、恋人繋ぎになる。
 なかなかデートっぽいと思いつつ、劇場を後にした。

「さて、メシを食って帰ろうか」
「分かりました」

 食事になると、またしても頭を抱える。
 どの店で、何を食べるのが正解なのかと。

 なんでもスーパーは、二〇から二十三階が飲食店フロアになっている。
 上の階に行くほど高価格帯になる仕組みだ。
 高くなるといっても、払えない額ではない。
 財布には約四〇万円が入っている。
 これだけあれば、どの店でも問題ないだろう。

「何か食べたい料理とかあるか?」
「特にありません」
「じゃあ、店の見た目で気に入ったところにしよう」
「はい」
「ぶらぶら回るから、いい感じだと思ったら声をかけてくれ」
「分かりました」

 そんなわけで、二十三階から順に回ることとした。

「ユートさん、ここがいいです」
「早ッ!」

 ところが、回り始めてすぐに店が決まった。
 どういった店なのかは分からない。
 外に、提供している商品を示す物がないからだ。
 ポップもなければ、食品サンプルのディスプレイもない。
 よく分からないが、問題はなかろう。

「いらっしゃいませ」

 店内に足を踏み入れると、すぐさま女の店員が寄ってきた。
 長袖の白いブラウスに、黒いベストを着ている。
 下は黒のスカートだ。
 よく見る服装なのに、どことなく上品に感じられた。

「二人で予算四〇万ですが、大丈夫ですか?」

 念の為に尋ねる。
 驚いたことに、コミュ障を発揮しなかった。
 少しだけ、外の世界に慣れたのかもしれない。

「大丈夫でございます」

 店員は驚くこともなく答える。
 そして、俺達を席へ案内してくれた。

「なんだこれは」
「すごいですね」

 店内はとんでもなく煌びやかだった。
 まるで、どこかの宮殿に来ているようだ。

「こちらになります」

 俺達は店の奥にある個室へ通された。
 ゆったりしたテーブル席に、向かい合う形で座る。
 席に着くと、メニューを渡された。
 メニューといっても、選べるのは二種類だけ。
 どちらもコース料理だ。

「な、なな、なんだこれはぁ……」

 再び驚愕する。
 メニューは日本語で書かれているのに、さっぱり分からないのだ。
 コース名はシンプルにAとBだが、詳細には長々した名前が並ぶ。
 どれも『ホニャララのホニャララ添え』みたいなタイトルだ。
 しかも『ホニャララの風をどうのこうの』みたいなサブタイトル付き。
 これはライトノベルのタイトルか何かなのかな、と思った。
 中身がイメージできる分、ライトノベルの方が遥かに優れている。

「リーネはAとBのどっちが食べたい?」
「知らない物ばかりで、どちらが良いのか分かりません」
「やっぱりそうなるよな」

 仕方がないので、俺は店員を呼んだ。
 高い方を頼むためだ。

「価格はAコースの方がお高くなっております」
「では二人ともAでお願いします」
「かしこまりました」

 というわけで、俺達はAコースを頼んだ。

「なんだか緊張しますね」
「だなぁ」

 料理が届くまでの間、リーネと雑談をした。
 互いに口数が多い方ではないので、しばしば黙る。
 少し喋っては、口をつぐむ。
 ひたすらにそれの繰り返しだ。
 しばらくして、頼んだ料理が運ばれてきた。
 コース料理なので、まずは前菜からだ。

「リーネ、これが何の料理か分かるか?」
「分かりません。何の料理ですか?」
「俺にも分からん」

 目の前には、大きな丸い皿がある。
 中央には窪みがあり、その中に白いスープの様な物が入っている。
 上には、大きめのゴマにしか見えない黒い粒がたくさん浮いていた。
 それの真ん中に、ドーム状の茶色い塊がある。
 それの上にも、黒い粒が振られていた。
 店員が名前を言っていたが、長すぎて覚えていない。

「どうやって食べればいいのだ?」
「さぁ、分かりません」
「とにかく、適当に食べるか」
「はい」

 こうして、俺達は謎の高級料理に手を伸ばした。

 ◇

 一時間近い食事を終え、店を出た。

「いやぁ、美味しかったな!」
「ですね! 感動しました!」

 高級料理店なだけあり、最高に美味かった。
 前菜から最後のコーヒーまで、一つとして文句なし。
 何が何だかさっぱり分からなかったが、とにかく美味かった。

 値段は二人で二〇万円もしたが、笑顔の現金一括払いだ。
 現金を出されるのは意外だったのかして、店員は驚いていた。
 おそらく、この手の店に訪れる客はカード払いなのだろう。

 店を出た後は、直ちに家へ向かった。
 外は既に暗くなっている。
 駐車場を横切るように歩いた。
 もちろん、俺達は手を繋いでいる。
 恋人繋ぎにも、さすがに慣れた。

「今日はどうだった? 楽しめたか?」
「はい、すごく楽しかったです」
「それならよかった。不慣れですまなかった」
「謝る必要はありません。私は満足しています」

 リーネは俺を見て微笑んだ。
 手を繋いでいることもあり、ドキッとする。
 その後、妙に頭を撫でたくなった。
 相手はネネイじゃない、リーネだぞ。
 自分で自分に突っ込む。
 それでも、撫でたくて仕方がなかった。
 だから尋ねる。

「なぁ、頭を撫でてもいいか?」
「え、私のですか?」
「自分の頭を撫でるのに許可は取らないだろ」

 笑いながら突っ込む。
 リーネも、「それもそうですね」と笑った。
 その後、俺に向けて頭を傾ける。

「どうぞ、撫でてください」

 俺は自由な右手を使い、おもむろに頭を撫でた。
 艶やかさのある長い黒髪は、見た目通りのサラサラしている。
 三度ほど撫でて、手をひっこめた。

「ありがとう」
「こちらこそ、ありがとうございます」
「いや、何に対するありがとうだよ」
「デートしていただいた上に、頭を撫でていただいたので」
「リーネは、頭を撫でられるのが好きなのか?」

 リーネはきっぱり「はい、好きです」と答えた。
 予想外の答えだ。
 好きでも嫌いでもないものかと思っていた。

「なら、もう一度撫でてやろう」
「ありがとうございます、ユートさん」

 今度はリーネに注目しながら頭を撫でた。
 リーネは目を瞑り、口角を僅かに上げている。
 注目してみると、たしかに嬉しそうだ。

「さて、家に到着だ」
「デートはこれで終わりですね」
「うむ」
「今日はデートをしてくださりありがとうございました」
「礼なんかいらないよ。俺も楽しかったし」

 繋いでいた手を解き、俺は家の扉を開けた。
 レディーファーストを心掛け、リーネを先に入れようとする。
 しかし、リーネは一向に入ろうとしなかった。

「これでデートが終わりだと思うと、なんだか入りたくありません」

 すごく嬉しいセリフだ。
 しかし、俺は困惑していた。
 どう返せばいいのか分からない。
 悩んだ挙句「またデートすればいいさ」と返す。

「いいのですか?」
「もちろんさ。でも、次のプランはリーネが考えてね」
「分かりました。ありがとうございます、ユートさん」

 リーネはペコリと頭を下げた後、家に入った。
 その後、俺も家に入り、世界転移を発動させる。

「帰ってきた!」
「おかえりなの♪」
「遅かったな、マスター」

 三人が迎えてくれる。
 アンズが「手は繋いだかなぁ?」と茶化す。
 この質問に、「繋ぎました」とリーネが答えた。

「なぬ! ユート君が手を繋ぐとは!」
「リーネが繋ごうと誘ってきたからな」
「それでも意外! どんな感じ? 良かった?」
「何がどんな感じで、何が良かったなんだ」
「デートの内容だよ!」
「手を繋いだ感触かと思った」
「じゃあそっちも教えて!」

 俺は鼻で笑い、「普通だよ」と答えた。

「映画を観て、食事をしました。すごく楽しかったです」
「おおー、本格的なデートぽい!」
「マスター、映画とやらを私も観てみたい」

 アンズが「今度はマリカちゃんとデートだね」と笑った。

「ネネイもおとーさんとデートしたいなの!」
「じゃあ、マリカちゃんとネネイちゃんの次は私とデートね!」
「ネネイとマリカはいいけど、アンズは断る」
「もー!」

 和やかな空気が場を包む。
 こういうのも、悪くないな。
 そう思う楽しい一日だった。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

灰かぶりの王子様

BL / 完結 24h.ポイント:328pt お気に入り:39

Kが意識不明の重体らしい

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:7pt お気に入り:15

創造スキル【クラフト】で何でも作成!~ご都合主義の異世界村作り~

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:14pt お気に入り:281

監禁エンドはさすがに嫌なのでヤンデレな神々から逃げます

キャラ文芸 / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:4

サンタさんたち準備中

ライト文芸 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:1

『ハレルヤ・ボイス』

恋愛 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:7

竹林の家

ホラー / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:2

処理中です...