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041 ゴブちゃんの特技

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 翌日、新商品が届いた。
 注文通り、一種類につき一〇〇〇個ずつ。
 缶詰は味が十五種類あるので、計一万五〇〇〇個。
 一方、レトルトパウチ食品は五種類。計五〇〇〇個だ。
 全て合わせると二万個になる。

「各一〇〇〇個は少ないな」

 商品の入ったダンボール箱を見て呟く。

「これでも頑張ったほうだよ!」
「分かっているさ、流石だぜ」

 ネネイが「流石だぜ、なの」と真似する。
 したり顔をしていたので、頬をムニムニしてやった。
 さらに、ビヨヨーンと引っ張ってやる。

 実際、アンズはかなり奮闘したと思う。
 初めて電話した時、相手は「取引しない」と言っていた。
 それを、短期間で取引可能にまで導いたのだ。

『すごくないよ! 法人化したからだよ!』

 なんて本人は言っていたけど、そうは思わない。
 俺が同じことをやろうとしても、無理に違いないからだ。
 一〇〇歩譲って法人化したとしても、そこまで止まりだろう。
 そこから、受注契約を結ぶまでには至らない。
 だから、今回の活躍は素直に賞賛できる。

「ちなみに上限はこれの一〇倍だからね」
「つまり、各一万個ってところか」
「イエス!」
「売れ行き次第だが、数字だけ見ると心もとないな」
「種類が豊富だから、どうにかなるでしょ!」

 それもそうだな、と納得する。
 それに、後から種類を増やすことは可能だ。
 取引先には、数百・数千種類の商品がある。
 関係が深まれば、融通を利かせてくれるだろう。
 俺だけではなく、アンズもそのように見ていた。
 新たな資金力ブーストは、まだ始まったばかりだ。

「さーて、運んでいくか」
「おーなの♪」

 いつも通り、サクサクッと商品の運搬を開始した。
 俺、アンズ、リーネ、骸骨が箱を持つ。
 ネネイ、マリカ、ゴブちゃんが中継役だ。
 巻き込み転移を繰り返し、ガンガン運ぶ。

「皆さん、お疲れ様なのー♪」
「キェェェェ!」

 数時間後、商品の運搬が無事に終了する。
 今回の運搬先は、人生初の二箇所だ。

 最初はいつも通り、エストラの自宅二階。
 こちらには、剃刀セットとマグボトルを運んだ。
 いつもと変わらない作業である。

 続いて、昨日買った土地に携帯食を運んだ。
 こちらも、それほど苦労はしなかった。
 数が少ないからだ。

 この場所には既に、調理用の環境が構築されている。
 超特大の鍋と、それを支えるカマドだ。
 アンズ曰く、どちらも特注の一点ものらしい。
 まぁそうだろうな、と鍋を見て思った。
 市販では絶対にない大きさだからだ。
 その大きさは、なんと半径一メートル。
 形は、いわゆるしゃぶしゃぶ用の鍋だ。
 真ん中に、煙突のような穴の空いた突起がある。

 アンズがこの形を選んだ理由は、察するに容易い。
 商品が真ん中へ寄らないようにするためだ。
 真ん中にあっては腕が届かず、取ることが出来ない。
 俺の腕でさえ届かないのだから、それより短いゴブリンズは論外だ。

 この場所には他にもある。
 受け渡し用のハイテーブルだ。
 明日は、ここに木のボウルが大量に並ぶ。
 中に入るのは、もちろんレトルトパウチ食品だ。

「いい感じだね!」
「だな、今から楽しみだ」

 俺達はその場を後にした。
 荷物は全て置きっぱなしだ。
 警備を雇ったりすることもない。
 リアルなら、到底考えられない光景だ。
 治安の良い日本でさえ、こんなことはできない。

 それくらい、エストラの治安がリアルを凌駕していた。
 その例として、どの家にも鍵が付いていないことが挙げられる。
 驚くことに、エストラには、そもそも鍵が存在していない。
 一方、リアルには、紀元前の頃から鍵が存在していた。

 それはさておき……。

 兎にも角にも、やれるだけのことはした。
 既に、明日のことは、街中の冒険者に宣伝している。
 冒険者ギルドに行けば「楽しみ」との声がかかるくらいだ。

 人事は尽くした。
 後は天命を待つだけだ。

 ◇

「スタミナ切れとは情けない、君はそれでも勇者か!」

 アンズがテーブルをバンッと叩く。
 俺は苦笑いで答えた。

「いや、勇者じゃないからね、俺」

 俺達は昨日のことを話していた。
 ネネイとリーネを連れて、ゾンビの巣へ行った話だ。
 獅子奮迅の立ち振る舞いをした後に、俺は体力切れを起こした。
 そのことを話すと、アンズが勇者云々と言いだしたのだ。

「よし、今日はユート君を強化しよう!」
「お、レベル上げに行くのか?」

 アンズは「ちがーう!」と叫んだ。

「そうやってすぐステータスに頼ろうとしない!」

 何やら熱弁している。
 俺はソファにふんぞり返りながら耳を傾けた。
 膝の上では、ネネイが横になって眠っている。

「スタミナだよ、スタミナ! 持久力!」
「はぁ、持久力とな?」
「そう! 持久力は、数値に見えない強さ!」

 アンズの言い分はこうだ。
 ステータス以外にも、強さの項目が存在する。
 その内の一つがスタミナだ。

「まぁ、俺達はゲームキャラじゃないしな」
「その通り! 走れば疲れる! つまづいたらこける!」
「で、スタミナをつけようってわけか」
「イエス!」

 たしかに、ステータス以外のスペックは存在する。
 スタミナ以外にも、素早さなどがそうだ。
 同じステータスでも、足の速い奴と遅い奴がいる。
 両者のステータスが同じだからといって、強さが同じとは限らない。
 そういった身体的能力に加え、頭の良さなども能力といえるだろう。
 それらを鍛えようという考えは、一考の余地がある。

「言いたいことは理解した」
「じゃあ、早速、訓練をしよう!」
「それは断る」
「えー! なんで!?」
「だって、面倒だし、疲れるからな」

 俺は戦闘に重きを置いていない。
 どちらかといえば、軽いお遊びの感覚。
 体育の授業でちょろっと行うスポーツのようなもの。
 より良いスコアを取るために事前練習などはしない。

「そんなんじゃダメ! ほら、運動するよ!」
「まぁ、そこまで言うならたまにはいいか」
「よろしい!」

 アンズの熱意に負け、俺は渋々と承諾した。

「で、何をするんだ?」
「ジョギングで!」
「定番だな」
「イエス! 頑張ろう!」

 そんなわけで、ジョギングをすることになった。
 ……なのだが。

「なんでアンズがいないんだよ!」

 ジョギングメンバーに、アンズの姿はない。
 あの女、「疲れるのでパス!」などと言い出したのだ。
 その代わり、ゴブちゃんが同行している。

『ゴブちゃんの頑張りは、私の頑張りだから!』

 などという、意味不明な論によるものだ。

「二人で頑張ろうな、ゴブちゃん」
「キェェェ!」

 ゴブちゃんがグイッと親指を立てる。
 心なしか、その表情は笑顔に見えた。

 ちなみに、俺達は二人で草原を走っている。
 他のメンバーは、ゴール地点で待機中だ。
 ゴール地点は、今より一〇キロも先である。

「ジョギングなのに、思いのほか疲れるな」
「キェェェ!」

 走り出して二分足らずで、俺の呼吸が荒くなってきた。
 なんだか心肺が悲鳴をあげている気がする。
 気のせいだろうけれど、気のせいには思えなかった。

「もう駄目だ! 歩くぞ!」
「キェッ!」

 開始から五分、俺は徒歩に切り替える。
 学生時代から、俺は引きこもり体質だった。
 学校が終われば、家に帰ってきてゲームで遊ぶ。
 卒業後は、その生活に拍車をかけた。
 故に、スタミナはまるでない。

「静かに歩くのも退屈だし、遊びながら行くか」

 ゴブちゃんは「キェェ」と鳴き、右手を突き上げた。
 どうやら、俺の意見に賛成みたいだ。

「で、何して遊ぼうか」

 思考を巡らしながら、空を見上げる。
 降水の気配がまるでない綺麗な青空だ。
 雲が一つとして見当たらない。

「じゃんけんでもするか」
「キェェ!」

 ゴブちゃんが嬉しそうに飛び跳ねる。

「ゴブちゃん、じゃんけんのルールは分かるのか?」
「キェッ!」

 ゴブちゃんは俺に手を向けた。
 そして、グー、チョキ、パーと形を作る。
 じゃんけんのルールを知っているようだ。

「ゴブちゃんは賢いな。アンズに教わったのか?」
「キェッキェッ!」
「違うのか。じゃあ、ネネイに教わったのか?」
「キェッ!」

 ネネイが仕込んだらしい。
 ご主人様は何をしているのだ。

「ルールが分かるなら、早速遊ぶか」
「キェェ!」
「いくぞー、じゃんけん、ぽん!」
「キェッ!」

 俺とゴブちゃんが同時に手を出す。
 俺はグーで、ゴブちゃんはパーだ。
 ゴブちゃんの勝ちである。

「やるなぁゴブちゃん」
「キェェ!」

 ゴブちゃんが、パーの手を天に掲げる。
 そして、俺の周りをグルグル走り回った。
 ネネイとはまた違った可愛いらしい反応だ。
 これはこれで、見ていて癒される。

「よーし、次々いくぞー!」
「キェェェ!」
「じゃんけん、ぽん!」
「キェッ!」

 俺がパーで、ゴブちゃんがチョキだ。
 またしても俺の負けである。
 痛恨の二連敗だ。

「なかなか運がいいじゃないか、ゴブちゃん」
「キェェェェ!」
「よーし、今度こそ俺が勝つぞー」
「キェッキェッ!」
「いくぜ! じゃんけん、ぽん!」

 ――五分後。

「キェェェェェ!」
「こんな、こんなことがあるのか」

 俺は、痛恨の三〇連敗を喫した。
 嬉しそうにガッツポーズするゴブちゃん。
 原因は不明だが、ゴブちゃんはじゃんけんが強い。
 このまま普通にじゃんけんをしても勝てないだろう。

「でも負けっぱなしは嫌だなぁ」

 うーむ、どうしたものか。
 考え始めて、わずか数秒で閃いた。
 仕方ない、ここは大人の汚さで攻めよう。

「ゴブちゃん」
「キェ?」
「じゃんけんのルールを変えよう」
「キェェェェ?」
「新たに二つの手を設ける!」
「キェッ!?」

 俺は人差し指を立て、ゴブちゃんを指した。

「これが新たな手の一つ『キルビーム』だ」

 続いて、親指と小指だけを立たせる。

「そして、こちらが『サンダー将軍』だ」

 ゴブちゃんはマジマジと俺を見ている。

「既存のグー・チョキ・パーに加え、キルビームとサンダー将軍を新たに追加する。つまり、出せる手が五つになるわけだ。ここまでは理解できるか?」

 ゴブちゃんは「キェッ!」と即答し、首を縦に振る。
 きっちりと理解しているようだ。
 なかなか物覚えがいい。

「では次に、どの手がどの手に強いかを説明するぞ」
「キェッ!」
「早口で言うから一度で覚えろよ!」
「キェェェ!」

 ふっ、俺はこの時点で勝利を確信した。
 あとは超絶な早口で説明すればいいだけだ。
 ゴブちゃんは理解しきれず、頭をピヨピヨさせるだろう。
 そうやって混乱した隙をつき、電光石火の勝負を仕掛ける。
 仮に負けても、記憶の曖昧さを突いてゴネ倒す寸法。
 これなら、驚異の快進撃も止まるはずだ。
 大人の汚さ、ここに極まれり!

「では言うぞ」
「キェェ!」

 どんとこいとばかりに構えるゴブちゃん。
 俺は呼吸を整えた後、一気に捲し立てた。

「グーはチョキとキルビームに強いが、パーとサンダー将軍に弱い。チョキはキルビームとパーに強いが、グーとサンダー将軍に弱い。パーはグーとサンダー将軍に強いが、チョキとキルビームに弱い。キルビームはパーとサンダー将軍に強いが、チョキとグーに弱い。最後に、サンダー将軍はグーとチョキに強いが、キルビームとパーに弱い」

 早口言葉のように、息継ぎする間もなく言い切る。
 ゴブちゃんが「キェッ」と反応するが、俺は聞く耳をもたない。
 酸素を体内に補給すると、間髪入れずに試合を始めた。

「じゃんけん、ぽん!」

 俺の出した手はサンダー将軍だ。
 一方、ゴブちゃんの手はキルビームである。
 俺の説明通りだと、勝ったのはゴブちゃんだ。

 だが、まだ勝負は終わっていない。
 ゴブちゃんが相性を把握していない可能性がある。
 覚えきれないように、わざと長々話したのだ。
 どちらが勝ったかを把握していない公算は高い。
 そう、全てはこの時に備えた布石。
 ここで俺が勝利宣言をすれば――。

「キェェェェェ! キェッ! キェッ!」

 ところがどっこい、ゴブちゃんは把握していた。
 嬉しそうに手を掲げ、走り回っている。
 サンダー将軍がキルビームに弱いことを理解していたのだ!

「よし、次だ!」
「キェッ」
「じゃんけん、ぽん!」
「キェッ!」

 俺はキルビーム、ゴブちゃんはグー。
 またしても俺の負けだ。
 ゴブちゃんがはしゃぎまわる。
 なんてこった、完全にルールを把握しているではないか。
 しかも、強さは変わらずだ。

「無念……!」

 俺は戦うことを諦めた。
 普通に負け、卑怯な手も通じない。

「キェェェェ!」

 嬉しそうに飛び跳ねるゴブちゃん。
 その様子を眺めながら、ガックシと肩を落とした。

「おっ」
「キェッ」

 ゴールが近いことに気づく。
 いつの間にか、残り数百メートルの距離まできていた。
 前方には、こちらを眺める仲間達の姿が見える。
 ネネイ、アンズ、リーネ、マリカ、骸骨戦士、ゴブリンズ。
 総勢四十四人が、到着の瞬間を心待ちにしている。

「ラストスパートだな。行くぞ、ゴブちゃん」
「キェェェ!」

 俺達は再び走り始めた。
 一気に距離が縮まっていく。
 そして、無事にゴールした。

「遅いよ、ユート君!」
「マスター、楽しそうに歩いていたな」
「お疲れ様です、ユートさん」

 三人が声をかけてくる。
 しかし、ネネイだけは無言だ。
 頬をぷくっと膨らませ、俺を睨んでいる。
 どうやら、俺は何か失態をしでかしたようだ。
 何をしたのかと考え、適当に当たりをつける。

「い、いやぁ、距離が長くて歩いちゃったよ、あはは、ごめんな」

 ネネイの反応を窺いながら話す。
 しかし、ネネイに変化はない。
 頬は膨らんだままで、機嫌も悪そう。
 歩いたことは怒っていないようだ。
 そうなると、何がまずかったのか分からない。

「えーっと、ネネイさんは、何をお怒りなのかな?」

 恐る恐ると尋ねる。
 すると、ネネイは俺のケツを叩いた。
 怒りの平手打ちだが、鳴ったのは『ポコッ』と可愛い音。
 それでも、俺は「痛ッ!」と痛がる素振りをみせた。

「おとーさん、ゴブちゃんと遊んでいたなの!」
「バ、バレちゃった?」
「バレバレなの! ずるいなの!」

 ポコッ、ポコッ。
 追加で二発、ケツを叩かれる。

「ネネイもおとーさんと遊びたかったなの!」

 思わず「そっちか!」と笑う。

 ネネイの怒っている理由が分かった。
 遊んでいたからではない。
 自分も遊びたかったのだ。

「おとーさんなんか、ぶぅーなの!」

 ネネイは頬を膨らませたまま、俺に抱き着いてきた。
 俺の腹に顔をうずめ、ポコポコ叩いてくる。
 これは、遊んでやらないと許してもらえないな。

「よし、分かった」

 俺はネネイの頭を優しく撫でた。
 それにより、ネネイのポコポコ攻撃が止まる。

「ネネイ、お父さんと街までかけっこしようか」

 ネネイが顔を上げ、俺を見る。
 不機嫌さが、ニパッと晴れていく。
 瞬く間に、嬉々に満ちた笑みを浮かべた。

「かけっこするなのー!」
「よーし、じゃあ勝負だ!」
「はいなのー♪」
「いくぞー。よーい、どん!」

 帰りは『エスケープタウン』を使うつもりだった。
 しかし、こうなっては仕方がない。
 やれやれ、俺はラングローザに向けて走り出した。
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