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042 思わぬ誤算

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 ついにやってきた、運命の日。
 今日の卸売りは、臨時休業である。
 なぜなら、新商品の携帯食を配るからだ。

「準備につけぃ」
「はいなの!」

 数日前に買った土地『配布所』にて。
 中央の鍋に入った水は、グツグツと沸騰していた。
 その鍋を、計三〇体のゴブリンこと『ゴブリンズ』が囲む。
 鍋の横にはハイテーブルがあり、木製のボウルとスプーンが並ぶ。
 ハイテーブルの後ろには、食器類を収納する箱。
 そこから少し離れて、新商品が大量に積まれている。

「ワクワクするぜ、ユートさんの新商品」
「食い物らしいけど、どうなんだろうな」
「剃刀・マグボトルに続く第三の革命はくるか」
「あぁ、腹が減ってたまらないぜぇ」

 周囲には、無数の人だかりがうじゃうじゃしている。
 行列は配布所だけに留まらず、通路にまで伸びていた。

「始めるぞ、頑張っていこう」
「おーなの♪」
「任せろ、マスター」
「頑張ろうね、ユート君!」
「私も精一杯頑張らせていただきます」

 俺は人だかりに近づき、声を張り上げた。

「これから新商品である『携帯食』の無料配布を始めるぞ! 携帯食には『レトルト』と『缶詰』の二種類がある! 沸騰したお湯につけて作るのがレトルトで、開けてすぐに食べられるのが缶詰だ! どちらの商品も年単位で日持ちするし、温度を気にしないで保存できるのが特徴だ!」

 周囲がどっと沸く。
 口々にあれこれ呟いている。
 聞こえてくる限り、好感触だ。

「皆にはそれを食べてもらって、感想を聞かせてほしい! どちらも食べ物としては、決して安くない価格で販売する! だから、高い金を出して買うことを前提とした感想を聞かせてほしい! 出来れば理由なども教えてくれると嬉しい!」

 任せろといった旨の声がそこら中から沸き上がる。
 冒険者達は、今すぐにでも食べたくて仕方ないようだ。
 こちらとしても、これ以上焦らす気はない。

「よし、ではスタートだ! レトルトを食べたい人はテーブルの前に、缶詰を食べたい人はその隣に居る骸骨戦士の前に並んでくれ!」

 俺の合図と共に、冒険者達が動き始めた。
 あっという間に、両方に列ができる。

「ゴブリンズ! やっちゃってー!」
「「「キェェェェェ!」」」

 アンズの指示で、ゴブリンズも動く。
 鍋に向かって、レトルトの袋を投げ込み始めた。
 三〇体のゴブリンによる集中砲火だ。
 真ん中の鍋に投げ込む姿は、運動会の玉入れを彷彿させる。

「おお、謎の袋が熱湯の中に飛び込んでいくぞ!」
「あの袋、どういうやって作っているんだ!?」
「それよか、あの中に食べ物が入っているのか!?」

 最初に注目を引いたのは、レトルトだ。
 見慣れぬ銀の袋に加え、熱湯に入れる調理法。
 どちらもエストラの人間とっては斬新なものだ。
 だから、この反応は予測していた。

「うおおおお!」
「なんだこれ!」
「すげぇぇぞ!」

 一方、缶詰コーナーからも歓声が上がる。
 缶詰を食べた冒険者は、例外なく大興奮。

「圧倒的手軽さじゃないか!」
「凄いぜ! 一瞬で食べられる!」
「これならどこでも補給が可能だ!」

 缶詰は、一〇体の骸骨が配布に当たっている。
 八体の骸骨が目の前で開封し、冒険者に渡す。
 残りの二体は、割り箸を手当たり次第に配布していた。

「いい感じだね、ユート君」
「流石です、ユートさん」
「おとーさんは天才なの!」

 一方、俺達人間の出番は、もうしばらく後だ。
 俺達の仕事は、試食した冒険者の感想を聞くこと。
 こればかりは、モンスターには任せられない。

 しばらくして、レトルトの準備が完了した。
 それを見て、アンズが動く。

「ゴブリンズ! 次の行動に移って!」

 アンズは、振り上げた右手を、勢いよく振り下ろす。
 その横で、ゴブちゃんがバンザイしながらピョンピョン跳ぶ。
 お前は働かないのかゴブちゃん、と俺は思っていた。

「「「キェェェェ!」」」

 アンズの指示で、ゴブリンズの動きが変化する。
 三〇体の内、五体を残して、レトルトの投げ入れを止めた。
 残りの二十五体は、熱湯の中に腕を突っ込み、中から袋を取り出した。
 そして、まるで熱がる素振りも見せずに、テーブルまで運ぶ。
 そこで袋を開封すると、木のボウルに入れた。

「うおおお!」
「すげぇ、熱々のスープだ!」
「こっちはシチューだぞ!」

 ボウルに入った食べ物を見て、冒険者達が大興奮。
 缶詰に並んでいた冒険者も、思わず振り向く。

「キェェェェ!」

 配布担当のゴブリンズは、すぐさまボウルを配る。
 木のスプーンとセットで、テキパキと渡した。
 テーブルが空になると、すぐさま新たな食器を並べる。
 骸骨戦士に劣らぬ、軍隊のような統率された動きだ。

「熱々でうめぇ!」
「具も色々あるぞ!」
「すげぇホクホクだ!」

 レトルトを食べた冒険者達の反応は良い感じ。
 缶詰も想定通りの反応だし、強い手応えを感じた。

「よし、俺達も動き出すか」
「はいなのー♪」

 いよいよ俺達の出番だ。
 手分けして感想を訊いていく。

 ――その結果は、俺の想像とは違うものだった。

 数時間後、全ての品を配布し終える。
 その時、俺達の表情は暗くなっていた。
 そうはいっても、絶望しているわけではない。
 良いニュースと悪いニュースがあるだけだ。

「今日はこれで終わりだ! 販売は五日後になる! 皆の手元に届くのもその辺りからだ! 今日は協力してくれてありがとう!」

 冒険者達に向かって、俺は手を振った。
 その横で、ネネイが「ありがとうございましたなの」と頭をペコリ。
 他のメンバーもお辞儀している。
 ゴブリンズや骸骨戦士も、見様見真似でペコリ。

「こちらこそ、最高だったぜ!」
「やっぱりユートさんの商品は面白ぇ!」
「もはや魔法の剃刀屋さんじゃねぇ! 魔法の便利屋だ!」
「新商品の販売、楽しみにしているぜ!」
「ユート! ユート! ユート!」

 こうして、イベントは無事に終了した。
 後片付けを骸骨に任せ、俺達は家に戻る。

 家に着くと、すぐさま三階へ行く。
 ふぅ、と一息つきながら、ソファへ腰を下ろした。
 他のメンバーも、同様に座っていく。
 俺の横にリーネ、対面にアンズとマリカ。
 俺の膝の上には、いつもの如く、ネネイがちょこん。

「表情を見る限り、皆も同様の感想を得たようだな」

 切り出したのは俺だ。
 あまり明るくない皆の表情を見て言う。

「やっぱり、最初に調査したのは正解だったね」
「だなぁ、まさかレトルトがウケないとは……」

 そう、レトルトパウチ食品が大ハズレだったのだ。
 といっても、不味いと不評だったわけではない。

 味については、レトルトと缶詰のどちらも最高に良かった。
 好き嫌いはなく、全ての商品が及第点。
 味に関して、冒険者の意見は一致していた。

 では、何がダメだったのか。
 答えは『価格』だ。

「出せるとしても数千ゴールドまでかな」
「万単位になると、少し考えるかも」

 俺達は、数十万ゴールドで売る気でいた。
 しかし、冒険者の提示額は数千ゴールド。
 数千なんて小銭じゃ、商売にはならない。

 理由は衝撃的なものだった。

「マグボトルで済むしなぁ」
「俺、酒場でマグボトルにスープ入れてんだ」

 そう、マグボトルが原因なのだ。
 レトルトの多くは、シチューやスープである。
 あとは牛丼やカレーなど、ご飯にかけるもの。
 冒険者達はこれらを、マグボトルに入れている。

 以前までは、串焼きオンリーだったらしい。
 それが今では、あれこれと開拓されているのだ。
 なんてこった、レトルトの競合がマグボトルである。
 俺は、俺自身の商品にしてやられたのだ。

「まぁ、缶詰がウケることは分かった」
「そうだね! レトルトは切って、缶詰を増やすよ!」
「おう、その方向で頼む」

 レトルトが滑った一方で、缶詰の評価は想定以上に良かった。
 市場価格は一つ一〇〇万前後の予定だったが、その数倍が手堅い。
 食べ物にそれだけの金を出せる相手。
 それは、高レベルの冒険者だ。
 クエスト報酬が数千万規模の猛者達。
 その層が、缶詰をこの上なく気に入ったのだ。

 大量に仕入れたいという冒険者も多くいた。
 しかし、約束上、俺は商人以外には売らないと決めている。
 そう言うと、一瞬で商人カードを取得したくらいだ。

「これで俺も商人さ! だから頼む!」

 そう言われると、断ることはできない。
 おかげで、缶詰には既に、大口の顧客が数十人と居る。
 こちらは大成功だ。

 レトルトが滑ったのは思わぬ誤算だった。
 だが、缶詰が想定以上の価格で売れるので問題ない。
 トータルで見ると、今回の計画は大成功だ。

 大々的に売り出すのは五日後。
 その時を想像し、今から期待に胸を膨らませた。

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