42 / 56
042 思わぬ誤算
しおりを挟む
ついにやってきた、運命の日。
今日の卸売りは、臨時休業である。
なぜなら、新商品の携帯食を配るからだ。
「準備につけぃ」
「はいなの!」
数日前に買った土地『配布所』にて。
中央の鍋に入った水は、グツグツと沸騰していた。
その鍋を、計三〇体のゴブリンこと『ゴブリンズ』が囲む。
鍋の横にはハイテーブルがあり、木製のボウルとスプーンが並ぶ。
ハイテーブルの後ろには、食器類を収納する箱。
そこから少し離れて、新商品が大量に積まれている。
「ワクワクするぜ、ユートさんの新商品」
「食い物らしいけど、どうなんだろうな」
「剃刀・マグボトルに続く第三の革命はくるか」
「あぁ、腹が減ってたまらないぜぇ」
周囲には、無数の人だかりがうじゃうじゃしている。
行列は配布所だけに留まらず、通路にまで伸びていた。
「始めるぞ、頑張っていこう」
「おーなの♪」
「任せろ、マスター」
「頑張ろうね、ユート君!」
「私も精一杯頑張らせていただきます」
俺は人だかりに近づき、声を張り上げた。
「これから新商品である『携帯食』の無料配布を始めるぞ! 携帯食には『レトルト』と『缶詰』の二種類がある! 沸騰したお湯につけて作るのがレトルトで、開けてすぐに食べられるのが缶詰だ! どちらの商品も年単位で日持ちするし、温度を気にしないで保存できるのが特徴だ!」
周囲がどっと沸く。
口々にあれこれ呟いている。
聞こえてくる限り、好感触だ。
「皆にはそれを食べてもらって、感想を聞かせてほしい! どちらも食べ物としては、決して安くない価格で販売する! だから、高い金を出して買うことを前提とした感想を聞かせてほしい! 出来れば理由なども教えてくれると嬉しい!」
任せろといった旨の声がそこら中から沸き上がる。
冒険者達は、今すぐにでも食べたくて仕方ないようだ。
こちらとしても、これ以上焦らす気はない。
「よし、ではスタートだ! レトルトを食べたい人はテーブルの前に、缶詰を食べたい人はその隣に居る骸骨戦士の前に並んでくれ!」
俺の合図と共に、冒険者達が動き始めた。
あっという間に、両方に列ができる。
「ゴブリンズ! やっちゃってー!」
「「「キェェェェェ!」」」
アンズの指示で、ゴブリンズも動く。
鍋に向かって、レトルトの袋を投げ込み始めた。
三〇体のゴブリンによる集中砲火だ。
真ん中の鍋に投げ込む姿は、運動会の玉入れを彷彿させる。
「おお、謎の袋が熱湯の中に飛び込んでいくぞ!」
「あの袋、どういうやって作っているんだ!?」
「それよか、あの中に食べ物が入っているのか!?」
最初に注目を引いたのは、レトルトだ。
見慣れぬ銀の袋に加え、熱湯に入れる調理法。
どちらもエストラの人間とっては斬新なものだ。
だから、この反応は予測していた。
「うおおおお!」
「なんだこれ!」
「すげぇぇぞ!」
一方、缶詰コーナーからも歓声が上がる。
缶詰を食べた冒険者は、例外なく大興奮。
「圧倒的手軽さじゃないか!」
「凄いぜ! 一瞬で食べられる!」
「これならどこでも補給が可能だ!」
缶詰は、一〇体の骸骨が配布に当たっている。
八体の骸骨が目の前で開封し、冒険者に渡す。
残りの二体は、割り箸を手当たり次第に配布していた。
「いい感じだね、ユート君」
「流石です、ユートさん」
「おとーさんは天才なの!」
一方、俺達人間の出番は、もうしばらく後だ。
俺達の仕事は、試食した冒険者の感想を聞くこと。
こればかりは、モンスターには任せられない。
しばらくして、レトルトの準備が完了した。
それを見て、アンズが動く。
「ゴブリンズ! 次の行動に移って!」
アンズは、振り上げた右手を、勢いよく振り下ろす。
その横で、ゴブちゃんがバンザイしながらピョンピョン跳ぶ。
お前は働かないのかゴブちゃん、と俺は思っていた。
「「「キェェェェ!」」」
アンズの指示で、ゴブリンズの動きが変化する。
三〇体の内、五体を残して、レトルトの投げ入れを止めた。
残りの二十五体は、熱湯の中に腕を突っ込み、中から袋を取り出した。
そして、まるで熱がる素振りも見せずに、テーブルまで運ぶ。
そこで袋を開封すると、木のボウルに入れた。
「うおおお!」
「すげぇ、熱々のスープだ!」
「こっちはシチューだぞ!」
ボウルに入った食べ物を見て、冒険者達が大興奮。
缶詰に並んでいた冒険者も、思わず振り向く。
「キェェェェ!」
配布担当のゴブリンズは、すぐさまボウルを配る。
木のスプーンとセットで、テキパキと渡した。
テーブルが空になると、すぐさま新たな食器を並べる。
骸骨戦士に劣らぬ、軍隊のような統率された動きだ。
「熱々でうめぇ!」
「具も色々あるぞ!」
「すげぇホクホクだ!」
レトルトを食べた冒険者達の反応は良い感じ。
缶詰も想定通りの反応だし、強い手応えを感じた。
「よし、俺達も動き出すか」
「はいなのー♪」
いよいよ俺達の出番だ。
手分けして感想を訊いていく。
――その結果は、俺の想像とは違うものだった。
数時間後、全ての品を配布し終える。
その時、俺達の表情は暗くなっていた。
そうはいっても、絶望しているわけではない。
良いニュースと悪いニュースがあるだけだ。
「今日はこれで終わりだ! 販売は五日後になる! 皆の手元に届くのもその辺りからだ! 今日は協力してくれてありがとう!」
冒険者達に向かって、俺は手を振った。
その横で、ネネイが「ありがとうございましたなの」と頭をペコリ。
他のメンバーもお辞儀している。
ゴブリンズや骸骨戦士も、見様見真似でペコリ。
「こちらこそ、最高だったぜ!」
「やっぱりユートさんの商品は面白ぇ!」
「もはや魔法の剃刀屋さんじゃねぇ! 魔法の便利屋だ!」
「新商品の販売、楽しみにしているぜ!」
「ユート! ユート! ユート!」
こうして、イベントは無事に終了した。
後片付けを骸骨に任せ、俺達は家に戻る。
家に着くと、すぐさま三階へ行く。
ふぅ、と一息つきながら、ソファへ腰を下ろした。
他のメンバーも、同様に座っていく。
俺の横にリーネ、対面にアンズとマリカ。
俺の膝の上には、いつもの如く、ネネイがちょこん。
「表情を見る限り、皆も同様の感想を得たようだな」
切り出したのは俺だ。
あまり明るくない皆の表情を見て言う。
「やっぱり、最初に調査したのは正解だったね」
「だなぁ、まさかレトルトがウケないとは……」
そう、レトルトパウチ食品が大ハズレだったのだ。
といっても、不味いと不評だったわけではない。
味については、レトルトと缶詰のどちらも最高に良かった。
好き嫌いはなく、全ての商品が及第点。
味に関して、冒険者の意見は一致していた。
では、何がダメだったのか。
答えは『価格』だ。
「出せるとしても数千ゴールドまでかな」
「万単位になると、少し考えるかも」
俺達は、数十万ゴールドで売る気でいた。
しかし、冒険者の提示額は数千ゴールド。
数千なんて小銭じゃ、商売にはならない。
理由は衝撃的なものだった。
「マグボトルで済むしなぁ」
「俺、酒場でマグボトルにスープ入れてんだ」
そう、マグボトルが原因なのだ。
レトルトの多くは、シチューやスープである。
あとは牛丼やカレーなど、ご飯にかけるもの。
冒険者達はこれらを、マグボトルに入れている。
以前までは、串焼きオンリーだったらしい。
それが今では、あれこれと開拓されているのだ。
なんてこった、レトルトの競合がマグボトルである。
俺は、俺自身の商品にしてやられたのだ。
「まぁ、缶詰がウケることは分かった」
「そうだね! レトルトは切って、缶詰を増やすよ!」
「おう、その方向で頼む」
レトルトが滑った一方で、缶詰の評価は想定以上に良かった。
市場価格は一つ一〇〇万前後の予定だったが、その数倍が手堅い。
食べ物にそれだけの金を出せる相手。
それは、高レベルの冒険者だ。
クエスト報酬が数千万規模の猛者達。
その層が、缶詰をこの上なく気に入ったのだ。
大量に仕入れたいという冒険者も多くいた。
しかし、約束上、俺は商人以外には売らないと決めている。
そう言うと、一瞬で商人カードを取得したくらいだ。
「これで俺も商人さ! だから頼む!」
そう言われると、断ることはできない。
おかげで、缶詰には既に、大口の顧客が数十人と居る。
こちらは大成功だ。
レトルトが滑ったのは思わぬ誤算だった。
だが、缶詰が想定以上の価格で売れるので問題ない。
トータルで見ると、今回の計画は大成功だ。
大々的に売り出すのは五日後。
その時を想像し、今から期待に胸を膨らませた。
今日の卸売りは、臨時休業である。
なぜなら、新商品の携帯食を配るからだ。
「準備につけぃ」
「はいなの!」
数日前に買った土地『配布所』にて。
中央の鍋に入った水は、グツグツと沸騰していた。
その鍋を、計三〇体のゴブリンこと『ゴブリンズ』が囲む。
鍋の横にはハイテーブルがあり、木製のボウルとスプーンが並ぶ。
ハイテーブルの後ろには、食器類を収納する箱。
そこから少し離れて、新商品が大量に積まれている。
「ワクワクするぜ、ユートさんの新商品」
「食い物らしいけど、どうなんだろうな」
「剃刀・マグボトルに続く第三の革命はくるか」
「あぁ、腹が減ってたまらないぜぇ」
周囲には、無数の人だかりがうじゃうじゃしている。
行列は配布所だけに留まらず、通路にまで伸びていた。
「始めるぞ、頑張っていこう」
「おーなの♪」
「任せろ、マスター」
「頑張ろうね、ユート君!」
「私も精一杯頑張らせていただきます」
俺は人だかりに近づき、声を張り上げた。
「これから新商品である『携帯食』の無料配布を始めるぞ! 携帯食には『レトルト』と『缶詰』の二種類がある! 沸騰したお湯につけて作るのがレトルトで、開けてすぐに食べられるのが缶詰だ! どちらの商品も年単位で日持ちするし、温度を気にしないで保存できるのが特徴だ!」
周囲がどっと沸く。
口々にあれこれ呟いている。
聞こえてくる限り、好感触だ。
「皆にはそれを食べてもらって、感想を聞かせてほしい! どちらも食べ物としては、決して安くない価格で販売する! だから、高い金を出して買うことを前提とした感想を聞かせてほしい! 出来れば理由なども教えてくれると嬉しい!」
任せろといった旨の声がそこら中から沸き上がる。
冒険者達は、今すぐにでも食べたくて仕方ないようだ。
こちらとしても、これ以上焦らす気はない。
「よし、ではスタートだ! レトルトを食べたい人はテーブルの前に、缶詰を食べたい人はその隣に居る骸骨戦士の前に並んでくれ!」
俺の合図と共に、冒険者達が動き始めた。
あっという間に、両方に列ができる。
「ゴブリンズ! やっちゃってー!」
「「「キェェェェェ!」」」
アンズの指示で、ゴブリンズも動く。
鍋に向かって、レトルトの袋を投げ込み始めた。
三〇体のゴブリンによる集中砲火だ。
真ん中の鍋に投げ込む姿は、運動会の玉入れを彷彿させる。
「おお、謎の袋が熱湯の中に飛び込んでいくぞ!」
「あの袋、どういうやって作っているんだ!?」
「それよか、あの中に食べ物が入っているのか!?」
最初に注目を引いたのは、レトルトだ。
見慣れぬ銀の袋に加え、熱湯に入れる調理法。
どちらもエストラの人間とっては斬新なものだ。
だから、この反応は予測していた。
「うおおおお!」
「なんだこれ!」
「すげぇぇぞ!」
一方、缶詰コーナーからも歓声が上がる。
缶詰を食べた冒険者は、例外なく大興奮。
「圧倒的手軽さじゃないか!」
「凄いぜ! 一瞬で食べられる!」
「これならどこでも補給が可能だ!」
缶詰は、一〇体の骸骨が配布に当たっている。
八体の骸骨が目の前で開封し、冒険者に渡す。
残りの二体は、割り箸を手当たり次第に配布していた。
「いい感じだね、ユート君」
「流石です、ユートさん」
「おとーさんは天才なの!」
一方、俺達人間の出番は、もうしばらく後だ。
俺達の仕事は、試食した冒険者の感想を聞くこと。
こればかりは、モンスターには任せられない。
しばらくして、レトルトの準備が完了した。
それを見て、アンズが動く。
「ゴブリンズ! 次の行動に移って!」
アンズは、振り上げた右手を、勢いよく振り下ろす。
その横で、ゴブちゃんがバンザイしながらピョンピョン跳ぶ。
お前は働かないのかゴブちゃん、と俺は思っていた。
「「「キェェェェ!」」」
アンズの指示で、ゴブリンズの動きが変化する。
三〇体の内、五体を残して、レトルトの投げ入れを止めた。
残りの二十五体は、熱湯の中に腕を突っ込み、中から袋を取り出した。
そして、まるで熱がる素振りも見せずに、テーブルまで運ぶ。
そこで袋を開封すると、木のボウルに入れた。
「うおおお!」
「すげぇ、熱々のスープだ!」
「こっちはシチューだぞ!」
ボウルに入った食べ物を見て、冒険者達が大興奮。
缶詰に並んでいた冒険者も、思わず振り向く。
「キェェェェ!」
配布担当のゴブリンズは、すぐさまボウルを配る。
木のスプーンとセットで、テキパキと渡した。
テーブルが空になると、すぐさま新たな食器を並べる。
骸骨戦士に劣らぬ、軍隊のような統率された動きだ。
「熱々でうめぇ!」
「具も色々あるぞ!」
「すげぇホクホクだ!」
レトルトを食べた冒険者達の反応は良い感じ。
缶詰も想定通りの反応だし、強い手応えを感じた。
「よし、俺達も動き出すか」
「はいなのー♪」
いよいよ俺達の出番だ。
手分けして感想を訊いていく。
――その結果は、俺の想像とは違うものだった。
数時間後、全ての品を配布し終える。
その時、俺達の表情は暗くなっていた。
そうはいっても、絶望しているわけではない。
良いニュースと悪いニュースがあるだけだ。
「今日はこれで終わりだ! 販売は五日後になる! 皆の手元に届くのもその辺りからだ! 今日は協力してくれてありがとう!」
冒険者達に向かって、俺は手を振った。
その横で、ネネイが「ありがとうございましたなの」と頭をペコリ。
他のメンバーもお辞儀している。
ゴブリンズや骸骨戦士も、見様見真似でペコリ。
「こちらこそ、最高だったぜ!」
「やっぱりユートさんの商品は面白ぇ!」
「もはや魔法の剃刀屋さんじゃねぇ! 魔法の便利屋だ!」
「新商品の販売、楽しみにしているぜ!」
「ユート! ユート! ユート!」
こうして、イベントは無事に終了した。
後片付けを骸骨に任せ、俺達は家に戻る。
家に着くと、すぐさま三階へ行く。
ふぅ、と一息つきながら、ソファへ腰を下ろした。
他のメンバーも、同様に座っていく。
俺の横にリーネ、対面にアンズとマリカ。
俺の膝の上には、いつもの如く、ネネイがちょこん。
「表情を見る限り、皆も同様の感想を得たようだな」
切り出したのは俺だ。
あまり明るくない皆の表情を見て言う。
「やっぱり、最初に調査したのは正解だったね」
「だなぁ、まさかレトルトがウケないとは……」
そう、レトルトパウチ食品が大ハズレだったのだ。
といっても、不味いと不評だったわけではない。
味については、レトルトと缶詰のどちらも最高に良かった。
好き嫌いはなく、全ての商品が及第点。
味に関して、冒険者の意見は一致していた。
では、何がダメだったのか。
答えは『価格』だ。
「出せるとしても数千ゴールドまでかな」
「万単位になると、少し考えるかも」
俺達は、数十万ゴールドで売る気でいた。
しかし、冒険者の提示額は数千ゴールド。
数千なんて小銭じゃ、商売にはならない。
理由は衝撃的なものだった。
「マグボトルで済むしなぁ」
「俺、酒場でマグボトルにスープ入れてんだ」
そう、マグボトルが原因なのだ。
レトルトの多くは、シチューやスープである。
あとは牛丼やカレーなど、ご飯にかけるもの。
冒険者達はこれらを、マグボトルに入れている。
以前までは、串焼きオンリーだったらしい。
それが今では、あれこれと開拓されているのだ。
なんてこった、レトルトの競合がマグボトルである。
俺は、俺自身の商品にしてやられたのだ。
「まぁ、缶詰がウケることは分かった」
「そうだね! レトルトは切って、缶詰を増やすよ!」
「おう、その方向で頼む」
レトルトが滑った一方で、缶詰の評価は想定以上に良かった。
市場価格は一つ一〇〇万前後の予定だったが、その数倍が手堅い。
食べ物にそれだけの金を出せる相手。
それは、高レベルの冒険者だ。
クエスト報酬が数千万規模の猛者達。
その層が、缶詰をこの上なく気に入ったのだ。
大量に仕入れたいという冒険者も多くいた。
しかし、約束上、俺は商人以外には売らないと決めている。
そう言うと、一瞬で商人カードを取得したくらいだ。
「これで俺も商人さ! だから頼む!」
そう言われると、断ることはできない。
おかげで、缶詰には既に、大口の顧客が数十人と居る。
こちらは大成功だ。
レトルトが滑ったのは思わぬ誤算だった。
だが、缶詰が想定以上の価格で売れるので問題ない。
トータルで見ると、今回の計画は大成功だ。
大々的に売り出すのは五日後。
その時を想像し、今から期待に胸を膨らませた。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
436
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる