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046 担がれて観戦

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「二つ返事で承諾できる額じゃないな」
「うん、あからさまに吹っ掛けられているのもちょっとね」

 アンズの報告は、最悪ではないが、最良とも言えない内容だった。
 二菱の返事は、『四〇〇億円を払うなら、譲ってもいい』というもの。
 その額を払うことで得られるのは、マンション周辺の土地だけだ。
 マンションの土地を得るには、追加で大家と交渉しなければならない。

 四〇〇億円という額もそうだが、問題なのはその内訳だ。
 土地代が七〇億に、見込んでいた利益分が二三〇億。
 そして、残りの一〇〇億が手間賃だ。

 アンズ曰く、三〇〇億円までは分からなくもないらしい。
 俺としても、土地代だけで譲ってもらえるとは思っていなかった。
 引っかかってくるのは、残りの一〇〇億だ。

 手間賃とはよく言ったものである。
 実際の所は、『誠意』や『詫び金』に他ならない。
 本当に手間賃だけなら、数千万から数億で済むだろう。

「でも、相手の条件には、理解の余地があるのよね」
「そうなの?」
「ここに大型施設を建造することは、既にIRで出しているから」
「IR? なんだそれ」
「簡単に言うと、株主向きの情報ってこと」
「じゃあ、吹っ掛けるのは株主に配慮しているのか」

 アンズは「そういうこと!」と大きく頷いた。

「当初の予定と違う時は、予定以上の結果が求められるの」
「なるほどな。でも、株主に配慮する必要なんてあるのか?」

 株式投資をしている以上、俺もどこかしらの株主だ。
 しかし、株主だからと会社の経営に関与したことはない。
 会社を動かすのは社長や重役だ。
 だから、株主に配慮する必要が分からなかった。

「株主が怒ると、株を売られちゃうから駄目なの」
「株を売られたら困るのか」
「株価が下がるからね」
「株価が下がるとまずいの?」

 アンズが「まぁね」と頷く。
 その後、「長時間たっぷりコースでいく?」とウキウキで訊いてくる。

 長時間たっぷりコースとは、イラストを使った懇切丁寧な説明だ。
 アンズ曰く、そのコースを受けると、完全に熟知できるようらしい。
 今回の場合だと、株主と会社の関係を辞書レベルで知れるわけだ。
 もちろん、俺の答えは決まっていた。

「いや、説明は結構だよ」
「もー!」

 とりあえず、事情は分かった。
 要するに、株主に不快感を与えたくないわけだ。
 面倒な仕組みだなと思うが、理解することはできた。
 株価が下がるとどうまずいのか、なんてことはどうでもいい。

「すると、どうしたらいいかな。やっぱり引っ越しか?」
「それも視野に入れた方がいいかも。向こうに値下げする気はないし」
「四〇〇億って額はさすがに大きすぎるからなぁ」

 俺の資産は約八〇〇億円だ。
 その内の三〇〇億が、株式投資に回されている。
 だから、自由に動かせるお金は約五〇〇億円だ。
 二菱の条件を受けようと思えば、受けられなくはない。

「検討期間を一週間確保したから、その間に考えていこっか」
「だな。念のため、引っ越し用の計画も立ててもらっていい?」
「もちろん! 良い場所を見つけておくよ!」
「サンキュー」

 どうなるかはまだ分からない。
 しかし、現段階では引っ越しが濃厚だ。

「エストラに戻るか」
「そうだね! 私が居ない間、ゴブちゃんは元気にしていた?」
「元気にしていたよ。ネネイと雪だるまを作っていたぞ」
「雪だるま!? こっちに来るときは晴れていたのに」
「俺と同じ反応だな。まぁ、続きは戻ってからで」
「はーい!」

 こうして、二菱不動産とする最初の商談が終わった。

 ◇

 翌日。
 大量の缶詰が家に届いた。
 数や構成は、前回から変化している。
 まず、レトルトパウチ食品はなくなった。
 その一方で、缶詰の個数と種類は大幅に増加。
 種類は三〇種類で、個数は各二万個だ。

「拠点をどうにかするまで、これ以上は辛いな」
「だねぇ……」
「お疲れ様なの、おとーさん!」

 運搬を終えた頃には、ヘトヘトだった。
 階段の昇降や部屋の移動が、ちびちびと疲労を蓄積させる。
 終盤に至っては、もはや労働を放棄して座っていた。
 早く倉庫を作りたいものだ。

「さーて、遊ぶよ!」

 一方、アンズはまだまだ元気なようだ。
 俺は「なんでそんなに元気なんだ」と苦笑い。
 今すぐにでも、目の前にあるベッドへダイブしたい。

「お疲れだけど、遊びたいの! 昨日は忙しかったから!」

 昨日は、アンズだけ雪遊びが出来なかった。
 その分、今日は全力で遊びたいらしい。
 気持ちは分かるが、そんな元気はないぞ。

「ストレス発散に狩りでもいくか?」

 マリカが提案する。
 アンズは「それいいね!」と指を鳴らした。

「ネネイも行くなのー!」
「いえーい! リーネさんはどうする?」
「では、私もお供させていただきます」

 こうして、俺以外の四人がゾンビ狩りに行くこととなった。

「頑張ってくれ、俺は寝るよ」

 そう言って、俺はベッドに入った。
 だが、その行動にアンズが待ったをかける。

「ダメダメダメ! リーダーが居ないと締まらないでしょ!」
「ネネイもおとーさんと一緒がいいなの!」

 どいつもこいつも元気過ぎるだろう。
 これでは、俺が元気じゃないみたいだ。
 それでも、俺は首を横に振った。

「俺はお疲れだし、寝ておくよ」
「ぶぅーなの!」

 ネネイが頬を膨らませ、俺の頬をツンツンしてくる。
 そんなネネイを、アンズが止めた。

「大丈夫だよ、ネネイちゃん。私に考えがある!」
「なんだか嫌な予感がするな……」
「ふっふっふ、ユート君はそのまま寝ていてくれていいよ!」

 そう言われると、起きたくなってきた。
 しかし、蓄積された疲労の度合いは相当なものだ。
 なんだかんだで、俺は起き上がらなかった。

「ゴブちゃん、おいで!」
「キェッ!」

 アンズがゴブちゃんを呼ぶ。
 そして、何やら耳打ちを始めた。
 ゴブちゃんは「ウンウン」と頷いている。
 しばらくして、アンズが耳打ちを終えた。

「ゴブちゃん、よろしく!」
「キェェェェ!」

 ゴブちゃんは右手を挙げた後、二階へ降りていった。
 それからしばらくして、再び三階へ戻ってくる。

「「「キェェェェェ!」」」

 その後ろには、三〇体のゴブリンズが続いていた。
 なんだなんだ、俺はなにをされるのだ。

「ゴブリンズ、やっちゃって!」
「「「キェェェェ!」」」

 ゴブリンズが、俺に近寄ってくる。
 瞬く間に、俺のベッドが包囲された。
 続いて、足元のゴブリン達がベッドへ侵入する。
 俺の足を、ゴブリンがガッシリ掴んだ。

「キェェェェ」
「キェッ、キェッ」

 何やら会話をした後、俺の足を引き始めた。
 そのゴブリンを、また別のゴブリンが引いていく。
 そんな風に、皆で連携して引いている。
 まるで、運動会の綱引きみたいだ。
 えっせほいせと、俺の身体が下へスライドしていく。
 俺はただ「アワワ」と叫ぶことしかできない。

「な、なんだこりゃ」
「これが移動式ゴブリンズベッドだ!」

 瞬く間に、俺の身体はベッドから引き下ろされた。
 かといって、地面には当たっていない。
 ゴブリンズが、一致団結して俺を担いでいるのだ。
 当然ながら、寝心地は最低である。

「クソッ、離せ! 離しやがれ!」

 かといって、抵抗することもできない。
 全身をガッチリつかまれているからだ。
 もはや、顔の自由さえ残されてはいなかった。
 ただただ大の字の仰向けで、天を拝む。

「それでは皆、しゅっぱーつ!」
「おーなの♪」

 こうして、皆でゾンビ狩りへ行くことになった。
 悲しいことに、俺の意思は尊重されていない。
 女尊男卑の世界は、二菱だけではなかったのだ。

「到着なの!」
「イエイ!」

 しばらくして、ゾンビの巣に到着した。
 当然のように、俺は今でも担がれている。

「王様みたいですね。流石です、ユートさん」
「流石もクソもあるものか、離してほしいよ」
「諦めて私達の活躍を眺めなさい!」

 はっはっは、と笑うアンズ。
 やれやれ、俺は諦めた。

「グォォォ!」

 最奥部へ行き、ゾンビをスポーンさせる。

「ゴブリンズとゴブちゃんは後方待機ね」
「キェェェェ!」
「「「キェッ!」」」

 アンズがテキパキ指示を出していく。
 それによると、俺とゴブリンとリーネが待機だ。
 その前で、マリカが骸骨戦士を展開して警備している。
 そこからさらに前で、アンズとネネイが武器を構えていた。

「いくよ、ネネイちゃん!」
「はいなのっ!」

 アンズの合図で、戦闘が始まった。
 ネネイがサンダーバードで敵を蹴散らす。

「やるぅ! 私も負けてられないよ!」

 一方、アンズは鞭を振り回している。
 ペチンッ、ペチンッ、と鞭の音が響く。
 ゾンビ達が、一撃で昇天していった。

「アンズ、攻撃力は上がったのか?」
「ううん、前と変わってないよー!」

 なら、アンズの攻撃力は三だ。
 それでも、ゾンビは一撃で死んでいる。
 まるで豆腐の如き柔らかさだ。

「えいなのっ、えいなのっ」
「いいぞネネイ、その調子だ」
「はいなの、頑張るなの」

 ネネイもいい感じに戦っている。
 スリングショットで弾丸を飛ばし、ゴブリンを屠っていく。
 命中精度は当然として、最近では攻撃速度も上がっている。
 連射とまではいかないが、短い間隔でテンポが良い。

「おーっほっほっほ! 女王様とお呼び! ほらほらァ!」

 だが、アンズの方が衝撃的だ。
 謎の女王様キャラとして、ゾンビを蹴散らしている。
 右にペチン、左にペチン、そして頭上でクールクル。
 ウジャウジャと群がるゾンビが、凄まじい速度で消えていく。
 観ているだけで気持ちよくなるほどの爽快感だ。

「俺も戦いたくなってきたぞ」
「「「キェッ! キェッ!」」」

 動こうとする俺を、ゴブリンズが止める。
 ガッチリと掴んで、離してくれないのだ。
 仕方ない、今回は見学に徹するか。

「アンズ、ゾンビはペットにしないのか?」

 アンズの固有スキル『隷属契約テイミング』の話だ。
 数に制限がないのだから、倒すよりペットにする方がいい。
 しかし、アンズは首を横に振った。

「だって、見た目が可愛くないんだもん!」
「いやいや、それを言うならゴブリンも――」
「「「キェェェェェ!?」」」
「いえ、なんでもないです……」

 ゴブリンズの威圧的な声が、身体の下から響いた。
 気圧される形で、俺は口をつぐむ。

 だが、ゴブリンが可愛いかといえば「否」だ。
 ゴブちゃん達が可愛いのは、見た目ではなく行動である。
 仕草や言葉に対する反応など、そういったものが可愛い。
 見た目でいえば、可愛いと表現することはできないだろう。
 だから、アンズの言い分は理解できなかった。
 おそらく、俺には分からない何かがあるのだろう。

「これでラストォー! 女王様の、怒りィイ!」

 最後のゾンビに、アンズが鞭を叩き込む。
 問題なく討伐し、無事に戦闘が終了した。
 マリカが「見事だ」と褒める。
 リーネも「お疲れ様です」と拍手を送った。

「よーし、レベルアップ!」

 アンズは武器をしまい、冒険者カードを取り出した。
 それと同時に、ゴブリンズが俺を地面に降ろす。
 やっとこさ、俺は自分の足で立つことが出来た。

「これでよし!」

 嬉しそうにステータスポイントを振るアンズ。
 一方、ネネイは唇を尖らせていた。
 手には冒険者カードを持っている。
 どうやら、レベルが上がっていなかったようだ。

「アンズ、ステータスはどんな感じにしたの?」

 アンズは「こんな感じ!」とカードを渡してきた。

 名前:アンズ
 レベル:8
 攻撃力:3
 防御力:11
 魔法攻撃力:30
 魔法防御力:11
 スキルポイント:10

 魔法攻撃に三、防御各種に一を振っている。

「魔法攻撃力に偏らせているな」
「スキルの威力が魔法攻撃力に依存だからねぇ」

 討伐が終わり、ステータスポイントも振った。
 ここにいても、他にやることはない。

「戻るけど、大丈夫か?」
「大丈夫なのー♪」

 ネネイに続いて、他のメンバーも頷く。
 それを確認した後、俺は『エスケープタウン』を発動した。

「ではまた夕食の時にー!」

 街に着くと、アンズはゴブリンズを連れて家に向かった。
 一方、ゴブちゃんはこの場に残っている。

「ゴブちゃん、私と街をぶらつこう」

 マリカが言う。
 ゴブちゃんは「キェッ!?」と驚いた様子だ。
 その反応に、マリカは眉をひそめた。

「なんだ、私となら嫌なのか?」
「キェッ、キェッ」

 首をぶんぶんと横に振るゴブちゃん。
 マリカは「なら行こう」と手を差し伸べる。
 どうやら、ゴブちゃんと手を繋ぎたいらしい。

「マリカが手を繋ぎたがるのは珍しいな」
「自分でもそう思う。しかし、気が向いたのだ」
「そんなこともあるんだな」
「うむ。ではマスター、また後ほど」
「おう」

 マリカはゴブちゃんと手を繋ぎ、歩き出した。
 二人の背中を、俺とネネイ、それにリーネで見送る。
 マリカとゴブちゃんが手を繋ぐ姿は、さながら姉弟に見えた。

「私も一度家で休んできます」
「もしかして、マッサージか?」
「はい」
「なら一人で戻ってくれ」
「分かりました」

 続いて、リーネが消えていく。
 こうなると、家で過ごすことは出来ない。
 家に戻っても、喘ぎ声で耳がやられるからだ。

「俺達も散歩するか」
「やったぁ! お散歩なの♪」

 ネネイが右手を差し伸べてきた。
 俺はそれに、左手で応える。
 二人で手を繋いで歩き始めた。
 マリカとゴブちゃんが姉弟なら、俺達は親子だ。

「ネネイ、行きたい場所はあるか?」
「あるなの!」
「ほう、どこだ?」
「それは――」

 そんなわけで、やってきたのは……。

「おい、もうすぐ夕食だと分かっているのか」
「知っているなの! 大丈夫なの! むふふなのー♪」

 酒場である。
 そう、イカの串焼きを買いに来たのだ。
 もちろん、ネネイの分である。

「おじちゃん、イカさんをちょうだいなの!」
「へいよっ、イカの串焼き一本、まいどあり!」

 一時間後に夕食が控えている。
 それなのに、ネネイは串焼きを買った。

「イカさんイカさん美味しいなのー♪」

 出来立てホクホクの串焼きを頬張りながら、街を歩く。
 よほど熱いのか、ネネイは口をハフハフしていた。

「夕食もちゃんと食べろよー」
「分かっているなのー!」

 あえて言うまでもないか、と言ってから思った。
 イカの串焼きなら、ネネイはいつでも食べられるからだ。
 仮に今、串焼きを一〇本食べたとしよう。
 それでも、一時間後の夕食で、新たに二〇本の串焼きを食べる。
 それが、ネネイという五歳児なのだ。

「あっ、いいことを思いついたなの!」

 串焼きを食べ終えるなり、ネネイが何かを閃いた。
 そして、ピタッと立ち止まる。

「どうした?」
「もう一回、イカさんを買いに行くなの!」
「お、おう」

 よく分からないが、串焼きをもう一本買うようだ。
 何かを閃いているみたいだし、ただ食べるだけではないだろう。
 もし追加でほしいだけなら、わざわざこんな言い方はしない。

「どこの店でもいいなら、そこの酒場で買おうぜ」

 俺は最寄りの酒場を指した。
 ネネイは「はいなの」と承諾する。
 問題がないようなので、そこでイカの串焼きを買った。
 数は一本で、ネネイが手に持っている。

「で、それをどうするのだ?」
「おとーさんにあげるなの!」
「え、俺にくれるのか?」
「そーなの!」

 いまだによく分からない。
 なぜ俺に串焼きをくれるのだろう?
 首を傾げていると、ネネイが串焼きを向けてきた。

「どーぞなの」
「ありがとう」

 そう言って、俺は串焼きを受け取ろうとする。
 すると「違うなの」と、ネネイが串焼きを下げた。
 何かが間違っているらしい。

「どうした?」
「あーん、なの!」
「あぁ、そういうことか」

 やっと理解した。
 ネネイが串焼きを持ち、俺がそれにかぶりつく。
 そんなシーンを、ネネイは望んでいるのだ。
 少し恥ずかしい気もするけど、まぁいいだろう。
 相手がネネイなら、周囲も変に思わないはずだ。

「おとーさん、あーん、なの」
「はいよ、あーん」

 俺は口を開け、イカの串焼きにかぶりついた。
 焼いたイカ独特の香ばしさが、鼻孔を突き抜け刺激する。
 特筆するほど好きな料理でもないが、たまに食べると美味いものだ。

「次は、おとーさんがネネイにあーんをしてなの!」
「え、この食べさした串焼きをか?」

 ネネイが「そーなの!」と笑顔で頷く。
 俺の歯形が付いた串焼きを食べたいとは、変な奴だ。
 リアルで、何かしらの恋愛ドラマを観たのだろう。
 そうでなければ、こんなカップル染みたことは閃かない。
 やれやれ、俺は言う通りにした。

「ほれ、あーん」
「はいなの! あーん、なの!」

 ネネイが口を全開にした。
 目をギュッと閉じ、顎に力を込めている。
 文字通り、全力の中の全力だ。
 なんだか可愛くて、しばらく眺める。

「おとーさん、まだなの? あーん、なの」
「ごめんごめん、今いれてやるからな」

 俺は串をそーっと近づける。
 誤ってグサッと刺しては一大事だ。
 だから、ゆっくりと丁寧に、ネネイの中へ入れた。
 ネネイはそれに対し、この上なく至福の表情を浮かべる。

「ありがとーなの、美味しいなの♪」
「もう串を離していいのか?」
「ダメなの、食べている間は持っていてなの」
「はいよ」

 俺が串を持ち、ネネイがモグモグと食べる。
 どこからどう見ても、世界で一番美味しそうだ。
 その上、たまらなく嬉しそうでもある。
 観ているだけで癒されるというものだ。
 そんな風に感じるのは、俺だけではない。
 近くを通る人々も、ネネイの姿に頬を緩ませていた。

「ごちそーさまでした、なの!」

 食べ終えると、ネネイが手を合わせた。
 俺も同じように「ごちそうさま」をしておく。

「満足できたか?」
「満足したなの♪」

 ネネイが俺に顔を向ける。
 まさしく大満足といった表情だ。
 それはよかった、と俺もニッコリ。

「おとーさんと同じイカさんを食べられて、ネネイは幸せなの」
「さすがにそれは大袈裟過ぎるだろ」
「でも、一緒って感じがして、嬉しかったなの」

 なんだそれ、と俺は笑った。

「きょうてんきょうせい、なの!」
「驚天動地のことか?」
「違うなの! 違うなの!」
「じゃあなんだ。……あぁ、共存共栄か?」
「それなの! きょうぞんきょうえい、なの!」
「一緒に串焼きを食べることが、共存共栄だって?」
「そーなの!」
「それは少し、言葉の使い方が違う気がするなぁ」
「ふぇぇぇぇ、そーなの?」

 俺は首を縦に振った。
 といっても、違う気がする程度。
 間違っているだと断言できる程ではない。
 ただ、俺のイメージとは違っている感じ。

「俺の思う共存共栄って言葉は――あっ!」

 話そうとしたところで、名案を閃いた。
 閃いた案が、瞬く間に形になっていく。

「あああああ!」

 思わず叫ぶ。

「おとーさん、どーしたなの?」
「ネネイのおかげで、リアルの問題が解決するかもしれん」
「本当なの? ネネイのおかげなの?」
「おうよ! ネネイのおかげだ!」

 俺はネネイの頭を何度も撫でた。

 共存共栄……まさにそれだ!
 俺とアンズは、その考えを見落としていた。

 相手の立場も想定して、アレコレ考える。
 大丈夫だ、無謀かもしれないが、悪い内容ではない。
 世間知らずなので分からないが、可能性は十分にある。
 この案が実現すれば、土地問題が瞬く間に解決へ向かう。

「今すぐ帰ってアンズに相談しないと! 行くぞ、ネネイ!」
「はいなのー♪」

 俺はネネイと手を繋ぎ、家に向かって走り出した。
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