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第001話 プロローグ

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 上野にある1時間1万円の格安ホテヘル。
 そこの『平日の朝限定格安パック 1時間7000円コース』を利用してやってきた若さだけが取り柄の微妙な女に対して、「あと3000円積むから本番もお願い」と交渉している時ほど、自分の底辺ぶりを実感出来ることはない。ちなみに、今日の交渉は成功した。

 俺がこの世に生を授かってから40年。
 我が人生は既に終着駅で停車しているが、寿命的には折り返し地点。
 ――と、思いきや。

「あらまーっ」

 頭上から降り注ぐ重機。
 気づいた頃には直撃していた。
 意識はあるが、身体は動かず、痛みはない。

 死んだな、コレ。
 直感すると同時に意識が途絶えた。

 ◇

 急速に意識が覚醒していく。
 気がついた時、俺こと篠宮啓蔵しのみやけいぞうは――。

「バブゥ! バブゥ!」

 赤ん坊になっていた。
 木造の古い家の中で、美人な女性に抱かれている。
 その隣にはなかなかのイケメンが笑顔で立っていた。
 この二人が赤ん坊――つまり俺――の両親かな?

「この子の名前、ヴァンでどうかしら?」
「イイ名前だ。ヴァンにしよう。ほらヴァン、パパでちゅよー」

 どうやら当たりみたいだ。
 こうして、ヴァンこと俺のセカンドライフが始まった。

 ◇

 月日は流れ、俺は5歳に。
 簡単な地理や世界の仕組みを大雑把に把握した。

 第一に、ここは地球ではない。
 基本的な文化レベルは地球より遅れている。

 そして、至る所に棲息しているモンスターという存在。
 種類は様々。スライム、ゴブリン、ドラゴン、エトセトラ……。
 モンスターは人間に対して敵対的な生き物だ。

 一方、友好的な種族もいる。
 エルフ、獣人、ドワーフ、妖精、エトセトラ……。
 それらの全てが地球には存在していなかった。

 ――片田舎の辺鄙な村の、
 藁の屋根が心許ない木造の我が家にて。

「ヴァン、そろそろどこの学校に入るか決めた?」

 母親が尋ねてくる。
 俺は「決めたよ」と答えた。

 この世界では、6歳から15歳までを学校で過ごす。
 剣士学校、アーチャー学校、ウィザード学校、エトセトラ……。
 行きたい学校に通うシステムであり、学区で別れたりはしていない。
 卒業後は往々にして学校名の技能を生かした職に就く。
 そして、俺が選んだ学校は――。

「モンスターブリーダー学校に通おうと思う」

 モンスターブリーダー。
 モンスターを手なずけて戦わせ、時には繁殖させる職業。
 この村には居ないが、都市に行けばちらほらと見かけられる。

「いいとは思うけど、人によっては忌避する人もいる職業よ。いくらブリーダーのペットモンスターが人を襲わないからといっても、モンスターであることには変わりないのだから。それでもいいの?」

 この世界の死因は、モンスターによる殺傷がずば抜けている。
 モンスターに身内を殺された人間がモンスターを嫌うのは当然だ。
 そして、モンスターをペットとして扱うブリーダーが嫌われるのも同様。

「それでもかまわないよ。他人の評価を気にしたことはないからね」

 こちとら日本で底辺を彷徨っていたのだ。
 風当たりや世間体なんざを気にすることはない。

 ◇

 その後、俺はモンスターブリーダー学校に入学。
 学校は都市にしかないので、俺は都市部で独り暮らしを始めた。
 狭いワンルームの学生寮だ。卒業と同時に退去である。

 ――更に月日は流れ、俺は15歳に。
 他人と馴れ合うことのないまま9年間を過ごし……。

「これより卒業式を挙行する」

 いよいよ卒業式。
 モンスターブリーダーに求められるスキルは全て習得した。具体的には、モンスターを服従させる【テイミング】、モンスター同士を組み合わせる【魔物配合】、メスのモンスターに子供を産ませる【魔物生殖】の3つだ。

「卒業おめでとう、ヴァン」
「ありがとうございます、校長先生」

 校長から、卒業証書と金貨10枚の入った巾着袋を貰う。
 金貨はこの世界において最も貨幣価値の高いお金だ。
 他には、価値の高い順に銀貨と銅貨が存在する。
 金貨1枚が銀貨10枚相当で、銀貨1枚が銅貨10枚相当だ。

「それでは以上を以て本年度の卒業式を終了とする」

 卒業式が終わると、俺は卒業証書を捨ててその場を後にする。
 待ちに待ったモンスターブリーダーの始まりだ。
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