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第四十七話 魔境キシマ
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「……」
“魔境キシマ”に潜む魔物や、先程から感じる謎の視線を警戒してか、各人が無言で歩く。
“魔境キシマ”は、本来全てが密林地帯であったが、魔境の端の方は木々の伐採が進み、辺りは草々と切り株があるだけとなっている。
この密林の木々は魔素を多く含む関係で高値で売れるからだ。
勿論、伐採と共に魔物等も密林の中へと住み処を移していた。
本来なら、魔境までの道は確認できたのでここで引き返しても良かったが、せっかく近くまで来たので、このまま少し探索をしてみることにした。
今のうちにこの辺りの地理に慣れておけば、明日以降の主捜索も捗るからな。
「魔物の反応が複数ありますね……」
密林地帯の手前に来たところで、珍しく真剣な表情のオリビアがそう漏らした。
セレイナとしての記憶の影響か、それとも父親の死を思い出したからなのか、オリビアからほんの少しだけ彼女特有の明るさを見る機会が減っているように感じた。
「あぁ。ここから先は、どこから敵が襲ってきてもおかしくない。全員、気を引き閉めていくぞ」
密林地帯には気配を消すことに長けた者や擬態に長けた者もいるからな。各人が頷いたことを確認したところで、密林へと足を踏み入れる。
この時、【四次元空間】から【アクワグラシェリア】も出しておいた。
魔境に足を踏み入れてからは、そこからあまり離れていないところを流れている、比較的広さのある河川沿いに道を進んだ。
初めて訪れる土地ではあるが、川沿いに進んでいれば帰路で迷うこともないからな。
「このままだと、アーミー・アントの群れとフォレスト・ジャガーの群れに遭遇します」
オリビアの索敵が、二種の魔物を捉える。彼女の索敵範囲の広さは相変わらずのようだ。
「アーミー・アントは、どの方向から来る?」
「左前方から真っ直ぐに。後二分もしないでフォレスト・ジャガーとも接敵するはずです」
「そうか。なら、迂回して奥を目指そう」
アーミー・アントたちは、自身の性質上真っ直ぐにしか進まないため、事前に存在に気づくことができれば、戦闘を回避することは容易かった。
フォレスト・ジャガーには少しかわいそうだが、この際囮になってもらうことにしよう。そう思って転進した矢先、近くの枝葉が僅かに揺れたことに気がついた。
「レオナっ!」
レオナを庇うように彼女の前に飛び出し、木の上から飛び出してきた蛇を斬り捨てる。
「ありがと……」
「あぁ」
襲われたショックが抜けていないためか、まだ少し表情の固いレオナにそう返す。
あの蛇自体は魔物ではなかったが、魔境で生きていけるだけの潜伏能力は持っているようだ。
アメリアも奴の存在には気づいていないようだったし、俺も姿を見るまでは全く気づかなかった。
索敵が機能しない以上、俺が前を押さえてニコに最後尾を任せた方が良いかもな。
その後も、極力戦闘を避けながら魔境の奥へと歩み続け、日が真上に来たところで昼食にする。
「サンクレイア」
食前の感謝を済ませ、各人が昼食を摂り始めるものの、互いの間にはあまり会話がない。
ずっと周囲を警戒しっぱないであったため、無理もないか。各人、かなり疲労も溜まっているのだろう。
そろそろ探索は潮時かもしれないな。
「オリビア、調子は大丈夫そうか?」
「はい!」
俺の言葉に、オリビアは疲労を浮かべながらも笑顔を作る。彼女は常時索敵魔法を使っていた為、疲労も大きい筈だ。
「なら良かった。今日は様子見が目的だったから、昼食を済ませたらそのまま帰ろうか」
「お風呂……」
俺が帰ることを伝えると、レオナが疲労を露にしながらも恋しげにそう呟く。ずっと緊張したまま密林を歩いていたため、俺自身もそれなりに疲労が溜まっていたので、彼女とは同意見だった。
昼食後は町へと帰り、満場一致で夕食前に入浴を済ませ、他のメンバーと合流後に夕食へと向かう。
「ここにしましょう!」
適当な店を探して町を散策していると、オリビアが一件のバーガーレストランを見つけたので、そこに寄ることにした。
夕食後、明日以降のための買い物も済ませて宿に戻ってきた俺は自室まで戻ると、【四次元空間】から取り出した材料を使い、真赤鉄鉱の生成を行う。
いつもなら、時間を見てレオナも訪ねてくる可能性があったので、今の内に少しでも鉱石の生成をしておきたかった。
「ルシェフさん、いる?」
暫く鉱石の生成をしていると、扉の向こうから聞き覚えのある声が聞こえる。案の定レオナが部屋を訪ねてきたようだ。
「あぁ。鍵は空いてる」
「うん」
そっと扉を開けたレオナは、真っ直ぐに俺の元まで来ると、隣の席へ腰かけた。
少し疲労が溜まっているのか、べたっと机に突っ伏したレオナが顔だけこちらへと向ける。
「ねぇ、初恋の人って結局誰だったの?」
「……」
やはり、この話題からは逃げられないようだ。二日前は各人それなりに酔いも回り始めていたからそれを理由に解散へ持ち込めたが、レオナ自身納得できていないようだった。
「──妹、みたいな相手だよ。子供の頃の話だし、彼女との繋がりも実の兄妹と大差はなくなった」
初恋の相手──フィオナ・アリオンは幼馴染みが来るまでは唯一同年代の遊び相手だったし、何よりフィオナと初めて会う時よりも前から、毎日のように書庫の窓際で聞いていた彼女の歌が好きだったことを覚えていた。
「そう、なんだ……」
レオナが安心したように小さく微笑む。彼女の感覚はわからないが、やはり過去の恋話などは気になるものなんだろうか?
「……」
互いにあまり喋る方で無いということもあり、たまに会話が途切れることがある。今が正にそうだ。
レオナと知り合ってからすぐの間は、この間が彼女を退屈させてないか等と色々と不安になっていたりもした。
それでも、彼女は「一緒にいられるだけでも楽しい」と言ってくれたので、今はそういった不安は無くなっていた。
明日は早いので、鉱石の生成も程々にして床につくことにする。
明日からは暫く魔境から帰ってこないだろうし、休めるうちに休んでおかないといけないからな。
翌朝、近くのバーガーショップで朝食を済ませた俺たちは、“魔境キシマ”へと向かう。今日からは、本格的に主捜索を行うため、必要があれば、夜営もするつもりだった。
例の如く、極力戦闘を避けながら川沿いに道を進み、日が真上に来たところで昼食にする。
「中々見つからないね……」
アメリアがため息混じりにそう漏らす。
「ここも広いからな……」
“魔境キシマ”は、強力な魔物が多く存在する関係で、木々の伐採以外ではあまり現地人が足を踏み入れない。それが主捜索が遅れている理由でもあるのだが。
「アメリアは、本当についてきて良かったのか?」
「うん。東の国もあんまり来たことなかったし、今度南の国にも行くって約束してくれたからね」
「そうか」
昼食後は、再び川沿いに主を探す。途中、小規模な戦闘こそあれ、魔物の群れを避けたこともあり、今のところはすぐに帰らなければならない程の大きな消耗はない。
「そろそろかな」
「何がですか?」
俺の言葉に、オリビアが不思議そうに首を傾げる。
「いや、捜索だったら、人数が多い方が良いだろ?」
先までは移動が目的だったし、維持コストが高いこともあり、今までは使わなかった方法を使うつもりでいた。
「人数が多いに越したことはないですけど……」
未だに首を傾げているオリビアを尻目に、三人の俺をバラバラの方向へと向かわせる。
彼らも探索魔法を使えるし、俺とは意識が繋がっているため、主が見つかればすぐに知ることができる。何より、向こうがヤバくなったらすぐに呼び戻せるのが最大の利点だ。
「あぁ、人数が多いに越したことはないって、こういうことだったんですね」
四人になった俺を見て、オリビアも得心したようだった。
その日は、夕食時まで川沿いに進み続け、そこで火を起こして簡単に夕食を摂ることにする。この時、他の方面を見に行っていた三人には戻ってきてもらった。
夕食後は、【四次元空間】から寝袋を取り出し、すぐに眠ることにする。
夜の見張りは交代で行う予定なので、今の内に少しでも寝ておかないといけないからな。
“魔境キシマ”に潜む魔物や、先程から感じる謎の視線を警戒してか、各人が無言で歩く。
“魔境キシマ”は、本来全てが密林地帯であったが、魔境の端の方は木々の伐採が進み、辺りは草々と切り株があるだけとなっている。
この密林の木々は魔素を多く含む関係で高値で売れるからだ。
勿論、伐採と共に魔物等も密林の中へと住み処を移していた。
本来なら、魔境までの道は確認できたのでここで引き返しても良かったが、せっかく近くまで来たので、このまま少し探索をしてみることにした。
今のうちにこの辺りの地理に慣れておけば、明日以降の主捜索も捗るからな。
「魔物の反応が複数ありますね……」
密林地帯の手前に来たところで、珍しく真剣な表情のオリビアがそう漏らした。
セレイナとしての記憶の影響か、それとも父親の死を思い出したからなのか、オリビアからほんの少しだけ彼女特有の明るさを見る機会が減っているように感じた。
「あぁ。ここから先は、どこから敵が襲ってきてもおかしくない。全員、気を引き閉めていくぞ」
密林地帯には気配を消すことに長けた者や擬態に長けた者もいるからな。各人が頷いたことを確認したところで、密林へと足を踏み入れる。
この時、【四次元空間】から【アクワグラシェリア】も出しておいた。
魔境に足を踏み入れてからは、そこからあまり離れていないところを流れている、比較的広さのある河川沿いに道を進んだ。
初めて訪れる土地ではあるが、川沿いに進んでいれば帰路で迷うこともないからな。
「このままだと、アーミー・アントの群れとフォレスト・ジャガーの群れに遭遇します」
オリビアの索敵が、二種の魔物を捉える。彼女の索敵範囲の広さは相変わらずのようだ。
「アーミー・アントは、どの方向から来る?」
「左前方から真っ直ぐに。後二分もしないでフォレスト・ジャガーとも接敵するはずです」
「そうか。なら、迂回して奥を目指そう」
アーミー・アントたちは、自身の性質上真っ直ぐにしか進まないため、事前に存在に気づくことができれば、戦闘を回避することは容易かった。
フォレスト・ジャガーには少しかわいそうだが、この際囮になってもらうことにしよう。そう思って転進した矢先、近くの枝葉が僅かに揺れたことに気がついた。
「レオナっ!」
レオナを庇うように彼女の前に飛び出し、木の上から飛び出してきた蛇を斬り捨てる。
「ありがと……」
「あぁ」
襲われたショックが抜けていないためか、まだ少し表情の固いレオナにそう返す。
あの蛇自体は魔物ではなかったが、魔境で生きていけるだけの潜伏能力は持っているようだ。
アメリアも奴の存在には気づいていないようだったし、俺も姿を見るまでは全く気づかなかった。
索敵が機能しない以上、俺が前を押さえてニコに最後尾を任せた方が良いかもな。
その後も、極力戦闘を避けながら魔境の奥へと歩み続け、日が真上に来たところで昼食にする。
「サンクレイア」
食前の感謝を済ませ、各人が昼食を摂り始めるものの、互いの間にはあまり会話がない。
ずっと周囲を警戒しっぱないであったため、無理もないか。各人、かなり疲労も溜まっているのだろう。
そろそろ探索は潮時かもしれないな。
「オリビア、調子は大丈夫そうか?」
「はい!」
俺の言葉に、オリビアは疲労を浮かべながらも笑顔を作る。彼女は常時索敵魔法を使っていた為、疲労も大きい筈だ。
「なら良かった。今日は様子見が目的だったから、昼食を済ませたらそのまま帰ろうか」
「お風呂……」
俺が帰ることを伝えると、レオナが疲労を露にしながらも恋しげにそう呟く。ずっと緊張したまま密林を歩いていたため、俺自身もそれなりに疲労が溜まっていたので、彼女とは同意見だった。
昼食後は町へと帰り、満場一致で夕食前に入浴を済ませ、他のメンバーと合流後に夕食へと向かう。
「ここにしましょう!」
適当な店を探して町を散策していると、オリビアが一件のバーガーレストランを見つけたので、そこに寄ることにした。
夕食後、明日以降のための買い物も済ませて宿に戻ってきた俺は自室まで戻ると、【四次元空間】から取り出した材料を使い、真赤鉄鉱の生成を行う。
いつもなら、時間を見てレオナも訪ねてくる可能性があったので、今の内に少しでも鉱石の生成をしておきたかった。
「ルシェフさん、いる?」
暫く鉱石の生成をしていると、扉の向こうから聞き覚えのある声が聞こえる。案の定レオナが部屋を訪ねてきたようだ。
「あぁ。鍵は空いてる」
「うん」
そっと扉を開けたレオナは、真っ直ぐに俺の元まで来ると、隣の席へ腰かけた。
少し疲労が溜まっているのか、べたっと机に突っ伏したレオナが顔だけこちらへと向ける。
「ねぇ、初恋の人って結局誰だったの?」
「……」
やはり、この話題からは逃げられないようだ。二日前は各人それなりに酔いも回り始めていたからそれを理由に解散へ持ち込めたが、レオナ自身納得できていないようだった。
「──妹、みたいな相手だよ。子供の頃の話だし、彼女との繋がりも実の兄妹と大差はなくなった」
初恋の相手──フィオナ・アリオンは幼馴染みが来るまでは唯一同年代の遊び相手だったし、何よりフィオナと初めて会う時よりも前から、毎日のように書庫の窓際で聞いていた彼女の歌が好きだったことを覚えていた。
「そう、なんだ……」
レオナが安心したように小さく微笑む。彼女の感覚はわからないが、やはり過去の恋話などは気になるものなんだろうか?
「……」
互いにあまり喋る方で無いということもあり、たまに会話が途切れることがある。今が正にそうだ。
レオナと知り合ってからすぐの間は、この間が彼女を退屈させてないか等と色々と不安になっていたりもした。
それでも、彼女は「一緒にいられるだけでも楽しい」と言ってくれたので、今はそういった不安は無くなっていた。
明日は早いので、鉱石の生成も程々にして床につくことにする。
明日からは暫く魔境から帰ってこないだろうし、休めるうちに休んでおかないといけないからな。
翌朝、近くのバーガーショップで朝食を済ませた俺たちは、“魔境キシマ”へと向かう。今日からは、本格的に主捜索を行うため、必要があれば、夜営もするつもりだった。
例の如く、極力戦闘を避けながら川沿いに道を進み、日が真上に来たところで昼食にする。
「中々見つからないね……」
アメリアがため息混じりにそう漏らす。
「ここも広いからな……」
“魔境キシマ”は、強力な魔物が多く存在する関係で、木々の伐採以外ではあまり現地人が足を踏み入れない。それが主捜索が遅れている理由でもあるのだが。
「アメリアは、本当についてきて良かったのか?」
「うん。東の国もあんまり来たことなかったし、今度南の国にも行くって約束してくれたからね」
「そうか」
昼食後は、再び川沿いに主を探す。途中、小規模な戦闘こそあれ、魔物の群れを避けたこともあり、今のところはすぐに帰らなければならない程の大きな消耗はない。
「そろそろかな」
「何がですか?」
俺の言葉に、オリビアが不思議そうに首を傾げる。
「いや、捜索だったら、人数が多い方が良いだろ?」
先までは移動が目的だったし、維持コストが高いこともあり、今までは使わなかった方法を使うつもりでいた。
「人数が多いに越したことはないですけど……」
未だに首を傾げているオリビアを尻目に、三人の俺をバラバラの方向へと向かわせる。
彼らも探索魔法を使えるし、俺とは意識が繋がっているため、主が見つかればすぐに知ることができる。何より、向こうがヤバくなったらすぐに呼び戻せるのが最大の利点だ。
「あぁ、人数が多いに越したことはないって、こういうことだったんですね」
四人になった俺を見て、オリビアも得心したようだった。
その日は、夕食時まで川沿いに進み続け、そこで火を起こして簡単に夕食を摂ることにする。この時、他の方面を見に行っていた三人には戻ってきてもらった。
夕食後は、【四次元空間】から寝袋を取り出し、すぐに眠ることにする。
夜の見張りは交代で行う予定なので、今の内に少しでも寝ておかないといけないからな。
応援ありがとうございます!
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