女王は若き美貌の夫に離婚を申し出る

小西あまね

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08 姉と妹

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クラレンス不在で重めの内容で恐縮です。次回は女王とクラレンスが一緒のシーンが増えますm(_ _)m
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 王宮は王族の居住棟のほか執務棟があり、女王の執務は主にそこで行われる。
 執務棟の客間は居住棟のそれより機能美が優先され、全体的に直線的な印象だ。
 背と座面のみ布張りの椅子はソファーより実務に向き、ローテーブルでなく高さのあるテーブルは書類を書きやすい。
 このテーブルを挟み、貴婦人が二人座っていた。
 手元には紅茶が置かれているものの、優雅なお茶会といった風情ではなく、書類を前に討議している。
 一人は女王、もう一人はエレイン王妹殿下だった。
 
「年間報告書と請願は以上です」
「確かに受け取った」
 エレインは王宮を出て、孤児や暴力を受け苦しむ女性の救済施設の運営を担っている。
 こうした団体の代表は、これまで王に直接謁見などできず、窮状は不可視化されたり握り潰され、なかったものとして扱われていた。
 王妹というパイプを置くことにより、王は必要な制度や予算を施すための現実的な情報を得ることができ、団体側は予算や施策という恩恵を受けられるようになった。
 
 女王は書類を脇によけ人払いをして、新しく淹れ直された紅茶を一口飲んだ。最高の味と香りにも関わらず眉根を寄せ考え込んだ後、口を開いた。
「エレイン、仕事の話とは別なんだが…ちょっと相談にのってくれないか」
「陛下のお悩みに、私などがお答えできることがあるでしょうか」
 王妹殿下は困惑したように首を傾げた。
 彼女は、自分は王宮を辞した身であり、あくまで団体代表として来ていると言って、姉を陛下と呼ぶ。居住棟でなく執務棟で会うのもその線引きた。
 彼女は髪と目の色こそ女王とよく似た濃褐色だが、繊細な美しい顔立ちで儚げな雰囲気があり、女王とまるで似ていない。
 なお、4人きょうだいの残りの男2人は金髪である。
 この国では、濃い髪色のは知性と力強さを、淡い髪は愚かさや受身を想起させ、それゆえ男は濃色、女は金髪であることが好まれるという、実に愚かしい偏見が根強い。
 皮肉にも、互いに全く似ていないこの王族4人きょうだいの存在で、そんな偏見は弱まりつつある。

 女王は眉間に皺を刻んで紅茶の水面を見つめながら言った。
「親や社会が子供に政略結婚を強いても、本人が政略結婚で幸せだと言っていれば、それでいいんだろうか」
 女王の脳裏に銀色の髪の青年が浮かぶ。その姿は、9年前、政略結婚を光栄なことだと言った少年の面影と重なった。

 エレインは首を傾げて言った。
「どのような論点でのご質問か、上手く捉えられてなかったら申し訳ございませんが……。仮に、当団体にそういう相談があった場合は、虐待の可能性を警戒して情報を集めます。父親が娘の発言を封じていたり、思考を誘導するような抑圧がある事例を大変多く扱っているためです」
「そうだよな。それが妥当だ」
 女王は頷いた。自分だってそう思う。

 エレインは、静かに、丁寧に言葉を続けた。
「政略結婚に限りませんがーー暴力や搾取を加害者が正当化したいとき、『被害者本人が望んだから暴力でない』という論法は必ず現れます。
しかし事実調査に基づいて言われることは稀で、殆どは典型的な認知の歪みが観察されます。
暴力や搾取をしたい。でも自分を悪と認めたくない。この矛盾する2つの願望を同時に叶える解決法として、『被害者自身の非や望みである』という幻想に飛び付いてしまう、という思考メカニズムです。セカンドレイプやレイプ神話、虐待や差別などに広く見られます」

 エレインは、団体で扱った沢山の虐待や保護について想起しながら話してくれているのだろう。こうした困難で辛い問題に対応してくれている彼女に本当に頭が下がる、と女王は思う。
 王宮を出た9年前、彼女はわずか16歳。優しく繊細で、兄や婚約者に裏切られ政争に巻き込まれ、ボロボロになっていた。今の彼女は優しいままに強さを身に付け、弱い立場の人を守る側となった。女王は妹を守りきれなかったことに悔いがあり、そして今の彼女を誇らしく思う。

「加害者は『被害者から貰った免罪符』を掲げて自分を正当化する訳だな。実際は『免罪符』の搾取が横行している、と」
「はい。噂や中傷で社会的に抹殺して被害者の発言を偽るといった直接的なものから、都合よく被害者の思考を誘導するものまで様々です。
情報や人間関係を制限したり、物理的精神的性的DVで弱らせ追い詰めれば、被害者は洗脳され加害者の望みに追従しやすくなります。
家のため身を差し出すことを美談にすれば、そうしないお前は悪だ、社会的に抹殺されても仕方ないぞ、と同調圧力で脅迫する力になります。
本人自身が選んだように見せかけて、予め都合の悪い選択肢を奪ってある、という手法もあります。
例えば、『一家全員餓死させるか、娼婦になるか』の二択を迫られて娼婦になった女性は、自分の自由意思で娼婦を選んだと言えるのでしょうか?『尊厳も命も奪われない』という当たり前の第三、第四…無数の選択肢を予め奪った者こそが問題なんです。なのに、その前提条件の歪みは不可視化され、本人の望みという建前だけ整えられる。
ーーこれは『構造的差別』の一形態で、特に政策で対応すべき範疇なので、陛下の方がお詳しいことと思います」

 女王は深いため息をついて頷く。大変納得いく話ばかりだ。
 ーーそして思う。

 クラレンスが成人した頃、彼は形だけの王配になると申し出た。女王はあの時、申し訳なさで一杯になった。
 子供の頃から王族は政略結婚の駒だと刷り込まれ、13の時から自身の存在意義を王配とされた人間は、それ以外の人生を選べなくなって当然だ。人生の選択肢を予め奪うそれは、洗脳だ。
 王配以外の道も考え続けてくれと伝え、その選択肢を選べるよう、クラレンスに文官や領地運営などの教育や経験をできる限り与えた。
 勿論、13で国へ来た当初からそう配慮はしていたが、足りなかったか!と猛省し、以後もっと増やした。

 それなのに、先日のプロポーズ。
 まだ足りなかったということだろうか?
 少なくとも彼自身、その……私を慕っていると信じているように見えた。
 しかし、それは幼い頃からの洗脳のせいではなかろうか。それがずっと引っ掛かっている。

 女王は尋ねた。
「被害者の洗脳を解くにはどうしたらいい?」
「いくつか手法はあります。DV被害者は加害者に情報制御された箱庭にいることで洗脳が強化されるので、加害者と接触を絶たせたり、人生の選択肢を増やせるよう教育や経験を与えたり。他の人生を選んでも最低限必要な生活保護が受けられる保障も必要ですね」
 どれもやった。王配という役柄上、私と接触を全て絶つことはしなかったが、他の様々な人や外の世界と自由に接触できるようにした。彼を物理的精神的に解放できるよう、思い付く限り沢山やってきた。彼に人間契約書を押し付けた罪への贖罪にも感じたからだ。
 でも足りなかったのだろうか。
 どこまでやれば、彼は洗脳から解放されたと、彼の『愛情』が本物だと信じられるのだろうか。
 ーーこれもまた、政略結婚の弊害だ、とため息をつく。

 エレインは気遣わしげに女王に言った。
「陛下。陛下のお心を煩わせているのは何か、差し支えなければ伺ってもよろしいでしょうか。私の答えは的はずれになっていませんでしたか?」
「あー……。知っての通り私とクラレンスは政略結婚な訳だが……やはりクラレンスは洗脳と愛情を取り違えてるんだろうなと。しかしそう本人に伝えるにも、お前の気持ちは偽物だと言っては傷つけるしどうしたものかと……」
 エレインは真っ青になった。
「あの…あの…私、国王ご夫妻の仲にひびを入れる意図は決して……!」
「ああ、分かっている」
 女王は軽く手を振ると、窓の外を眺めた。この季節はこの国も、雪深いクラレンスの故郷を思わせる雪景色だ。一面の銀世界に氷の水色。クラレンスの色だ。
「ごたごた悩むより、別れるのが最善なんだろうな」

 女王の言葉に、おずおずとエレインが尋ねた。
「あの…陛下ご自身は、王配陛下を愛していらっしゃらないんですか?」
 直球の質問に女王は紅茶を吹きそうになった。
「いや、私は彼の人生を奪った加害者だし、10も年上で可愛いげがないし、クラレンスはあれだけ若くて綺麗で性格もよくて有能なのに、流石に可哀想だろう」
「陛下。若くなくて有能な女性は異性にとって価値が低くて当たり前なのですか。陛下と一緒に他の女性も貶めるかのような物言いは不適切かと」
「あ、いかん、そこは訂正だ」
 女王は普段、そんな無自覚の蔑視じみた言い方をする人間ではない。彼からの『プロポーズ』に余程動転したのだろう。

「クラレンスは本当に、大事な家族だし、私が人生で出会った中で一番いい男だから、幸せになってもらいたいんだ」
 エレインは柔らかな苦笑を浮かべて言う。
「つまり相思相愛なんですね。陛下が幸せにして差し上げてください」
 女王は反論に口を開いた。しかしそのまま口を閉じ、真顔に戻って眼を伏せ訊いた。

「だがエレインは『本人が政略結婚で幸せだと言っていれば、それを真に受ける』ことはないんだろう?エレインの目から見ても、この結婚は非人道的だろう?私とクラレンスだけ例外と言うのは矛盾じゃないか?」
 エレインは困ったように眉尻を下げた。
「陛下は、国から政略結婚をなくす程、この国で一番真摯に被害者に寄り添い行動し、結果を出してきた来た方だからです。例外になることもあり得るかもしれない、と思います。
ですが、正直に言えば、お二人の仲を無責任に応援はできません。私は王配陛下とは殆どお会いしたことがございませんし。お二人で十分話し合ってください」
 女王は困惑したような表情を浮かべつつも、頷いた。
 
 エレインは迷いつつも決心したように言った。
「そして、水を差すようなことかもしれませんが……。
お二人が『幸せな政略結婚』になったとしても、その稀な成功例をもって、政略結婚を美化したり、不幸せな政略結婚は本人の努力不足というように被害者を更に苦しめる道具には決してしないでください。
私自身、政略結婚に苦しめられた一人で、私の団体でも、そんな被害者を沢山見てきました」
「……勿論だ」
 女王は心の底から確約する。

 エレインの婚約者は父王が決めた。婚約者はクーデターの何年も前から、日々の言動でエレインを貶め萎縮させボロボロにした。クーデターの企みを妹が告げに来た時、女王は初めてそれを知った。
 つまりエレインはDVサバイバーだ。今でも毎日フラッシュバックに苦しめられるし、たぶん一生、もう男性と縁を持ちたいと思うことはないだろう、と言っていた。
 仕事を持ち働く日々は充実し、時に幸せも感じることがあるし、少しずつ前へ進めていると思う、とも。
 一方で、他の被害者で前に進めない人もいるけれど、被害や傷は人により違う、進めない被害者を殴る道具に、前へ進んだ私を盾に使うのは許さないと言った。私も私以外の被害者も同じ苦しみを知っていて、そうでない人にその痛みを軽んじられる筋合いはない、と彼女は静かな怒りを込めて話していた。
 女王は、妹からこうした視点を教えられるのは、貴重な財産だと思っている。
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