理系屋さん~理系女子と騎士のほのぼの事件簿~

小西あまね

文字の大きさ
1 / 19
1章 幽霊屋敷な事件

1-1

しおりを挟む
 ぽかぽかした陽気の中、あちこちの木々から孵ったばかりの雛鳥のちゅんちゅく言う合唱が絶え間ない。
 春のひなびた村は殊更のどかで、白爪草の花が一面広がるそこらの草むらでごろりと昼寝を決め込みたい心地になる。
 伸び放題で庭木だか林だか今一つ分からなくなっているあちこちの緑の塊中、白い漆喰と赤い素焼きの屋根瓦の素朴な家々が見え隠れしているのがこの村だ。
 ふと納屋から出てきた鶏が、道を横切って向かいの家の茂みに突っ込んで虫をついばんでいるのは互いの家の黙認か。

 石畳もない踏み固めただけの田舎道を、黒光る毛並の立派な馬に乗り、かっちりした青い制服を着て剣を下げた男が一人通っていく。明らかに場違いだ。
 青年は筋肉がしっかりついた長身の体にそぐわず、金の髪に青い目の綺麗な顔立ちはどこか親しみやすい愛嬌がある。

 彼は、村の端の黄色いミモザの花に半ば埋もれかけている家に来ると、戸を叩いた。
「俺だ、エルンストだ」
 返事がない。男は慣れた調子で戸を叩いて呼ぶを3回繰り返す。やがて戸の向こうから声がした。
「……留守です」
「ベルティーナ、昼夜逆転は体にも蝋燭代にも良くないぞ。仕事を持ってきた。朝食を作ってやるから開けてくれ」
 少し間があり、出てきたのはよれよれの赤毛頭に眠そうな半眼の女性だ。

「やっぱり眠っていたのか。パンは買ってきた。何か作っておくから顔洗ってこいよ」
「エルンストのオカン……。ああ、トビアスいつもハンサムだね」
「トビアスには愛想いいな」
 エルンストが拗ねる。ベルティーナの一瞥に好評価を察したのか、黒馬のトビアスは得意気にぶるるんと鳴いた。

 この辺は鶏や山羊を飼っている家が多いので、卵や乳製品が手に入りやすいのが有難い。卵を落としたスープと、軽くあぶったパンに載せたバターが溶ろける匂いが家に漂い、ベルティーナの胃袋がぐうと鳴る。

 小さなテーブルに向き合って朝食を食べる。ちゃっかり自分も食べているエルンストは昼食だという。
「貴族の家にお化けが出るそうだ」
「悪魔祓いは私の管轄じゃない」
「勿論、頼みたいのは『理系屋』としてだ」
 ベルティーナは顔をしかめる。
「私はただの学者」
「まぁいいじゃないか。心底困って、『理系屋さん』に助けて貰いたいとベルティーナを見込んでお呼びが掛かるんだ」
「過大に妙な期待をされても応えられないから困る。私は自分の学んだ学問以上のことはできない」
 怒るというより不安を滲ませて言うところが、ベルティーナの善良さだなとエルンストは思う。

 ベルティーナのように王都で学問を修めた人間はこの辺では少ないので、村人が何か困ると便利屋のように声がかかった。
 井戸の滑車の調子が悪いだの、病人に滋養のいい食べ物は何かだの、世間話のように訊かれたことに答えているうち、いつの間にか『理系屋』と妙な呼び名で呼ばれ、何かとお呼びが掛かるようになった。
 専門そのものは天文学だったのだが、学校で学んだ基礎的な理系知識の方が実生活では求められているのは皮肉な話だ。まぁ、理系人あるある話かもしれないが。

「解決してくれれば礼に銀貨20枚出すそうだ。欲しい観測機材があるのだろう?村人の頼みをきくとき貰う礼はジャガイモや卵だし」
 ベルティーナは、二度寝しに行きたいな、と現実逃避する。春のウトウト居眠りは価千金。しかし良いレンズの望遠鏡には替えがたい。ため息を吐いて諦める。


◇◆◇◆◇◆

「なんで毎度この手の依頼はエルンストが呼びに来るんだろう」
 トビアスの背に二人乗りし、かっぽかっぽと春ののどかな道を歩く道すがら、ベルティーナは疑問をぶつける。
「理系屋当人は辺鄙な村に引きこもっているから声を掛け辛いんだろう。知り合いの俺が街に住んでいるなら、その伝を使いたくなるさ」
 ベルティーナとエルンストは、王都にいた学生時代、学生寮の番犬を愛でに来る常連として知り合った。愛想が良くもふもふの大型犬で、二人に限らず寮生のアイドルだった。番犬としてより癒しとして、重要な役割を果たしていた。

「理系知識がある人間は街にもいるだろうに」
「ベルティーナの実績と人望だよ。実際、学はあっても、身近なことにその知識を使って手助けすることに興味がない奴も多いし」
「エルンストもこんな所まで大変だろうに」
「いや、連絡兼護衛ということで騎士団支部にも話が通っているから職務扱いで来れるし」
 この国では騎士といっても別に王だ貴族だという世界とは限らない。彼は庶民出身の騎士が所属する支部で街の警察の仕事をしている。でも、貴族の依頼などでこうしたグレーゾーンな仕事もあるようだ。

「それにベルティーナに会いに行けるのも嬉しいし。色々心配で」
「学生時代のように食べるの忘れて倒れる真似はもうしてないって。引きずるな」
「ははは。そういう訳でもないんだけど」
 二人乗りなのでベルティーナからはエルンストの背中しか見えないが、声音は確かに気を悪くしている感じではなく、むしろ機嫌がよさそうだ。まぁ、のどかな職務で街を離れ自然豊かな田舎へ遠乗りに来れるのはいい息抜きかもしれない。
 揺れる金の髪の上に犬耳がぴんと立っているかのようにベルティーナには見える。
 学生寮の大型犬を思い出す。あぁ、元気だろうか。もふりたい。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

王女様は温かいごはんが食べたい ~冷えた王宮料理を変えたら、オープンキッチンと政略婚約がついてきました~

しおしお
恋愛
異世界の王女リリアーヌは、前世の記憶を持つ転生者。 豪華絢爛な王宮で暮らし始めた彼女だったが、ひとつだけどうしても耐えられないことがあった。 ――食事が、冷めているのだ。 どれほど立派な料理でも、ぬるいスープや冷めた肉ではホッとできない。 「温かいごはんが食べたい」 そのささやかな願いを口にしたことから、王宮ではなぜか大騒動が巻き起こる。 地下厨房からの高速搬送。 専用レーンを爆走するカートメイド。 扉の開閉に命をかけるオープナー。 ついには食堂に火を持ち込むオープンキッチンまで誕生して――!? 温かさは、ホッとさせてくれる。 それは料理だけではなく、人との距離まで少しずつ変えていくものだった。 冷えた王宮に湯気と笑顔を取り戻す、 食と温かさをめぐる宮廷日常コメディ! -

最弱白竜ですが、なぜか学園最強の銀竜に番認定されました

斉藤めめめ
恋愛
竜の血を引く者だけが貴族になれるこの世界で、白竜は最も格の低い竜の証。 白竜の男爵令嬢リーゼロッテは、特待生として国内最高峰の王立竜騎学園に入学する。待っていたのは上位貴族からの蔑みと、学園を支配する四人の御曹司「四竜」。 その筆頭、銀竜公爵家の嫡男ルシアンに初日から啖呵を切ったリーゼは、いじめと嫉妬の嵐に巻き込まれていく。 それでも彼女は媚びない、逃げない、折れない。 やがてルシアンはリーゼから目が離せなくなり―― 白竜の少女が、学園と王国の運命を変える。 身分差×竜×学園ラブファンタジー、開幕。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

料理スキルしか取り柄がない令嬢ですが、冷徹騎士団長の胃袋を掴んだら国一番の寵姫になってしまいました

さら
恋愛
婚約破棄された伯爵令嬢クラリッサ。 裁縫も舞踏も楽器も壊滅的、唯一の取り柄は――料理だけ。 「貴族の娘が台所仕事など恥だ」と笑われ、家からも見放され、辺境の冷徹騎士団長のもとへ“料理番”として嫁入りすることに。 恐れられる団長レオンハルトは無表情で冷徹。けれど、彼の皿はいつも空っぽで……? 温かいシチューで兵の心を癒し、香草の香りで団長の孤独を溶かす。気づけば彼の灰色の瞳は、わたしだけを見つめていた。 ――料理しかできないはずの私が、いつの間にか「国一番の寵姫」と呼ばれている!? 胃袋から始まるシンデレラストーリー、ここに開幕!

物置部屋に追いやられた伯爵令嬢ですが、公爵様に見初められて人生逆転しました〜妹の引き立て役だったのに、今では社交界の花と呼ばれています〜

丸顔ちゃん。
恋愛
伯爵家の令嬢セレナは、実母の死後、継母と義妹に虐げられて育った。 与えられた部屋は使用人以下の物置、食事は残飯、服はボロ。 専属侍女も与えられず、家の運営や帳簿管理まで押し付けられ、 失敗すれば鞭打ち――それが彼女の日常だった。 そんなある日、世間体のためだけに同行させられた夜会で、 セレナは公爵家の跡取りレオンと出会う。 「あなたの瞳は、こんな場所に閉じ込めていいものではない」 彼はセレナの知性と静かな強さに一瞬で心を奪われ、 彼女の境遇を知ると激怒し、家族の前で堂々と求婚する。 嫁ぎ先の公爵家で、セレナは初めて“人として扱われ”、 広い部屋、美味しい食事、優しい侍女たちに囲まれ、 独学で身につけた知識を活かして家の運営でも大活躍。 栄養と愛情を取り戻したセレナは、 誰もが振り返るほどの美しさを開花させ、 社交界で注目される存在となる。 一方、セレナを失った伯爵家は、 彼女の能力なしでは立ち行かず、 ゆっくりと没落していくのだった――。 虐げられた令嬢が、公爵の愛と自分の才能で幸せを掴む逆転物語。

【大賞・完結】地味スキル《お片付け》は最強です!社畜OL、異世界でうっかり国を改革しちゃったら、騎士団長と皇帝陛下に溺愛されてるんですが!?

旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞で大賞をいただきました】→【規約変更で書籍化&コミカライズ「確約」は取り消しになりました。】 佐藤美佳子(サトウ・ミカコ)、享年28歳。死因は、過労。連日の徹夜と休日出勤の果てに、ブラック企業のオフィスで静かに息を引き取った彼女が次に目覚めたのは、剣と魔法のファンタジー世界だった。 新たな生を受けたのは、田舎のしがない貧乏貴族の娘、ミカ・アシュフィールド、16歳。神様がくれた転生特典は、なんと《完璧なる整理整頓》という、とんでもなく地味なスキルだった。 「せめて回復魔法とかが良かった……」 戦闘にも生産にも役立たないスキルに落胆し、今度こそは静かに、穏やかに生きたいと願うミカ。しかし、そんな彼女のささやかな望みは、王家からの突然の徴収命令によって打ち砕かれる。 「特殊技能持ちは、王宮へ出仕せよ」 家族を守るため、どうせ役立たずと追い返されるだろうと高をくくって王都へ向かったミカに与えられた任務は、あまりにも無謀なものだった。 「この『開かずの倉庫』を、整理せよ」 そこは、数百年分の備品や資材が山と積まれ、あまりの混沌ぶりに探検隊が遭難したとまで噂される、王家最大の禁足地。 絶望的な光景を前に、ミカが覚悟を決めてスキルを発動した瞬間――世界は、彼女の「お片付け」が持つ真の力に震撼することになる。 これは、地味スキルでうっかり国のすべてを最適化してしまった元社畜令嬢が、カタブツな騎士団長や有能すぎる皇帝陛下にその価値を見出され、なぜか過保護に甘やかされてしまう、お仕事改革ファンタジー。

冷徹団長の「ここにいろ」は、騎士団公認の“抱きしめ命令”です

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー全16話+後日談5話⭐︎ 王都最硬派、規律と責任の塊――騎士団長ヴァルド・アークライトは、夜の見回り中に路地で“落とし物”を拾った。 ……いや、拾ったのは魔物の卵ではなく、道端で寝ていた少女だった。しかも目覚めた彼女は満面の笑みで「落とし物です!拾ってくださってありがとうございます!」と言い張り、団長の屋敷を“保護施設”だと勘違いして、掃除・料理・当番表作りに騎士の悩み相談まで勝手に開始。 追い出せば泣く、士気は落ちる、そして何より――ヴァルド自身の休息が、彼女の存在に依存し始めていく。 無表情のまま「危ないから、ここにいろ」と命令し続ける団長に、周囲はざわつく。「それ、溺愛ですよ」 騎士団内ではついに“団長語翻訳係”まで誕生し、命令が全部“愛の保護”に変換されていく甘々溺愛コメディ!

若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!

古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。 そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は? *カクヨム様で先行掲載しております

処理中です...