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第1章 そして冒険者へ

11話「血に飢えたウルフ」

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〈スキルを習得しました――魔法適正〉
〈魔法適正がLv1になりました〉
〈魔法を習得しました――魔法の橋〉

 立て続けに聞こえるそのアナウンスに、俺は慌ててステータスを確認する。

 スキル【魔法適正Lv1】――魔法を習得する事が出来るようになる。状況に応じてレベルが上昇する。
 魔法【魔法の橋】――魔力で造られた橋を設置出来る。しばらくすると橋は消滅する。

 体内から溢れる"何か"を感じた。包み込まれるような温かさ。湧き出る力。今なら、何でも出来そうな気がする。

 魔法を覚えた時点で使い方をマスターするのだろうか。俺は元から知っていたかのように、自然と右手を前に出して集中する。そして魔素を右手に集め、目的の空間に流し込むように放出する。
 すると、湖の上に半透明の白い橋が架かった。

 本当に渡れるのだろうか。ふと足元に目を落とすと湖が透けて見える。
 額に溜まる冷たい滴を垂らし、ゴクリと喉を鳴らす。
 俺は不安な気持ちを抑えて、ゆっくりと半透明の橋に足を軽く乗せた。

「ふぅ……」

 思わずため息を吐く。
 一歩、また一歩と恐る恐る足を進め、まるで数百メートルの高さの橋を渡るかのように、時間をかけて渡った。

 ようやく反対側にたどり着くと振り返る。すると、さっきまで架かっていた橋が徐々に消え、数秒後には跡形もなくなった。

 よし、これで先に進めるぞ。そう思い目の前にそびえる山を見上げると軽く息を吐く。
 煙のような濃い霧が山を包んでいる。

 同じような景色。
 立ち並ぶ木々の隙間をひたすらに登る。
 初めてだった。
 山を登るというのは、こんなにも退屈で辛いものなのだろうか。
 腰を曲げ、下を向きながら歩みを進める。
 草を掻き分けるように、何度も踏みつけられた跡がある。それがけもの道のように続き、行く道を示しているようだ。

 無我夢中だった。
 この突っ張ったふくらはぎを、一刻も早く休ませたかった。
 けもの道を登る。
 そこに何かがいるなど、余計な事を考えている余裕などなかった。

 そしてようやく見えてくる。
 少し薄まった霧をくぐるように山頂へ足を踏み入れた。

 自然の音がする。
 自然の匂いがする。

 目の前の滝から流れてくる、濃い霧のようなひんやりと湿った空気が肌をさする。
 ガラスのように透き通る水が、滝下の窪地に溜まっている。

「……っ!」

 思わず息を呑む。
 滝に吸い込まれるように近付く。どうしても抑えきれなかったのだ。

 滝下に溜まった水を両手で水をすくうと、勢いよく顔にピシャっとかける。
 そしてもう一度両手ですくうと、今度は口に運ぶ。そのあまりの美味しさに、俺は何度も口を潤す。

「グルルルゥ」

 背後から唸る声が聞こえた。
 だが気が付いた時にはもう遅く、振り向くとほぼ同時に"何か"に背中を強打され、前のめりに水溜まりに倒れ込む。

「……っだッ!?」

 その勢いに舌を噛みそうになる。
 俺は水面に強打した顎を、手で押さえながら振り向く。
 すると一匹の狼が牙を剥き唸っていた。まるで腹でも空かせてるようだ。よく見ると、口元付近の灰色の毛に血のような液体が付いている。
 これがアルベルト試験官が言っていた、ウルフなのだろうか。
 俺は恐怖のあまり腰を抜かし、手をついて尻を引きずりながら、バシャン、バシャンと水を掻くように後ずさる。
 しかしウルフはこちらを睨みつけ、俺に合わせるように忍び寄る。

 もう……ダメだ。

 滝の音が近付く。
 俺はウルフと滝を交互に見ながら、ウルフがジリジリと近寄ってくるのを見ているしかなかった。

 水流の音が脳裏に響く。
 更に俺の鼓動を早くする。

 後ろへ、後ろへ。
 肩に降り注ぐ水流を気にしている余裕はなかった。右手を滝の向こうへ伸ばす。

「……!?」

 冷たい空気を感じた。
 咄嗟に振り返ると、太い糸のように垂れ落ちる滝の隙間から空洞が見える。

 一か八か。

 俺は勢いよく、水圧に耐えながら滝をくぐり、空洞に向かって走った。

 息を切らして中腰になると、振り返りウルフが追って来ないのを確認する。

「ふぅ、助かった……」

 どうやらウルフは、滝を越えては来ないようだ。
 滝の隙間から様子を覗くと、しばらく唸ってウロウロした後、どこかに立ち去った。

「ガルルルルゥ……」

 胸を撫で下ろしたのもつかの間、聞き覚えのある唸りに、まさかと思い振り返ると、そこにはウルフの群れがいた。
 親だろうか。一匹のウルフが小さな三匹のウルフを守ろうと前に出る。

 咄嗟に腰に付けていた鞘から剣を抜く。
 しかし俺は剣を振るった事なんてない。震える手を必死に押さえる。
 両手でグリップを握ると、剣先をガタガタと震わせながらウルフに向ける。

 ウルフはそれを敵意と受け取ったのだろうか。牙を剥き唸ると、牙がぶつかる音が響き渡る。
 額から冷たい汗が滴る。

 ウルフは俺に向かって飛びかかった。
 攻撃を防ごうと剣を横にするが、ウルフの勢いが強く剣が弾かれて床に落ちる。
 そのまま、体勢を崩した俺の上にのしかかった。

「うわっ!?」

 咄嗟に左腕を出し、噛みつきから身を守る。
 左腕を覆うガントレット。まさか、こういう形で活躍するとは思わなかった。
 ウルフの牙は今にも鉄を貫通しそうな勢いだ。
 力強い。

 ガントレットに牙が食い込む。

「ぐっ」

 ウルフの荒々しい息が顔に吹きかかる。
 もう……ダメかもしれない。
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