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本編 ~ 第九章 ~(ポチ編)

86話 名もなき犬 ~女神のイタズラ~

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『あなたにはこれから犬になって頂きます』


 え⋯⋯? 理解が追いつかない。

 ボクはただの高校一年生だったはずじゃないか。それが何故、犬にならなきゃならないんだ⋯⋯?
 まぁ、元々犬みたいなものだったけどさ⋯⋯。





 ボクの前世の記憶ーー
 とてつもなくちっぽけで。
 従う事しか出来ない弱虫で。
 ボクを痛めつける奴らに反抗出来なくて。
 つまらない。
 人生とは何なのだろう。
 そう考えた事は数知れず。

 そんなボクは犬同然⋯⋯か。

 人の言葉を理解しているのか否か⋯⋯言う事を聞けば餌を貰える。
 人間に従っている犬。

 いや、犬以下かもしれない。

 ボクはこんな人生に嫌気がさしていた。
 でもどうする事も出来ない。
 ただに従い、を買ってくる。
 何故こうなってしまったのか。

 ボクが悪いんだ。
 従う事しか出来ないボクが悪いんだ。

 死んでよかったよ。
 もうの顔を見る必要も、従う必要だってないんだ。
 ボクは楽になった。

 病気で死んだボクの事なんかどうせ誰も、気にも止めない。

 さよなら⋯⋯ボクの人生。





 ちっぽけでしょうもないボクの人生は幕を閉じた⋯⋯はずだった。



『聞いているのですか? 過去の事を振り返っても意味がないですよ。あなたはもう過去の世界には存在していないのですから』


 ボクは脳裏に響く落ち着いた声色の何者かと会話していた。
 どうやら死んでおかしくなってしまったようだ。
 それとも死ぬ直前に何者かの声が聞こえてしまったのか?

 どちらにせよ今はそんな事はどうだっていい。
 この脳裏に語りかけてくる落ち着いた声と話しがしたい。
 いいじゃないか⋯⋯最後くらいボクに構う奇特な人と話しをしたって。

 嬉しかったんだ。
 ボクは未だかつて他人に興味を持たれた事も、善意で話しかけられた事もない。

 どうせ死ぬんだ。
 今くらい好きにさせてくれよ⋯⋯。





ーーパチ。



 ん? 何かがおかしい。
 ボクは必死に瞑っていた目を開いた。

 真っ暗い部屋。
 目の前に金属の棒で支えられたロウソクが一つ。
 それだけだ。


「なに⋯⋯ここ?」


 辺りを見渡した。
 しかし当然だが何も見えない。ロウソク以外は何も。


『ようやく目覚めましたね』


 まただ。
 脳裏に響く落ち着いた声。女性だろうか。


『状況を理解していない顔付きですね』


 その通り。
 何が何だがさっぱりだ。
 ボクは死んだのか?
 ここは天国なのか? いや、死んだとしても地獄か。


『天国でも地獄でもありませんよ』


 その声はボクの心の声に反応し返答した。
 天国でも地獄でもないって⋯⋯死んだんじゃないのか?


『はい、あなたは死にました。心臓病でついさっき』


 そうだったな。
 病気にすら勝てないなんてボクはやっぱり臆病で弱虫だ。


『そんな事はありませんよ。あなたにはこれから素晴らしい世界での人生が待っています』


 素晴らしい⋯⋯世界?
 この言葉を聞き、ボクは一つピンときた事がある。

 前世では本を読むのが好きだった。
 というか、それしか取り柄がなかったんだ。

 ボクの知識をかけ巡らせ一つの説に辿り着いた。


 転生。
 前世では話題だった。
 転生物のライトノベル。そしてボクもそれに興味があった一人だ。


『察しが良くていいですね。話しがすんなり進みそうです』


 やっぱりそうなのか?
 だとすると、今ボクの脳裏に語りかけてくる声の主は神⋯⋯なのか?

 いやいやいや⋯⋯と心の中で拒否しつつも、やっぱり少しはそうであってほしいと願う自分もいる。
 前世の記憶はあまりにも悲惨だった。
 やり直せるなら幸せな人生を歩みたい。

 しかしそのボクの願いも一瞬にして儚く散った。
 神らしき声の一言で⋯⋯。


『あなたにはこれから犬になって頂きます』
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