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ゆらり。
父上の身体が揺れた。
私が慌てて支えようとすると、父上は
「大事ない。」
と、一息ついて話を続けた。
「もう一つ守って欲しいと言ったのはあの子のことだ。
…我が欲望のままに作った可哀想なあの子を、ルイよ、守って貰えぬか?」
父上が頭を下げた。
私はひどく動揺した。
私には子供はいない。いないが、父上の庶子どころか、ある意味不貞の子を引き取る利がない。
全く利はないのだが…
しかし、あの子はあのアニェスの子。
世間一般的には異母妹。
ただし血は繋がらない…
私はすぐに返事ができなかった。
あのアニェスの艶めかしい肢体が今度こそ手に入るかもしれない…
甘美な誘惑生じてくる。
まだ幼いあの子を父上のように自分の理想通りに育てて…
そこまで考えて頭を軽く振った。
私は最初の妻のことや父上の撒いた噂で頗る評判が悪い。
これ以上の醜聞は…
あと母上が何と言うか。病床の母上にいらぬ心労はかけたくない。
私の動揺を見透かしたように父上は話を続けた。
「あの子はもうすぐサヴォイア公に養子に出す。」
「…は?それはなぜ?」
「…マリーがおる。あの子がジャネットそっくりと知れば、何をするかわからん。
それに…
アニェスの名誉も守らねばならん。」
「…それは全部父上のせいでしょう?」
私が顔を顰めて言うと、父上は笑った。
「だからこそ、そなたに頭を下げておる。」
「なぜにサヴォイア公に?」
「かの家の家系は茶色よ。あとマリーと繋がりがない。」
なるほど。よく考えている。滑稽無糖な話と思ったが、元々綿密な計画があったのだろう。
「父上、母上はもう何もできませんよ。今は部屋から出てもきません。」
私は母上を見張らせていた。
ふん。父上は鼻で笑った。
「義母上が見捨てておれんよ。解毒剤を渡しておろうし、もうそろそろ毒も自然に抜けよう。」
「…は?」
私は驚愕した。どういうことだ?
混乱する私を余所に、父上は顔色も変えず淡々と続けた。
「マーガレット夫人も侍女も、昔マリーが苛んだものの家族だ。化粧品や飲み物に水銀を混入させることなど容易いこと。
2人ともマリーのもとを辞し、今こちらの宮で、あの子の側係をして貰ってる。」
「!!」
私は余りの酷さに目を見開いた。
「…あなたはそれでも人の子か?」
低く唸るような声で言うと、父上は心外だと言うように肩を竦めた。
「我を悪魔だというか?ならば、魔女と呼ばれ火あぶりにされたジャネットや、腹に子がおるのに大量の水銀を飲まされたアニェスはどうなる?マリーこそ悪魔の化身よ。」
「…母上は父上のところに行き、追い返された時に急に病を発症したと伺っておりましたが…」
ああ。父上は思い出したように頷くと
「3時間はたっぷり待たせたのでな。元々毒で弱っていた身体に水銀入りの茶は堪えたろうな。」
…門の前では不浄にも行けぬしな
父上は笑いながら答えた。
「そういう訳で、多少は弱ったろうが、毒が抜ければマリーは復活する。
…しかし、我はもうすぐ死ぬ。あと一ヶ月も持たぬだろう。
死んだ後執着されるのは、ルイ、そなたよ。」
私は戦慄した。
「…どうする?そなたアニェスが欲しかったのだろう?囲うなら今だ。」
アニェスの美しい肢体が蘇る。
…囲うなら今…
悪魔の甘美な囁きが私の心を支配した。
「あの子はアニェスに生き写しだ。」
父上がさらに煽る…
…アニェスを今度こそ我が手に…
気がつけば私は頷いていた。
それを満足そうに見て頷いた父上は、
「あとは我に任せよ。」
そう言って、私に辞するよう促した。
「さらば、ルイよ。そなたとあの子に多くの幸あらんことを。」
それが父上と交わした最期の言葉だった。
父上の身体が揺れた。
私が慌てて支えようとすると、父上は
「大事ない。」
と、一息ついて話を続けた。
「もう一つ守って欲しいと言ったのはあの子のことだ。
…我が欲望のままに作った可哀想なあの子を、ルイよ、守って貰えぬか?」
父上が頭を下げた。
私はひどく動揺した。
私には子供はいない。いないが、父上の庶子どころか、ある意味不貞の子を引き取る利がない。
全く利はないのだが…
しかし、あの子はあのアニェスの子。
世間一般的には異母妹。
ただし血は繋がらない…
私はすぐに返事ができなかった。
あのアニェスの艶めかしい肢体が今度こそ手に入るかもしれない…
甘美な誘惑生じてくる。
まだ幼いあの子を父上のように自分の理想通りに育てて…
そこまで考えて頭を軽く振った。
私は最初の妻のことや父上の撒いた噂で頗る評判が悪い。
これ以上の醜聞は…
あと母上が何と言うか。病床の母上にいらぬ心労はかけたくない。
私の動揺を見透かしたように父上は話を続けた。
「あの子はもうすぐサヴォイア公に養子に出す。」
「…は?それはなぜ?」
「…マリーがおる。あの子がジャネットそっくりと知れば、何をするかわからん。
それに…
アニェスの名誉も守らねばならん。」
「…それは全部父上のせいでしょう?」
私が顔を顰めて言うと、父上は笑った。
「だからこそ、そなたに頭を下げておる。」
「なぜにサヴォイア公に?」
「かの家の家系は茶色よ。あとマリーと繋がりがない。」
なるほど。よく考えている。滑稽無糖な話と思ったが、元々綿密な計画があったのだろう。
「父上、母上はもう何もできませんよ。今は部屋から出てもきません。」
私は母上を見張らせていた。
ふん。父上は鼻で笑った。
「義母上が見捨てておれんよ。解毒剤を渡しておろうし、もうそろそろ毒も自然に抜けよう。」
「…は?」
私は驚愕した。どういうことだ?
混乱する私を余所に、父上は顔色も変えず淡々と続けた。
「マーガレット夫人も侍女も、昔マリーが苛んだものの家族だ。化粧品や飲み物に水銀を混入させることなど容易いこと。
2人ともマリーのもとを辞し、今こちらの宮で、あの子の側係をして貰ってる。」
「!!」
私は余りの酷さに目を見開いた。
「…あなたはそれでも人の子か?」
低く唸るような声で言うと、父上は心外だと言うように肩を竦めた。
「我を悪魔だというか?ならば、魔女と呼ばれ火あぶりにされたジャネットや、腹に子がおるのに大量の水銀を飲まされたアニェスはどうなる?マリーこそ悪魔の化身よ。」
「…母上は父上のところに行き、追い返された時に急に病を発症したと伺っておりましたが…」
ああ。父上は思い出したように頷くと
「3時間はたっぷり待たせたのでな。元々毒で弱っていた身体に水銀入りの茶は堪えたろうな。」
…門の前では不浄にも行けぬしな
父上は笑いながら答えた。
「そういう訳で、多少は弱ったろうが、毒が抜ければマリーは復活する。
…しかし、我はもうすぐ死ぬ。あと一ヶ月も持たぬだろう。
死んだ後執着されるのは、ルイ、そなたよ。」
私は戦慄した。
「…どうする?そなたアニェスが欲しかったのだろう?囲うなら今だ。」
アニェスの美しい肢体が蘇る。
…囲うなら今…
悪魔の甘美な囁きが私の心を支配した。
「あの子はアニェスに生き写しだ。」
父上がさらに煽る…
…アニェスを今度こそ我が手に…
気がつけば私は頷いていた。
それを満足そうに見て頷いた父上は、
「あとは我に任せよ。」
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それが父上と交わした最期の言葉だった。
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